そんな貴方も大好きです


高級というわけでは無いけれど、わかりやすく美味しそうだと感じる匂いが鼻をくすぐる。
調理の煙と、注文の声が飛び交う賑やかな庶民的な良い雰囲気だ。





「あたし焼肉定食がいいな〜!」

「…ああ、いいな。俺も、それにする」

「ふたりとも、食欲旺盛ね」





並んで座ったカウンター。
「はーい」と手を挙げ頼んだ注文。

あたしたちは今、ウォールマーケットにある定食屋さんを訪れていた。

いやあ、本当に良い匂い。
良い感じに胃袋を刺激してくれる。

ほら、腹が減っては戦は出来ぬって言うし?
って、つまりは単純にお腹減ったよねってことなんだけど。

なんだか脱線してるみたいに見えるが、勿論コルネオの屋敷に入るため目的を忘れたわけではない。
ていうかティファを忘れるとかありえませんからー!

では何故こんなところにいるのか。
それは、まあここのイベントやりこんでる人にはわかるでしょうってアレだ。

まあ表向きはドレスが出来上がるまでにはそこそこの時間が掛かるから、それならば腹ごしらえもしておこうじゃないかと、まぁそういった話なんだけどね。





「ん〜!おいしい〜!やっぱ焼肉定食は外れないよね〜」

「まあまあだな」

「ありがとうございました。こちら、薬屋商品クーポンをどうぞ」

「あ、どうも〜!」





定食を食べるあたしに、店員さんはあるクーポンを渡してくれた。
クーポンはラスト一枚だったらしく、あたしが受け取ると「クーポンが無くなりましたので、このサービスは終了させていただきます。次なるサービスにご期待ください」と周りにも聞こえる様に叫んでいた。

ふう。間に合ってよかったね〜。
あたしはそのクーポンを見つめてにんまり。

そう、あたしの狙いはこのクーポンだった。





「ナマエ、何それ?」

「薬屋さんのクーポンだよ」





首を傾げて覗き込んできたエアリスにぴらっと見せたそのクーポン。
使い道は勿論、薬屋さんでの商品の交換だ。





「これ食べ終わったらちょっくら交換に行ってみようか」

「そうね。折角もらったんだし」

「あ、じゃあクラウドはその間に脇道にあるマテリア屋さんに行ってきなよ」

「は?」

「いーから行ってらっしゃいな。で、自販機はケチケチしちゃ駄目だよ」

「何の話だ」

「行って成り行きに身を任せてればわかるって〜」





あたしはそう言いながら、最後の一口をぱくりと楽しんだ。
あー、おいしかった。余は大変満足じゃ、ってね。

そんなこんなで食事を終え外に出ると、あたしは半ば無理矢理クラウドをマテリア屋に追いやり、あたし自身はエアリスと一緒に薬屋へと向かった。





「すみませーん。クーポン交換してくださーい」





後ろを向いていた店員さんに声を掛け、ぴらりと渡したクーポン。
交換できるのは消毒薬、消臭薬、消化薬の3種類のうちひとつだけ。

選ぶのは勿論…。





「消化薬、お願いします!」





即答である。ていうか即答に決まってる。
そしてそれを受け取ったその足でそのまま服屋の親父さんが呑んだくれてた酒場へ。
目指すは酒場のトイレにいるとっても辛そうな御仁。





