『ヴァニラが探していた石はこれだな?』
再びアリミヤさんの元へと戻ったライト。
ライトは倉庫街で見つけた石を早速彼女へと差し出す。
するとそれを目にしたアリミヤさんの顔はぱあっと明るさを取り戻した。
『ああ、この七色の煌めき…!そうです。まさにこれです。聖女様は大変お喜びになります!』
ライトが差し出した石はヴァニラが持っていたと言う輝石で間違いない様だった。
アリミヤさんは本当に嬉しそうな顔で、ホッとしてるのがよく伺える。
そんな反応だから、この人は本当にヴァニラの事を思っているのだということが良くわかった。
だからこの人にならきっと色々聞いてみるのも悪くないだろう。
そう感じたであろうライトは、ヴァニラとこの輝石について彼女に尋ねた。
『知っていたら教えてくれないか。ヴァニラがこの輝石を大事にするわけを』
『はい。聖女様がそっと教えてくださいました。これは幾年か前、あの方がお目覚めになったとき手の中に握られていた石だそうでございます』
アリミヤさんは快くヴァニラとこの輝石について教えてくれた。
幾年か前、目覚めたときに持っていたもの。
恐らくその目覚めというのはクリスタルからの目覚めということだろう。
そして、その際にヴァニラが握っていたもの…か。
『輝石には不思議な力がございます。その石はごく稀に映し出すのだとか。深い絆で結ばれた、ご家族の様子を』
ヴァニラと深いきずなで結ばれた家族…。
それを聞いて、真っ先に思い浮かぶ人物がいた。
きっと、ライトも同じだろう。
思い浮かべたのは、男勝りで、とっても強くて格好いい…黒い髪のお姉さん。
『家族…ファングの事か』
『おや、御存知でしたか。聖女様はこの石を通じてファング様の姿をご覧になっていたようです』
ライトがその名を呟けば、アリミヤさんはその通りだと微笑んで頷いてくれた。
ヴァニラがこの石を大切にしていたのは、ファングの姿を映し出すから。
なるほどな。それを聞いて、凄く合点が言った感じがした。
『そういうことか。ヴァニラに良かったなと伝えてくれ』
ライトも同じく納得したようで、そんな風に軽い伝言をアリミヤさんに頼んだ。
しかしアリミヤさんはそれを受けず、首を横に振った。
『いえ、その言葉はあなた様から直接お伝えください』
『私が?』
『聖女様にあなた様との出会いをお話しました。すると、こちらをお預けするようにと』
そう言ってアリミヤさんは小さな何かをライトへと手渡した。
それはひとつの鍵だった。
『この鍵は…』
『はい。通用門の鍵でございます。この時間、聖女様は公用もございません。門は閉まっておりますが、その鍵をお使いいただけば…』
『ヴァニラに会えるのか』
『はい。聖女様の笑顔がまた見られるかと思うと、わたくしは幸せでございます』
アリミヤさんはそう言い、また嬉しそうに微笑んだ。
通用門の合鍵…。
これを使えば、ヴァニラに会いに行ける。
それを訪ねたライトの声はどことなく期待に満ちた嬉しそうなものに聞こえた。
でも、その気持ちはよくわかる。
ヴァニラに会える。顔が見られる。
そう思ったら、あたしもぶわっと心に一気にあたたかいものが広がった気がした。
「ライト!早く行こう!ヴァニラに会いに行こうよ!」
『あ、ああ』
ヴァニラに会いたい。早く。
そう思ったらあたしはぱっと笑顔でライトにそう呼びかけていた。
その声を聞いたライトは頷き、鍵を握り締めて通用門へと向かってくれた。
「ナマエ、そわそわしてるね」
「そりゃするよ」
ホープにそう言われる。
だけど否定はせずに頷いた。
ヴァニラ…。
一緒に旅してた大切な仲間。
だけど、その旅の終わり…彼女はファングと共にコクーンを支えるためのクリスタルの柱となった。
それから、ずっとふたりを救う方法を考えて…とんでもない時間が経ってしまった。
あたしは、時を超える旅の中でふたりに一度だけ会う事が叶ったけど…でもそれも、夢の中みたいなものだった。
ライトも多少はやる気持ちはあるだろうか。
気持ち早足で大聖堂の中を進んで行くライト。
そうして進み続けてやっと、見覚えのあるひとつの背中を見つけた。
ライトの足音が静かに響く。
その足音に、その背中は振り向いた。
『あっ!』
振り向いたその時、見えたあの笑顔。
その顔を見たら、凄く胸がぎゅっとした。
