笑みに隠した震え



北の霊峰ガガゼト山。
一面が銀世界であるこの景色に、召喚士ユウナ一行は辿りついた。

反逆者の一件やキマリの事で生じていたロンゾとのわだかまりを解き、奴らに見送られて山を登る。
この山を越えれば、もう…そこにあるのはザナルカンドだ。

その事実を胸に、歩きながら、それぞれが様々な想いを抱いていただろう。





「アーロン…10年前も、ここ来たんだよね?」





雪を踏みしめ歩く中、ナマエが俺を見上げてそう尋ねてきた。

此処からは、ナマエの知らぬ旅路になる。

ナマエがいなくなり、3人で歩いた旅路…。
俺はそれを思い出しながらナマエの声に頷いた。





「ああ。歩いた。足取りは、…重かったな」

「…ん?」





この道を歩くその足は、鉛のように重かった。
進まずに済むのなら…そう、何度思っただろうな。

おまけにナマエが消えた事に対しても俺はまだ完全には諦めきれていなくて。

だから、お前と交わした約束がずっと頭に残り続けた。





「昔、ビサイドでお前と話したろう。どうブラスカを死なせない様にするか…考えていた」

「…アーロン」

「すまなかったな」

「え?」

「俺は…何も浮かばず、止める事も出来なかった」

「アーロン…」





ブラスカを救う方法を共に考えよう。
そうふたりで交わした約束。

お前の分も俺が…と決意を強くしたが、しかしその結果は…。

その謝罪を口にすれば、ナマエはふるふると何度も首を横に振った。





「ううん、アーロンのせいじゃないよ…。うん…アーロンのせいじゃない…」





首を振りながら、俺のせいではないと何度も繰り返すナマエ。

その手はぎゅっと握りしめられ、少し震えているようにも見えた。
しかしそれはこの寒さからくるものではないのだろう。

ユウナを救いたい。
しかし、何も思いつかないという恐怖。

そんな焦りと、10年前その場にいられなかった後悔もこいつにはのしかかっているのかもしれない。

俺は少し先を見つめる。
そこには前を見据えて一歩一歩しっかりと進んでいくユウナの姿があった。

ユウナは迷わない。遠い日の記憶…ブラスカを思わせるその背中。
強い娘だと…本当に、そう思った。

そうして山を登り続け、だいぶ時間が経った頃…厄介事が落ちてきた。





「ユウナ殿、お久しゅう」





現れたのはシーモアだった。
ここまで追ってくるとは…ご苦労な事だな。

そう思いながらも、こうまでする執念…か。

シーモアは食い止めようと向かってきたロンゾ達にもその刃を向けたようだ。
一体何がコイツを突き動かすのか…。

シーモアはキマリを見て薄く笑った。





「そのロンゾの悲しみ、癒してやりたくはないか?」

「何を言いたいのです!」

「彼を死なせてやればいい。悲しみは露と消える。スピラ…死の螺旋に囚われた悲しみと苦しみの大地。すべて滅ぼして癒すために私はシンとなる。そう、貴女の力によって。私と共に来るがいい。私が新たなシンとなれば、お前の父も救われるのだ」





