ずっと目を逸らしていたもの


とりあえず、騒ぎに一段落がついたデッド・デューンでの出来事。
その後いくつかの魂を解放し、6時を迎えてライトは箱舟へと戻ってきた。





「あ、ライト。おかえり〜」

「ああ」





光の集まる転送陣へと駆け寄り、あたしはライトを出迎えた。

ライトはいつものようにユグドラシルの前に向かう。
そして集めた輝力を捧げ、世界の寿命をまた少しだけ延ばした。

力を蓄えたユグドラシルの変化を、あたしはこの身自身で感じる。

聖樹ユグドラシルと共に…光を実らせよ。
神様があたしに伝えたであろう意思。

ライトがはじめて輝力を捧げた時から、その瞬間にあたしの中にも何か力が満ちるのを感じた。
そしてそれは力が蓄積されていくたびに、より強く強く感じるようになっていった。

今も、そう…。力がみなぎる様な感覚だ。





「ファングさん、どうするつもりでしょう」





ライトを迎え、ホープも椅子から立ち上がった。
話題は勿論、今さっき共に行動していたファングの事だ。

ファングの目的、望みはまだ達成されていない。
むしろここからどう動くかが大きな問題だと言えた。





「救世院に殴り込んで、儀式を止めるつもりでしょうか?」

「殴り込み、かあ。でもヴァニラに絶対に会いに行くはずだよ」

「ああ。滅びの日が訪れれば、ファングはヴァニラを救いに行くだろう。必ずな」





まだ、具体的な方法とか、勝算とかはわからない。
ファング自身もその辺りはまだ探っている最中だろう。

どうすれば止められるか、どうすればヴァニラに思いが届くか。





「ライトさんはどうしますか。忘却の禊を止めますか。神の意思に背く事になりますが」





ファングは必ず滅びの日に行動を起こす。
ならばライトはどうするか、ホープはライトに尋ねた。

忘却の禊は神の意思だ。

解放者…神のしもべたるライトはそれをどう受け止めるのか。





「忘れるな。私はセラを人質に取られてるも同然なんだ。神に逆らう自由などない」

「つまり、セラさんのことが無ければいつでも裏切る用意があるってことでしょうか?」

「鋭い質問だな。私を信用出来ないか」

「…ごめんなさい。腹を探ろうとか、そんなつもりじゃないんです」





目の前で交わされる、ライトとホープの会話。
なんとなく、そこに口を挟むのが躊躇われた。

なんだろう…いや、別に険悪だとか、そういう雰囲気があるわけじゃない。
いや、少なからずそうならないようにしてる部分がふたりにもあるかもしれない…。

あたし自身が色々と思う事があって、でもそれをあまり口にしたくなくて。

…結局、もやもやだ。

だけどファングの事をひとつ取るのなら、あたしは…ファングの応援をしたい。
あたしもヴァニラを救いたい。苦しまないでいいって、傍に駆け寄りたい。

それが神の意思に背く事だとしても…。

ううん…。そもそもあたしは、ブーニベルゼに信仰の気持ちなんて持ってない。
ああ、そうだよ…。神意なんて、そんなもの知らない…。

きっとそれが本音だ。

でもそれを口にしないのは…きっと今目の前にいるふたりのことがあるから。

ライトとホープ。

ライトは今、何を考えてるんだろう。
彼女はきっと色々と腹の中で考えている気はする。
神を敵に回す…本気かどうかはわからない。
でも、可能性のひとつとしては…ある、気がする。

その決断を、あたしはどう思うだろう…。

そして、ホープは?ホープはその決断をどう思う?





「たとえ神意に背く事になっても、僕はライトさんの側につきます」





ホープはライトにそう伝えた。

その言葉は、ホープの本音なのだろうか。
本音…のような、そんな気もする。

でも、なんで。
どうしてこんなにもやもやするの。

だからまた、自分がどうしたいのかわからなくなる…。

選んだ先の未来。
その先の未来に、一緒に笑っていられる世界はあるのだろうか。





「そろそろ行くよ」





それから、ライトは少しだけ箱舟で休息をとるとまた再び転送陣へと向かい、地上へと戻っていった。
デッド・デューンでの一件が片付いたから、今回はまた一先ず装備の確認をしにルクセリオやユスナーンに向かう予定だという。





「ユグドラシル…実、増えたな…」





ライトを見送ったあたしは、ユグドラシルの傍でまたその大きな姿を見上げていた。
ライトが輝力を捧げ、力を宿し、ユグドラシルは実りを見せていた。世界の寿命は、確実に延びている証拠だった。





