君に似合うドレス


親父さんが丹精込めて作ってくれたパープル色のシルクのドレス。
大人っぽく、しかしどこか甘さも残した色気のある香りのセクシーコロン。
角度によってはその色を変える美しい輝きのダイヤのティアラ。
ひらりと淡く可愛らしいピンクのランジェリー。
そしてそして、何気に負けず嫌いなのか目的も忘れる勢いで奮闘したスクワット対決で見事クラウドが綺麗なお兄さんから手に入れたブロンドのカツラ。

完璧だった。
ここまで揃うと壮観だ…!

見事に集まった女装アイテムの数々。
それを目の前にしたあたしは今、人生においてもそうそう経験したことのない満ち足りた感動を覚えていた。もう震えるくらいに!

そして、ブティックの試着室の前でそれらを手にし、あたしとは別の意味で震えている男の人がひとり。





「着替えるの?」





茶色いツイストを揺らし、首を傾げながらそう尋ねたのはエアリス。
その声を聞いた震える男…もとい、クラウドはギュッと目を瞑り、そして歯を噛みしめた。
その様子からは、なにやら凄まじい葛藤が感じられるような。

彼は閉じた瞳を開けた。
そして、歯を噛みしめたまま試着室の鏡に映る自分を見つめ、やっと決意した。





「覚悟を決めた」





君はこれからどこに戦いに行くんだと。
正直、そう言わんばかりの凄い勢いでクラウドは試着室に飛び込んでいった。

締められたカーテンの向こうから、服を脱ぎすて、新たに着込む音がする。
そして、その試着室にはその店にいる誰もが視線を集めていた。

ぶっちゃけ着替えをそんなに注目されるなんてねえ…とは思うけど、あたしも注目しちゃってるひとりだからそりゃもう何とも言えない。

っていうか、注目するなって方が無理な相談だってのよ!

あたしは胸を抑えていた。
いやもうちょっと苦しいくらいに高鳴りが抑えられなくて!!

病気かよって言われたら病気だよ!!!としか言えない。
あ、やばい。ちょっと自分でも何言ってるかわかんなくなってきた。

でもね、ほらもう遂に、遂に遂にやってきちゃったんだよ…!
待ちに待ったこの瞬間が…!!!!

