太守の宮殿


『これが解放者だ。いつわりの神などに従うものか。人を惑わす虚構の神は、葬り去る!』





鮮やかなドレスをなびかせ、美しい剣を掲げるライト。
最後の台詞。彼女は見事、解放者の伝説の舞台を演じきった。

観客は興奮の熱気に包まれる。

そしてホープの狙い通り、神の像は宮殿に向かい大きく倒れていく。

燃え盛る炎。
崩れていく瓦礫。

その中でライトはタンっ…と軽く地に足を着けた。





「警備状況を確認。舞台の混乱に気を取られて、宮殿の方は手薄です。潜入成功ですね。予想以上に上手くいきました」




作戦は成功。
無事に宮殿に潜入することが出来たライト。

無茶な作戦に出たとこが結果功を成し、警備の分散にも役立った。

予想より良い結果に終わったことでホープの声は嬉しそうだ。

しかし舞台の方から聞こえる騒がしい声を聞き、あたしと、多分ライトも何とも言えない気持ちを覚えていた。





「ちょっとちょっとホープさん…」

『あの男の協力があったからだ。お前の計画通りに火薬を仕掛けていたら、大惨事になっていたところだ』

「すみません。あれは反省しています。ところで、主役を演じてみての気分は?」





あたしとライトに咎められ、ぺこりと軽く頭を下げたホープ。
でもその声色と顔色はけろりとしたものである。お前…絶対反省してないだろ。





『…本当に反省しているのか?』

「絶対してない。おいコラ」

「いてっ」





あたしはピシッとホープの脳天にチョップした。
軽く鈍い音がして、ホープはそっとそこをさする。





「はい。失礼しました」





そして口にした小さな謝罪。
でもその声色はやっぱり若干笑ってた。





「…ホープ、黒い」

「えへへ!ごめんって」





目を細めたあたしにまた彼は笑みを返す。

まったく…なんて思いつつ、あたしはモニターに視線を戻した。

色々あった。
だけど、確かに宮殿への潜入は成功した。

これでスノウに会いに行ける。





「ライトさん、宮殿の上層を目指してください」

「スノウのところ、早く行こう」





あたしたちがそう呼びかければ、ライトはスノウの元へと走り出した。
彼が住まう、太守の宮殿の中へ。

以前この宮殿に入った時、酷いシ界が宮殿の中にあるのを感じた。
最もユスナーン自体がとんでもないシ界に呑まれ掛けているのだけれど。

そしてそれは、今現在も変わらない。
いや、多分悪化しているとさえ思えた。





「ライトさん。凄い勢いで混沌の浸食が進んでます。宮殿の内部にはすでに多数のシ界が発生。魔物に警戒して、慎重にいきましょう」





宮殿の混沌の反応を調べたホープがライトに伝える。
センサーでもモニターの映像でも、どちらでも混沌が酷い状態なのは見て取れる。

ここにスノウはいる。
考えたくはないけれど、それは事実なのだ。

スノウのことは信じている。あたしが信じたいから。

ずっと前にホープが教えてくれたこと。
真実なんてわからないから、自分で決める。

まだ、自分の目で確かめたわけじゃない。
自分の目で見るまで、諦めたくないのだ。

だからあたしは、スノウを信じると決めた。





「…何でも自分で見て、感じて、決める。間違う事もあるかもしれない。それでも、自分で納得して決めたなら、後悔はしない…」

「…ナマエ?」





あの旅の時、アークでのホープの言葉を思い出し、呟く。

完全に独りごとだ。本当に小さな声。
ホープはあたしが何か呟いている事にだけ気が付いたのだろう。どうかしたのかというようにこちらに振り向く。

あたしはそんなホープにゆっくり笑みを見せた。





「おまじない、かな」

「おまじない?」

「そ。君が教えてくれたね」

「え…。僕、ナマエにおまじないなんて教えた事あったけ?」

「まーね」





その姿を確かめるまで、スノウのことを信じたいと心の底から思えている。
だから、ライトの進む宮殿の景色をじっと見つめ続ける。

