もういない恋人


『いらっしゃいませ〜。潜入大作戦へようこそ〜』





18時。工業地帯ゲート前。
チケットにある約束の時間にその場所を訪れたライト。





『ほら、チケットだ』

『毎度あり〜。通っていいぞ』





立っていた男にチケットを見せれば、男はゲートを開けてくれた。

神託のエリアに物資が運び込まれるのは1日1回。このチャンスを逃したら明日まで宮殿には近づけなくなってしまう。
いくらスノウが頑丈だって話していても、一秒でも早く駆けつけたいのが本音。

ライトは開いたゲートの中へと足を踏み入れていった。





「うわあ…足場、良くないね」





進んだ先は工事現場の中みたいになっていた。
足場はあるけど簡易的に作られてるというか、コンテナみたいなものも置いてあって普通に進むのでは一苦労だ。

まあ、ライトはそんな道でもすいすい進んで行ってしまうのだけれど。
ヴァイルピークスの時も、進むの早いなって感心したっけ。




「ライトさん、市街地にシ界発生。このまま行けば巻き込まれる可能性があります」





その時、ホープがセンサーの反応に気が付いてライトに注意を呼びかけた。
ライトは身軽に進みながら答える。





『それでも進むだけだろう?世界の終わりの宴が始まってしまう』





歩みを止めず進み続けるライト。
相当な手違いでもなければ、彼女は足を止める気などないのだろう。

だけど、シ界の状況は収まる事無く悪化を見せていた。





「危険です。どんどんシ界が発生してます!」





ホープは再びライトに呼びかけた。
あたしもセンサーを覗いてみると、確かにそこにある混沌は相当な濃度を見せていた。





「なんだろう…人々が宴に集まるほど、混沌が強まっている?でも、そんなことが…」

『ありうるな。世界の滅亡を受け入れて宴に集った人の心が、人々の絶望が混沌の力を引き寄せたのかもしれない』

「負の感情が呼び寄せちゃった感じ?うーん…ライト、どうする?まだ進めそう?」

『ああ。さっきも言ったろう。進むだけさ』





ライトはそう言って、また奥にへと駆けて行った。
そうして進み続けると、やっと狭い通路から出て、広けた場所にへと出ることが出来た。

そこは、まるで展望台のようだ。
腰ほどの高さに柵が立てられ、その向こうにはシ界の広がる街が見える。

ライトが柵に近付くと、その時ライトの手を引く細い腕があった。





『な〜にしてんの、お姉ちゃん?』

『っ!』





軽快な少女の声。
その声と、見えた薔薇色の髪にライトはバッとその手を振り払った。

振り払われたにもかかわらず、くすくすと笑みを浮かべるその少女はルミナだった。

ルミナはにっこり笑ったままライトに問いかけた。





『こんなところで遊んでいいの?見えたでしょ、街がシ界に覆われちゃうよ』

『ルミナ…』





ライトはうんざりしたように腰に手を当てる。
しかしルミナはそんな様子を気にすることなく話を続けた。





『宴の余興みたいに湧いて、街を蝕む大きなシ界。ユスナーンの名物ね。わあ!ほら、見てよ。シ界がみんな呑み込んじゃう!解放者様が何とかしなきゃ!…宮殿に閉じこもって何にもしない太守の代わりにね』





楽しそうな口調。
でも最後だけ、太守を口にする時だけ静かに囁いたルミナ。





『…スノウは何をしてる?』

『なぁんにも?街はほったらかし、部屋から出るのも億劫みたい。世界の終わりをぼんやり待ってる、生きる屍ってところね』





ライトが問うと、それにまたひょうひょうと答えたルミナ。

部屋から出るのが億劫で、世界の終わりを待つ生きる屍。
そこに語られる言葉は、彼の笑顔を知る身としてはどれも似つかわしくないものばかり。

するとルミナはまた静かな口調になった。





『ねえ、わかってる?スノウがああなっちゃったのは、死んだ恋人のせいなんだよ』





それを聞いた瞬間、ライトの目がぴくりと動いた。





『…セラのせいだと?』





セラ。
ライトが口にしたその名前を聞くと、ルミナはまるでクイズの正解を喜ぶかのように頷いた。





『そうそう!ライトニングの妹。スノウはね、セラに囚われてるんだよ。何百年も前に死んだセラのことを想って想って想い続けたから、心がすり減って全部虚しくなってしまった』





