最後の自然ウィルダネス


列車が止まる。
辿りついたのは初めて訪れる駅。

解放者は新たな地に足を着け、そしてその地を広く見渡す。





『残された最後の自然か…』





駅からの景色に、ライトはそう呟く。

広がるのは緑の景色。
人々で賑わっていたルクセリオやユスナーンとは打って変わった自然の景色だ。





「ウィルダネス。この地は、野生の聖域です。獣たちは本能のままに生き、死んでいく。生と死が背中合わせにめぐるこの地では、混沌の動きも一際活発です。ここに暮らす人々は、都市部の市民とは違って救世院に従順ではありません。教団による援助を断って、自給自足で暮らしているほどです」





この土地の名はウィルダネス。
ホープはその詳細をわかりやすく説明してくれる。





『なるほどな。ここは飼いならされない者たちの…。っ!?』





ライトもその説明に耳を傾ける。
しかしその時、突然彼女の様子に変化があった。





「ライトさん!?」

「ライト…!?」





ぷつんっ、と何かが途切れたような。
モニターにも異変があったのだ。

ホープとあたしは慌てて声を掛ける。





「ライトさん!?何があったんですか!?」

『声を聴いた…。この地で私はヴァルハラの天使と会う。そう告げていた』





声が届くと、ライトは戸惑ったようにそう答えた。

とりあえず異常みたいなものは無さそうだったから、ちょっと安心をする。
だけど、ライトはその短い間に声を聴いたという。





「声…?誰かが呼びかけてきたんでしょうか?」

『ああ。恐らく混沌を介してな』

「混沌を介して?声って、誰の声?」

『わからない…。だが、ヴァルハラの天使とは何のことだ?』





一応尋ねてみれば、誰の声だったかはわからないというライト。

そして、気になるのはその声が言ったヴァルハラの天使。

ホープを見れば、彼は既にその情報についてを調べていた。
だけど、彼は首を横に振った。





「手許の記録には手掛かりなしです」





箱舟の資料に無いという情報…ヴァルハラの天使。
この土地にだけ伝わっているような伝承の様なものなのだろうか。

でも、ヴァルハラ…。
正直その名前は色々と聞き捨てならない感じだ。





「うーん…ヴァルハラって名前だけで、ものすっごい気になる感じだけど」

「そうだね。ライトさん、土地の人に話を聞いてみましょう」

『ああ』





この地には大きな歪みがふたつもあるという。
だけど、まだそれに関する情報が何一つない状態だ。

だから一先ずはライトが聞いたその声頼りにしてみることにした。

ライトは早速駅にいたこの土地のふたり組のお兄さんに声を掛けた。





『ん?なんだ?』

『聞きたい事がある。ヴァルハラの天使という言葉に心当たりは無いか?』

『姉ちゃんよそ者だな?このウィルダネスじゃ知らない奴はいねえよ』

『ヴァルハラの天使ってのはな、純白の羽根を持つと言われる幻のチョコボのあだ名さ。この世の終焉とともに現れる聖なる鳥って言われてるんだ』





お兄さんたちは快く質問に答えてくれた。

なんと。いきなり大当たりだった。
というか、この土地の人なら誰でも知っている話だったらしい。





「おお。貴様どこでその話を聞いた?よそ者に教える話はねえよ、けーれけーれ!みたいなのちょっと想像いしてたんだけど、全然そんな事無かったね」

「なにそれ?ナマエ、そんなこと考えてたの?」

「だって何か言い伝えっぽいのってそういうのありそうじゃん」

「発想力豊かだなあ…」

「えー?そう?ま、でもチョコボだってさ、ホープ」

「うん。ここの記録にはやっぱり無いけどね」





ホープとちょっとくだらない話をする。
いや、くだらないのはあたしの脳みそな気もするけども。

