心の中で声がした


『ぐっ…』





剣を立て、膝をついたノエル。





『お前が夢見た未来は消えた』





そんな彼の前に立つライト。

ふたりの戦い…勝敗は決した。
予言は外れた。闇の狩人は、解放者に敗れた。





『狩人が解放者を討つ予言が崩された以上、その先に示された未来も実現はしないだろうな』





ライトは冷たくそう言った。

そう…。
ノエルが夢見た未来は、解放者を討った先にあったもの。

だから、ノエルがライトに負けた時点で未来は変わった。





『勝手に終わらせるなよ、人でなし。いいから待ってろ、もうすぐブッ殺してやる』





ノエルは言い返した。
でも、それは彼に似合わない言葉だった。





『ああ、やってみせろ。ユールが待ち望んでいる』

『あんたの血にまみれた手で、ユールを抱きしめてやるさ』





煽る様なライトの言葉に、更に似合わぬ言葉を続けたノエル。





「…本当、全然似合ってない」





だからあたしはそう呟いていた。
相変わらず、ノエルには届かないけれど。

でも、届いたんじゃないかと錯覚しそうになるくらいいいタイミング。
その時、ノエルはふっと小さな笑みを浮かべた。





『わかってるって。あんたを殺して未来を掴んでも、ユールが喜ぶわけがない。そんなこと、はなから気づいてる。気づいてるけど…、……手遅れだ』





ノエルはそう零した直後、ライトに向かって右手に握る己の剣を投げつけた。
ライトは咄嗟に剣を構えてそれをガードする。でもその隙に、ノエルは駆け出していた。
ノエルは残った短剣で思いっきりライトの剣を弾いて、その衝撃でライトは後方へと押しやられ、体制を整えたうちにノエルを見失った。

ハッとライトが気が付いた時、ノエルは高く飛び上がり、彼女に向かい短剣を構えていた。
ノエルは右手に短剣を握り、大きく振りかざして…そして、放つ。





「ライトッ!!」





あたしは思わず彼女の名を叫んでいた。
その瞬間、ノエルの短剣が…狙った獲物を見事に貫く。

音を立てたのは、先ほどノエルが見ていた予言の書だった。





『なぜ殺さなかった?』





ライトは予言の書から短剣を引き抜き、ノエルにそう尋ねた。





『ユールが…彼女なら、そうすると思った』





拳を握りしめたノエル。
彼は俯いた顔を上げ、そのまま暗い空を見上げてそう呟く。

それは、涙をこらえる仕草だったのかもしれない。





『ユールには、未来を視る力があった。視たくも無い残酷な未来を視て、命を削られていった。多分…自分がいつどう死ぬかも、視えていたと思う。それでもあいつ、生きたんだ。酷い未来が、終わりが視えてるのに…精一杯、笑ってさ。それにひきかえ、俺が未来を知ったらこの様だ。予言に取りつかれて、あんたを殺す事ばかり考えていた。こんな俺なんかに…逢いたくないさ、あいつは…』





時詠みの巫女は未来を視る。
視たくなくても視えてしまう。

そしてその度に、命を削られる。

酷く理不尽な話。

それでも笑って生きたというユールは、確かに強い子だったのだと思う。





『だが、壊してしまったら…』

『この方が未練がない。予言は果たせなかったんだ。ユールにはもう逢えない…』





ノエルの瞳から、涙が零れ落ちた。
色んな想いが詰まった、切ない涙…。

頬を伝い、ぴたん…と地に落ちる。

するとその瞬間、ノエルが壊したはずの予言の書から突然微かな光が放たれた。





『今、何か…』





その光に気が付いたノエルとライト。
ふたりは驚いたように予言の書を見つめる。

すると、先ほどの光が見間違いで無い事を証明するかのように一気に光が溢れ出し、予言の書は起動された。





『ユール…!?』





慌てて予言の書に駆け寄るノエル。
彼は溢れる光に手を添え、じっとその光景を見つめる。

すると、その手に寄り添うように光が集まり…そして、彼の手を握る様にユールの姿へと変化した。





『導きに従って。貴方の魂は未来にいける。もうすぐ逢えるよ、ノエル…』





とても静かな囁き。
ユールはそう優しく微笑むと、光の粒となって消えていった。

ノエルはその光景を儚く見つめる。
そして、今の言葉を大切に抱くように、ぐっと手を握り締める。

その瞬間、ノエルの心から大きな光が溢れ出た。





「あ…」





それを見た瞬間、あたしは思わず声を零した。
それが、ノエルの魂が解放された証なのだとわかったから。

光はライトの中へと消えていく。解放者の元へ。

ノエルはライトに振り向いた。





『許してくれと言うつもりは無い。俺はあんたを殺す気でいた』





そう言ったノエルの顔はとても穏やかだった。
まるで憑き物のとれたような、そんな感じ。

そしてそれはライトも同じだった。





『私がそうさせたんだ。500年の間積み重ねた想いを解き放って欲しくて、追い詰めてしまった。その償いはする。ユールの言葉通り、お前を未来へ連れて行く。すべてが生まれ変わる、新しい世界だ』





