《ノエル》
見つけた背中に声を掛ければ、彼は振り向いた。
その時の顔は、疲れ切ったような…そんな暗い顔だった。
《…ナマエ》
あたしはそんな彼に駆け寄った。
そして、軽く息を吸う。改まる様に。
そうした時、少し思った。
ああ…まるであの瞬間のセラの様だと。
そのまま、あたしは彼に告げた。
《ありがとう》
そう伝えた瞬間、彼は目を丸くした。
《…えっと、何の礼?》
《色々だよ。理由はいっぱいあるから言い切れない》
首を傾げた彼に、あたしはふっと微笑みを浮かべた。
そう、たくさんたくさん。
数えきれない程の理由があった。
でも、それを聞いたノエルは俯き、ゆっくりと首を横に振った。
《…礼なんていらない。いや、言われる資格なんて…俺にはないんだ》
《……。》
《俺…何も守れてないんだ。むしろ…壊した》
《…ノエル》
《ごめんな、ナマエ。俺が…カイアスの心臓を…世界を、壊した》
己を卑下する彼の言葉。
それを聞いた瞬間、あたしは彼を強く呼んだ。
《ノエル!!》
響いた声。
俯いていたノエルは目を丸くした。
あたしはそのまま続けた。
《ノエルのせいじゃない。でも、やっぱり気にしないなんて無理だよね。だってあたしが無理だから。ああ、そうだよ。世界は壊れた。あたしたちに一端がある。ねえ、ひとりで背負おうとしないでよ。ノエルの、じゃない。あたしたち、だよ。あたしたち、ふたりの罪》
多分早口だった。
ノエルが口を挟む余裕をなくすくらい。
《ナマエ、》
《それに、ノエルが何も守れてないなんて嘘。あたしはここにいる。ノエルが守ってくれたから》
そして胸に手を当て、最後にそうノエルに微笑んだ。
本当、一気に。
そこまで言って、やっと言葉が止んで、少し流れた静寂。
するとそこに、ノエルの小さな笑みが聞こえた。
《ふっ…圧倒。一気に凄く喋ったな》
《ふふ、だね。自覚あるよ》
あたしも笑って、一緒に笑みを零した。
その空気は、旅をしていた時と凄く近しい空気だったと思う。
あたしはそのまま、最後にもうひとつこれからの希望を伝えた。
《ねえ、ノエル。まだ、出来ることはあるよね。ていうか探す前から諦めるなんて、そんなの勿体無いよ》
《…そうだな。今がどういう状況なのか、俺たちはまだ全然わかってない》
《そ。悪いけどさ、あたしってば結構往生際は悪いわけ。だからもう少し、足掻くの付き合ってよ》
彼に向かい、拳を突きだす。
するとノエルもその意味を察し、同じように拳を出してトン、とぶつけてくれた。
《了解。わかった、付き合ってやるさ。俺もきっと、諦めは悪い》
その時のノエルの顔は、また前を見ていた。
そして彼はあたしにこう言ってくれた。
《ありがとうな、ナマエ》
《ん?》
《…ホープに返したけど、やっぱ撤回。いや、今度は100%、俺の意思だ》
ノエルは握った右手の拳を自分の胸に置く。
そしてドンドン、と胸の上で叩いた。
《ナマエ。俺さ、お前のことを守るよ。唯一…なんだ。ナマエがいれば、俺もこの手で誰かを守れるんだって…まだ、そう思えるんだ》
遠い記憶。
ノエルとの思い出。
だけどその記憶は、ノエルの心にまた傷を残してしまった。
そんな優しい君は今…ライトと剣をぶつけている。
『それが全力か?』
そう言ってノエルの剣を受け止めたライト。
ライトはそのままノエルの剣を弾き、ノエルは一度体制を立てなすために後方へ引いた。
『神様に授かった解放者の力か』
『神に与えられた力か、それとも人を捨てた力かな。既に私は人ならざる者だ』
『人ならざる?人でなしかよ』
『そうかもしれないな。私はこれまで、数えきれない命を奪ってきた。まともな人間なら、罪の意識に潰されているだろうが…』
その言葉と共に、ライトはキッと強くノエルを見据えた。
そしてノエルを追うように、一歩ずつ歩き出す。
『こうして歩いている。もう一度セラに逢いたい。そんな身勝手な想いだけで戦い続ける私は多分人でなしなのだろう』