「…!」





その時、胸の中で誰かに呼ばれているような感覚を覚えた。

…もう慣れたものだ。
その正体をすぐに察する。

だからあたしは呼び声に応えるように静かに目を閉じた。






『ふふっ!ナマエ〜!』

『ルミナ』





視えざる世界に意識をやれば、とんっと抱き着かれた。
あたしのよく知る姉妹と同じ薔薇色の髪。呼んでいたのは勿論ルミナだった。





『ホント唐突だよね、いつも。今回は何の御用でしょうか?』

『え〜?ナマエに会いたくて?』

『うっわー』

『なにその反応』

『いやわっざとらしいなーって』

『つれないなー』





ルミナはくすっと笑いながら体を離した。
相変わらず、くるくると踊る様な足取りだ。





『で、本当どうしたの?』

『ん?ナマエがごちゃごちゃ色々悩んでるみたいだったから、ヒントでもあげようかと思って』

『ヒントって…』





ごちゃごちゃ悩んでる。それはまあ図星だった。
ただ、ヒントと言われると…何を言われるんだろう。

だってもう、何にどう悩んでるのかわからないくらいごちゃごちゃしてる。





『そういえばさ、ナマエはヴァルハラで戦っていたライトニングが今までどうして眠りについてたかとか、理由知ってる?』

『えっ?』





まず、ルミナが聞いてきたのはライトの事だった。
ライトが今に至るまで眠っていた理由…。

漠然と、クリスタルとなって眠っていてブーニベルゼが目覚めさせたっていうのは知ってるけど…。

ルミナは理由を教えてくれた。





『ライトニングはね、自らの意思でクリスタルになったのよ。セラの想いを留めるため、セラの魂を守りたくて。魂の棺、セラの魂を守るための入れ物になった』

『セラの魂を守る、棺…?』





初めて聞く話だったと思う。
セラの魂を守る為、ライトは自らクリスタルになって眠った。

でもそれを聞くと、色々と気が付く事が増える。





『え、でもそうなると…セラの魂って今ライトの中に?』

『お。鋭いじゃない。そうよ、セラの魂はライトニングの中にあった。でも惜しい。今はライトニングの中には無いわ。神様がライトニングを目覚めさせる時に切り捨ててしまったから』

『ブーニベルゼが、ライトからセラを切り捨てた?』

『そ。それがライトニングの心に空いた穴の正体よ』

『……。』





ライトの心の欠落の正体。
それはセラの魂だった。

そしてそれを奪ったのはブーニベルゼ。

ライトはセラを甦らせるためにブーニベルゼの命に従い解放者になった。

なんだかそうすると歪んだ線で繋がっていくような…。





『ライトから切り離したのはセラを餌にする為って事?ライトを解放者として遣う為に。セラの魂、ブーニベルゼが持ってるの?』

『んー、それはどうかなあ。神様には人の心が視えないんだもん。そこまでの事考えてなくて、セラの魂は混沌に呑まれちゃってたりして?』

『なっ』





言葉に詰まった。絶句ってやつだ。

セラの魂が混沌に呑まれて消えたかも?
そんなの冗談じゃない。

そもそもそれじゃライトの想いはどうなる。





『それ、ライトは知ってるの?』

『うん。ついさっき、ナマエを呼ぶ前に話してたから』

『…ライトは何て?』

『ブーニベルゼはセラを甦らせると約束したって一先ずは言ってたよ。でも、その約束をたがえるなら、神と言えども…』





微笑みながら、楽しそうに言うルミナ。
すらすらと話す彼女の言葉のラスト…そこに来る言葉が何か、あたしはわかってしまった。





『『ブッ潰す』』





ルミナの声に合わせる様にその台詞をあたしも口にした。
上手く重なったその言葉。ルミナはより一層楽しそうに笑った。





『ふふふっ!ナマエってば凄いじゃない!ライトニングの考えを察してたってわけね!ライトニングが神様と戦う可能性があるってこと!』

『………。』

『そうね。ライトニングは神様と戦うことも視野に入れてるわ。ブーニベルゼが新しい世界を創るまでは協力する。だけどブーニベルゼが悪しき神なら、神を裏切り滅ぼして、新たな世界を奪い取る!』





楽しそうなルミナの言葉が刺さって来る。
あたしは目線を思わず逸らした。

そう、予想はしてた。
ライトが神様に抗う可能性…。

あくまで予想…。
だけど、今ルミナによってそれは確信へと変わってしまう。





『ナマエはどうする?』





ルミナはすかさず入ってくる。





『…あたしは、』

『ナマエだって、ブーニベルゼに信仰心なんて無いんでしょ?むしろ疑心の方が強いくらい。ライトニングが戦うのなら、それもアリかもって思ってる』

『……。』

『うふふっ!否定しないね!あーあ、ホープってば本当可哀想ね!心から信じてるライトニングに裏切られて、心から愛してるナマエにも見捨てられて』

『別に、見捨ててなんか…』

『だってそうじゃない。神様を敵に回すって事は、ホープを敵に回すってことでしょ?』

『ホープを敵にするわけ…』

『いつまでそうしてるのわけ?』

『…!』





視線を逸らしたままのあたしの言葉。
それはルミナの鋭い口調によって切り捨てられた。

あたしは少し驚いて視線を上げた。
するとルミナもじっとこっちを見ていた。





『とっくに信じられなくなってるくせに』

『…ルミナ』





ルミナのその一言。
それを聞いた時、ぐしゃっと胸の中で何かが崩れた様な気がした。

それは、ずっと逸らし続けてたもの。
それを今、言葉という確かな形にされて突き付けられた。

自分の心の中だけなら、誤魔化せる。
でも他人に言葉にされると、やっぱり少し…違った。

前にも聞かれた事はある。
でも…あの時と違って、もう。

もうギリギリだったのかもしれない。


ホープを信じられない。


それは、目を背け続けた本音。

違和感を感じた。少し怖いと思った。
心の中で、信用しちゃいけないって…そんな音を聞いた気がした。

でもその度に首を横に振った。

気付きかけて、でもその度に確信には触れない様にふっと目を逸らしてた。
心のどこかでは探した、信じられる理由。

でも、増えていくのは疑心だけ…。
今、きっとあたしはそれを認めてしまった。





『やっと向き合う気になった?』





ルミナが尋ねてくる。





『…確信には触れない様に、してたんだけど』





逸らしていたもの、認めたら…ぐらりと頭が重くなった。

ずっと握っていたい手があった。
何があっても放さないって決めていた。

だから目を逸らしてた。

疑う。信じることが出来ない。
それは、その手を放す事と同異議のようにも感じたから。



To be continued

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