『やっと向き合う気になった?』
ルミナが尋ねてくる。
『…確信には触れない様に、してたんだけど』
認めてしまった。
あたしは諦めたようにそう呟いた。
放したくない手があった。
何よりも大切にしたい人がいた。
あたしはそれを、とっくに信じられなくなっていた。
『はあっ…』
大きな溜息が出た。
気が付きたくなかった真実。
目を逸らし続けたそれを認めてしまって、なんだか一気に脱力した。
…なんだか、手の中が空っぽになった感じだ…。
とっくにホープを信じられなくなっていた自分。
ずっとずっと目を背けていた事実。
だけどあたしはそれを決定的にしたくなかった。
だから増えていく疑心の中で、確信には触れない様に…先を見すぎないように、信じられる理由を数えた、探した。
でも、疑心は募っていくだけだった。
すると、ルミナは不思議そうに首を傾げた。
『あのさ、なんでそこまで目を背けてたわけ?それってただの盲目じゃない』
『んー…まあ、そう言われればそうなんだけどさ』
ルミナの指摘に思わず苦笑いした。
だってそれはごもっともとしか言いようが無かったし。
ホープを疑う。ホープを信じられない。
そんなことない。あたしは、なにがあってもホープを信じたい。
まるで暗示のように頭のどこかで繰り返してた。
疑心が重なっても、探すことを諦めたくない気持ちがあった。
だってあたしは、あの手のあたたかさを覚えているから。
『…ずっとずっと昔さ、約束したんだよね。あたしも手を離さないからホープも放さないでって。頼りないお互いの手を繋ぎ合ったの』
『手を放さない、ねえ』
『最初は不安を拭うための手段だった。でも、だんだんそれだけじゃなくなった。意味が増えていったの。この世界の人間じゃないあたしの孤独を打ち消す様に、ホープは手を握ってくれた。差し出してくれた手に、あたしは感謝した。自分からも強く握り返したいと思った。傍にいたい、この子を支えたい、そんな風にね』
ぽつぽつと零した本音。懐かしい記憶。
それはきっと、自分でも気持ちを確認していく意味もあった。
遠い昔、あたしは君の手を握って離さないと口にした。
その時は、お互いの孤独を埋める様に、見知らぬ状況で勇気を出すための手段だった。
でもその意味はいつしか大きく変わっていった。
傍にいたい。一緒にいたい。
支えになりたい。
伸ばしてくれた手。あたしも全力で握り返したい。
何より何より、大切なものになった。
『あたし、ホープの手を放したくなかった。でも信じられなくなるって、ホープの手を放すのと同じ意味に感じたんだ』
なんだか笑われそう。でも真面目な話だ。
考え方に感心して、納得して、味方でいたいって想いが心の根底にあって。
そう、本当に曇りなど無く信じていた。
『あたしさ、今までホープを疑うなんてこと…考えた事無かった。自分でも本当、わけわかんないけど…無条件に信じられたんだ。ホープの事』
ホープのモノの考え方とか、そういうのが好きだった。
きっとそれは支えたいって心から思えるものだった。
だから一緒にいたいなって思ったんだろうけど。
信じると言う言葉は、ずっと傍にいるという誓いで、その言葉を言えていれば…手を放していないという証にも思えた。
『疑ったことなんて無かったから、初めて浮かんだこの感情に凄く戸惑った』
『浮かんだことのない疑心に戸惑って、怖かった?』
ルミナの言葉はストレートだ。
可愛らしく笑って、ずけずけと遠慮なく突っ込んでくる。
でももう、今は素直に頷いた。
そして、あたしは思い出していた。
『…あとは、そうだな。うん…これも、過去の大切な思い出』
遠い遠い過去…あれは、ディアボロスと初めて会った夜。
あの日、あたしは異世界の孤独に潰されかけてた。
そんな時、ホープは小さな身体で抱きしめてくれた。
そしてぐっと手を取って、強く握ってくれた。
《僕が、自分からナマエさんの傍を離れることはありません。ナマエさんが望んでくれるなら》
自分からは離れない。君はそう言った。
今だって、ホープは手を放すなんて一言も言ってない。
あたしの、ライトの味方だって…そう言ってくれる。
なのに、あたしはその手を握るのを躊躇ってる。
『あたしが躊躇ったら、信じられなくなったら…』
もし、信じられなくなったら…。
疑った先に、一緒にいられる未来が無かったら…。
彼の味方でいたいし、傍にいたい。
それは、そうでありたいと思う…。
だけど、今のあたしはその手を取る事が怖くなっているのは確かだ。
手を伸ばして、握り締めることに躊躇いが生じる。
…思い出にすがってるだけなのだろうか。
結局はもう、心が離れてしまっているのか…。
『そこまで悩むことないのに。あのホープはもうとっくにホープじゃなくなってるんだから』
『え…?』
その時、ルミナはそう教えてきた。
あたしは首を傾げる。
あのホープは、とっくにホープじゃなくなってる?
