「IDがあれば、神託のエリアに正面ゲートから入れますね。宮殿への物資搬入が始まる前に神託のエリアに向かいましょう」
ホープの言葉通り、神託のエリアの正面ゲートにてIDをかざすライト。
それによって閉ざされていた神託のエリアへの入り口はいとも簡単に開かれた。
「おお、開いた。IDの持ち主は気の毒だけど、ラッキーだったね」
それを見たあたしはパチパチと軽く手を叩いて喜んだ。
裏ルートを使って潜入を試みた神託のエリア。
そこへ向かう途中、ルミナの悪戯でライトは倉庫街へと落とされてしまった。
ああ、とんだ遠回りじゃないかと一度は肩を落とした。
だけどそれもつかの間、倉庫街には相当ランクの高いIDカードが落ちていた。それは神託のエリアにも易々と入れるであろうシロモノだ。
その傍には魔物に襲われてしまったのであろう持ち主の遺体もあったけれど…ライトは短く祈りを捧げると、そのIDカードを拾い上げた。
そして神託のエリアの正面ゲートでそれを使い、今に至る…と。
色々あったけど、とりあえず神託のエリアに入れて一安心か。
モニター越し、神託のエリアに足を踏み入れたライトの姿にあたしはホッと息を着ついた。
神託のエリアの中は中心部に神の像があり、その周りで躾けられたチョコボが踊っていたり、色とりどりのライトで照らされたりしていた。
評判と噂される演劇の準備というところだろう。結構大掛かりなセットだ。
これはどんなもんかちょっと観てみたいかもな…なんて、こっそり興味が疼いた。
「まずいな…」
だけどその時、パネルを操作するホープがそう呟いた。
「どしたの?」
それが聞こえたあたしはホープにそう尋ねた。
すると彼はちらりとこちらに向き、ふるふると首を横に振った。
そして、ライトにも説明をするように話し始めた。
「ライトさん。まずいことになりました。物資に紛れて宮殿に潜入する計画でしたが…」
『どうした?作戦変更か?』
「というか、作戦中止です。先ほど急に物資の搬入口が閉鎖されました。あの潜入ルートはもう使えません」
「へっ?」
作戦は中止。なぜなら搬入口が閉鎖されてしまったから。
それを聞いたあたしは思わず間抜けな声を出してしまった。
ええ、だって折角ここまで来たのにって話じゃない。
「閉鎖の理由は不明ですが、同じころ宮殿の内部で強い混沌の反応がありました。宮殿にシ界が発生したか…それとも、想定しうる最悪の事態、スノウが力尽きてシ骸になった」
「なっ…」
そして、ホープが続けた言葉に声が詰まった。
スノウがシ骸になった?
そんなわけないとすぐに否定を言いたかった。
だって、そんな可能性に頷きたくなんて無いじゃないか。
「だとすれば危険です。シ骸に変異すれば、スノウは途方もない化け物になる。ライトさん、作戦を中止して一旦退きましょう」
ホープは最悪の事態を念頭に、冷静にライトにそう告げた。
確かに、その判断は間違ってはいないのだろう。
もしもスノウがシ骸になっていたとしたら、そこには大きな危険が伴う。
ライトにもしものことがあったら…この世界は終わる。いや、それ以前にライトにもしもなんてあたし自身が絶対嫌だ。
だけど…それはスノウ自身にも当てはまることだ。
スノウのもしもなんて…。
だから…スノウが負けていなかったとしたら?
だったら尚のこと、早くスノウに会いに行かなきゃと…。
『…終わらせはしない』
あたしがそんな風に思ったその時、ライトがそう小さく呟いた。
それを聞いたあたしとホープはモニターの奥のライトを見つめる。
ライトは顔を上げ、宮殿をまっすぐに見据えて言った。
『ホープ。作戦を立て直してくれ。なんとしても宮殿に潜入する』
「ですが!」
『あいつがシ骸になっていたら解き放ってやりたい。5〜6発ぶん殴って諦めた事を叱った後でな』
あくまで危険を考慮し、体制の立て直しを提示するホープ。
そんな彼にライトは進む意思が強いことを伝えた。
だからあたしは…。
あたしは、スノウを信じることを選んだ。
「ホープ。行こうよ、スノウのところ。…スノウのこと、信じたい。大丈夫、スノウは頑丈でしょ。だから絶対元気だって」
「…ナマエ」
また、思い出す。
頑丈が自慢だから、元気な事は信じられると言った…彼女の言葉を。
セラならきっと、信じるよ。
するとライトとあたしの言葉を聞いたホープは重く息をついた。
そして、その首をゆっくり縦にへと動かしてくれた。
「……わかりました。ライトさん、出入口からの潜入は諦めましょう。もうひとつのプランで行きます」
ホープは了承してくれた。
そしてさっそく、新たな作戦を提示してくれるようだった。
でも、もうひとつってことは案としては前から思いついていたって事なんだろうか。
全然心当たりのないあたしは、聞き返しながら首を傾げる。
するとホープはそんなあたしを見て小さく笑った。
「かなり強引で、危なっかしい作戦ですけど」
『それで構わない。聞かせてくれ』
それを聞いたライトは、迷うことなくそう即答した。
そして彼女はコンパクト型の端末を取り出し、親指で操り起動させた。
するとパッとその場に電子空間のような光景が広がった。
こちらではホープがパネルを叩いている。
それはライトにわかりやすく説明する為、ホープが現実の光景にシミュレート映像を重ねあわせる様にして見せる装置だった。
