伝説という肩書き



「ねえ! ちょっと休憩しない?」




いくつもの険しい道を越え、ガガゼト山の山頂付近に辿りつく。
洞窟を抜け、赤い夕陽が見えたその時、リュックがそう呼びかけた。





「休む必要はない。あと一息で山頂だ」

「あとちょっとだから休みたいんだってば!考える時間、少ししかないんだもん。…いいよ、歩きながら考えるから」





その呼びかけを俺が払いのければ、奴は拗ねたようにそう言って止めた足を動かし始めた。

ああ、そうだ。
もう…目前に迫っている、旅の終着点。





「ほんとに…もうすぐなんだよな」

「とうとうここまで来ちまったなぁ…」





その時、ティーダたちのそんな会話が聞こえた。
それを聞いた俺は思わずフッと小さく笑う。

そうすればティーダがムッとした口調で突っかかってきた。





「何が可笑しいんだよ」

「昔の俺と同じだ。あの時…ザナルカンドに近づくほど、俺も揺れた。辿り着いたらブラスカは究極召喚を得て…シンと戦い、死ぬ。旅の始めから覚悟していたはずだったが…いざその時が迫ると怖くなってな」





そして零した当時の本音。
ひとつひとつ、ザナルカンドが近づくたびに募っていった恐怖。





「なんつうか…意外です。伝説のガードでも迷ったりするなんて…」





そして掛けられたそんな言葉。

伝説のガード、か。
本当に、それを聞くたびに大層な肩書だと思う。





「伝説のガード…って何なんだろうねえ…」





すると、話を聞いていたらしいナマエがぽつりとそう呟いた。
その言葉に周りはぽかんとした表情。

だが、俺はそれを聞きふっと小さな笑みをこぼした。

ああ…お前もそう考えるんだな、と。
もっとも、ナマエは自分自身が伝説と呼ばれることに違和感を覚えるという理由もあるのだろうが…。

ナマエは俺が笑ったことに気づき一度視線をこちらに向けたが、すぐな戻しそのまま言葉を続けた。





「伝説って…語り手とか聞き手の問題、なんだと思う。すっごーく、とーっても遠い存在に聞こえるかもしれない。でもきっと、元は何一つ変わらないんだよ」

「…どういうことだ?」

「うう…だから、ブラスカさんもジェクトさんも、アーロンも。今のあたしたちと何一つ変わらなく、同じように旅してたってこと。…上手く、説明できないけどさ」





心情を伝えるのは難しい。
上手く説明が出来ないともどかしそうにしているナマエだが、言いたいことはわかった。

少なくとも俺には、だが。

だから、頷いて言葉を添えた。





「そうだな…。何が伝説なものか。あの頃の俺はただの若造だ。ちょうどお前ぐらいの歳だったな。何かを変えたいと願ってはいたが…結局は何も出来なかった。それが…俺の物語だ」





伝説など、呼ばれるような事は無いのだ。
結局俺は…何も叶えられなかった。

そんな言葉を残し、俺は一足先に歩き始めた。

視線を少し横にずらせば、赤い夕陽が見える。
歩きながらそれを眺めていれば、後ろから追いかけてくる軽い足音が聞こえてきた。

俺は振り返った。





「こけるなよ。山道だ、助けんぞ」

「こけないよ!」





後ろにいたナマエ。
軽く毒を吐けばナマエは俺に駆け寄りながらすぐさま言い返してきた。





「もう、すぐだね…ザナルカンド」

「ああ」

「ナギ平原の先…今回はここまで来られた。それはホッとしてる。でも…やっぱりちょっと複雑」





ナマエはそう言って夕日を見つめていた。
しかしすぐにこちらに顔を向け、俺を見上げて来た。





「あのさぁ…アーロンはザナルカンドで、きっと何かすっごく大きなことに触れたんだよね」

「…………。」

「それを、見せたいんでしょ?というか、自分たちの目で見なきゃ意味がない。だからユウナを止めることなく、導いてる。はあ…何が待ってるのかな。やっぱ、ちょっと怖いや」

「…そうか」

「でも、信じてる。アーロンのこと」





照れることもなく、俺を見て真っ直ぐにそう言う。

先程、道中の中で大量の人が祈り子となっている壁を見た。
誰かが召喚している、そこに宿るとんでもない力。

一体誰が、何を召喚しているのかという疑問。

しかし俺は何を語る事は無い。
いや、その壁の話しだけでは無く、ザナルカンドにあった真実をも。

だが、ナマエは言い切った。





《あたしはアーロンのこと信じる!》





そこにあるひたむきな信頼。
それはあたたかく、正直に…嬉しく思った。

そして今また、ここでその言葉を口にするナマエ。  





「…さっきはさ、皆に言い切るような感じだったから、やっぱ、ザナルカンドつく前にアーロンに対してちゃんと言っておきたいかな、と思って」





ナマエはそう言い、そして言葉を続けた。





「アーロンさ、べベルから脱出した後…その、森でさ、掛けがえの無い存在だって言ってくれたでしょ?」

「…ああ」

「うん。あれね、すっごく嬉しかったんだ。あたしはさ、戦闘も不慣れだし…途中で消えちゃたし、まあなんていうか、足手まとい感は拭えないよなってずっと思ってて、だからアーロンにとって自分がそう言ってもらえるだけの存在であれたのが凄く嬉しかったの」

「…事実だ」

「…うん、ありがと」





そこまで言えば流石に多少照れがあるのか、ナマエははにかむように…だか嬉しそうに小さく微笑んだ。

恐らく、ナマエはあの夜の言葉に後悔は無いのだろう。
ナマエがそう思えているのは良い事だと思った。

…もし。
もしも、俺がお前に本当の気持ちを答えたら、お前は何と言うのだろう。

…きっと、お前は見送ると言ってくれるのだろうな。

留まって共にいることは、きっと望まないだろう。
…心のどこかで願っていたとしても、耐えて、気持ちを押し殺して…絶対に口になどしない。

死人である事は、…そろそろ言わなくてはならないと思っている。
お前には、ちゃんと。

…その時に余計に苦しませるのはわかってる。

だから、知る必要など無いんだ。
余計なものを…背負わせる理由はない。





「…ブラスカさんも、ジェクトさんも…掛け替えのない、大切な人。今ここにいるみんなも…。だから、ユウナのこと…本当の本当の最後まで、諦めないよ」

「……。」





ナマエは目を閉じ、すう…っと深く息を吸いこむ。

ザナルカンドでの真実は、こいつの目にどう映るだろうか。
あの時、見ることのなかったナマエと共にこの地に立つ光景。

期待…不安…。
色々入り混じる…。

物語は、どう動くのか…。

そう思いながら、俺もしばし…目を閉じた。



To be continued

prev next top
×