「この剣を頼む」
ライトはそう言って背に掛けていた剣を鍛冶屋へと差し出した。
場所は光都ルクセリオ。
解放者は今、この光の都に再び足を運んでいた。
《時間は有限です。でも、目先の問題はとりあえず片付きました。どうですか、新しい地へ赴く前に少し装備を整えてみては》
ユスナーンから輝力を捧げに箱舟に戻ったライトに、ホープはそんなアドバイスをした。
始め、ずっと問題にしていたスノウの件はケリがついた。
そして犠牲者を現在進行形で出していた女神の信徒の件も同様に。
今、目の前にあった問題は一先ず片が付いたのだ。
まだ世界には気になる大きなひずみが3つ残っている。
しかしそれらに挑むためにも、この辺りで武具や魔法を見直すのもいいのではないかと。
ホープが勧めたのはそんな話。
ライトは再びルクセリオを訪れているのはそんな理由だった。
『悩みがるようだな?』
ノエルのことが解決したとは言え、ルクセリオにもまだまだ魂の解放を必要とする人はいる。
ライトは装備を整えながらも、そうした人々の声を聞いて街を回った。
そして、今もまたひとり。
『ええ。でも、見ず知らずのお方にお話してよい話かどうか』
ライトが声を掛けたのは穏やかな声の女性だった。
眉を下げている彼女は確かに何かに悩んでいそうだ。
『ならいい。無理に聞き出す理由も無い』
『なんだか、さっぱりしたお方のようですね。口止めされているわけではございませんし、思い切ってお話したいと思います』
見ず知らずのライトに悩みを話すかどうか悩んだ女性。
でもライトの言葉に軽く笑って、打ち明けてみることを決めたようだ。
改めて、丁寧に頭を下げた女性。
そんな彼女の自己紹介から、あたしたちは物凄い驚きを貰う事になった。
『あらためまして、わたくしは大聖堂にて聖女ヴァニラ様の身の回りのお世話をするものです』
女性はアリミヤと言った。
そしてそんな彼女が発した聖女という人物の名前。
それを聞いた瞬間、あたしは思わず大きな声を上げた。
「ヴァニラ?!ホープ、今この人ヴァニラって言ったよね!?」
「うん、言ったね」
それはあまりに聞き覚えのある名前。
慌ててホープに確かめれば、ホープもモニターを見てちょっと驚いた顔をしていた。
『ヴァニラだと…?』
当然、ライトもその名前に反応する。
ヴァニラ。
それはかつて、ルシだった頃に一緒に旅した仲間の名前。
「ナマエ!」って元気に笑ってくれた彼女の声は、本当に絶対に忘れたりしない。
『はい。混沌の風と言葉を交わす、神秘の力を持つ乙女。その力により聖女と呼ばれるお方です』
『ヴァニラが聖女か…』
ライトに簡潔に説明をしてくれるアリミヤさん。
聖女…ってのは、正直よくわからない。
神秘の力を持つ乙女って…何の話ですかとも思うし。
だってあたしの知ってるヴァニラはそんな力無かったもの。
ただ、彼女はルシで、長い間クリスタルの中で眠っていて…。
同時にあたしにも空白になっている長い時間があって…。
そうしたら、ヴァニラに何らかの変化が無いとも言い切れなくて。
だから多分…それはあたしたちの知るヴァニラの話である可能性は十分なのだと思った。
『実はその聖女様がとても大切にしておられる品があります』
彼女の悩みはその聖女様の悩みのようだ。
聖女…ヴァニラが大切にしているものに関する話。
『それは小さな石です』
『ただの石では無いのだろうな』
『ええ。神々しい七色の輝きを発する特別な石でございます。ところが先日その石が何者かに盗まれたのでございます。以来聖女様は口数も減り、すっかりふさぎ込んでいらっしゃいます』
落ち込む聖女を思い出しているのか、そう語るアリミヤさんの顔は痛ましそうだった。
ヴァニラが口数も減ってふさぎ込む、か。
もともと溜め込みやすいタイプの子だとは思うけど、基本的にはヴァニラは明るい子だ。
だから多分、その石はただ綺麗と言うだけじゃなく、ヴァニラにとって何か特別な意味のある代物なのだろう。
『探す当てもないのか』
『まさか!探しに行くなど!聖女様が大聖堂を出るなど決して許されぬ事!』
探す、というライトの言葉を聞いた途端、アリミヤさんは驚いたように声を上げた。
聖女は大聖堂を出ることを許されない…。
それを聞いて、あたしは心の中に凄いもやもやを覚えた。
「うわあ…ヴァニラ、外に出してもらえないってか…?」
「この感じだと、そうみたいだね」
「うわああ…」
ホープと話して、余計にそのもやもやは増した。
あたしの記憶の中にある彼女は、元気に走り回って目の前の魔物にも臆することなく立ち向かていく…そんなイメージだ。
ただ大人しく守られている…なんて、ちょっと似合わない気がするけど。
『成る程。聖女には出歩く自由が無いんだな』
『…口が過ぎました』
ライトの軽い指摘にアリミヤさんは声を張り上げた事を反省していた。
そして再び穏やかな口調に努めて続きを話してくれた。
『聖女様は、その…身の御安全の為、匿われて…』