進むたび、色濃く濃密になっていく混沌。
自然と、手をきつく握りしめる。

前回進むことが出来なかった扉も先ほど手にしたIDカードで開き、確実に奥へと進んで行く。
そしてその途中、ライトはひとりの衛兵と出会った。





『ひとりで私を止めるつもりか?』





待ち構えていた彼に、ライトはそう問いかける。
確かに、こんなところにたった一人で衛兵が待ち構えているとは思わなかった。

しかし、彼がここにいた理由はどうやらライトを止める為では無いらしい。

彼はライトの言葉に首を横に振ると、敵意が無い事を示してこの場にいつ理由を話してくれた。





『刃を交えるつもりはありません。お願いです。共に戦わせてください』

『太守を裏切るのか?』

『太守の為を思えばこそです。あなたが戦っているのはあの方を呪縛から解き放つため…違いますか?自分の思いも一緒です。どうか協力させてください』





この衛兵さんはライトの狙いをわかっていた。
そして、それに協力したいと願ってくれた。

こんな人もいたのかと少し驚いた。

だけど、スノウという人間を考えればそう不思議な事ではないような気がした。
だってどこまでも前向きな彼はその笑顔で周りを惹きつけていた。

そう、スノウはそういう魅力を持つ人だった。





『そうか。お前もスノウを助けたいんだな』





彼の想いはライトにも伝わったようだった。

ただ、ルシとしてこんな混沌に満ちた場所に閉じこもるスノウの元へ人を連れて行くのは危険だった。
考えたくはないけど、最悪の場合も視野にいれなくては。

ライトは彼を連れていくことはしなかった。
代わりに、アイテム類の補給をさせてもらう事で彼の想いを受け取った。

きっと、スノウを救うことは彼の魂を救うことにも繋がるのかもしれない。





『太守は、我らに申し付けました。俺が正気を失って暴れはじめたら、俺を殺せと』

『殺せだと?スノウはそう言ったのか』

『はい。自分を決して宮殿の外に出すな、とも。そして太守はルシの御座にこもったきり。外に聞こえるのは、怪物じみた苦悶の声ばかり。太守の身に異変があったとしか思えないのです』





そして、衛兵さんは恐らくスノウが最後に人に残したであろう言葉を教えてくれた。

自分が暴れはじめたら自分を殺せ。
なんとも物騒な言葉を残したものだ。

そうして自分は、ルシの御座と呼ばれる場所に閉じこもったまま…か。

その話を聞いたライトは更に奥に進み、そのルシの御座と呼ばれる場所を探していった。
そして…とあるひとつの扉を見つけた。





「この扉って…」

「扉の向こうにスノウの反応があります。でも、今にも掻き消されそうです。物凄い混沌が渦巻いて、スノウの力を呑み込もうとしている」





ホープはその扉の部屋にスノウの反応がある事を突き止めた。
しかし、その反応はあまりにも弱いもの。

ライトは扉に触れた。
だけど扉びくともしない。





『扉は完全に凍り付いてる。他にルートは?』

「このルートしかないんです。何か燃やすか、魔法で溶かせないか…」

『難しいな…こいつは普通の冷気じゃない。術者の想念…スノウの想いの力で扉を凍結している。いわば、一種の封印だ』





実際に扉に触れたライトはその堅固な力を感じ取ったらしい。

スノウの想いの力で封印された扉…。
そんなところに、スノウはひとりで閉じこもっている…。





「では、絶対に開けられないんですか?混沌の波動が強烈です…。早く何とかしないと、宮殿もろともシ界に呑まれます」

『だから何とかするしかないさ。凍結の封印を解く手立ては必ずある。私は足で探すから、お前たちは情報をあたってくれ』

「わかりました。急ぎましょう!」

「う、うん…」





そうしてライトは宮殿内の他の場所を探り、ホープはモニターに情報を広げて目ぼしいものがないかを探し始めた。
あたしも、ホープの表示する情報に目を通した。そして同時に…何かスノウに関しての心当たりを記憶の中から探した。

