ファム・ファタール


柱が倒壊する際、舞台上にいるために役者になる事を余儀なくされたライト。
舞台に上がる条件として出されたのが闘技大会で優勝してその賞品であるドレスを勝ち取ってくること。

ライトは条件を飲み、ユスナーンの勇猛のエリアで行われている闘技大会に挑んだ。

もともとそう心配をしていたわけじゃない。
だけど改めて思った。やはり彼女の強さは伊達では無かった。

あたしが威張ってどうすんだって話ではあるけれど、ライトは見事にユスナーンの闘技大会を勝ち抜いたのだった。





「わあ、ライト綺麗…!」





そして、手に入れた紅蓮のドレス。
…その名もクレセントムーン。

流石は有名な演出家と言ったところだろうか。
サザックさんが似合うであろうと見立てたこのドレスは確かに良くライトに似合っている。
美しいドレスに身を包んだライトのその姿に、あたしは思わず目を輝かせた。





「ナマエ、ドレスとか好き?」

「ん?うん、好きだよ〜。似合うかは別として、やっぱ憧れはあるもんだよね〜」





見惚れていると、ホープにドレスが好きかと尋ねられた。
あたしは素直に頷いた。

華やかなドレス。
見ているだけでなんとなく気分が楽しくなるのは不思議だ。

ほら、やっぱウェディングドレスとかも女の子は憧れるものじゃない。
あたしも例外では無いってことです。

ウェディングドレスは…着られなかったしね。





《…ナマエさん。全部終わったら…僕と、結婚してください》





…鮮明に覚えているあの瞬間。
ホープはプロポーズの言葉をあたしにくれた。

好きな人からのプロポーズ。
元の世界の事に区切りをつけて、ホープの隣にいることを選んで…ホープもそれを許してくれて、本当に幸せだと思った。

出会った頃からずっと、傍にいられると安心した。

最初は頼りない者同士、寄り添いあうという意味で。
そうして一緒に歩いて…その意味は少しずつ増えていった。

君はあたし信じてくれて…。
あたしも君を信じられた。

握り合う手は、こんなにもあたたかいのだと…そう心の底から思った。

ああ、あたしは君の傍にずっといていいんだね。
この手をずっと掴んでていいんだって、それが本当に嬉しくて。

そう、純粋に幸せだった。
ああ…セラもこんな感じだったのかな、なんて…そんな風に思った。

まあ結局それは叶わなかったのだけれど。
そう…結婚は、しなかった。

多分、そこには色んな理由があったと思う。

スノウとセラがしていないのに…とか。実際、そう言う気持ちもどこかにはあった。
もしそんなことを言えば、スノウは「そんなの気にする事無いだろ」っていつものように笑ったのだろうけど…。

でもそれだけじゃない。皆が戻ってきたら…皆にまた会えてから。
あたしもホープも口にしなかったけど、そういう考えもあったのだ。

皆と笑って、祝福されて…。
その方がきっと、心から喜べるだろうと。

だけど…それは同時に、別の意味でもあって…。
…皆が戻ってくる前にしてしまったら、諦めを視野に入れてしまうような気がしたのだ。

皆にまた、絶対に会える。
なら、それからで…いいだろう?

