大切な人を救う覚悟


ライトとファング。ふたりは肩を並べて、背中を合わせて戦った。

呼吸が合っている。
あたしにはそう見えて、だから戦っているふたりもそう感じていたんじゃないだろうか。

その姿はあの日と…共に旅をしていた日に重なって見えた。





『聖宝は奪われたか』





ライトは振り返り、聖宝があった場所を見て言った。

ふたりは救世院の捜索隊が放った魔物を見事に倒して見せた。
だけどその隙に、目的だった聖宝は奪われてしまった。





『ざけんな!!』





ファングは追うように聖殿門に向かった。
でもその扉は堅く閉ざされていた。





『封じられてる…やつらの術か!畜生ッ!』





閉じ込めれてしまった。
ファングは憤りを隠すことなくガンッと扉を拳で叩いた。





『閉じ込められたな、現実を受け入れるしかない』






悔しさに歯を食いしばり頭を抱えるファングにライトはそう落ち着いた声を掛けた。

確かにもう今からここから脱出する方法を探しても捜索隊に追いつくことは出来ないだろう。
虚しいけど、それは事実で、現実だった。





『聞かせてくれ。聖宝とは一体なんだ?死者の苦しみを無に還すというのは?』





もうどうしようもない状況。
だからライトはファングに話を聞いた。

ファングがライトに話してくれていない情報はまだきっとあるはずだから。

此処まで来たらもう隠すような理由も無い。
だからファングもその答えをもう話してくれた。





『消し去る事で救うのさ。生まれ変わる希望も無く、苦しみ続ける死者の魂を聖宝の力で消滅させる。そうすりゃ苦しみは消え、救われる』





死者の魂を、消滅させる…。無にしてしまうってこと…?
救うって、そう言う意味…?

それだと、思い描いていた救うとはだいぶ意味が違ってしまう。





『死者の魂を消滅だと。ヴァニラは知っているのか?』

『知ってるさ。儀式をやれば自分が死ぬってこともな。それでもやるって言い張ってるんだ。死者たちの嘆きを終わらせる、たったひとつの方法だってな』





ヴァニラはすべて承知の上…。
それでも儀式を行おうとしている…。

ちょっと、思い出した。

前にサッズに聞いたんだ。
ルシにされた後、サッズはヴァニラとふたりで逃げて…。

ヴァニラはドッジくんがルシになる切っ掛けを作ってしまったパルスのルシだった。
そのこと、他にも色々悔やんで悔やんで…。

そしてサッズに言ったと言う。
その銃で撃って、仇を取って…。





《そんなこと言って、震えてやがんだ。当たり前だ…死ぬのはこえーよな。俺だってこえーさ》

《うん…。そっか…そんなこと、あったんだ》





ヴァニラはひとり、ずっと苦しんでいた。
苦しくて、でも死ぬのだって怖い。そんなの当たり前。

なのに今、ヴァニラは命を投げ出そうとしてる…。





『お前はヴァニラを死なせたくなかったんだな。だから聖宝を…』

『ああ。手に入れようとした。ヴァニラに渡すためじゃねえ。渡さないためだ。誰かが聖宝を発見して救世院の手に落ちたらふざけた儀式でヴァニラが死ぬんだ!盗賊団に入り込んで、この遺跡を見張って、聖宝が見つかんなきゃそれでいい。…そう思ってた』