ライトは穏やかな声でノエルに新たな世界の話をする。
ノエルは首を傾げた。





『それは、神が創る楽園なのか?』

『そうじゃない。当たり前のように、生きて暮らす人々が力を合わせて築く世界だ』





首を横に振り、先ほど予言の書を貫いた短剣をノエルに差し出しながらライトはそう言う。
それを聞いたノエルは小さな笑みを零し、短剣を受け取った。





『居場所は無いな、闇の狩人には。約束!新しい世界が始まるまでに、闇とは縁を切っておく。必ずだ…約束する!』





もう、ノエルは心配ない。
そうわかるくらいに、ノエルの表情は明るくなっていた。

なんだか、凄くホッとした。
そして心の底から良かったと感じる。

ノエルはライトに背を向け、その場を去ろうとした。
でも一度だけその足を止めてライトに振り返った。





『なあ、ライトニング。ひとつ聞いていいか。さっき言ってた、俺を想ってくれてる奴って誰?』





その言葉に、少しドキリとした。
ノエルが言っているのは、ふたりの戦いが始まろうとしたときにライトが言った『お前は想われてるよ…ノエル』と言う言葉だろう。

すると、それを聞いたライトは薄く笑いながらこう言った。





『なにか伝えることは無いのか?』





聞き返さずともわかる。
それは、あたしに向けられている言葉だった。

今なら、ノエルにもきっと届く。





「ありがとう!ノエル!」





あたしは笑顔でそう言った。

何が、って聞くのは無し。
そこには色んな意味が詰まってる。

そして、知ってください。
貴方はあたしを、ちゃんと守ってくれました。





『…ふっ、本当…突拍子無いよな、あいつ』





ライトを通した言葉だった。

でもそれを聞いたノエルは吹き出す様に笑った。
それは、あの旅で何度も見た…君の明るい真っ直ぐな笑顔。

そしてノエルは返してくれた。





『俺も、ありがとう!ナマエ』





とても懐かしく思えた。

ノエル。
あたしとセラは、君のことが大好きです。

ノエルは、セラとあたしが笑えるように願ってくれるから。
あたしたちも願っている。ノエルが幸せになれるように。





「ライトさん、ナマエの名前を出さなかったけど…ノエルはナマエの言葉だってわかったみたいだ」

「うん。そーだね。ノエルはもうこれで大丈夫だよ」





ホープに言われ、あたしは笑って頷いた。

ノエルに自分の言葉が届いた。
そう確信を持てたから。





「…僕は、ノエルを見るたびに僕ももっと強くならないとって思ってた記憶がある」

「え?」

「彼はとても強い。だから凄く羨ましかった。僕はどちらかというと研究方面ばかりだったから」





モニターでノエルを去っていく姿を見送ったホープは、そんなことを言いながら小さく笑った。
あたしは首を傾げ、覗き込むようにホープを見る。





「研究方面、良いと思うけど。ていうかそっちのが要だったよね?」

「なんていうのかな。そう…単純な話なんだ。ナマエを守る力…。ホープ・エストハイム…僕は、それがずっと欲しかった。ずっと昔から…ルシとして旅をしていた時から、ずっと。その記憶は、強く残ってるような気がする」

「…記憶?」

「…そう。知識も力も何でも。貴女のこと…そのことに関しては凄く貪欲だった」

「……。」

「ねえ、ナマエ。ちょっと…触れても良いかな?」

「え…っ?」





ホープは椅子から身を乗り出し、そっとあたしの頬に手を触れた。

こうやって触れられたこと、何度もある。

新しい記憶から見れば、遠い昔の…小さな手だけれど。
だけどそれは本当に、慣れた感触だった。





「こうして触れる度に、いつもそう思ってた」





優しい声だった。
でも、どこか無機質でもあった。そう…まるでちょっと他人事みたいに。

だけどそれは、紛れもないホープの記憶。

あたしも思ってたよ。
ホープと一緒にいる為なら何でもしよう。強くなろうって。





“今のホープを信用してはいけない。”





…ノエル。
あたし、ノエルに自分の声が届いて、嬉しかったよ。
やっぱり変わってないね。それはとてもいい意味で。

あの日と変わらぬ信頼が、そこにはあった。

…こんなこと、思いたくはない。でも、触れられたその瞬間に…。
あたしはこの日、初めてホープを信じてはいけないという声をはっきりと聞いた気がした。



To be continued

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