遂に訪れたクラウドの女装の瞬間にあたしの病気は完全に末期症状。

そして、時はきた。

カーテンが揺れる。
クラウドが手を掛けたのだろう。少しずつ、シャー…と音を立て開いていくカーテン。

中から彼…いや、彼女が現れた瞬間、店内にはワッとした空気が広がった。





「ほう、これはなかなかどうして。新しい商売になるかもしれんぞ」

「そうだね。やってみようか!」





服屋親子は新しい商売に目覚め、活気を取り戻した様だ。
これで親父さんも無事スランプを脱却出来た事だろう。





「お淑やかに歩いてね。クラウドちゃん」





そして、試着室で動かないままでいるクラウドにエアリスはくすっと笑ってそう言った。
当然、クラウドは嫌そうに顔をしかめる。





「…何がお淑やかにだ」





クラウドはガクッと肩を落とした。
そして一歩足を動かした瞬間に踏みそうになった事を気にし、引きずらぬよう少し裾を上げて試着室から出てきた。





「……ナマエ?」





すると、彼は着替えてからというもの一度も言葉を発していないあたしに気が付いてくれた。

編み込まれたブロンドの髪を揺らしながら、固まったままのあたしの元へと近づいてくる。
そんなクラウドが目の前に来た瞬間、あたしはバッと両手で口を押えた。

…なんというか、感極まった。





「っ、クラウド…」

「な、なんだ…」





何か、あたしのただ事では無さげな様子を感じ取ったらしいクラウド。

なんというか、あたしも自分で驚いている。
こんなにも言葉が出てこなくなるものなのかと。

そもそも、クラウドの容姿は本当に悪くないのだ。
中性的であり、凄く整った綺麗とも言える顔立ちだ。

それはこの世界に来て生で彼を見て、改めて強く実感した。

だから、さぞ様になる事だろうとは思っていた。
実際、コルネオの屋敷にすんなり入れるほどクオリティの高い女装になることも知っていた。

そして、その期待は見事に裏切られなかった。
というかむしろ予想以上だった。

今目の前にいるのは何だ。

そう、もう…なんだろうか。
とになく予想以上の感動がそこにはあったのだ。

何言ってんだって話だけどあたしは大真面目だ。
だって感極まるくらいだもの。

でもだんだん落ち着けてきた気がする。
じわじわ沁みてきて、やっと自分の中で感情の処理が少しずつ出来てきたような。

そうしたらもう、こう…やっぱり声は出てきてしまうのだった。





「おおおおおお…!叫びたい。この感動を叫びたいよクラウド…!ねえ、叫んでいいかな、クラウド最高って」

「…やめてくれるか」

「くそおお…!どうしてあたしは今カメラを持っていないんだ…!携帯どこなの…!なんで一緒にトリップしてないの!」

「凄く知らないが、とりあえず俺は今あんたがカメラを持っていなくて心底安心してるな」

「ちょっと買ってきていいかな。大丈夫、すぐ戻る」

「大丈夫じゃない。買いに行かなくていい」





早い話、やめろと睨まれた。
いや別に怖くは無いんだけど。むしろヤバイ綺麗ヤバイ!ってので頭が埋め尽くされてるっていうか?

とりあえず、頭が興奮でエライことになってるけど一応整理するとクラウドは本当に美人だった。
まあ確かにやっぱ肩とかちょっと気になると事はあるけれど、そこは流石女装用のドレスだ。こう色々上手い具合によく馴染むように作られていた。親父さん凄い。

でもやっぱり元のクラウドが中性的で整った顔立ちなのは大きいだろう。
結構マジに女の人に見える。普通に街で見かけても、美人さんだ〜と思ってしまうであろうくらいには。