ライトのたったひとりの妹、セラ。
そして、スノウの婚約者。

確かに、セラが死んでしまった後も…スノウはセラを大切に想っていた。

ずっと…いつだってそうだった。
セラがルシになってクリスタルになって、その時もスノウはひたむきにセラを想った。

あの旅の時からずっと…スノウは一途だった。





『お姉ちゃん。もうスノウを解放してあげたら?鬱陶しい死人の想い出から解放してあげなよ』





それを聞いたライトはルミナを睨んだ。
まるでライトの神経を逆撫でするような物言いをわざとしている。

なんでルミナは、こんな風に言葉を並べるのだろう。

そしてその瞬間、ルミナはぱっと手を掲げた。
するとその掌から混沌が溢れ出し、そこに強大な魔物を出現させる。

そこにいた人々は逃げ惑った。
ライトは、その魔物を見据えて背に携えた剣に手を伸ばした。





『だって、スノウを救えるのは全ての終わりだけなんだから』





ルミナは魔物を撫でる。
そしてライトの元へ向かわせるように、ライトの方を指差した。

まるで悪戯。パニックを見て楽しんでるみたい。





「ルミナ…。ライト!」

『はああっ!!』





笑顔のルミナに呆れを覚えつつライトに声を掛ける。
ライトは臆することなく剣を構え、まっすぐに魔物へと向かっていった。

自分より遥かに大きな魔物。
だけどライトは華麗に剣を当てていく。本当に強い。

やがて、ライトがトドメの一撃を喰らわすと、その巨体は大きく崩れた。

ルミナはそこにそっと近づく。





『お前、最後に言いたい事は?』





ルミナが尋ねると、魔物は倒れたままドスンと拳を叩き付けた。
その瞬間、ルミナはふわりと飛び上がる。





『ああ、そう。どうせ死んでしまうのだから、せめて華々しく散りたいのね』





ルミナはそう言うと、何かの力を魔物に向かって放った。
それを浴びた魔物はぐったりしていた目を見開き、再び立ち上がってライトに襲い掛かる。





「ライト!」

「ライトさん!」





あたしとホープは同時に叫んだ。
ライトは攻撃を避けたけど、その拍子に足場が壊れてライトと魔物が高架下へくずれ落ちてしまったから。

瓦礫と砂埃でよく見えない。ドォン…という物凄い音が響く。





「ライト…」

「ライトさん!ライトニングさん!」





ホープが再び呼びかける。
すると、それに応える声が聞こえてきた。





『大丈夫。私は無事だ。倉庫街に落ちた。どこへ向かえばいい?』





その声と共に、モニターにも砂埃の中立ち上がるライトの姿を確認出来た。
次の指示を求める様子からも、特に怪我を負った様子も無さそう。

あたしとホープは安堵の息を着いた。





「はあ…良かった、ビックリした…。で、えっと…そこは?」

「恐らく神託のエリアの近辺でしょうね。早く倉庫街を抜け出してください」

『何かあったのか?』





安堵しながらも急かすようなホープの言葉にライトは質問を返す。
ホープは混沌のセンサーを見ながら苦い表情を浮かべた。





「ユスナーン全体で混沌の反応が増えています。何が起こるかわかりません。宮殿に急いでください!」





見れば、確かにまた街の混沌は広がっていた。
のんびりしている時間は一秒だってない。

ライトは頷くと、倉庫街を駆けだした。

ホープは倉庫街の情報を調べようとパネルに触れた。
あたしはホープが表示する情報を見ながら、彼にふっと尋ねた。





「ねえ、ホープ。スノウはさ、本当にセラを大切にしてたよね?出会って間もない頃、スノウの事もセラの事も全然知らなかった時から、ああ…本当に大事な人なんだなって、それは凄く伝わったっていうか…そんな印象、凄く受けてたんだ」

「…そっか。そうだったんだね」

「……あの時のホープは、それどころじゃなかった?」





賛同も否定も無いホープの返事。

あの頃のホープは、ただスノウへの怒りだけに身を任せていたけれど。
あたしがそう尋ねると、ホープは小さく苦笑いした。





「ごめん。僕、他人事みたいに話してるよね。僕も、そこにいたのに」

「…スノウは、セラを助ける為なら自分がルシになってもいいってファルシに言ったり、危険を顧みずクリスタルのセラをひとりに出来ないってビルジ湖に残ったりしてたでしょ?」

「…そうだったね。うん。出来事としては、覚えてる。でも…その時僕がそれをどんな風に思っていたかは…曖昧、かな」

「…そっか」





促す様に当時の出来事を口にしたけど、ホープの反応は曖昧なまま。

あの時のホープはスノウのどんな言葉にもイライラしていた。
だけどその気持ちでさえ、今のホープには思い出す事が出来ない。

あたしは話の内容を同意では無く自分の感じた事を語る事に戻した。





「まあ…でね、どんどん話して本当に知っていって、やっぱりその印象が間違ってなかったんだなって実感したんだよね」





その印象は、動くことなく。
スノウは本当に、心の底からセラを大切にしていた。

セラがいなくなって、世界が時を失ってからも…ずっと。
あたしはその様子も自分が消えてしまうまで、ずっと見ていたから。

そう…。いつだっただろう。
あれは、世界が時を失って、皆でどうにかしようって手を取り合って…そんな日々の中で、スノウが何かを決意するように胸に下げたネックレスを握りしめたのを見かけて、あたしは尋ねたのだ。





《ねえ、スノウ。そのネックレス、セラにプロポーズした時に渡したんだよね?》

《おう。コクーンを丸ごと差し出したって足りない程の想いだから、俺はこれを選んだんだ》

《コクーン?》





答えてくれたスノウにあたしは首を傾げた。

セラと揃いのネックレス。
それは確かにコクーンをモチーフにしたものだったけど。

スノウは笑った。





《ふたつのコクーンをふたりで身に着ける。コクーンひとつじゃ足りないんで、ふたつでどうだってのも単純な話なんだけど…。ま、俺らしいだろ?》

《え!そういう意味があったの?へえ〜…あははっ、確かにスノウらしいね》

《へへっ、だろ?》

《ふふっ、うん、スノウらしくて…いいね》





セラも、ずっと大切に身に着けていたあのネックレス。

いない人間を想い続ける…。
ルミナの言う通り、それは本当に途方も無くて…心がすり減ってしまうことかもしれない。

それでもスノウを信じたいと思うのは、あたしのエゴなのだろうか。
…なんて、そんなことを考えた。



To be continued

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