「見ての通り、宮殿は堅固な壁に囲まれています。現在、出入口はすべて封鎖。地下トンネルの類もありません。壁は高くて監視も厳重。よじ登る足場も無いですね」
「うん」
『で、お前の作戦は?』
ホープの説明を聞くあたしとライト。
ライトが尋ねれば、ホープはニッと笑みを見せた。
「足場が無ければ造ればいい。もうすぐ始まる演劇の舞台です。この劇、舞台装置が凄いんですよ。物語のクライマックスでは、役者を載せた演台がかなりの高さにせりあがって城壁を越えます」
シミュレート装置でホープが見せてくれた舞台装置と演台の様子は、確かにかなりの高さまでせり上がっているようだった。
つまり、まあそこまで聞けば彼の言わんとしてる大まかな事はわかるのだけれど。
だけどそこにはまだいくつかの課題が残っている。
当然、実行する張本人であるライトはそのことを尋ねた。
『そこから宮殿に飛び降りるのか。だが、舞台と壁の間にだいぶ距離があるな』
「うーん…そこまでジャンプするのはいくらライトでもきつくない?」
シミュレートでは演台から壁までかなりの距離があった。
だけど、提示しているからにはホープにも抜かりはない。
ホープはそんな疑問にもすぐさま答えて見せた。
「大丈夫です。土台を崩して、宮殿の方に倒せば届きます」
ただ、その回答はかなり豪快なものだった。
「土台を倒すの!?あれを!?」
あたしがつい声を上げてしまうくらいには。
ライトはとりあえず最後まで聞こうと思っているのか特に突っ込みはいれない。
『派手な芝居になりそうだな。何を使う?』
「花火の着火装置を利用します。演劇のフィナーレで使われるものですが、火薬を足せば狙い通りに爆破できます」
『…本当に強引だな。他に方法は?』
そこまで聞いてやっとライトも突込みをいれた。
いや確かにホープ、最初にかなり強引で危なっかしいって言ったけどね。
「あれば提案してますよ」
だから言ったでしょう、とそう言うかのように彼は柔らかくそう言った。
いやでも予想を上回ったっていうか?
あたしの中での強引ってのはもう警備兵なぎ倒してくとか搬入口むりやり突破とかそんな感じかと思ってた。
正面突破は前回失敗してるし、ホープの言う作戦の方が確実性は高いだろうけどね。
『…やるしかなければやるだけか。前だけ見よう』
ライトはコンパクトを閉じると、その作戦に乗る事を決めたようだ。
やるしかなけれなやるだけ。前だけ見る。
ああ…ライトの懐かしい言葉だと、なんだか少し胸がじわりとした。
「そうしてください」
「ん、ここまで来たら突き進んじゃおうか」
あたしとホープも、その作戦に賭ける事を決め、顔を合わせて頷いた。
ライトは作戦実行に向けて歩み出す。
でもその歩みは一度ゆっくりと止められ、ライトは何かを確かめる様にあたしたちに問いかけた。
『なあ…ホープ、ナマエ。私の背中を守ってくれるか?』
あっ…。
それを聞いた瞬間、あたしは心の中で思わずそう反応していた。
そして同時に、樹林の中で見た小さな頼りない背中が脳裏に蘇った。
また、じわっと胸が熱くなる。
「ええ、勿論。いつだって守りますけど?」
するとその問いにすぐに答えた声があった。
ホープだ。
すぐ傍で聞こえたホープの言葉。
それを聞いた時、あたしはドクリと心臓が嫌な波の打ち方をしたのを感じた。
勿論、いつだって守る。
それは当たり前だというような答え方だ。
でもその声色は…突然どうしたのかと、そんな風にも聞こえて…。
「……、…」
なんだか喉が締まっていくような感じがした。
…違う。
…ホープ…それは…。
今の言葉は…。
今のライトの今の問いかけは…。
ゆっくり口を開いていく。
締まった喉を少しずつ広げていくように。
その言葉への返すのは…。
あの時、あたしが君に告げたのは…。
「…うん、ちゃんと後ろにいるよ」
ライトは再び足を動かした。
あたしはその背を見ながら、嫌な音がした胸に手を当てていた。
…今の言葉を聞いた貴女は、一体何を思ったのだろう。
あたしは…ちらっとホープに目を向け、その名をそっと口にした。
「…ホープ」
「ん?なに、ナマエ」
振り向いてくれたその顔は、なんてことないいつもの表情だった。
「……ううん」
あたしは首を横に振った。
呼びかけたくせに…。でも、何を言ったらいいかわからなかった。
《あの…、僕が、前に…》
遠い昔。ガプラ樹林…。
ライトとホープと、あたしは一緒にそこを歩いた。
あの時、いつも震えていたホープが勇気を出して前に出た。
そんな時、その背に向かってライトは言ったのだ。
《前だけ見てろ。背中は守る》
その言葉は、不思議だった。
胸にストンと落ちるような…。
あたしが言われたわけじゃないのに、なんだか凄くホッとして。
だから、言われたホープはどんなに心強かっただろうと。
《うん、ちゃんと後ろにいるよ》
だから、あたしもせめて…少しでも力になれたら。
そう思って、あたしはそんな言葉を添えた。
するとホープは、はい、って…強く返事をしてくれた。
覚えてるよ…。
鮮明に、確かな思い出として。
今のホープには心が欠落しているから仕方がない。
そう言ってしまうのは簡単で、頭で納得は出来るけれど…。
だけど、やっぱり寂しさを感じてしまう自分を知らぬふりは出来なかった。
To be continued
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