…そんな風にね。

だから結局、結婚はしなかった。

もう、世界は終わってしまうしね…。





『よし、めかしこんできたな』





再びサザックさんの元へ戻ったライト。
ドレスを着こんだライトの姿に、見立てた通りだとサザックさんは満足そうに笑った。





『オーディションは合格だ。舞台の準備も万端だ。はじめるぞ』





劇のクライマックスは迫る。
彼はライトの早速最終準備に取り掛かろうとする。

しかしライトはそんなサザックさんを止めた。





『その前に話がある。スタッフや出演者も全員、舞台裏から避難させろ。当然あんたもだ。舞台にいれば死ぬことになる』





あたしたちの目的は劇の成功では無い。
むしろその逆で、舞台を思いっきり壊す事。

勝手ではあるけれど、そんなことに人々を巻き込むわけにはいかない。
だからライトは避難を促した。

だけど、それに対するサザックさんの反応は驚きのない冷静なものだった。





『ああ、そうだろうな。火薬の量を増やして舞台を爆破、倒壊させる計画なんだろ?』

『見抜いていたのか』





作戦は見抜かれていた。ライトは静かに驚きを見せる。
そんなライトの反応にサザックさんは当然だというように言った。





『俺の舞台だぞ。あんたの指示通り花火を足したらどうなるかすぐにわかる。舞台装置が倒壊すれば役者や裏方の身が危ない。そうはさせんよ』





なんというか、流石だ。
本当、流石としか言いようがない。

ライトもそう思ったのだろうか。
ここまで見抜かれていては作戦の続行は不可能。





『…ふん。計画失敗か』





ライトはやれやれと首を小さく横に振った。
しかし、それに対するサザックさんの反応は予想外のものだった。





『誤解するな。あんたの持ちこんだ火薬は多すぎたから、量を調整しておいた。舞台は派手に壊れるが、怪我人は出んから安心しろ』

『なんだと?』




彼の口から出たのは、協力的な言葉だった。
あまりに予想外さにライトも思わず聞き返す。

するとサザックさんはニッと少し悪巧みするような楽しそうな顔で笑った。





『毎度毎度同じ劇の繰り返しで飽き飽きしていたんでな。ハプニングこそ大歓迎よ!大いに期待しとるからな。最高の芝居を見せてくれ!』





高らかな声。
本当に心から楽しそうな。

そんな反応を見れば、ライトも少し感化される。





『つまらない出し物には出来ないな』

『さあて、そろそろあんたの出番だ。ふふふふ、こんなに楽しみな舞台は何十年ぶりだろうな?この俺の想像を超える解放者の物語を演じて見せろ』





解放者を演じろ。
その言葉にライトは薄く笑みを零した。





『演じるまでも無い。解放者なら…本職だ』





今この場にいるのは、紛れもない本物の解放者。
解放者が己の物語の舞台に立つなど、それだけで想像を超えてしまいそうだけれど。

最後にひとつ、サザックさんはあるものをライトに手渡した。





『この舞台に相応しい小道具を用意した。さあ、使ってくれ』





それは剣だった。
白い花があしらわれた、美しい剣。

その名も、ファム・ファタール。





「ファム・ファタール。運命の女っていう意味だね」

「そうなの?」





隣でホープがそう教えてくれた。
あたしが聞き返せば、彼は頷いてくれる。

でもそれと一緒にもうひとつ補足するように教えてくれた。





「男の運命を変える女性。魔性の女って意味もあるね」

「ま、魔性?なにそれ、運命とかロマンチックじゃーんとか思ったら急に物騒になったんだけど…」

「あははっ、まあ男性を破滅させる運命の女性って感じかな。悲劇的な時に使われる場合が多いのかな」

「…ふーん」





なんだか、凄い意味を持った剣だった。
でも聞いていると運命の女っていうのは解放者に相応しい気もする。





『選ばれし乙女よ。新たなる世界の為に、命と投げ打ち犠牲となるか』





壮大な音楽。ダンサー。
モニターに映し出された煌びやかな光景。

遂に劇のクライマックスが始まった。





『人々を救えるなら、命など惜しくはありません』





クレセントムーンに身を包んだライトがファム・ファタールをかざす。





『神よ。どうかこの地に祝福を。人々に安息の日々を』





かなり嫌がっていたのに、やるしかなければきちんとこなすライト。
素人目だけど、その姿はかなり様になっていた。





「おお、ライト格好いいな…」




あたしは結構純粋にモニターに見惚れていた。

一方、バックアップは任せてくれと言っていたホープ。
彼はその言葉の通り、台詞や演技の段取りをわかりやすく簡潔に通信でライトに合図していた。

…本当、優秀なナビゲーターさんですこと。

しかし、そんな彼の姿をちらりと見て、あたしはふと思ったことがあった。





「ファム・ファタール…か」





男を破滅に導く運命の女。

ちょっと、いやかなり大袈裟な話だよ?
でも…ちょっとね。そう…あたしはホープの運命を狂わせはいないのかな…なんてそんなことを考えた。

本来、あたしはこの世界のものではない。
だけど、運命の赤い糸なんてものがもしもあったとしたなら…世界の垣根を越えて、違う世界のこの子と繋がっていたらいいなと…ちょっと考えた事はある。
いいでしょう。たまに少しくらいロマンチストになってみたってさ。

でも、もしもあたしがこの世界に来なかったら…ホープにはきっと全然違う未来が待っていたんだろうなって、そう思ったこともあるのだ。

ホープは違う人と出会って、結ばれて…。
それできっと、そこには穏やかな幸せがあったんじゃないのかな。

こんな、異世界とか、いつ消えるともわからない…そんな不安定な思いをさせなくて済んだんだろう。

だって、昔からそうだよ。子供の頃から…ずっと。
きっと普通の14歳の男の子が考えなくていいような事…考えさせてたはずだから。

あの時のあたしは、元の世界の事、今より結構気にしてた。だからって帰る方法もわからなくて。
同時に、この世界への想いも日に日に強くなっていて…。だけどこの世界から急にいなくなる可能性もあって、この世界に自分の帰る場所が無い事もわかってた。

ホープは優しい。人が良すぎる程。そして物凄く生真面目だ。
だからホープはきっと、子供の非力さを悔やんでいた。
守られる立場にいる自分じゃ傍にいられるだけの力が無いって…きっとそんな事考えさせてた。

加えてルシのリミットが絡んでいたこともあったけど。
…だからこそ子供の頃は確かな気持ちを伝えられなかった。

14歳なんて、そんなに重たいこと考える必要無いはずなのに。

でも、そう思ったから…この世界を望んだ瞬間、あたしは何よりどんな運命よりもホープを幸せにしてみせようってわりと本気で思った。
…正直振り返ってみて、幸せに出来た自信があるかと言われると難しいけど…。

でも、好きだと、信じられるという気持ちに偽りは無かった。

…そう、無かったんだ。





『輝ける神のもとに、灯火を掲げ、暗闇を照らそう』





解放者の物語は進む。
ライトは、剣に炎を灯す。

観客の歓声が、彼女を包み込んでいた。



To be continued

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