「ちょっとそこのお方、辛そうですね。宜しければお薬ありますが?」

「ううう…え…?」





便器に蹲るその人ににっこりスマイル。
手渡した消化薬に感謝を述べられ、お礼に貰ったひとつの香水。





「じゃーん!見て見て!エアリス!」

「セクシー…コロン?うわあ…ナマエ、凄い。凄いけど、凄すぎてちょっと、ううん、かなりビックリ」

「んふふふふー」





ちゃちゃーっと手際よく手に入れたセクシーコロン。
エアリスに見せれば彼女は感心すると同時に少し目をぱちぱちさせていた。

まあ確かに、ちょっと手際よくやりすぎたかもしれない。
この辺に関しては別にもたつく理由も無いよなって思ったからなんだけど。

ゲームでもこんなのやらなくてもいいんだし。
ドレスとカツラさえあれば女装自体は出来るのだから。





「急にごはん食べようなんて言ったと思ったら、すべてはこの香水の為だったの?」

「んー。まあ、そうとも言うねー」

「と言う事は、クラウドを別行動させてるのも…何かを手に入れる為?」

「ふふっ、ぴんぽーん!時間も惜しいからね。じゃあ、クラウドと合流しよっか」





さてさて、クラウドくんはちゃんと例のブツを手に入れることが出来たのでしょうか。

あたしとエアリスはクラウドがいるであろうマテリア屋さんへと足を運ぶ。
するとその時、ちょうどクラウドが中から出てきたところだった。

手の中に、光り輝くティアラを握りしめて。





「クラウド〜!おお!それは…!?」

「…ナマエ、そのわざとらしいリアクションは何だ」

「えへへ!」





クラウドに駆け寄り、クラウドが持っていたティアラにオーバーなリアクションを取ったら何とも言えない顔をされた。
まあ、それはておき。クラウドが差し出してきたそのティアラを、あたしとエアリスはまじまじと見つめた。





「わあ!綺麗なティアラ。クラウド、これ、どうしたの?」

「ああ…そこのマテリア屋でちょっと頼みごとをされて、引き受けたら礼として貰ったんだ」

「ふふ!クラウド、ちゃーんとあたしの助言聞いて高いの買ってくれたんだね〜!」

「……ナマエ、あんたの狙いはこれだったのか?」

「ふふふふ〜!こっちも収穫あったよ〜!」





じゃじゃーん、と先ほど手に入れたコロンを見せるとクラウドはとても嫌そうな顔をした。





「…セクシーコロン。それ、俺が付けるのか?」

「あはは!あったりまえじゃな〜い!」

「……。」





やだな〜、クラウドってば何を当たり前のことを〜!
そうケラケラ笑えばクラウドは顔をしかめていた。

するとその時、ふとエアリスがクラウドのズボンのポケットを見て何かに気が付いた。





「あら?ねえ、クラウド…そのポケットに入ってるの、なあに?」

「え?あ、ああ…いや、これは…」





少し言葉に詰まった様子のクラウド。

ん?なんだろうか。これ以上の仕掛けは特にしてないんだけど。
特に思い当たる節が無くて、あたしもクラウドのポケットに視線を落とす。
すると彼のポケットから何か紐のようなものが垂れていた。