振り向いた彼女は、ライトを見るなりタッと駆け寄ってきた。
『ライトニング!?』
『久しぶりだな、ヴァニラ』
穏やかな再会。
ふたりの顔が自然と優しいものになる。
そこには本当に、ただまた再び会えたという純粋な喜びだけがあった。
『元気そうで何よりだ。何年経っても変わらないな』
『変わらなくちゃ、いけないんだけどね』
ヴァニラ。かつて、ライトやあたしやホープ…共に戦った仲間。
人の運命を弄ぶ、神々に立ち向う闘争。
もう、今から見れば…1000年も前のこと。
その戦いの最後に、彼女は犠牲になった。
人々が暮らす世界を支えるために、クリスタルの柱となってヴァニラは永い眠りについていた。
『けれど13年前、再び目覚めた』
その時、ライトの背後から明るい声が通り過ぎた。
ライトはハッとしてその声を追う。
声の主は薔薇色の髪を揺らしてライトの横を過ぎ、向かい合うヴァニラの腕を取ってきゅっと抱き着いた。
『またお前か』
ライトはちょっと呆れたよう。
でもそんなのなんのその。
そこに現れたのはルミナだった。
ルミナは親しげにヴァニラの手を握り、べったりとくっついている。
なんか、ちょっとビックリ。
あたしがそう感じたように、それを見たライトも少し意外そうに尋ねた。
『やけに懐いてるじゃないか』
『目を覚ましてからずっと一緒だからね』
『うん!ずーっと一緒!』
答えたのはヴァニラで、ルミナはその言葉にただ嬉しそうに頷いた。
ルミナとヴァニラ。ふたりがこんなに仲が良かったなんて、本当驚いた。
というか、ルミナこんなこと一言も教えてくれなかったし。
ルミナ、絶対あたしとヴァニラが仲間だった事知ってるのに。
本当食えない子だなあって感じだ。
だけど、ヴァニラがずっと一緒と口にするなら…もうひとりそれに該当するであろう人物がいるはずだ。
しかしその姿はない。そもそも、輝石に映し出される姿を眺める…という点で違和感なのかもしれない。
ライトは辺りを見渡し、ヴァニラにそれを尋ねた。
『ファングはいないんだな』
『うん。ふたりで一緒に目を覚ましたけど…でも、今は…』
『お前一人が救世院の世話になっている…理由があるんだな』
『…ここでしか…私にしか出来ない事があるから』
ヴァニラはそれだけ言うと、大聖堂のさらに奥へとライトを導いた。
そこは、兵もひとりもいない広い部屋だった。
中心部には大きな祭壇の様なものが設置されている。
でも、実際に注目するのはそこじゃない。
その部屋に入ったライトは圧倒される様に呟いた。
『混沌が渦巻いている…救世院の聖堂にこんな場所が…』
そう。その部屋の中にあったもの…いや、満ちていたもの。
それはとんでもない濃度の混沌だった。
混沌が、吹き荒れるように部屋中に渦巻いている。
『そう。みんな辛いんだよね。待っていて。苦しみは…もうすぐ終わりにするから』
ヴァニラは祭壇を進み、宙に向かってそう呼びかけた。
勿論そこには誰もいない。
ライトは首を傾げた。
『ヴァニラ、とに話している?この風は一体…』
『嘆きの風。死人の慟哭。貴女には聞こえないの?苦しむ死者たちの泣き喚く声が』
『この風が…死者の声だと?』
答えたのはルミナだった。
そこに吹き荒れ、髪を、服を大きく揺らす風。
これが、死者たちの声…。
『そう。ここには死者たちの想いが集まってくる。混沌に呑まれた魂の…この世界から失われた、数えきれない命の苦しみや哀しみが、風になって吹き寄せてきて…そのひとつひとつが、胸に刺さるの』
そんなヴァニラの言葉を聞いた時、アリミヤさんの言葉を思い出した。
聖女は…混沌の風と言葉を交わす、神秘の力を持つ乙女。
それは、このことを言っていたのだと。
その瞬間、その場の風が色濃く…更に強さをぐんと増した。
『っ…これほどの…こんなにも多くの人の想いを受け止めているのか。たったひとりで…』
ライトはそう言ってヴァニラを見つめた。
その場にはいない。
モニターの映像だけだけど…あたしにもそれがとんでもない様子なのは見て取れた。
『世界が壊れてしまったから、死者たちの魂は新しく生まれ変わることが出来ずに…死んでいったときの想いのまま、こうして苦しみ続けてる』
『そんな魂を助けるために、ヴァニラはここにいるんだよ。救世院の教えに沿って、死者の嘆きを無に還そうってわけ』
