『スノウを確認した。誘導を頼む』
「了解です。急いでください」
享楽の街ユスナーン。
街一番の宮殿の中を、ライトはスノウを追い…駆け抜ける。
ホープはモニターを見ながら、ライトを通信で補佐していく。
あたしは、お行儀が悪い…なんて言われそうなものだが、ホープが操作するパネルのあるデスクの上に腰を下ろしてモニターを眺めていた。
デスクはホープを囲うように長く造られており、そこに腰掛ければ丁度ホープのすぐ脇に来ることになり、彼と一緒にモニターを眺めるにも最適なのだ。
ふと、そんなモニターから目を外し、今自分のいる空間を見渡す。
…シンプルな、真白い空間。
目立つものといえば、ホープが操る世界を映すモニターと…不思議な光を放つ、聖樹ユグドラシルくらいか…。
「ライトさん、聞こえますか?混沌の力が強いせいか、通信が不安定なんです」
その時、そんなホープの声を聞いて、あたしは視線をモニターへ戻した。
映し出されていたのは、宮殿の奥に進んだライトと…彼女のいる空間いっぱいに広がる禍々しい混沌。
あたしは思わず唖然と呟いてしまった。
「…凄いカオス…」
「…うん。ライトさん、僕の方でも気をつけますが、いきなり通信が途切れる…あっ」
なにか、途切れるような音がした。
多分ライトのもとへと届くはずの音声が切れたのだろう。
ホープは小さくため息をついた。
「切れた…か。本当、カオスが酷いな…。映像も…これじゃ何が何だかだ」
「……うん」
顔をしかめたホープ。
そんな彼にあたしはただ頷き、じっと混沌に包まれる画面を見つめていた。
そして…同時に、少女の楽しそうな笑い声を聞いた。
それは、先ほどライトとスノウの戦闘に水を差した少女…ルミナの声だった。
『お前は、いったい何者だ?混沌と戯れて見せるなんて、ただの人間とは思えないが』
溢れる混沌の中、ライトの目の前に現れた少女ルミナ。
ライトはルミナに少しずつ近づきながら訝しげにそう尋ねる。
その言葉にルミナはくすりと楽しそうに笑った。
『へえ。ちゃんと混沌が視えてるんだ?神様に創られたしもべとは違うみたいね』
ちゃんと、混沌が視える…。
神様に創られたしもべ…。
ルミナはひょうひょうとそう言うと、混沌を操りライトの目の前に魔物を呼び寄せた。
魔物の存在を察知したホープはライトに叫ぶ。
「ライトさん、誰と喋ってるんですか!?目の前の敵に集中して!」
ホープがそう叫んだ時、ルミナは消えていた。
あたしはちらりとホープを見つめる。
…ホープには、ルミナの存在が視えなかったのか。
モニターから剣の音がする。
ライトが魔物と対峙する。あたしは再び、モニターに目を戻した。
ライトは強い。
あっという間に、魔物を蹴散らしてしまった。
『ひとつでも多くの情報が欲しい。混沌の分析を続けてくれ』
そしてまた、スノウを探して走り出す。
だけどホープがライトに返したのは、少し歯切れの悪いものとなった。
「僕もそうしたいんですが、すみません。混沌の事は、はっきりわからないんです。なんというか…視えにくくて」
『視えにくい、だと?』
「ええ。センサーの限界でしょうね。そこに混沌があることはわかるし、内部を調べることも出来るんですが、時々、何も視えなくなることがあるんです」
視えなくなる混沌…。
センサーの限界、か…。
あたしはそれを聞き、少し…目を細めた。
『施錠されている。破れるか?』
進んだ先、ライトは閉じられた扉の前に立っていた。
見てみれば、その扉は何か普通では無かった。
「なんか、その扉、変…?」
あたしはその扉を見て首を傾げた。
なんだか、少しの違和感を覚えたからだ。
なんというか、歪んでる…。
変な力に閉ざされているように見えたから。
「力づくでは困難でしょうね。開けないか調べてみます。少し待ってください」
ホープはそう言うと、パネルを操作しその扉について調べ始めた。
一方ライトは、そっと…その扉に手を触れた。
するとその瞬間、何かとてつもない力がライトの手を伝い、彼女の手を扉から弾き返した。
『…っ!』
「あっ!ライト、大丈夫?」
あたしは彼女に声を掛けた。
やっぱり、何か…普通では無かった。
多分、混沌の力が働いている。
『ああ…。扉の向こうは、混沌の渦か』
ライトはあたしの声に頷き、そして混沌に触れた己の指先を見つめていた。
「そんなところにスノウはいる。もう正気とは思えませんね」
『無理も無い。希望を見失ったまま、何百年も生きた挙句…もうすぐ世界が滅ぶんだ』
パネルを操作しながら呟いたホープに、ライトがそう返す。
『普通の人間なら、まともではいられないさ』
「スノウの心は壊れてしまった。そういう事ですか?」
『信じたくはないがな』
なんだか少し、淡々としていた。
それがふたりが…スノウの心を諦めてしまっていたから、だろうか。
あたしはモニターに映る扉を見つめた。
スノウ。
どこまでも真っ直ぐな、頼もしい貴方。
あたしはスノウのあの笑顔に…何度も救われたんだろう。
「…そう決めるのは、確かめてからでも遅くないと思う」
思い出したら、そう呟いていた。
そんな風に…彼に希望を夢見てしまうあたしは、甘く、愚かなんだろうか?