クラウドがそれ引き抜くと紐につられてカードのようなものが出てくる。

……って。





「蜜蜂の、館…?」





見せてくれたそれにあたしは目を丸くした。
そこに書かれていたのはあの如何わしいお店の名前と、紛れもない会員の文字。





「いや…さっきそこで踏ん切りがつかないからって突然渡されて…」





どこか気まずそうにそう言ったクラウド。

いや…正直、これをひとりでゲットしてくれちゃうとは流石に想像してなかった。

店同様、無駄に煌びやかな如何わしい雰囲気ただようそのカード。
それは紛れもなくあの蜜蜂の館の会員カードだった。





「おっ!右手に輝く会員カード!どうぞ、お通り下さい」





店の前まで来ると、クラウドの右手に握られたその会員カードを見るなり、呼び込みの男がクラウドを入り口の方まで案内していった。

いやあ、相変わらず如何わしさ前回のお店だなあ…。
再び見上げたその外観にあたしはまたも苦笑い。

それからあたしは案内されているクラウドの背を見つめた。
エアリスも隣で一緒に。

クラウドは目の前にしたその店をじっと見上げていた。
ぶっちゃけましょう。すっげー見てる。

すると彼はその視線を一度外し、あたしとエアリスに振り返った。
その目は凄く真剣だった。そして、自分を見つめていたあたしたちに、もっともらしく言い放った。





「ここに女装に必要な何かがある。俺にはわかるんだ」





拳を握り、本当に真剣な顔。
そんな彼の言葉にエアリスは目を細めた。





「………ふ〜〜〜ん。そうやって、ごまかしますか」





あたしの腕に手を絡め、そう言って返したエアリス。
クラウドは改めて店を見上げた、そして最後に気合の一言。





「行くぜ!!」





何の気合だろうか。
やっぱりこう、何か意を決しなければならない何かがあるのか。

なんにせよ、出会ってから今までこんな気合入ったクラウド見た事無い。

ていうか駄目だ。
やっぱり最後の一言はトドメだった。





「……ぶはっ…!」





限界が来た。
もうなんかこう色々せき止めてたのが溢れかえって思わず吹き出してしまった。

い、いや…だって、これ生で見て吹きだすなとか無理じゃない?
ていうか本当に言ってくれちゃったよ。正直物凄いワクワクしてたよ。
聞き逃してなるものかあ!ってこっちも真剣になりすぎて黙ってたわけなんだけども。

でもそんなあたしに負けず劣らずの真剣な顔してクラウドが言ってくれちゃうもんだから、いやもう無理だった。
お前、クール気取ってどんだけそこに入りたいんだよと…!

とりあえず、店の扉をくぐろうとしたクラウドの肩があたしの吹き出しにビクリと一瞬跳ねたのは見えた。





「ねえ、ナマエ。ナマエは今のクラウドの様子、どう思う?」

「んー?あーんなクラウド、なかなか見れないな〜って。レアだよ、レア」

「まあ、確かにね」

「ところでエアリスも強かだよね。こんなところで商売っ気出しちゃって」

「ふふ、褒め言葉として、受け取っておくわ」

「うん。褒めてる褒めてる〜」





その後、しばらく店の前で待ちぼうけを喰らう事になったあたしとエアリス。

クラウドの気配が無くなったことにより自分に寄ってくるようになった男たちにエアリスはお花を売りさばいていた。非常に強かな娘さんです、本当に。
で、あたしはその様子を傍で眺めて、ふたりで話しながらクラウドを待っていた。

時折、趣味の悪い事にあたしに声を掛けてくるお兄さん方もいたけど、その辺はまあ適当だ。
いざとなればマテリアを使えばいい話。あたしの魔力は尋常じゃないようだから、多分その辺に一回ぶっ放してみれば去っていくだろうという寸法で。

いやあ…しかしだ。
コルネオにクラウドを選ばせるのなら此処にクラウドを放り込まなきゃなとは思っていたけど、本当、クラウド自ら勝手に会員カード手に入れちゃうとは。

でも、あのクラウドの台詞を聞けちゃったことには本当に大満足だ。
正直最高だ。あんな彼も大好きですよ、まったくもう。

そうして待つこと数十分…てなところか。
しばらくすると、店の中からクラウドが出てきた。





「クラウド!」

「クラウド〜」





待っていると言うのは、色々と体力を使うものだ。
居心地のいい場所ではないし、やっと帰ってきたその姿に待ち遠しさを感じたのは確かで、エアリスはぱっと顔を上げ、あたしもひらひらと手を振った。
すると周りを囲んでいた男たちが渋々と不満げに離れていった。

クラウドがこちらに歩み寄ってくる。だけど、そうしてまじっと彼の顔を改めて見た瞬間…。





「ふっ…!」





さっきのクラウドの意気揚々とした台詞が脳内で再生されてしまい、あたしは思わずまた吹きだして慌てて口を抑えた。クラウドはまたびくっとしてた。

いやでもさ、あれは…ごめん。やっぱり吹く…!





「くっ…ふっ、お、おかえり…クラウド…、っふふ」





エアリスのジャケットを掴み、というか…彼女の肩に隠れて笑うのを堪える。
いや、全然堪えられてないんだけど。

だってどうしても頭を回る先ほどのクラウドの言動。
いやでもね、生で見たぞ聞いたぞ〜!っていう感動も含まれてるんだよコレ。
言っても信じて貰えない…ていうかクラウドにとってはどーでもいいことだろうけどね。





「っ行くぞ…!」





いつまでも自分を見て肩を震わせてるあたしに、クラウドは足早にあたしたちの横を過ぎ店の前から立ち去って行った。
その様子にあたしとエアリスは顔を合わせ、今度はふたりで吹きだした。

