世界が終わる13日。
そのはじまりに、解放者は目覚めた。
「開宴の時間です」
少年の声がした。
「終焉を迎える宴。誰もが悟ってるんですね、世界の終わりを」
丁寧な口調。
穏やかな声でその少年は言った。
「ああ。最期の13日だ」
それに答えた声があった。
とても落ち着いた、女性の声。
薔薇色の髪の、凛とした人。
彼女は着けていたサングラスを外し、マントを風になびかせた。
街は、色めく。
色とりどりの光に包まれ、お祭り騒ぎに賑わう。
だけどそこに水差す様に、黒い靄が差し込んだ。
「カオスの浸食です。撤退しますか?」
「もう遅い」
少年が尋ねると、彼女はそう一蹴した。
静かな足音を響かせ、颯爽と進んで行く彼女。
「何をしている!」
どよめく人々を気にもせず、真っ直ぐ進む彼女にひとりの衛兵が銃を向けた。
しかし彼女は動じない。
彼女は衛兵を掴み、いとも簡単に床へと倒した。
そして彼女は、その衛兵の胸に手を添え…そっと、光の抜き出した。
光は踊る様に宙を舞い、そして彼女の中へと消えていく。
その光景を前に、ひとりの大柄な男が立ち上がった。
「解放者…!」
宴を見守る様に、高い席にいたその男。
彼は立ち上がると、乱入してきた彼女をじっと見据えた。
彼女の事を「解放者」と呼びながら。
その直後、黒い靄の中から大量の魔物が溢れ出した。
「きゃああああああ!!!!」
「うわああああああ!!!」
人々の悲鳴が響き、彼らは逃げ惑った。
宴は一変、地獄のような絵図に姿を変えてしまう。
「てめえら!!」
宴を見守っていた大柄な男は、席を飛び落り魔物へと一直線に向かっていた。
彼の拳が光る。
それは、魔法の光…。
彼が拳をぶつけた魔物は、一瞬にして消滅した。
圧倒的な力…。
そんな彼のもとに、誰かが仕留められた一体の魔物が転がった。
彼がそれを避けると、目に映ったのは…剣を掲げた薔薇色の彼女。
「スノウ。知っているはずだな。私が、何者であるか」
彼女は彼の名を呼んだ。
スノウ。それが、彼の名前…。
そして彼女は尋ねた。彼に、自分の正体を。
「ああ、知ってるさ。…解放者!」
彼は答えた。
薔薇色の髪の彼女を、解放者と呼んだ。
彼女は手にした剣を鮮やかに振るい、次々に魔物を散らしていく。
「伝説は語る。闇を断つ閃光、囚われし魂の解放者。滅びゆく世界に降り立ち、魂を最後の救いへ導く」
彼は伝説を口にした。
それは正に、目の前で鮮やかに舞う彼女に相応しい言葉たち。
「…って言うがよ!」
彼は途中で言葉を荒げた。
そして、彼の手に氷が溢れ…その手中に巨大な武器を形成する。
彼はそれを、一気に彼女へ振り下ろした。
「早い話が、俺を殺しに来たんだろ」
ガンッ、と響いた武器のぶつかる音。
彼女は氷の武器を剣で受け止め、彼らは武器を交わらせる。
同時に…視線も。
それが、合図だった。
その瞬間彼らは…目にもとまらぬ速さで、一気にぶつかり合った。
薔薇と花びらと氷が、その度にキラキラと散っていく。
やがて…薔薇色の彼女の剣が、彼の首に突き付けられた。
「終わりだな」
短く言った彼女。
その声に、彼は低く嫌味のように言い返した。
「まるで死神だな。俺をぶっ殺して、魂を救ってくださるわけだ」
「そう願うなら、叶えてやろうか」
彼女は剣を離さぬまま、彼に語りかける。
しかし、それを聞いた彼は、刃など恐れることなく彼女の胸ぐらを一気に掴んだ。
「それが答えかッ、ライトニング!」
解放者…ライトニング。
彼はその名を呼び、彼女の胸ぐらを掴んだまま、唇を震わせていた。
「まったくもう、無理しちゃって」
するとそこに、可愛らしい少女の声が響き渡った。
