集い来る仲間たち


「死せる魂に救済を!」





扉の向こうから声がした。
それはよく知っている彼女の、ヴァニラの声だった。

ライトとファングと、一緒に扉に一直線に向かう。
そして前を走っていた二人はバンッと勢いよく扉をこじ開け、その前にいた衛兵をなぎ倒した。

やっと、やっと辿りついた救世院の儀式の間。

あたしはそこに広がっていた光景に目を見開いた。
部屋の中心部には階段で繋がる祭壇がありヴァニラはそこで救世院の聖主卿たちに囲まれ聖宝を発動させていた。





「これ…」





部屋にはいくつもの見た事の無い不思議な光が漂っていた。
発動された聖宝は宙に浮かび上がり、その光たちを集めているように見える。





「この光が、死者の魂なのか?」

「ヴァニラの呼びかけに応えて集まったんだ」





困惑するファングにそう答えたライト。
祭壇を見上げればヴァニラは手を掲げ、一心に聖宝に祈りを捧げている。

早くとめないと…!

そう思ったその時、突然足元がぐらりと大きく揺れた。
何かの予兆だったのだろうか。体制を少し崩したけれど、とにかく儀式を止めなくちゃいけない。





「急ぐぞ、ナマエ、ファング!」





ライトにそう声を掛けられ、あたしたちはヴァニラのいる祭壇に向かって走り出した。
そして、ファングがヴァニラに呼びかけた。





「ヴァニラ、目を覚ませ!今すぐ儀式を止めろ!」

「ファング!?」





ファングの声に驚き振り返ったヴァニラは階段を駆け上がるあたしたちの存在に気が付いた。

ヴァニラ…やっと、また逢えた。
モニター越しじゃない。ちゃんと、実際にヴァニラの顔が見られて、あたしはその時嬉しさを覚えた。
だから思わず、あたしも彼女の名を叫んだ。





「ヴァニラ!」

「…ナマエ…!」





ヴァニラはあたしの顔を見て、凄くビックリしたみたいに目を見開いていた。
久しぶりに呼ばれた自分の名前。なんだかその事にも嬉しさを覚えて、あたしはちょっとだけ笑みを零した。

でも、折角の再会なのに、どうしてそれをただただ心から喜びあうことが出来ないんだろう。久しぶり、ってただ笑い合いたいだけなのに。

ううん、だから、全部早く終わらせる。





「ヴァニラ!ヴァニラのこと止めに来たの!」

「え…っ」





あたしはそう叫び、ライトとファングは先に階段を駆け上がっていく。あたしもふたりをすぐに追いかけた。
でも、そうして自分の傍に来ようとするあたしたちを前に、ヴァニラは静止の声を張り上げた。





「止めないで!」





必死な声。思わず咄嗟に足が止まった。
するとそこにヴァニラの隣にいた聖主卿がヴァニラを肯定すうるように口を開いた。





「聖女の詩に応え、幾万幾億の御霊が安息を求めて集いました。やがて降り注ぐ神の光によって彼らの魂はことごとく浄化され、苦しみから解き放たられましょう」

「死んでいった人たちの魂は生まれ変わる事が出来ないままずっと苦しんできた。彼らの嘆きを忘れてはいけないんだよ」





ヴァニラは言う。死者の嘆きを忘れてはならない。
そう、そこを否定するつもりはあたしたちにだってない。

ヴァニラを止めるのは、だからこそだ。





「そうだ、死者を忘れてはならない。そう思うから止めに来た。ヴァニラ、これは死者の存在を否定する儀式だ。人の記憶は消され、誰もが死者を忘れ去る」

「死者との想い出も消えてなくなる。まだわからねーのか?お前は救世院に利用されてるんだ!」





ライトはヴァニラに真実を伝え、ファングもその後ろに続けた。
その言葉を聞けば、ヴァニラの瞳がかすかに震えた。





「死者を否定するだなんて…だとしたら、忘却の禊の意味は…!」

「聖女よ、輝ける神が望むのは輝ける魂、曇りなき心。幾百年の歳月に耐えられなかったか弱き魂は不要。心を曇らす悲しみの記憶は無用。神に選ばれ、導かれし我らの魂には新しき世界に生まれ変わる歓びだけがあれば良いのです!」