そしてタッと駆け出しふたりでクラウドを追い掛けた。





「クラウド!待って待って!」





追いついて、横に並ぶとあたしはひょこっと彼の顔を覗きこむ。
そしてにっこり笑って、聞いてみた。





「ね、中どうだった?」

「…別に」





素っ気なかった。
けど、あたしの記憶のままならばあのお店の中で起こる可能性は二通りだ。

あのお店の中にはまあ…こう個室がいくつかあって、そのうち空いているふたつの部屋のどちらを選ぶかでクラウドに起こる事も変動するわけだ。

で、まあ結局どちらを選んだところであの気合に見合うイイコトは起こらないわけなんだけども。

でもこうして入って来たからには、なにかしらの収穫はあったはずだ。
そう、あの言葉の通りにね…。





「ここに、女装に必要何かがある…俺にはわかるんだっ!」

「!?」





たぶん全然似てないけど、ちょっとさっきのクラウドを真似て言ってみた。
こうグッと、グウッと拳握りしめて感情込めてね!

そんなあたしの言葉にクラウドは顔をぎょっとさせていた。

んでもってそんなの見たら…あたしはまた駄目だった。




「ぷ…っ…あ、あははははっ!も、もうやだ…お、お腹痛い…!」

「……。」

「ふふっ…ナマエ、やめてよ、笑っちゃう。でも雰囲気、凄く出てた!」

「あは、エアリスありがと。でも、くくっ…そんな気合入れなくても…!クラウドも男だなあ、あはははっ…!」

「……嘘は言ってない。収穫はあったからな」

「ああ、うん。そうだろうね」

「…!」





驚くことなく頷いたあたし。
その反応を見たクラウドは多少驚いていたけれど、それでもどこかでは察しがついていたようだった。
エアリスはきょとんとしてたけど。





「本当?そうなの?クラウド」

「っ…ナマエ…、やっぱりあんたあの店の中のことも…!」

「ああ、だから入る前にビクッとしてたのか。ふふ、まあなんとなーくはね。でも全部を全部知ってるわけじゃないよ。そのお話って分岐することもあるからクラウド次第なとこもあるし」

「分岐…?」

「うん。現にあの店入らないって選択肢もあったしね。あ、でもそれは無いか。スルーしそうだったらあたしが無理矢理フラグ作って放り込んだもんね」

「は…!?」

「だって面白いじゃん!あんなクラウド、そうそう見れないでしょ?」

「…あ、あれは…ていうかお前な…」

「ふふ!まあ、あたしはそんなクラウドも大好きなわけなんだけども!」

「っ…」

「んふふ!まあなんにせよ収穫はあったんだしさ!ふふふふー。凄いよね、クラウドの勘、大当たり〜!なーにもらったのかな〜」

「…く…っ」





クラウドの顔が引きつった。
ていうか終始反応がなんか面白かったから、正直笑いが止まらなかった。

まあつまりは、あの店に気合入れては入っちゃったのはいいけど、あたしが吹き出したのを聞いてもしかしたら中で起こる事をあたしが知ってるんじゃないかとあの時点で我に返らせちゃったみたいだ。

ちなみに後で確認したところ、クラウドがあの中で手に入れたアイテムはランジェリーだった。
つまりはお部屋でぶっ倒れて気絶しちゃうルートだったようだ。

あと中で出来ることと言えば、お色直しのお部屋で化粧もしてもらえたはずなんだけど…。
でも戻ってきたクラウドはすっぴんだった。
化粧して貰って来たら完璧だったけど、流石にそこまで都合よく上手くはいかないか。





「エアリス、エアリス!これだよ!クラウドが言ってた女装に必要な何か!」

「ふふ、クラウドの勘ってば本物ね!ちゃーんと女装に必要な何か、見つけてきたのね〜!」

「…もう、勘弁してくれ…」




無駄に強調する《女装に必要な何か》の言葉。
とりあえず、あのうっすいヒラヒラのランジェリーを広げ、あたしはエアリスと一緒に大笑いしたのでした。



To be continued

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