そしてその瞬間、彼に突き付けられていた彼女の剣の刃がピシリと砕け、はじけ飛んだ。
その衝撃で、ふたりの間に距離が出来る。
「スノウっ…ライト…っ」
喉元につっかえていた声。
あたしはそこで、彼らの名前を思わず呟いた。
「ルミナ!?」
彼…スノウは少女の声がした天井を見上げた。
そこにあった、ゆらゆらと揺れる黒い靴。
煌びやかなシャンデリアに腰掛け、足を揺らす…また、薔薇色の髪を持つ…ひとりの少女。
……ルミナ。
スノウは彼女をそう呼んだ。
「だめだめ、命は大事にしなきゃ」
楽しそうな声で言う少女。
彼女はそう言いながら人差し指を可愛らしく振った。
そして、まるで魔法使いのようにくるりと回せば、そこから赤い稲妻が一気にシャンデリアへと伝った。
…物が、壊れた音。
シャンデリアが、崩れる。
ルミナはそれだけを残し、ワープでもするようにその場から一瞬に姿を消した。
直後、シャンデリアは大きく崩れ落ちて…。
それを見たスノウは咄嗟に魔法を放ち、その場を一気に凍てつかせた。
崩れたシャンデリアと、部屋が…一瞬にして銀世界へと変わる。
「悪魔か、あのガキ」
そして、もうすっかり消えてしまったルミナの居た場所を見つめ、そう呟いた。
「死神の次は悪魔か。呪われているな」
そして、その呟きにそう返したライト。
「誰にも邪魔はさせねえ。例え、悪魔と死神…解放者を敵に回してもだ」
スノウは…真っ黒なグローブをした拳をギリッと握る。
そして…そう言葉を残し、ひとり…黒い靄の奥へと進んで、消えていった。
…モニター越しに見た、そんな…息苦しい光景。
あたしは思わず、胸の上で手を握り締め…そして少しだけ、その光景から目を伏せた。
「…ナマエ?」
すると、そんなあたしの様子に気が付いたように…傍で名前を呼ばれた。
目を向ければ、そこにいる銀髪の…男の子。
あたしはゆっくり首を横に振った。
「ううん。なんでもない」
「そう…?」
あたしは彼に微笑んで頷いた。
すると彼もふっと笑い、再びモニターへと視線を戻す。
先程、宴に乱入する前の解放者に語りかけた少年…。
…ホープ。
それが、この彼の名前…。
《僕と、結婚してください》
遠い昔…あたしが永遠を誓った、たったひとりの大切な君。
でも、その時の彼は…背丈の伸びた、大人だった。
だけど今目の前に切る君は…出会った頃の、小さな男の子の姿…。
一方であたしといえば…時を巡る旅に出た、あの時とそう変わらぬ姿のまま…。
…あれから、500年…。
数百年の歳月が、あたしたちを…大きく変えていた。
「ナマエ…来るよ。見て」
「えっ…」
その時、ホープがモニターを指さした。
あたしはハッと先ほど目を伏せたモニターを見上げる。
そこに映っていた、ライトの背。
そして、彼女の前に立つ…大きな混沌の魔物。
『さあ、どうすればいい?導いてくれ、ホープ・エストハイム』
彼女は呼びかけた。
自分の導を、ここにいる彼に。
その言葉に、彼はクスリと小さく笑った。
「ホープだけで良いですよ。ライトさん」
慣れない呼び方だ。
そんな風に言うように。
そして彼女の要望通り、彼は彼女にしるべを渡した。
「今はスノウの確保が最優先です。ライトさん、追ってください!」
「ライト、気を付けて」
ホープとあたしの声を受け、彼女は進む。
世界が終わる13日。
そのはじまりに目覚めた…ライトニング。
それは、至高神ブーニベルゼに使命を与えられた解放者。
人々の魂を導くため、彼女は地上へ降り…この世界を駆け抜けていく。
To be continued
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