『囚われた籠の鳥か』
『…その通りです』
この人は真面目なのだろう。
だから聖女が外に出てはならないという考え方を曲げることは無い。
だけど、そんな窮屈な状態に何も思わない…というわけでもないみたいだ。
『聖女が軟禁状態なら、石に手が出せるのは内部の人間だけだろうな』
『なっ!ご冗談を!救世院の者が盗みを働いたと?そのような事、決してありえません』
ヴァニラが外に出れないなら失くすことも無いだろうし、一番疑わしいのはそこに近しい内部の人間。
最もなライトの意見だけど、アリミヤさんはその推理をとんでもないと言うように首を振って否定した。
なんというか、本当にまっすぐだなあ…なんて思ったり。
「凄いねえ…。どこまでも救世院に真っ直ぐと言うか…本当、真面目な人なんだなあ。世の中そんな良い人ばっかりじゃないけどなあ」
「はははっ、ナマエ廃れてるね?」
「失礼だねあんた!でも、そうじゃん。世の中、いろーんな人がいるよ。皆が皆善人なんて」
「うん、まあね。僕もそう思うよ」
「…ホープだって廃れてるではございませんか」
「あははっ、ごめんって。うん…でも、何もかも綺麗だなんて、そう簡単には行かないからね」
「…まあ、救世院っていう組織がよくわかってないっていうのあるんだけどね」
救世院か…。
ブーニベルゼを信仰している組織なんだよね…。
この人みたく、真っ直ぐに信仰している人も多いんだと思う。
だけど大きな組織だし、皆が皆…なんて、そんなことはやっぱりな…ってね。
あたしとホープがそんな風に話していれば、ライトは女性と悩みの話を続けていた。
『だったら外部の人間が、聖女の周囲に立ち入れるのか?』
『御用達の業者が出入りする場合はございますが…。厳重な身体検査があるので、小さな石を持ち出すのも難しいかと』
『万にひとつということもある。どこの業者だ?』
『詳しくは存じませんが…なんでも、倉庫街の業者だとか』
『…倉庫街の業者か。頼りない情報だが、調べてみよう』
『ご親切痛み入ります!そのお心だけでも聖女様はお喜びになります!』
こうして、ライトはアリミヤさんから聖女の大切な石を探すという依頼を受け取った。
まあ、他ならぬヴァニラに関する話だし…受けないなんて手も無いだろう。
今のところの手掛かりは救世院に出入りする倉庫街の業者。
だから目指すはルクセリオの倉庫街。
辿りつけば、そこにはいくつか並んだボックスの前で何か困ったように立ち尽くすひとりの男性がいた。
『その箱がどうかしたのか』
ライトが声を掛ければ男性は振り返った。
どうやらその人は倉庫番の人のようだ。
彼は困った顔のまま後ろ頭を掻いて話をしてくれた。
『客に預かった荷物なんだけどな、引き取り手が無いんだよ』
『元の持ち主に返したらどうだ?』
『それがちょっとヤバめなシロモノなんだ。うちの新入りが大聖堂のお偉いさんから預かった。倉庫にちょっとだけ置かせてくれってな』
『大聖堂か…。その新入り、聖女がどうこう言っていなかったか?』
『よくわかったな。その通りだ。聖女様へ荷物を届けた時、偉い人から預かったんだとよ。そのお偉いさん、名前を言わなかったそうだ。まったく怪しい話なんだが、救世院はお得意様だし、持ち主もわからねえんで突っ返しも出来ねえ』
救世院、聖女。
どうやら倉庫街の業者を訪ねたのはビンゴだったらしい。
『力になれるかもな。大聖堂から持ち出された品を探しているんだが、もしその品だったら私から持ち主に返そう。箱の中身を確かめさせてくれ』
ライトはそう言って箱を壊して中を調べた。
結構豪快に、ドカーンとぶっ壊しながら…。
まあ業者も開かなかったみたいだから仕方ない。
そしてその中には、またもビンゴ。
そこには美しく光る七色の輝石が転がった。
「わあ!本当、綺麗な石!」
ライトが拾い上げたその石を見てあたしは思わずそう言った。
いやでも本当に綺麗な石だった。七色に輝くってまさにって感じ。
一方で、ライトは手の中にあるそれを眺めながら眉をひそめ顔をしかめていた。
『外部の人間では無く、救世院の者が持ち出したらしいのが気になるな。大聖堂には、ヴァニラを嫌う者もいるのか?大聖堂のアリミヤに話してみるか。少なくとも彼女はヴァニラの味方だろう』
確かに、ライトのいう事はもっともだった。
倉庫番の人の話しからは、やはり犯人は救世院の人…ということになりそうだ。
聖女と崇められるヴァニラ。
そんな彼女のモノを盗むなんて、一体どういう事なのか。
まあともかく、ヴァニラが大切にしているものが見つかったなら、それはそれでいい事だろう。
「ね、ライト。早くそれ、ヴァニラに返してあげようよ」
『ああ』
こうして、再びライトはアリミヤさんの元へと足を運ぶのだった。
To be continued
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