そんなことはない、と口にしたかった。
多分それは、ライトの本心だったと思う。
きっとそれは、ルシだった時のあの旅から続く…ライトの罪の意識。
あの時も、先へ進むたび…多くの命が失われた。
だけど、今ライトがそれを口にしたのは…。
今の言葉にはまだ、ノエルに伝える続きがあった。
『お前は違うな、ノエル。世界に未来をもたらすためでも、ユールにめぐり逢うためでも、私を殺す覚悟がない』
その言葉に、はっと顔を上げたノエル。
ライトは続けた。
『お前はまともな人間だよ。例え世界を救うためでも、誰かを殺す理由にはならない。心からそう思っているから、お前に人の命は奪えない』
そう…ノエルは人の命を奪えない。そこに、どんな理由があったとしても。
彼は最後までカイアスを殺さなかった。
今まで、闇の狩人として解放者に手を下さなかったのもそう。
『戦っても無駄。そう言いたいのか!?』
『そうだ。時間の無駄だ。世界に残された時は限られている。お前と遊ぶ暇はない。邪魔をするなら、斬るだけだ』
静かにそう剣を握ったまま、ノエルに近付いていくライト。
それはまるで煽るように…。
ライトはノエルの魂を救うと言った。
本心じゃない。それはわかってる。でも、やっぱりふたりが剣を交えるのは…怖い。
ノエルは剣を構えながら、認めるのを拒否するように首を振った。
『ふざけんな…!あんた本当にライトニングかよ!』
『ただセラを救いたいだけの機械の様な存在だ。お前を憎んでもいないのに、目障りと言うだけで殺そうとする人でなしだ。じゃあな、ノエル。死んでユールに逢うがいい!』
ライトはノエルに向かい剣を振り下ろす。
思わず息をのんだ。
でも、ノエルは抵抗するようにライトの剣を弾いた。
『そうだな…逢いに行く』
ライトの剣を弾いたノエルは、その瞬間に何かを決めたように見えた。
それはきっと…ライトと戦う覚悟。
だから声が変わった。
ライトの煽りを買った、そんな瞬間。
『でも…生きて逢うんだ。ユールが待つ未来…予言が約束した未来は、俺の手で切り拓く。あんたを倒して切り拓くんだ!!!』
いつもの構え。
ノエルは強敵と戦う際にとる、いつもの二刀流の構えを見せた。
見据えた先は…ライトニング。
ノエルは走り出す。
ライトも同時に。
遂に始まってしまった…ふたりが本気で戦う瞬間。
「ナマエ…」
「…ホープ。駄目だ…やっぱり怖いね」
あたしは無意識に、祈る様に両手をぎゅっと握りしめていた。
仲間が傷つけあうなんて見たくはない。
本当…結構怖い。
だけど、目は逸らさない。
だってライトは言った。
ノエルの魂を解放するって。
あたしは…そんなライトの言葉を信じている。
「そう……信じてる」
素直に胸に浮かんだ感情を、思わず口で繰り返してた。
ライトを信じたい。信じられる。
そこには迷いなどない。
…だからまた、ホープに向けた視線に…少しの影が差す。
いや…でも今は。
それに手を当てるのは、また後だ。
「ライト!ノエルを助けて!」
あたしはモニターに向かって叫んだ。
本当は、自分でノエルに言いたい事がたくさんある。
あたしの言葉でどうにか出来る自信なんて無い。
でも彼はあたしにとって大切な、掛けがえのない存在。それは揺るがぬ確かなもの。
だけど声は届かない。悔しいけど…でも、だからまた掛けがえのない彼女に託す。
『お前は想われてるよ…ノエル』
『は?』
その時、ライトがそう呟いた。
その言葉はノエルの耳に届いたのか、ただライトが何かを呟いただけに見えのか…どちらにしろ、あたしの声が聞こえない以上、意味はノエルに伝わっていない。
だけど…ライトが微笑んでくれたのは見えた。
To be continued
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