『ごきげんよう、ナマエ!』
『…ルミナ』
スノウの件が片付いた。
そうしてホッとしたあたしの心に語りかけてくる声があった。
ニコッと楽しそうに微笑むその顔はもうだいぶ見慣れてきた。
あたしの憧れる彼女と最愛の親友と同じ薔薇色の髪の少女。
ルミナはあたしの心の中で、くるりと華麗にステップを踏んだ。
『スノウのこと、ホッとした?』
『そりゃしたよ。うん…本当、心底ホッとした』
『ふーん?』
スノウの事を聞いてきたルミナ。
でも自分から聞いておいて、返ってきたのはなんだか気のない返事。
まあルミナはいつもこんなもんだから、特段気にしたりもしないけれど。
そんな風に考えていると、ルミナはまたあたしの顔をすっと覗き込んできた。
『ねえ、でもライトニングもズルいと思わない?』
『ズルい?』
『そ。死んだ人の願いを持ち出したりしてさ』
『…セラの願いって事?』
『死人の気持ちなんて確かめようがない。なのに、勝手に想像して決めつけたりしてさ』
『………。』
ルミナが持ち出したのは先程のスノウの魂を救済した話だ。
ライトは婚約のネックレスを手にセラの想いを無にしないでくれとスノウに願った。
セラは確かにもういない。
その気持ちは、想像することしか出来ない。
言い返したくとも、ルミナの言う事は正しい。
そうしていると、ルミナはあたしの顔を見てクスッと小さく笑った。
『まあ、そんなことナマエは嫌ってほどわかってるって感じ?』
『……。』
その笑みの中で囁かれた言葉もこれまた図星だった。
言葉が出なくて黙ってしまったことが何よりの証拠だ。
あたしは、セラがいなくなってしまったこと…ずっと後悔している。
止めればよかった。もっと出来ることがあったんじゃないか。
他に方法は?ああしてみたらこうしてみたら…。
全部結果論。
ホープが傍に居てくれて、ノエルと一緒に先を見据えて…。
でもやっぱり、心のどこかにずっと固いものがあった。
自分の命が削られても、それでも未来を守る。
最後の戦いのとき、セラはそう言った。誰より前を見ていた。
それをすぐ傍で聞いていた。
だからセラは、きっと進み続けた事を後悔していない。
それが限りなくセラの想いに近いものなんだろう。
でも…それを今、セラに直接尋ねることはもう出来ない。
ルミナの言う通り、確かめようがないのだ。
セラの言葉を思い出せば、彼女が誰より前を向いていたことはわかる。
でも、人はいくつもの感情を併せ持つものだ。
進み続けることに、セラは迷わなかった。
だけど…死にたくなんてなかったはずだ。
ライトに逢いたかっただろう。
スノウに抱き着きたかっただろう。
それだってあたしの想像だ。
もう想像することしか出来ない。
でも、きっとそうでしょう?
忘れた日なんて無い。
あたしはあの日から、何度セラを思い出しだろう。
『確かに、もうセラに気持ちを聞く事なんて出来ない…』
『ふふ、ナマエはよくわかってるねえ』
『…だけど、ライトが言っていたことが間違いなのかって言われると、それだってどうかわからない。合ってるかもしれないよ。それも、想像するしかないけどね』
『ふーん。あらそ』
『ていうか、ルミナだってスノウを苦しみから救って欲しいってセラは願ってるってライトに言ってたじゃん』
ひょうひょうとする彼女にそう言ってみた。
いや、でもそうでしょ?
こんなこと言うわりにセラは願っているなんてさっき言い切ったのはルミナだ。
最も…彼女がこんなことを適当に言うとも思えないんだけど。
するとやはりルミナは惑うことなくまたさらりと言いきって見せた。
『あいにく私は特別だから。すべての例外なんだよね』
『特別?』
『そ。だいたい、セラは死んでもないし』
『え…?』
『ああ、皆の心に生きている…そーんなやっすい話とは違うよ?』
『……。』
『ちなみに、お姉ちゃんはセラの遺した想いは今なお生き続けている…なーんて信念にしがみついてるの。真実を知ってしまうのが怖いから、そうやって信じてる』
『……違うの?』
ライトは、セラの遺した想いは生きていると信じてる。
あたしもそれは信じたい。
それは間違っているのかとルミナに尋ねれば、彼女は両手で口を隠してくすっと笑った。
…これは、教える気なさそうなカンジ。
粘って問いただすのもちょっと億劫だ。
そう感じたあたしは小さな溜息をついた。
『んん?溜息なんてつくと幸せ逃げるよー?』
『…ルミナのせいだよ』
『ええー?うふふっ、…まあでも、あの人は言うほど強くないのよ。そう、ライトニングが自分自身で思っているよりもね』
『……。』
ライトは言うほど強くない。
そのルミナの言葉には少し思うところがあった。
ライトだって人間だ。
ルシだ、エトロの騎士だ、解放者だ…そんな風に言われたって、彼女だってひとりの人間。
正直、頼りにしてしまうところはある。
だけどがむしゃらになって必死に悩む姿だってあたしは知ってるし、見ている。
希望を見失って、自棄になる彼女を。
『…背中。せめて、振り返った時に傍にいられる存在ではありたいね』
だから、そう呟く。
自分の身の丈は支えるに値できるだろうか。
自信はないけど、でも少しでも力になれたらとは思う。
すると、それを聞いたルミナはどこか嬉しそうに笑った気がした。
…それにしても、ルミナを見ているとやっぱりセラを思い出す。
そうしてあたしは、つい先ほど思い出したここに来る前の地上の記憶を再び脳裏に蘇らせた。
