心の鍵


『思い出したの?地上での最後の記憶』





ルミナに問われ、あたしは頷いた。

そうだ。
あたしはここに来る直前、薔薇色の髪の女を追い駆けた。
そして…本物では無かっただろうけれど、セラの声を聞いた。

あたしの心の大きな隙…。
それを突かれ、あたしはこの箱舟へと引きずり込まれてしまった。





『思い出した…。ここに来た時のこと。セラの声を聞いて動揺して…そうしたら強引に変な空間に引きずり込まれた…』





そうだった。
セラの声を聞いた時、あたしは自分の心に隙が出来たみたいに何も考えられなくなって、気が付いたら歪みの中に引きずり込まれていた。






『案外、本当に強引だったのかもね〜』

『え…?』





いつものように軽い口調でそう言ったルミナ。
でもその言葉には何か引っ掛かりを感じる。

ルミナはくるっとステップを踏み、あたしの顔を覗きこんだ。





『ねえナマエ、知ってる?ホープの失踪って、ナマエが消えてすぐなんだよ?』

『あたしが消えて、すぐ?』

『そ。ナマエはホープが幻に引きずられないように繋ぎとめてたんでしょ?』

『まあ、意味があったかはわかんないけど…努力はしたよ』

『そこは謙遜しなくていいと思うよ。意味あったみたいだし。それがパタッと無くなった。加えてナマエがいなくなったことはホープにとって相当ショックだったみたいよ?』

『……。』

『ま、ナマエがいなくなった事がホープの心の隙間を広げたのは事実だよね。というか、神様の狙い通りって感じ?』

『神様の、狙い…』





あたしの顔を覗きこんだまま、ルミナはニッコリ笑って頷く。

そういえば、神様があたしやホープを箱舟に置いている理由って何。

いや、ホープの場合はなんとなくわかる。
ホープは最終的に人類のトップと呼べるだけの立場になっていた。
本人が望んでいたかは別としても、研究者から政治家的なポジションに。
同時に、人々から慕われていた。だからホープがいなくなってからの世界は酷く混乱したいう。

ホープを幽閉したのは、多分そんな狙いだろう。

…じゃあ、あたしは何なんだろう。
そう悩むあたしに、ルミナはもう少しヒントをくれた。





『んーっとさ、きっと神様にとってはホープもナマエも自分の手の中に収めておきたい駒だったと思うんだよね』

『収めておきたい?あたしも?』

『ナマエって結構鈍感?振り返ってみてわからないの?』

『…鈍感で悪うございましたね』

『あのさ、ナマエはどうしてこの世界にいるの?もともと別の世界で生きていたのに、どうやってここに来たの?』

『どうやってって…』





ルミナに問われ、思い出す。
そしてそこでハッとした。

神様があたしと置いておきたい理由…。
その心当たりは一つだ。





『…女神エトロ』





女神エトロはあたしをこの世界に導いた。
そして同時に、自らの力をあたしに分け与えた。

実感はない。
だからその力を使うことなんてあたしには出来ない。

だけど、ブーニベルゼはその力の存在を知っていてあたしを箱舟に置いている…?





『その力は心と違って神様にははっきり視える。だからブーニベルゼはナマエを手元に置いておきたいのよ』

『…なんか、いつもそうだね。あたし自身には、そんな力のことなんて全然わからないのに』





思い返せば、あの旅をしていた時もそう。
バルトアンデルスやオーファン…あいつらもこのエトロの力の事を口にしていたっけ。

本当、こっち的には何もわからないってのに。
あたし、そんな大層なものじゃないっての。





『まあ、ナマエに実感あろうが無かろうが神様には視えてるんだもん。関係ないよ。で、私の想像だと、多分神様は考えたんだよね。どうしたらホープとナマエを手中に収められるか』

『…それで?』

『で、神様は心は視えないけど、表情や声音を見て内面を見透かすのは造作無いって前に言ったよね?だからまあ、ナマエとホープのどちらかを落とせばもう片方にも隙が生まれるくらいは見抜いてたと思うんだ』

『…研究員たちの失踪、薔薇色の髪の女の影。つまりホープを弱らせて、まずはホープを落とそうとした』

『そーゆこと!』





あたしが言い当てれば、ルミナは大正解というように人差し指を立てて笑った。

確かにあの時のホープはだいぶ参っていたと思う。
神様が相手だって言うなら、それは相当だったはずだ。

だけど、その神の読みは上手くはいかなかった。





『ナマエ、相当よくやったよね。ナマエがいる間はホープ、落ちなかったわけだし。だから神様は今度はナマエにシフトしたわけよ。もう一つ、神様はナマエの弱点を見抜いていたから』

『………。』





ホープを上手く引きずり込むことが出来なかった神は狙いをあたしへと変えた。

神様が見抜いたあたしの弱点。
聞かずともわかる。というか、あたしはそれに見事引っ掛かってしまった。

…それは、時を越えたあの旅の結末。セラの事だ。





『まあ、多分ホープでもたついた分、ナマエの時はちょっと強引にやったんだと思うよ。でも、その効果はテキメン。程なくホープも手の中に収めて、チャンチャンって感じだね』

『……そう』





ルミナが案外強引にやったと言った意味がやっとわかった。
今回、かなり色々と引っ掛かりが解けた気がする。

ちょっと、すっきりした。

だからあたしはルミナにお礼を口にした。





『ルミナ、ありがと』

『ふふ。ナマエの場合、お礼は私より他に言ったほうが良い人いると思うんだけどね』

『え?』





首を傾げた。
また彼女は意味深な事を言う。

でもここからは教えてくれるきは無さそう。
ルミナの顔はそんな顔だった。





『…聞いても教えてくれなさそうだね』

『うん!というかこれはナマエが自分で思い出した方がいいと思うけど?忘れたままなんて可哀想』

『可哀想…?何が?』

『いや、まあ忘れてるわけではないのかな。ただ、気が付いていないだけ』

『意味わからないんだけど』

『ふふふー。まあ、その辺はじっくり考えてごらんなさいな』





ルミナはくるんと回り、ぴょんっと空に飛んだ。
そうして振り返り、そして最後に一つヒントをくれた。





『あのね、ナマエ。どうして神様はナマエの感情を奪わないんだと思う?ホープはあんなに感情が空っぽなのにナマエだけそのままなのは?』

『わかんない…。考えた事はあるけど、見当もつかないよ』





ホープにある感情の欠落があたしにはない。
ほぼ同時に幽閉されたのに、その違いは確かに違和感があった。

でも、その答えはいくら考えたって出ることは無い。

人間にはわからない神様の偉大な考えかなんて思うくらいだ。





『本当は難しく考えることなんて無い、凄くシンプルな理由なんじゃない?そう…例えば、奪えなかった』

『え…?』





奪えなかった…?
単純な話。でも、考えた事も無かった理由。

続きを聞こうとしたら、ルミナはあたしに手を振っていた。






『じゃあね!ナマエ』

『あっ、ちょ!ルミナ!』





しゅんっ…と彼女はあっという間に消えてしまった。

…本当自由。
言いたいことだけ言って、意地悪な奴。

でも…そう、あたしに今感情があるのは…奪えなかったから。





『…目からうろこ』





ぼそりと呟く。

だとしたら、どうして奪えなかった?
謎はまた謎を呼ぶ。

これが、エトロの力…とか?

いくら考えたところで今は答えなんて出ない。





『ルミナのケチ…』





最後にそう呟く。
そしてあたしも明るい現へ、その目を開いた。



To be continued

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