正直、あたしはスノウの心情に関しては自信が無い事が多い。
なぜなら、彼の心に最も近しい…これ以上ないという存在を知っているからだ。

…セラなら、この封印を解く方法も簡単に見つけられるのだろうか。いや…あるいは。

そんな風に考えていた時、ライトはあるひとつの部屋に辿りついた。

ベットに机。置いてある家具から、そこが誰かの部屋なのだと言う予想は出来た。
ただ同時に、部屋と言うのは似つかわしくない違和感もそこには存在していた。





「これじゃ…まるで牢獄じゃん…」





自分で呟いた言葉にぞっとした。

ライトが入ったその誰かの部屋は、格子や鎖など、まるで牢獄を思わせる作りをしていた。
そして恐らく察するに…ここはスノウの部屋のはず。

その証拠に、テーブルの上には彼の大切なものがひとつ残されていた。





「あ…!ライト、それ!」





それを見つけた瞬間、あたしは思わず声を上げていた。
ライトもその場に歩み寄り、そっとそれに手を伸ばした。

揺れる鎖。
そして、象られたコクーン。





「そのペンダントは…スノウがセラさんに贈った婚約の品ですよね?」





ホープが確認するように首を傾げる。

スノウの部屋のテーブルに残されていたもの。
ホープの言う通り、それはスノウがセラに贈った婚約のペンダントだった。





「そんな大事なものを捨てていくなんて…。スノウは、もう…」





ホープの言葉が胸に刺さる。
確かにスノウは…ううん、スノウだけじゃなくて、これはスノウもセラも、互いがずっと持ち続けていた大切な品のはずだ。
はたから見ても、それが大切なものであるとしっかりとわかる程だった。

でも、だからこそ…捨てた、はしっくりこない。





「…捨てたとは限らないんじゃないかな」





まだ、彼を信じることをやめたくない。
まだ大丈夫だと心は言う。だからあたしはそう口にした。





『セラへの想いを捨てたか、あるいは想いを遺そうとしたかだ』





そしてライトも。
彼女はペンダントを握りしめてそう呟いた。

ホープは首を傾げる。





「あの…どういう意味でしょう?」





感情の欠落…。
その意味が、こうした節々に実感を生むみたい。

ライトは顔を上げた。





『ホープ、ナマエ。例の扉に戻るぞ。このペンダントで封印が解けるか試す』

「うん。そうだね」

「…それが、あの扉を開く鍵になるんでしょうか?」





ペンダントを試すというライトにあたしはすぐに頷いた。
しかし一方で、しっくりこない…というか疑問を拭いきれていない様子のホープ。





『そう祈っていてくれ。これでダメならもう手の施しようがない』

「ちょっと待ってください。大丈夫なんですか?」





ライトの言う通り、このペンダントがダメならばどうしようもない。
このペンダント以上にスノウの心の一番近いものなんてきっと無いから。

ライトはホープの声に答えることなく真っ直ぐにあの扉を目指す。

ホープはどこか煮え切らなそうだ。
彼は不安げに、深く椅子にもたれ掛った。





「…大丈夫なのかな」

「そんなに不安?」





あのペンダントで封印が解けるか、いまだにしっくりきてい無さそうなホープ。
そんな彼にあたしはホープに思わずそう尋ねていた。

ホープはこちらを見て言った。





「だって、確信が持てないだろう?」

「……。」





その目も言った。
心は見えない。そんな不確かなものに掛けて大丈夫なのか、と。

…心が見えない、か。





「…やってみる価値はあるでしょ?」





あたしはそう答え、扉へ向かうライトを見つめた。

…心が見えない。

…ふと思っただけだった。
だけど、そのワードにあたしたツン…とした何かを感じた気がした。



To be continued

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