って、つまり偽物ってこと?
『…偽物、って言いたいの?』
『全然しっくりきてない顔ね』
『うーん…そう、だね。偽物って言うのはしっくりこない…かも』
『…ふうん。まあ、結構ちゃんと見てるって事か』
『え?』
ルミナはなんだかひとりでぼそぼそと納得してた。
あたしは首を傾げる。
するとルミナはぱっとこちらに大きな目を向けてきた。
じっと見てくる。それはなんだか、少し真面目なものに見えた。
『いいわ。じゃあ大ヒントをあげる』
『大ヒント?』
大ヒント。ルミナはそう言いながらあたしとの距離を縮めた。
そしてトン…と、拳で軽く胸を突かれた。
『ナマエ、もっと信じなよ。ナマエが好きになったホープを。疑った、信じられなくなった自分を。そこに、どんな意味があるのか』
『えっ?』
『ナマエは変わらず、ホープの事が大切だと思うよ。それはこの、ナマエの心の混沌を見ればわかるもの。だから、それと信じられなくなったというのはイコールじゃない。信じられなくなったから、好きじゃなくなったとか、手を放すっていうのは一緒じゃないよ』
ルミナはそう言って薄暗い今いる空間を見上げた。
この空間は、あたしの心の中…。
そして、ルミナの言葉が頭を回った。
疑った自分を信じるって?
そこにどんな意味があるのか…。
『まあナマエの場合は、信じるなって警告してもらってるから余計に不安になるのかもね。違和感を感じてるのはちゃんとナマエ自身だけど、その違和感を肯定されてるから』
『警告?肯定…?誰に?ていうかそんなのされた覚え…』
『されてるよ。今この瞬間だって』
『え?』
今この瞬間さえ、あたしに警告してくれている人がいる?
ルミナ?
いや、ルミナの言い方的にもそれは違うだろう。
今もって…一体どこから。
だってこの空間には、あたしとルミナしかいないのに…。
視えない、人…。
視えない…って…。
『心の、なか…?』
あたしはそっと自分の胸に手を当てた。
するとどうだろう。
ルミナはくすっと微笑んだ。
『前にも話したでしょ?ナマエが神様に感情を奪われなかったこと』
『奪わないんじゃなくて、奪えなかったって話?』
『そ!さて問題!ナマエの心を神様から守って、なおかつホープのことも警告してくれているのは誰でしょう?』
『神様から、あたしの心を守った…?』
心を守る。神様の手から。
だからあたしは感情を奪われなかった。
そんなことをしてくれる、誰か?
そんな人がいるの?
いるのは、心の中…?
何だろう、ずっとずっと引っ掛かってたみたいな。
忘れるわけのない、大切なもの…。
『ディア、ボロス…?』
ふっ…と頭に浮かんだその名前。
その瞬間、バアッと黒い羽根が心の中に広がるのを感じた。
『あっ…』
『言ったじゃない、忘れてるなんて可哀想って』
『忘れてたわけじゃない、けど…』
『ふふっ、そうね。忘れてはいない。気が付かなかっただけ。でもずっとそこにいた。ナマエ、信じちゃいけないって声、聞いた事あるんじゃない?』
『…教えてくれたのは…』
すっと胸に当てた手。
そう、ずっと視えなかった。
どこにいるのかわからなかった。
でも、ずっと傍にいてくれた。
ホープを信用してはいけない。
そう、語りかけられた。
その正体は…。
『悪魔は惚れ込んだ相手には一途。ナマエを守る混沌の化身』
ルミナの言葉を聞きながら、あたしは意識を心へと委ねる。
そこにいた。ずっとずっと、いてくれた。
『ごめん…気が付かなくて。近すぎて、見失ってた』
あたしはその時、胸に宿る悪魔の存在に気が付いた。
To be continued
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