まあね、ヴァルハラの天使というのがなんたるかはこれでひとまずわかったわけだ。
ウィルダネスに伝わる純白の羽根を持つチョコボ…ヴァルハラの天使。

ライトは引き続き、その二人組のお兄さんたちから詳しい話を聞く。





『この地に伝わる伝説か』

『ああ。単なる言い伝え…のはずだった。それが最近、白いチョコボを見たって騒ぐ連中が出てきてな。どうも本当にいるんじゃねえかって話になってきた』

『だとしても、あれはギサール先生の獲物だよ。にわかモンにゃ捕まえられっこないさ』

『ギサール?何者だ、それは』

『幻のチョコボを長年追い続けてる獣医の先生さ。恐ろしく気難しい偏屈じいさんだが、天使の研究にかけちゃ、間違いなくウィルダネス一の権威だね』

『先生はこの街道の先、カンパスファームってとこに住んでる。虫の居所が良ければ、話を聞かせてくれるだろうさ』





お兄さんたちはこれまた丁寧に天使のついての情報を話してくれた。
物凄く良い人達だ。

言い伝えだったヴァルハラの天使。
しかしここ最近、本当のいるんじゃないかという噂が立ち始めている…か。





「んじゃなに?ライトに呼びかけてきたっていうその声、結構信憑性ありそうな感じ?」

『終末を告げる純白のチョコボか』

「救世院の正統的な教義には無い話です。辺境だけに伝わるいわゆる迷信でしょうね」

「ええ?迷信なの?」

『だとしても、誰かが私にコンタクトしてヴァルハラの天使という名を伝えたのは事実だからな。その正体は確かめたい』

「ライトさんが望むのでしたらご自由に。今のところ手掛かりはひとつですね」

『獣医ギサール。幻のチョコボを追う老人か…。カンパスファームで会えると言っていたな』





ライトは呼びかけてきた声が気になる様子だ。
まあ実際に聞いてるんだからそりゃ気になるだろうけど。

あたしもさっき言った通りでヴァルハラって単語が出てきた時点で結構気になる。

なんにせよ、新しい土地でまだこれと言った目的も無い。

こうしてライトはヴァルハラの天使の情報を求め、その権威であるという人物のいるカンパスファームへと足を運んだのだった。





『ヴァルハラの天使の話を聞きに来た』





カンパスファームは、畑やいくつかの建物がある小さな集落のような場所。
ライトはそこにいたひとりの老人に声を掛けた。

ギサール先生。

見た目は、ちょっと気難しそうなおじいさんだった。





『帰れ!』





…じゃなくて、見た目も中身も気難しそうだった。





『用事が済んだらな』





まさかの第一声が《帰れ》とは。
やっぱりアレ?けーれけーれ的な?

ただ、それに物動じずにさらりと言葉を返すライトは流石だ。





『定められし出会いが、汝を混沌の出ずる処へ導く。この言葉の意味が分かるか』





ライトは先程呼びかけてきた声が言っていたと言う言葉をそのままギサール先生に尋ねた。

すると、それを聞いた途端に先生の顔色がスッと変わった。
どうやらこの先生を尋ねた事は大当たりだったみたいだ。





『なんじゃと…?お前さん、あの声を聞いたのか』

『ああ。少女の声音だった』

『乙女の声…。やはりわしが聞いたのと一緒か…』





何か考え込むようにそう呟くギサール博士。
わしが聞いたのと…ということは、この人もライトが聞いたのと同じ声を聞いたことがあるのだろうか。

本当、なんなんんだろう…その声の正体。





『どうやらお前さんには資格があるかもしれんな。いいじゃろう。良く聞け』





声の事を聞いたギサール先生は追い返す手を改め、ライトにヴァルハラの天使の詳細を話してくれた。





『ヴァルハラの天使は気性の荒いチョコボじゃ。わし自身、何度か遭遇を重ねたが、その度に捕獲に失敗しておる。奴を乗りこなせるのは自信が主を認めたものだけじゃ。どうやらそれはわしでは無いらしい』