迷うヴァニラに聖主卿は諭すように言う。
それは救世院の、神の本音だった。





「これでわかったろ、救世院のやつらはな、自分らだけが救われるのに死者が邪魔だって言ってんだ」

「こんな儀式に付き合って、お前が犠牲になる意味なんて無い」

「そうだよ!こんなの絶対に正しくない!だからヴァニラ!」





全員で呼びかける。
ヴァニラだってわかってるはずだ。

今まで、色んな人に出逢って来た。
そして、そのなかには別れもいくつもあった。

死者を否定するなんて、絶対正しくない。

ヴァニラは俯いた。
だけど、彼女にはまだ迷いがあった。





「でも、それでも私、償わないと!私は沢山の人の運命を狂わせて、死なせて…その人達の魂が、今なお苦しんでる声が、胸に響いて消えないんだよ…」

「お前ひとりの罪じゃねーだろ!!」

「だけどっ!!」





ファングとヴァニラの声が大きくなる。

…黙示戦争。
その時の後悔は、ヴァニラにとってどれほどの心の傷になったんだろう。

それがはじまりで、それが…未来にも繋がって…。

怖くて怖くてたまらなかったんだろう。
彼女は優しすぎるから。





「ヴァニラ…お前は、罰を受けたいんだな。禊の果てに自分も死んで、死者たちの魂に寄り添う事が償いだと思っているんだな。もう一度だけ、死者たちの魂に耳を傾けて見てくれ。彼らの嘆きは深いだろうが…お前の死を、望んでいるのか」





そんなヴァニラにライトは優しく語りかけた。

あたしとライトは知っている。
死者たちの願いを…代弁者に、教えて貰ったから。

だから今、ヴァニラ自身にそれをしっかり聞いてみて欲しい。

ヴァニラは頷いた。
そして目を閉じ、胸に手を当てて死者たちの声に耳を傾ける。

するとまるでヴァニラに伝えようとしているかのように辺りの空気が変わり始めた。
少し淀んだような、そして魔物たちも姿を現す。





「っ彼らの声が…」





ヴァニラは耳を塞ぎ、苦しそうに蹲った。





「見よ!これぞ不浄なる死者どものおぞましき妄念!嘆きのあまりに猛り狂う死者の魂は聖女の犠牲によって払わねればならんのだ!」





それ見た事かとでも言うかのように聖主卿そう言って蹲ったヴァニラの肩に触れる。

でもそれを見てあたしは苛立ちを覚えた。
聖女の犠牲。だってヴァニラに死ねって言ってるんだよ。

それを聞いたファングは槍を構え、そしてヴァニラにも目を覚ませというように声を張り上げた。





「何言ってやがる!こいつはきっと死者の想いだ!死んでいった人間を都合よく忘れようとする奴らへの怒りだ!」





ライトとファングは現れた魔物に向かっていく。
あたしもふたりに向かってまた強化魔法を放った。

そして戦いを見ながら、ヴァニラの姿も見やった。

ヴァニラは死者たちの声に耳を傾けるのをやめてはいなかった。
必死に、その嘆きの中にある意味を探し出そうとしていた。





「死者たちの声は聞こえたか?」





魔物を片付け、ライトは剣を納めながらヴァニラに振り向き尋ねる。





「うん…」





ヴァニラはゆっくり頷いた。





「深い嘆きと哀しみと、それから願い。永い苦しみが終わる日を、みんな望んでた。だけど…どんなに辛くても悲しくても、消えたいと願う声は、ひとつも無かった…。苦しみに耐える魂が流す幾億の涙には、再び生きる日を夢見る希望があった…」





ヴァニラはそう言いながら涙を頬に流した。

それを見てあたしはホッとした。
だってヴァニラはちゃんと聞いてくれたから。
その意味を、本当の声の気づいたから。





「絶望は、人を黙らせる。すべてを諦めた人間は嘆きもあがきもしなくなる。死者たちがお前に嘆きを伝えたのは、彼らがまだ希望を捨てていないからだ」

「なのに私は、なにも気づけなくて…忘却の禊で死者たちを消し去ろうと」





ライトの声にヴァニラは少し手を震わせた。
今、自分がやろうとしていたことの見当違いに気が付いたから。





「とんでもねー勘違いだ。償わねーとな、一緒によ」





そして、そんなヴァニラに寄り添う言葉を掛けるのはファングだ。

一緒に。
ひとりで背負う必要など、どこにもないのだと。

そして、まだ、間に合うよ。





「大丈夫だよ。ちゃんと気が付いたんだから。なにも遅くなんかない」

「ああ、償えるさ。お前なら、死者を導ける。彼らに呼びかけるんだ。新しい世界を望むなら、天の箱舟を目指せと」





階段を登りながら、あたしとライトはヴァニラに伝える。
儀式を止めて、このことをヴァニラに教える。その為にヴァニラに会いに来たんだから。

…ホープ。これでひとつ、叶えたよ。
伝えたら、ヴァニラは絶対に正しい選択をする…よね?

