壁画に描かれた神話


聖宝を手に入れるためには遺跡の中にある三つの壁画を見る必要があった。
しかしその壁画を見るためには外にある祠から三つの石版を手に入れなくてはならない。

限られた時間、迷っている暇などない。





『よし、石版ゲットだ』

『これで壁画を見られるな』

『だな。とっとと遺跡に戻ろうや』





ライトとファングは三つの祠を巡り、三つの石版を無事に手に入れた。

戦闘の手際の良さは相変わらず。
ファングが盗賊団を率いて祠の情報を把握していたこともあり、石版は結構容易に手に入れられたと思う。

やっぱりライトとファングが組むと流石だよね。女でも惚れ惚れしちゃうくらいだ。





『よう、ライト。盗賊稼業が身について来たな』

『困るな、これでも神の遣いなんだが』

『そんなガラでもねーくせに。うちらは神と戦う方が似合うぜ』





最後の石版を手に入れ、祠を後にしながらファングはそうライトを小突いて笑っていた。

そんなやり取りを見て、ああ懐かしいなってこっちも顔がほころんだ。
本当、このふたりっていいコンビだよな〜なんてね。

でも、神と戦う方が似合う…か。

それを聞いた時、確かに…なんてちょっと思ってしまった。

あたしたちは遠い昔、コクーンの神様と言っても過言では無い存在であるファルシと戦った。
まあ厳密には神様じゃないんだけど。ファルシの目的が神を呼び戻す事だったわけだし。

奇跡を信じて、運命に抗って…。

それが今じゃ本当に神様の遣い。
本当に本物の、万能の神様のご登場だもんね。

神と…戦う…。





「どうかした?」

「んーん、なんでも」





目があったホープに首を横に振った。

冗談…の話。
でもなんか、ホープの前でそれを口にするのは躊躇いが生じた。

…本当、変な話だと自分でも思うよ。
でも口にしたくなかった。
口にしてはいけないような、そんな気がして。

ファングが言った時、少しドキリとしたくらいだから。

…隠し事をしない、なんてことは言わない。
生きてる上で、自分の中だけにしまってあることなんていくらでもあるよ。

でもきっと、あたしが最もその内を明かす事を許していたのはホープだった。

そのホープに、こんなことを思うなんてと靄は取れない。
なるべく考えない様にしてたけど、スノウの魂を解放した時、抱いたホープへの怖いという気持ちも…まだ、心の奥底でそのままだ。





『さーて、壁画を拝見しようや。こんな厳重に守られて、よほどご立派な絵だろうさ』





ファングとライトは石版を手に早々と遺跡へと戻ってきた。
壁画の場所はこちらでも調べたし、ファング達の方でもだいたいの目星はついていたようでそう見つけるのに手間は無かった。

ライトは石版を壁画の間にある装置へとセットした。

装置は起動する。
暗がりの部屋の中に、目的の絵が浮かび上がった。





『古い詩を聞いたことがある。愚かなる女神エトロは己を傷つけ血を流し、死に至りて混沌へと降りき、ゆえにエトロは死の女神にして混沌の女神と呼ばれたもう』





壁画を見て、ファングが思い出したように口を開いた。

その伝承はあたしも見た事がある気がする。

なんというか、あたしも時を越える旅が終わった後、少しは勉強したのだ。
ホープの傍にいた事もあって、混沌とか神様の伝承とか。

勿論専門の人には到底敵わない、ちょっとかじった程度ではあるけど…まあそれなりには、ね。

…エトロの事は、あたし自身も興味があったし。





『そして流されたエトロの血を使って賢き神リンゼが原初の人間を生み出した』

『道具みてーに使うためにな。うちらの故郷じゃリンゼは邪神と呼ばれてたぜ。もっとも、うちらの守護神パルスも結局は人を使い捨てにする悪魔だったけどよ』

『ああ、お互い散々翻弄されたな』

『おかげで、皆と絆も繋がったがよ』





ライトとファングは壁画を見上げ、そんな話を交わした。

コクーンの神はリンゼ。
グラン=パルスの神はその名の通りパルス。

ルシとして、あたしたちは踊らされることになった。

でも確かにあの旅があったから今の絆がある。
なんか、何とも言えない話だ。





『何百年も眠っていた私とヴァニラがクリスタルから解放されて、しかもヴァニラには死人の声を聞く力が備わっていた。神はまたうちらを…いや、ヴァニラを道具にする。そう思えてならねーんだ』





クリスタルから解放された時、ヴァニラには新たな力が芽生えていた。
それは確かに神様の何かしらの思惑があるように思う。

となればファングは勿論それを良しとは思わない。

最も、黙示戦争の事から遡って…ファング達には思う事が山ほどあるはずだ。





「ファングさんとヴァニラさんはクリスタルとなって人々を支え、永い眠りについていました。そんな二人が何故、世界の終わるころになって目覚めたか…それも、神の計画のうちでしょうか」

「神様がしたって言うなら、きっと気紛れとかじゃなくて…意味があってやってるんだとは思うけど」





ホープの零した言葉にそう返す。

神様が無意味なことをするとは思えない。
わざわざするのだから、きっと何か目的があってやってるんだろう。

その理由とかまでは、よくわからないけど。

ところで、壁画を見たことによってその場に新たなクルクスが出現した。
でもそれは掛けているように見える。どうやら他のふたつの壁画も閲覧してこれを集めなさいって事らしい。