その、直後だった。
『いたぞ!』
『例の女だ!』
モニターから響いた、荒々しいいくつかの男の声。
多分、この宮殿の衛兵たちだ。
彼らはライトを捕縛しにきたのだろう。
「まずい。発見されました。ライトさん、一旦撤退しましょう」
ホープは急いでライトに撤退を指示した。
だけど、ライトは拒否を示した。
『ここまで来て退けるか!私だけなんだ、セラを失くした痛みをあいつと分かち合えるのは』
ライトはそう言って胸を抑えた。
セラ…。
穏やかに微笑む…ライトの妹。そして、スノウの婚約者。
そして…あたしは…。
あたしにとって彼女は…掛けがえない、親友…だった。
ライトはセラを想っている。
何よりも、何よりも強く。
だから、ここまで来て退きたくなんか無いのだろう。
でも、ホープは強く言い返した。
「ええ。そうです!スノウの魂を救ってやれるのは、解放者である貴女だけです。だからこそ自重してください。貴女が倒れてしまったら、救えるものも救えないまま、世界が終わってしまうんです!」
正論だった。
ホープの言葉は冷静で、何より的確なもの。
そんな風に諭されてしまえば、ライトも頷かざるを得なかった。
『わかった…。箱舟に戻してくれ』
「わかりました」
ホープはすぐさま、ライトをこの場所に戻すよう手配した。
ライトの身体は光に包まれる。
そして、衛兵たちがライトの元へと辿りつく前にその場所から撤退させた。
ホープはほっとしたように息をついた。
「ふう…間に合った。ナマエ。ライトさん、もうすぐ此処に戻ってくるから」
「うん。わかった」
安堵したホープにそう言われ、コクンと頷く。
…ライトニング。
コクーンが堕ちたあの日、歴史から消された…あたしたちの、かつての仲間。
彼女は、深い後悔を抱いている。
それは…自らの妹を、たったひとりの家族を戦いに送り出した選択。
妹は、セラは…その旅の末に、命を落とした。
ライトは…自分を強く責めた。
セラは自分が死なせたと…自分を許せずにいる。
いつの日か、妹の魂を救いたい…。
そんな願いを込めて、死にも似た眠りについた。
そのまま、永劫のような時が過ぎ…幾百年後、輝きが…彼女の前に現れた。
それは、形無き神…。
この世を統べる至高の存在…神々の中の神、その名を―――ブーニベルゼ。
神は、大きな意思となり…ライトに告げた。
神のしもべとなり、与えられた使命を果たせば…奇跡をもって報いると。
彼女の妹を…セラを、再び甦らせようと。
だからライトは、至高神ブーニベルゼに従い、人々の魂を救いへと導く…解放者となった。
「ブーニベルゼ…か」
あたしは、姿知らぬ神の名を呟いた。
あれは…いつの事だっただろう。
もう、遠い遠い…ずっと昔のこと。
どうして、どうやって…何も、わからない。
そう、全然覚えていないけど…あたしも、ブーニベルゼの光に触れた。
神が、あたしに何を望んだのか…それすらもよくわからない。
でも…触れた事だけは、覚えてる。
ただひとつ、聖樹ユグドラシルと共に…光を実らせよ。
そんな言葉だけ、頭に残っていて…。
「おかえりなさい、ライトさん。ほら、ナマエ」
その時、ホープのそんな声が聞こえた。
振り向けば、地上へ続く転送陣が輝き…そこに、ライトの姿が現れた。
「あっ…!ライト、おかえり…!」
彼女の姿を見たら、自然と笑みが零れた。
そしてあたしも、彼女の帰還を喜ぶ声を掛けた。
…何も、わからない。
わからないことだらけだ。
傍に居るのは、ホープとライトだけ。
箱舟…。
彼らと共に…今、あたしはここににいる。
To be continued
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