「やばいよクラウド!最高だな!」

「……別に、全然嬉しくないからな」





最後に笑ってそう言えば、クラウドは重たい溜息をついた。
そしてエアリスは、そんな暴走気味のあたしにこれまたクスクス笑ってた。




「ふふふ!ナマエ、大絶賛、だね」

「おうよ!いやでもエアリス〜これは大絶賛しちゃうでしょ!」

「ふふ、そうだね。本当、綺麗だよクラウド。でも、いいな、そのドレス。私に似合うのもないかな?」




そう言って掛けられたドレスを眺めはじめたエアリス。
その言葉に反応した店主たちは「これはどうだ」とここぞとばかりにエアリスにドレスを勧め出した。

しかしエアリスはその意見を軽くあしらい、自らで綺麗な赤いドレスを選んでひらりとあたしとクラウドに見せてきた。





「ナマエ、クラウド。私、これがいいな!私、着替えてくるから、その間にナマエもどれか選んでおいてね」

「ん?」





覗いちゃ駄目よ、最後に可愛くそう言って赤いドレス共に試着室へと消えていったエアリス。

あらやだエアリスなにその言い方超可愛い。
…とか言ってる場合ではなさそうだ。

あたしは目の前にいるクラウドとぱちくり顔を合わせた。





「あたしもドレス選ぶ…の?」

「あんただけ外に残すわけにもいかないしな。というか入るんだろ?」

「うん、まあ残されても困るし、入る気も満々だったけども…」

「なら選ぶんじゃないか?ひとりでそれだと浮くだろ」

「そりゃごもっともで…」





ハッとした。そうか。言われてみれば確かにだった。
完全にクラウドの女装に気を取られてたけど、一緒に入るなら自分もドレスアップしなきゃなのか。

クラウドの言う通り、ひとり私服じゃ場違いもいいところだろう。

あたしはちらっと掛けられているドレスたちに目を向けた。
おお…なんとも煌びやかである。





「あー…全然考えてなかったわ…どーしよ。ドレスなんてほっとんど着た経験も無いしなあ…」





適当にハンガーをずらし、何着か眺めてみたドレス。
可愛らしいものから綺麗系、セクシーまで色々なタイプが揃ってる。

そもそもドレスっていつ着るもんなのよ。
結婚式とかそんなもんでも無い限り着ないでしょうよ。

いきなり着ろと言われても正直選択に悩みます。





「ええええ…まじか。クラウドどうしよ」

「どうしようって…好きなもの着ればいいだろ」

「簡単に言ってくれるな君!自分はちゃっかり良いドレス着ちゃって!」

「着ろって言ったの誰だ」

「えへ!いやでも、うーん…本当どうするかな…」





何枚か眺めてみたけど、結構悩む。
エアリス、よくあんなにさらっと決められたな。

うーん、クラウドみたくもうコレ!っ決まってた方がこの際ラクなんだけど…。

って、あっ、そうか。
そこでピンときたあたしはパッと隣にいるクラウドの顔を見上げた。





「よし、じゃあクラウド!あたしのドレスを選んでちょうだい!」

「……は?」





浮かんだ提案…クラウドに選ばせてみるの巻。
言ってみたら、案の定何言ってんだって顔された。

まあその反応は正直予想の範囲内だ。
だからあたしはパンと手を合わせ、改めてクラウドにお願いしてみた。





「ね〜、お願い!お助けを。クラウド」

「いや…どうしてそうなった?意味がわからないんだが」

「いやもうなんかこの際誰かに選んでもらった方が楽じゃね的な」

「楽…か?服は好みによるところが大きいだろ」

「うーん…まあねえー。まあ大丈夫!あたし、好みの範囲わりと広いし!あ〜でもあまりにも好みじゃなかったら却下しちゃうかも?あとわざと変なの選ぶのも無しよ〜」

「…結局注文多いな」

「えー?そこはフツーの意見でしょ。ね、頼むよクラウド〜。せめて一緒に探すの手伝ってくれると有り難いんですが」

「……。」





手を合わせてこの通りと願い出る。

あれ、こんなの前にもあったような。
思えば傍に置いてくれって言った時もこんな構図だった。

なんかあたしってばクラウドに頭下げまくってる気がする。

だけど、それでも何だかんだ言う事を聞いてくれるクラウドはやっぱり良い奴だと思う。





「はあ…ドレスなんて、俺だってわからないぞ」





溜息をつきながらも、掛けられているドレスをずらして一枚一枚見ていくクラウド。
どうやら手伝ってくれるらしい。しかも結構真剣に考えてくれるみたいだ。うん、やっぱこいつ良い奴だ。確信。





「うーん…。そうだな…じゃあ、これとか…どうだ?」

「ん?どれ?」





それぞれ手分けして探していると、クラウドはひとつのドレスを選んで取り出しあたしに見せてくれた。





「…クラウド、なにそれ」

「え…?」





クラウドが見せてくれたドレスをあたしは受け取る。
そしてまじまじ眺めると、ぱっとクラウドを見上げた。





「おお…!いいじゃんこれ。凄く良いよ、これにする!決めたよクラウド!」

「えっ」

「へ〜!綺麗!よくこんなのパッと見つけたね〜」

「え、それでいいのか…?」

「うん。なんで?テキトーに選んだ?」

「いや、そう言うわけじゃないが…」

「じゃあいいじゃない」

「…まあ、あんたがいいならいいんだが…。その、完全に俺の趣向で選んだから…」

「まあ、それしか選びようないしね。いいよ、ありがとう!クラウドの感性でいいなって思うの選んでくれたんでしょ?あたしの好みにも合致してるし、これ以上に無いでしょ」

「そ、そうか」





即決だった。
いや本当、クラウド、マジでいい感じの持ってきてくれた。

なんだかホクホクだ。
こう、なんだろ。服買いに来て凄く良いの見つけられたときのドンピシャ感だ。

クラウドも一発でOKが出ると思ってなかったのかちょっと驚いてたけど本当にストライクだったんだからしょうがない。

それに良く考えたらクラウドが選んでくれたドレスとか、なにそれやべーなってなもんである。

そんなわけで、ちょっとドレスを着るのが楽しみになったあたしはきっと恐ろしく現金な奴だろう。



To be continued

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