そうすればそのクルクスで聖殿門が開かれる…と。

それがわかったライトとがファングは早々に次の壁画の間へと向かった。





『ようライト、この絵をどう見る?』

『神々…いや、人間の宿命か』





二枚目の絵は血を流す女神の下に人間が描かれたもの。
でもその人間を見下ろす神の存在がある。





『死の女神エトロが流した血より人間が創造された。だが、人間の命は永遠では無い。神々の思惑に翻弄され、時には道具のように利用され、死んでいく』

『そんで混沌に呑まれてくんだ。今は世界に混沌が溢れて人は寿命を失くしちまったから永遠の命がありそうな気がするが』

『不老であっても不死では無い。病や事故で簡単に死ぬ』

『しかも子供は生まれやしねえ。なあ、笑わずに聞いてくれよ。私はさ、人は死んでも生まれ変われる気がしてたんだ。命が尽きても魂は消えずいつか甦れるってさ。そう信じれば守りたいもののために死ぬのも怖くなかった。でも、今は違う。死んだら終わりだ。何にもならねえ。死んだ人間の魂は生まれ変われもしないまま永久に混沌を彷徨い嘆き続ける。ヴァニラは救いたいんだろうな、そういう魂を』





魂と生まれ変わり。
あたしも、生まれ変わりはあると思う。

少なくともこの世界の仕組みとして。
根拠としてはユールだ。彼女は何度も生まれ変わりを繰り返しているから。

ユールのように姿形を継ぐことは無くても、他の魂もきっと。

だけど女神が消えた時、その循環が絶たれた…。

死んでしまった人の魂は、ただ嘆くだけ。
ヴァニラにはその声が聞こえているということ…。





「ヴァニラ、キツイんじゃないかな…。死者の嘆きってどんなものかわからないけど、生者の嘆きだって堪えるものあるし…。ヴァニラの性格的に考えても…」

「…死んだ人たちの魂が嘆いている、か。目に視えるわけでは無いから実感し辛いけど。ヴァニラさんなら亡くなった人達の願いを聞き取れるのかな」

「どんなふうに聞こえてるのかな…。でもきっと、ヴァニラは何とかしたいって思うんだと思う。あの子、優しすぎるくらいだから」





ヴァニラは優しい子だ。そう、それこそ底抜けに。

かつて、ヴァニラはコクーンを想った。
悪魔の巣窟だと信じていたコクーンの破壊を拒んだのだ。
パルスの人々にとって、コクーンは脅威でしかなかったのに。
それが当たり前だったのに。

ひとまず、クルクスは2つ集まった。
残りはひとつだけ。

ライトとファングは最後の画廊の部屋を目指した。

最後の画廊はちょっと特別。
この部屋だけはふたつの画廊で装置を起動させることによりその画廊へと続く扉が開かれる仕掛けになっていた。

つまり、その部屋は最後に訪れるように設計されていたという事。
そしてそこに描かれていたは、今まで語られた神話の根幹だ。





『救世院の御本尊だ。輝ける神、ブーニベルゼ。死の穢れ祓われし無垢なる魂のみを救う』





壁画を見上げたファングが言った。
最後の壁画に描かれていたものは、ブーニベルゼ。

それを見たファングは反吐を吐き捨てる様に続けた。





『そうかい、死人は穢れてるってか。だからてめえら聖宝で忘却の禊をやろうってんだな』

『忘却の禊?』





ライトが聞き返した忘却の禊という言葉。

レテ…忘却の禊。
それは初めて聞く単語だった。





『ああ。救世院が計画している儀式だ。やつらが聖宝を欲しがっているのは、ヴァニラに忘却の禊をやらせる為さ。死者の声を聞けるヴァニラにしかできねーからな』

『そうか。聖宝とは死者の魂を招く祭具だったな。どういう儀式だ。死者たちに呼びかけるとでも言うのか』





死者の魂を集めて、何をするのか。
問題はやはり儀式の内容だ。何のためにそれをするのか。
それをすることでどうなるのか。

ファングは少し呆れたように答えた。





『鎮魂だの慰霊だの言ってるぜ、救世院はよ。ヴァニラもやる気になっちまってる。無理もねえけどな。あいつ思い詰めてるんだ。昔の過ちを償いたくて儀式をやり遂げると誓ってる』

『忘却の禊がヴァニラの願いか。それでも救世院と手を組むつもりは無いんだな』

『気に食わねえからな』





儀式がヴァニラの願いだとしても、ファングはそれを受け入れない。
ヴァニラが強く願うのなら、ファングは支えそうなものだけど…。

なんだか、まだ何かあるような…。





「ナマエ。見て」

「え?」





その時、ホープに声を掛けられた。
反応すれば、彼は忘却の禊について調べていたらしくその情報が見つかったと教えてくれたのだ。

ホープはライトにも聞かせるように情報を口にした。





「救世院が計画している忘却の禊は死者の魂を鎮める儀式のようです。死んでいった人たちの魂を救えるなら、儀式に協力すべきでしょうね」





解放者の使命は人々の魂を解放すること。
儀式で死者を救えるなら、それならば確かに理にかなっている事なのかもしれない。





『これでクルクスは完成だな』

『聖殿門の封印を解こう』





壁画を見て、色々思う事はあった。
それを思わせる壁画ではあった。

とりあえず全ての壁画を閲覧し、これでクルクスの欠片は揃った。
後は本当の目的であった聖殿門の扉を開くのみ。

ライトとファングは壁画の間を後にし、聖殿門へと向かうのだった。



To be continued

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