イグニス

たまにはゆっくりした休息を取ろうと、今日はまだ日の高いうちからレスタルムに宿を取った。

皆は各々、街に繰り出し買い物などを楽しんでいるようだ。
その一方で俺は部屋に残り、部屋についているキッチンで新しく思いついたレシピを試していた。

折角自由に使えるキッチンがあるのだから、と…まあ理由はそんなところだ。





「わ、良い匂い〜」





丁度出来上がったその時、キッチンの入り口から声が聞こえた。女性の声だった。

女性はひとりしかいない。その声ですぐに誰か察する。
振り向くとそこにはやはり思い浮かべた彼女の姿があった。





「ああ、帰ったのか」

「うん。皆はまだ帰ってないんだね」

「ああ。久々の街だからな。羽を伸ばしているんだろう」

「ハメ外し過ぎなきゃいいけどね〜。で、それなになに?」





彼女はキッチンに入ると、今出来上がったばかりの菓子を覗き込んだ。

こうして興味を示してもらえるのは悪くないものだ。
まだ名前も無い料理だが、俺は彼女にその菓子を勧めた。





「出来立てだ。よかったら食べるか?」

「え!いいの?」

「もともとお前たちに食べさせるつもりで作っている」

「そっか。じゃあお言葉に甘えて」





彼女はそう言って笑顔を浮かべながらそれに手を伸ばした。

初めて作ったものだ。
一応味見はしているが、人に食べさせるとなると緊張はある。

しかし、喉を鳴らした彼女の反応がその心配が無用の物だったと教えてくれた。





「うわあ、なにこれ美味しい!」





顔をパッと、そう言ってくれた。

いつも美味しいと何でも食べてくれるものだが、ここまでのリアクションは珍しいか。
その顔を見ると、自然と俺も笑みが浮かんだ。





「そうか。お気に召してもらえたなら何よりだ」

「うん!すっごい美味しいよこれ!…えへ、ごちそう様!」

「早いな」

「だって美味しいんだもん。…とと、匂いに釣られて荷物ベットに投げて来ちゃた。ちょっと片してくる」





そう言って彼女は自分の分をあっという間に完食し、一度キッチンを出て行った。
俺は軽く頷きその背中を目で見送る。





「あ、イグニス!」





しかし、見送ったばかりの顔はまたすぐにひょっこりとキッチンの扉から覗いた。





「ねえ、それまた作ってくれる?」





顔だけを覗かせ、首を傾げてそう聞いてくる。





「……、」





…何故だろうか。
俺はその仕草を見た瞬間、一瞬言葉に詰まった。





「ああ。構わないが」

「やった!約束ね!」





大した反応では無かったから、気付かれはしなかった。
俺の了承に彼女はにっこり笑い、そうして今度こそパタパタと部屋に戻っていった。





「…参ったな」





その音を聞き届けた後、俺は小さくそう呟いた。

そんなに物珍しい言葉でもないだろうに。
笑顔だって見慣れたものだ。

しかし案外、切っ掛けなどこんなものなのだろうか。

胸に浮かんだその感情。
確かに感じたそれに、俺は己を小さく笑った。



END


早くエピソードイグニスやりたい。(この話関係ない)

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