ヴァニラは驚いたように振り向いた。





「私が魂を導くの?」

「うまくいくかはわからない。命の危険もあるだろう」

「命を賭けろっつーならよ、ヴァニラと私、ふたりで賭けるさ」

「ファング…」





ヴァニラは立ち上がり、あたしたちに向き合った。

その目を見て思った。
ああ、もうヴァニラは大丈夫だって。

現にヴァニラは、しっかりとした声で応えてくれた。





「忘却の禊はやめる!死者たちに呼びかけてみる!すべての魂が新しい世界にいけるように!」

「何を言うか!」





でも、救世院はそれを許さなかった。
衛兵たちはざわついて、聖主卿はヴァニラの手を取り咎める。





「忘却の禊は輝ける神の御意思!神命に逆らうなど許されようか!」





聖主卿はヴァニラの手を引き、無理矢理に聖宝を発動させた。
聖宝からは光が放たれ、ヴァニラの体を撃つ。そしてその生命を贄とするかのように起動し始めた。





「ヴァニラ!」





あたしたちは慌てて階段を駆け上った。
でもその途中、タイミングが悪い事に魔物が現れて足止めをくらってしまう。





「っヴァニラ…!」





そこにいるのに。
気が付いたのに、届かなくなる。

なんて歯がゆい。





「禊を続けよ!!」





聖主卿が叫び、衛兵たちもこちらに銃を向けてくる。
聖宝の光が少しずつ、少しずつ強くなっていく。

これ、このままじゃヤバイ…。





「魂を消す光か…」

「ヴァニラ…!ああっもう!!」





歯がゆくて、苛立つ。
拳をギュッと握り締める。

するとその時、またさっきみたいにグラッと足元…いや、建物が揺れた。

上…?

気になったのは天井だった。
天井に、なにか…。

いや、これって…!





「来たな」





ライトも上を見上げ、そう口にした。

じゃあ、やっぱりだ!

ファングもその正体を察したらしい。
大丈夫。まだいける。

そう確信を得たあたしたちはヴァニラを助けるべく階段を突っ切った。
ファングが魔物を弾き飛ばし、その隙にライトが衛兵たちを薙ぎ払う。

あたしはその間を縫って階段の上部で倒れ込むヴァニラに駆け寄った。





「ヴァニラ!!しっかりして!大丈夫!?」





声を掛けながらゆっくりと体を抱き起す。
するとすぐにライトも傍に来てくれて、一緒にヴァニラの体を支えた。





「神罰を下す!」





聖主卿は怒り、あたしたちに魔法を放って来ようとした。

でも、大丈夫。
もう来るよ。いや、参上かな。





「神を阻むのは人の力だ」





ライトがそう呟いた直後だった。

ガラッ!という天井の割れる強い音。
聖主卿はハッとして上を見上げる。






「うおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」





崩れ落ちてくる天井と共に聞こえた男の叫び。
それも、よく、よく知っている声だ。





「あいつを潰せ!」





ファングはそう言って天井から落ちてくる男に向かい槍を投げた。
男はその槍を見事掴むと一直線に聖宝へと向かっていく。





「うらぁっ!!!」





聖宝に槍は突き刺さる。
その瞬間、カッと光が強く放たれ、その光に包まれた聖主卿は解けるようにその場から姿を消してしまった。

代わりにタンッ…と着地したのはニッという笑顔を見せた大柄の男。





「待たせたな!」

「ヒーロー参上か」

「500年ぶりにな!」





タンタン、と掌と拳を叩いて笑顔を見せる男。
ああ、ほら…また懐かしい気持ち。

今、この場に助けに来てくれたのはスノウだった。

終末の日…。
かつての仲間たちが、希望を胸に次々に集って来てくれる。

懐かしくて、あたたかくて。
持ち寄った希望がひとつずつ、大きくなっていくみたい。

だからきっと、奇跡は起こせる…。
そんな感覚を、あたしは手の中に感じたような気がした。



To be continued

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