『だが、これほど凄まじい嘆きを沈めるとなると…お前の身が持つのか?』
ヴァニラが聖女として救世院に身を置く理由はわかった。
でもライトが案じたように、こんな凄まじい力をひとりで受け止めたら…耐えきれるのかと思うのは当然。
『それが私の償いだから』
ライトに振り返ったヴァニラはそうきっぱりと答えた。
それは、耐え切れないという意味。
命を懸けて、死者の嘆きを沈めると言う覚悟…。
『沈めないと危なそうだしね。ここに渦巻く混沌ときたら、死者の嘆きが積もり積もって物凄いエネルギーを秘めてるんだから』
ルミナのいつも通りの声。
それを聞いたライトは渦巻く混沌を見上げる。
『その力がすべて解き放たれたら…』
『…世界そのものが、ブッ飛ぶかもね』
世界そのものが壊れる程のエネルギー…。
そう言ったルミナの最後の一言に、あたしはゾッと凄く嫌な寒気を覚えた。
それを抑えるために、ヴァニラはここにいる。
だけど、命と引き換えにしようとしてる。
また、ヴァニラが犠牲に…。
今日明日という話では無い。
だけど、もう…残された時間も決して多くは無い。
なんだか凄く…頭がぐらぐらとした。
「通信状況回復しました!ライトさん、また混沌の影響でしょうか?」
『ああ、すぐに収まったがな』
その後、ヴァニラと別れ大聖堂の外に出たライトは強い混沌で通信が乱れていたホープと言葉を交わした。
そう、また…通信は乱れていた。
あれだけの混沌だったのだから、それは無理も無い事なんだけど。
だからあの時、あたしは何をいう事も無くただモニターだけを見つめていた。
ホープは…あの場の光景をどれだけ見れただろう?
そう思ったけど、なんとなく聞く事はしなかった。
「よかった、安心しました。ヴァニラさんも元気そうですし」
ホープは先程のライトと再会した時のヴァニラの様子を思い出しているみたいだった。
確かに今、あの様子を見る限りではひとまず元気そう…ではあるだろう。
そこは、うん。素直に良かったと思う。
すると、そんな声を聞いたライトは軽くホープをからかった。
『嬉しそうだな、今までになく。ヴァニラだからか?浮つくのはどうかと思うぞ』
「そんなことないですよ、からかわないでくださいライトさん」
それを聞いたホープは何言ってるんですかとでも言うようにくすっと笑った。
そんなやり取りを見ていてふと、過去の記憶が蘇る。
あれはそう、ルシだった時にホープがヴァニラをからかったのだ。
あたしはそれを…行儀悪いけど盗み見ちゃって。
まあもう時効でしょ、時効。
そもそもホープにも見てたよって言ったし。
ていうか多分ライトもそれを思い出したんだろう。
あの時、その話をライトの前でしたから。
ヴァニラと会ったからかな。…なんだか色々と懐かしい。
だからちょっと、何だかおもしろそうだったから、あたしもライトのからかいに乗ってみることにした。
「えー?あなたの笑顔が好きだから〜とか言ってなかったけ。ホープって結構たらしだよねえ、ホント」
『ふっ…だそうだが、ホープ?』
ニヤリと笑えばライトもまた笑った。
ホープは「ナマエまで…」なんて顔してこちらを見てきた。
そして小さな溜息を一つ。
「僕は昔からナマエだけですよ」
そして真っ直ぐ言ってきた。
そう言われると、ちょっと反応に困る。
「……真顔で言う?」
「だってナマエにそんなそう思われてるのは御免だからね」
ホープはそう言ってふっと笑った。
…素敵な笑顔ですこと。ていうか仕返しされた。
ライトからは『…それ以上やるなら余所でやってくれ』なんて言葉が飛んできた。
…なんか変な方に話が転がってる。
うう…ライトが仕掛けたのに〜。
うん、まあそんな感じでふざけるのはここまでにしよう。
それよりも問題はヴァニラの事だ。
聖女ヴァニラと、死者たちの嘆き…か。
それと、どうしてファングはこんなヴァニラを置いて傍にいないのか。
救世院の何者かは、何のためにヴァニラの輝石を盗んだのか。
謎は、解決できずに増えたまま。
喜ばしいはずの旧友との再会も、ただ喜ぶだけじゃ終わらない。
はあ…なんだかなあ…。
少し重苦しい。そんな想いを吐き出す様に、あたしは小さく息をついた。
To be continued
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