強く言い返したユウナの言葉にシーモアはティーダにその視線を移す。

…厄介だな。

どうやらシーモアはジェクトがシンである事を知っているようだった。
同時に、究極召喚の真実を…。





「お前に何がわかるってんだ!」





ティーダが怒鳴った。

しかしその時、ユウナをはじめとした皆の顔に困惑の色が浮かぶのが見えた。

シンとジェクトの関係…。
それはここまでティーダとナマエ以外には伏せてきた事実だ。





「哀れなものだな。だがその絶望もここで消える。全ての嘆きを断ち切ってやろう。スビラの悲しみを癒したくはないのか?滅びの力に身を委ねれば安らかに眠れるのだ」





シーモアは幻光虫を集め、背後に出現させた巨大な物体を合体した。

戦闘が始まる。
全員が武器を構え、その場の空気が一瞬にして変わる。

ナマエは魔法の詠唱に移ろうとしていた。
するとそれを見たシーモアはナマエに目を向け、また特有の薄い笑みを浮かべた。





「ナマエ殿…やはり、貴女は興味深い対象だ…」

「……?」

「眠っている素晴らしい魔力…。貴女を取り込めば、私は更に力を手に入れられる」

「と、取り込む…っ!?」





興味を示され顔をしかめたナマエだったが、その力を取り込むという言葉に己を抱きしめて僅かに後ずさった。

それとほぼ同時。

俺はそんなナマエの肩をぐっと掴み、そこに代わるように背に追いやった。
そして、シーモアを睨みつけた。





「前にも言ったはずだが?」





マカラーニャでのやり取りを思い出し、俺はそう低く言う。

なるほど…ナマエの力への執着も相変わらずか。
取り込むとは、随分と直球で来たものだな。

シーモアと視線がぶつかる。
すると奴はまた笑みを浮かべた。





「フフッ…もしかすると貴方がここにいるのは、彼女の為でしょうか?」





シーモアがそう言った時、ナマエが小さく「え…」と零すのが聞こえた。

…ナマエの為。
そう言われ、正直何も思わなかったと言えば…きっと、嘘になるだろう。





「ナマエ、ファイガを放て」

「えっ…」

「ぼさっとするな」

「あ…うん!」





俺はシーモアの言葉を無視してナマエに魔法を呼びかけた。

…俺が、此処にいる理由。
そんなのも、こいつに語る理由も無い。

…だが、実際のところ俺は…その言葉に目を逸らしたのかもしれない。





「もう邪魔すんなよ!」





しばらく続いた戦闘の末、シーモアは姿を消した。
ティーダはその空にそう叫んだが、恐らくまだ…ユウナが異界に送るまで現れるだろう。





「私の力でシンになる…」





シーモアが消え、静かになった中でユウナがそう呟いた。
恐らく戦闘の中でもずっと引っ掛かっていたのだろう。

自然とユウナに視線が集まる。





「戯言だ、忘れろ」





俺はその空気を消す様に間髪入れずそう返した。
しかしユウナは考えることを止めない。





「彼がシンになれば、ジェクトさんは救われる…?」

「あ、あのね、ユウナ…!」

「行くぞ」





慌てたようにユウナに声を掛けたナマエ。
だが、それは逆効果だったかもな。

余計に口を出さなくていいという意味も込めて俺は進む先に足を動かしたが…当然、そこまで来たユウナは引かなかった。





「何か知ってるなら教えてください!ナマエも、何か知ってるの?」





俺は黙った。ナマエも同様に。
するとその様子を見たユウナはティーダに詰め寄った。





「教えて」

「シン…親父なんだ」





ここまで来たらもう隠すのは無理だろう。
ティーダは俯き、その真実を口にした。

当然、その場は困惑とどよめきが起きた。

シンはジェクト。
そんなことを聞かされれば、誰しもまた色んな想いが巡る。





「…ごめん。例えシンがジェクトさんでも…シンがシンである限り、私…」

「わかってる、倒そう。親父もそれを望んでる」





もう道を迷わないと決めたユウナは、その覚悟を折りはしなかった。

…それでいい。
その意思には、素直に感心を覚えた。

だが、その場の空気は非常に重苦しくなった。

そんな状態のまま、再び歩みがはじまる。





「アーロン…!」





数歩歩いたその時、突然ナマエが俺の名を叫んだ。

切羽詰まったような、そんな声。
そんな叫びに俺だけではなく他の者も振り返る。





「なんだ?」

「…あ…」





俺の声と、集めた視線に我に返ったのかナマエはハッとしたような顔をした。
そして少しの呼吸の後、すぐさまいつものように笑みを浮かべてゆっくり首を振った。





「あ、な、何でもない。ごめん」





見たところ魔物などもおらず、周囲に特に異常はない。
ナマエも笑ってるところを見れば、そういった類の話では無いのだろう。

皆もその笑みを見て歩みを再開する。

気にはなった。

だが恐らく、今問い詰めたところで素直には言わないだろう。
誤魔化したところを見てもそれは明らかだ。

吹雪いている此処でいつまでも足を止めているのも何だ。
だから俺はそこでナマエに聞き返す事はしなかった。




To be continued

prev next top
×