ファングは願っていた。
聖宝がこのまま見つから無い事を。

でも、そこにライトが…解放者が現れた。





『あんたについてきた理由もわかったろ。解放者が聖宝を手に入れて救世院に渡さない様に…見張ってたんだ』





白状…。ファングはライトと共に行動していた理由を吐き出した。





『最低ね。ライトニングが救世院の手先かもしれないって疑って監視してたんだ?』





するとその時、ふたりしかいないはずの聖宝の間に明るい声が響いた。
ライトとファングはハッと顔を上げる。

声ですぐわかった。
ふたりが見た先に、光が満ちる。

そしてそこに、ルミナが現れた。





『まあ、見張ってたのは私も同じ。あなた達が聖宝を手に入れるその瞬間を狙ってたの』





いつもの明るい口調でそう言うルミナ。
それを聞いたファングはルミナを睨みつけた。





『捜索隊を引き入れたのはてめえの仕業か!』

『そうよ!ホープに視えないようにね!連中今ごろ聖宝担いでルクセリオにまっしぐら』





ルミナは悪びれる様子も無く笑顔のままにそう答えた。

ホープに視えない様に…。
きっと混沌を使ったのだろう。

そうか、ルミナがやったのなら納得だ…。

だから、あたしの方が気が付くのが早かった…。

センサーの反応に異常があったのは確かだろう。
でも、それ以前の問題…。

…ホープには、混沌が視えない…。





『それじゃあ儀式をお楽しみに。ヴァニラの死と引き換えに死者の魂は浄化されて、セラという子の存在も綺麗に洗い流され消える』





まるで煽ってるみたい。
ファングだけじゃなくて、ライトも。

いや、ルミナの本命はライトなのか…。

セラの名前を口にしたのは、そういう事なんだろう。





『儀式が行われるのはいつだ』

『世界が滅びを迎える日。終末の鐘が鳴り響くとき、忘却の禊は成就する』





ライトが尋ねれば、ルミナはあっさりとその日を教えてくれた。

そしてにっこりと笑顔を浮かべ、手に魔力を込めて聖殿門へと放った。
扉を封じていたのもルミナだったということ。

扉は音を立て、ゆっくり開いていく。
そして同時にルミナはその場から姿を消した。





『ファング…ヴァニラは死ぬぞ』

『はっきり言ってくれやがる』






扉は開いた。もう出られる。
でもそこでライトはファングに告げた。





『私には救えない』

『何が言いてーんだよ』

『私の使命は魂の解放だ。ヴァニラが心から死を願うなら、望みを叶え、魂を解き放つだろう』





…確かに、ライトの使命を考えるのであれば…そう、なってしまうのかもしれない。
でもそれは…。それをわざわざファングに伝えた意味が、ライトにはあるはずだと思う。






『あいつを死なせようってのか』

『ヴァニラの決意が変わらない限りはな』

『……。』





ライトはファングの肩に触れる。
そしてふたりの視線はしっかりと交わっていた。





『私には変えられない。ヴァニラの想いを受け止めて、それから救ってやれるのは…お前ひとりだ』





最後にライトはトントン、とファングの肩を軽く叩いた。
そしてその顔に浮かんでいたのは微笑みだった。

そんなものを見せられれば、ファングはまた…ふっと笑みを零した。





『焚きつけやがって。わかってるっつーの。…そうだな、ヴァニラ。ずっと一緒だ…最後までな』





ファングの魂は、まだ解き放たれていない。

ファングの望みはヴァニラが救われる事だから、それが叶うまで解き放たれることは無いだろう。
でも、きっと一歩前進した。ファングの心の変化が生じて、歯車はきっと…上手く回り出すはずだと。





「扉を封じた術はもう解けていますが、今から追ってももう間に合いませんね。聖宝は救世院の手に落ちました。でも、焦らなくてもいいと思います。儀式は今すぐ始まるわけでは無く、この世界が終わる最後の日に行われるようですから」





扉の術が解け、辺りにも異常がないか確認したホープはライトにそう伝えた。

ルミナが言っていた通り、聖宝を手に入れた救世院は一目散にルクセリオへと戻っていったのだろう。
正直それは悔しい話だ。でも同時に今はもうこの場所に危機は無いということ。

だからファングは他にも色々、此処に至るまでの経緯なんかをライトに話してくれた。

解放者たるライトに疑心はあったかもしれない。
だけど、並んで共に戦ったふたりの絆は本物だったよ。

なにより壁画を見ていた時、ファング自身だって言っていた。
神様に翻弄されたけど、おかげで皆と絆が繋がった、って。

絆と言う言葉を、口にしたのだから。





『聖宝と忘却の禊について知ったのはルクセリオの救世院にいた時だ。表向きは死者を救う儀式って話だったが、ヴァニラが死んじまうとわかってさ』

『ふたりで逃げようとはしなかったのか』

『思ったさ。何度も説得したし、無理矢理引っ張りだそうともした。でもヴァニラは言う事を聞かなかった。死んでもいいからやり遂げるってさ。あいつにとっては償いなんだ。死者の声を聞く力も、ある意味罰だと思ってるらしい』





罰…か。
話を聞いていて、ヴァニラについて改めてよく考えた。

よく笑って、明るくて。
でも実は人一倍繊細だったりする。

なんというか、抱え込みやすいと言うか…そういう印象は、一緒にいた時からあるイメージだ。





『儀式の中身を知ってから、ヴァニラと何度も話し合ったんだ。議論っつうか喧嘩だったな』

『生死に関わる事だ。真剣にもなるさ』

『熱くなった私が怒鳴ったりしたから、ヴァニラも意地になったのかもな。私も不安だったんだ。ヴァニラが引きずられているように見えてさ』

『どういうことだ?』

『あいつが死を受け入れているのは、罪に引きずられちまってるんだ』

『過去の過ちを、引きずっていると言う意味か?』

『似てるが、違う。ヴァニラはさ、過去の罪を償う為に死を覚悟したっつうより、今生きているのが罪だから、自分を責めて死にたがってる。罪深い自分なんて死んだ方が自分自身でも納得できる。そんな風に見えた。罪の意識に引きずられたまま、命を捨てよう捨てようとしてる。でもそんな考えで犠牲になる事が償いになるか?命を粗末にするようなもんだろ』

『私に言ってどうする。あいつに聞かせてやれ』

『そーかよ。まあ、そうだよな。…ああ、そうするさ』





ライトと話して、ファングはもう一度ヴァニラと話す決意をしたようだった。

今度こそ、説得する。
いや、受け止めて…救う決意だ。

でも、ヴァニラの今の心情を思うと…やるせない気持ちになった。





「自分を責めて責めて、生きていることさえ罪深く感じるって…相当辛いよね」





息をつき、そう呟いた。
ホープはこちらを見てくれたけど、あたしは独り言だと首を横に振った。

ライトがヴァニラと再会した日、あの時のヴァニラの小さな笑みの中には…きっといくつもの重たい感情があったのだろう。





「ライト…今すぐじゃない。でも、またもう一度、ヴァニラに会うことになるよ」

「…そうだな。その時、私にすることがあるかはわからないが」

「…きっとあるよ」





恐らく、終焉の日かな…。
ヴァニラにもう一度。

そんな思いを抱きながら、あたしはデッド・デューンを後にするライトの姿を見ていた。



To be continued

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