気性の荒いチョコボ…。
主と認めなければ、乗る事を許さない。

そんな事を聞いて、あたしは少し想像する。





「うーん…たまにいるよね。気性が荒い子。ことあるごとにエサ上げないと振り落されちゃったりとか」

「確かにね。でも、そういうのとも比べ物にならないって事じゃないかな」





暴れ馬…じゃない、暴れ鳥…?
気性が荒いチョコボって言うのは、そんなに珍しいものでもない。

でもホープの言う通り、それとは比較できないものなんだろうか。





『私にその資格があるとは思えないが』





主なんて聞いたライトはそんな心当たりは無いとしっくりきていない様子。
しかしギサール先生の方はライトのその言葉に首を横に振った。





『いや、そう謙遜したものでもないぞ。今のお前さんの話が出まかせで無いならな。お前さんが選ばれし者だとすると、先の言葉はこれからの運命を暗示しておる。伝説によるとチョコボは選ばれし主をある場所にいざなうと言われておる。それは、混沌が沸き出ずる源…女神の神殿のことじゃろう』





ヴァルハラの天使が導く、女神の神殿。
それを聞き、あたしはモニターに映るウィルダネスの景色を見た。

豊かな緑の景色の中に、そびえる建物。

…記憶の奥底。見覚えがある。
それは、いつかの日に立ったヴァルハラで見た神殿によく似て見えた。





『断崖に立つあの神殿か』

『そうじゃ。あれこそ死を司る女神の宮。その地下には大いなる混沌が待つと言う』




死を司る女神…。
それは、女神エトロ…?

エトロは死の女神とも呼ばれているという。

エトロの神殿…だとしたら。
そしてその地下に、大いなる混沌が眠る…。





『大いなる混沌…どういう存在だ?』

『伝説は多くを伝えておらん。神殿に赴けば、おのずと明らかになろうて』

『そのためにもヴァルハラの天使を見つけ出せと』

『そういうことじゃ』





ギサール先生は頷いた。
どうやら、彼を尋ねたことは正解だったようだ。

だって、結構興味深い話を聞けた気がする。

それに捕獲の方にも手を貸してくれる気があるようだった。





『神殿に眠る大いなる混沌の話…それも救世院の教義には無い迷信か?』





一度、ギサール先生のところを後にしたライトは事をどう思うかこちらに尋ねてきた。
ホープはモニターを叩きながら答える。





「いえ、そうも言えなくなってきました。あの神殿は、異界ヴァルハラより出現したものです」

「あ、やっぱりヴァルハラにあったやつなんだ?」





ホープの話を聞き、見覚えがあると感じたことが間違いじゃなかったことを知った。
ホープはこちらへと振り向いた。





「ナマエ、見覚えあった?」

「うん。似てるなあとは思ってた」

「そっか。かつて神殿は世界を喰い破るほどの絶大な力を封印していたようですが、それは解き放たれてこの世界を破滅に追いやりました。でも、それは姿を消したんです。世界を壊した力の正体は、いまだにわかっていません」





時を超えたあの旅の末、世界に解き放たれたとんでもない力…。
あの力の正体は…なんだったのだろう。

ホープは…研究者さん達は必死にその正体を探ったけど、その答えは見つからなかった。





『それは再びあの神殿に戻り、大いなる混沌と呼ばれるようになった』

「という可能性はありますね。チョコボが導いてくれるかはともかく」

「でも、じゃあどうするの?今のところその手掛かりはヴァルハラの天使とかいうチョコボだけでしょ?」

『少なくとも誰かが私を呼んだのは事実だ。招待に応えるさ』





大いなる混沌。
そして、ライトが聞いた少女の声。

どちらも気になる事柄だ。

ひとまず、手掛かりに繋がるであろうものはヴァルハラの天使だ。
ライトはその伝説のチョコボを求め、新たな土地を歩き出した。



To be continued

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