『ねえ…ルミナ。あたしさ、この箱舟で目覚める前…いや、というよりかはここに来る直前、よくセラの夢を見ていた気がするんだ』
『セラの夢?』
『…うん。忘れた日なんて無かったけど、でも地上で暮らした最後の方…本当によくセラの事を考えていた。…あと、そう…ライトの事も』
話していて、だんだんと記憶が鮮明になってきた。
そうだ。セラとライト。
いなくなってしまった二人の事を良く考えるようになった。
でも多分そのきっかけは、混沌の研究をしていた人々が忽然と消えてしまったあの事件だ。
彼らが残した《薔薇色の髪の女が、私たちを連れていく》というメッセージ。
それを見てふたりを思い浮かべたけれど、でもふたりがそんなことをするはずがないという気持ちの方が勝っていた。
ただ、なら偽物がいるんじゃないかという違和感は残る。
そして次第に、ホープがその薔薇色の髪の女の影を見るようになった。
《ホープ…また、薔薇色の髪?》
《…目の端に映って、追いかければ消える。じゃあ気にしない様にしようってしてみても、でもそれって結局気にしてるのと同じなんだよな…》
《………。》
《そうして忘れた頃にまた現れる…。その繰り返しだよ》
研究員たちが消えてしまったことで、今までの混沌の研究の成果がすべて狂ってしまった。
その事実は流石にショックだったらしく、ホープの心には隙が出来てしまったのだろう。
ホープの顔には、明らかな疲れが見て取れた。
だからあたしはホープの気を少しでも紛らわせようと努力していた。
《…そっか。じゃあ、なんか息抜きでもしよっか》
《息抜き?》
《そーそ。根を詰め過ぎても良くないし》
《それはそうだけど…具体的には?》
にっこり笑って提案すれば、そんなあたしを見てホープは首を傾げてた。
息抜き、ねえ。
言ってみてアレだけどノープランだ。
少し考えた末、あたしはポンと手を叩いた。
《うーん、あ!じゃあデートでもする?》
《へ?》
《お、いいじゃん。そうそう、たまにはナマエちゃんのためだけに時間使いなさいってのよ》
《ええ…》
《ええ…って何だ、お前》
ふふふーと楽しげに笑ってやる。
すると返ってきたのはなんか失礼な反応。
目を細めて少し睨めば、ホープはふっと吹くように笑った。
《っふふ…ごめん。じゃあ何かしたい事でもあるの?》
《んー…》
《…ないのか》
《…えへ。まあなんとなーく言っただけだし?》
《あははっ、適当だなあ。ふっ…まあ、なんでもいいよ。僕はナマエの為に使う時間を惜しんだことなんて無いよ?》
《…うわーお、男前。でもその顔が笑い堪えてなかったら完璧だった》
《っあはは!》
一緒に笑うことが出来るのは、あたし自身楽しかった。
そう、あの時はふざけてたけど…あたしもホープの為に使う時間を惜しむことなんて無かった。
だから可能な限り一緒にいて、話しかけて、思いつく限り出来ることは全部した。
…もしも研究者の人たちみたいにホープまで消えてしまったら…なんて、そんなことを考えたらゾッとした。
その影響はきっと世界をも大きく揺るがしてしまう。ううん、それ以前にあたしが絶対御免だって話だ。
そうやって、一緒に笑えている間は大丈夫だと思った。
だけどそんな時、あたしにひとつの転機が訪れた。
《…あっ》
一度だけ、あたしも薔薇色の髪の女を見たのだ。
本当に、とてもよく知っている綺麗なあの色の髪…。
それを見た時、あたしは一瞬心臓が止まりかけた。
それはライトにも見えて…セラにも見えて。
胸がざわざわした。そうしたらいてもたっても居られなくなってしまった。
だから咄嗟にそれを追いかけた。
それにその正体がわかれば、ホープも、それに研究者さん達の行方の手掛かりにもなると思った。
でもその行動は、今考えれば…なんだか罠だったみたいに思う。
《…ナマエ…》
《…っ!?》
追い駆けている途中、あたしは自分の名前を呼ぶひとつの声を聞いた。
それを聞いた瞬間、追いかけていた女性は姿を消した。…いや、実際はそれどころじゃなかったのかもしれない。
だって、その声は…。
《…ナマエ…。私達の旅…失敗だったんだね…》
《…セラっ…》
耳に懐かしい声。
それは、セラの声だった。
その声を聞いた瞬間、あたしがグッと胸が締め付けられる感覚を覚えた。
《私…もう思い出すのも辛いよ…》
《っ…う》
セラの声。後悔の声。
自分でも結構ビックリした。
その声ひとつで、あたしは物凄く動揺したのだ。
心がそれでいっぱいになって、身動きが取れなくなるくらい。
そうなったその直後、突然に周りがぐにゃりと歪んだ気がした。
なんだか無理矢理変な空間に引きずり込まれてしまったような感覚。
そう、本当に強引な…そんな印象を抱いた。
《……ナマエ…》
そしてまた、あたしを呼ぶセラの声。
それを聞いたが最後、もうそこから逃げられない事をあたしは悟ってしまった。
それが地上で見た最後の記憶。
その次に繋がるのは、この箱舟で目覚めた瞬間だ。
今ならわかる気がする。
いや、少し考えればおのずと答えは出る。
『思い出したの?地上での最後の記憶』
ルミナに声を掛けられハッとした。
そうだ。思い出した。
地上の最後の記憶。
そして、あの薔薇色の髪の女やセラの声の正体。
あたしをここへ引きずり込んだのは…輝ける神ブーニベルゼだ。
To be continued
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