「ここって、古代都市だよね?」
「パドラの都と呼ばれています」
セラの問いに、優しく頷いたホープ。
AF10年のヤシャス山。
グラン=パルスの大地に眠っていた…古代の貴重な遺跡。
成長した姿で目の前に現れたホープは、あたしたちをその遺跡へと案内し、詳しい話を教えてくれていた。
「ここは、時詠みの一族と呼ばれる人々の、王国だったそうです」
ホープの語った時詠みという一族についての話…。
その話に誰よりも食いついたのは、意外なことにノエルだった。
「時詠みの一族!?ここに昔、時詠みの仲間が…いっぱい住んでたって事?」
実際は…意外、といえるほど…まだノエルに関して詳しいわけでもない。
ただ、なんとなく…今あたしたちに起こっている状況を一番把握しているのはノエルだと思ってたから。
だから…こんなに驚く彼をはじめて見たと、そういう印象も強かったのかもしれない。
ホープもそこにそんなに強く食いつかれるとは思っていなかったのか、少し驚いた顔を見せていた。
でも問いには、丁寧にすぐ答えてくれた。
「…仲間…という言い方が正しいのかわかりませんが、巫女を頂点とする社会だったのは確かです」
その言葉を聞くなり、ノエルは遺跡を大きく見渡した。
そして、誰かに呼びかけるように…小さく呟く。
「視えているか、ここにいること」
皆はそんなノエルの様子を、不思議そうに見つめていた。
ホープはその背中を見ながら、一言付け足すように続ける。
「巫女は時を詠み、未来を視て、国の全てを動かした」
「…ユールだ」
そして、ノエルはまた…静かに呟いた。
パドラ遺跡。
時詠みの一族。
巫女…ユール。
初めて聞く単語が沢山だった。
あたしはその話を、何か口を挟むこともなく…ただ、流れるように聞いていた。
「…ナマエさん、大丈夫ですか?」
「…へ?」
ぼんやり遺跡を見上げていると、ふと…声を掛けられた。
反射的に振り向き目に映ったのは、よく知っている銀色の髪と翡翠の瞳。
ただ、あたしの知っているものよりもいくつも大人びた表情。
それを目の前で見て、あたしはぎゅっと胸に大きな音が響いたのを聞いた。
「え、あ、な、なに?大丈夫って何が?」
「…いえ、なんか…元気がないように見えたから。もしかして、さっきの戦闘で怪我とか…」
気遣ってくれた。
心配そうに、あたしの顔を覗いてくる。
その行動は、純粋に嬉しいと思った。
でも…なんか。
…なんとなく、臆するような…変な気持ちが、ぽっと胸に浮かんだ。
「…ぜーんぜん大丈夫だって。元気元気。まあ、ホープが来てくれなかったら、結構やばかったかもだけど…?」
「あはは、間に合って良かったです。何でもないなら構いませんが、無理はしないでくださいね」
「無理するなとか、ホープには言われたくないです」
「おっと…なかなか痛いところ、ですね」
笑みを零す。
するとホープも、それを返してくれた。
何気なく話して、何気なく笑う。
それは…あたしの知っている馴染みあるやり取りと、なんら変わりのないものだった。
だけど…頭に絡む。
7年という年月…あたしが彼の傍にいなかったのは、この時代では事実なのだから。
そしてあたしが…この世界の人間じゃない、という事も。
これは、絶対の…動かぬ事実だ。
思わず…ぎゅっと、未だ隠すように握り締めたままの薬指に…更に力がこもった。
「ところで、なんでアリサも一緒なんだ?」
その時、ノエルがアリサに目を向けて尋ねた。
それはふとした、何気ない疑問だったのだろう。
でも、あたしもそれは気になっていたから、興味を示すように耳を傾けた。
「先輩のお手伝いをしてるんです。ゲートの仕組みや、パラドクス現象を分析してます。ね、先輩?」
アリサはそう言いながら、ホープに微笑みかける。
ホープもその笑みを受けて、こくっと頷いた。
「アリサのお陰で、研究は急ピッチに進んでいます。皆さんの出現を計算したのも、アリサの研究あってこそです」
「へえ、凄いな」
それを聞いたノエルは、ただ純粋に感心をしていた。
でも確かに、こんな時空がハチャメチャになってるなか、そういう計算が出来たりするのって…漠然だけど、凄い事はわかる。
ホープが主任という立場を任されているのも、多分凄い事なのだろう。
その主任が頼りにする補佐…という事は、アリサも相当凄いはず。
ホープが頼りにする、女の子…か。
アリサはホープを先輩と呼んでいるけど、実際は同い年とのこと。
そして同時に、アリサもパルムポルムの出身者だったのだとか。
だからどうした、って話ではあるんだけど…。
ただ…肩を並べるその姿は、ちょっと羨ましいな…と思ったりして。
あたしは、この世界の文字を読むことすら、ちょっと曖昧な部分があるから…研究とか、そういう面でホープの役に立つ事は出来ないだろうから。
そうして、ホープは再び「では、こちらです」と先を歩き出した。
あたしはその背中を見て、本当に大きくなったな…と、そんなことを考える。
「…ナマエ。ホープくんが格好良くなって、ビックリした?」
「へっ」
そんな時、こそっと…セラがほんの小さな声でそう耳打ちしてきた。
ちょうどホープのことを考えていたから、その名前を他人に出されたことで、思わず声が上ずってしまった。
これは…ちょっと恥ずかしい。
でも…まあ…格好良くなってる…のは否定しない。
だからちょっと苦笑いした。
「あー…あはは、うーん…まあ、すごい成長したよねえ…。見下ろしてたの嘘みたい…。あんなに背、高くなるんだ…」
「なんだ?ホープって、本当だったらナマエ達より年下なのか?」
すると、そこにまたひとつの声が割って入ってくる。
内緒話をしているつもりだったから、セラも少し驚いたようにその声の主に振り向いた。
「わ、ノエル。聞いてたんだ?そうだよ、ホープくんは私やナマエより年下の男の子」
「モグも聞いてたクポ〜」
「…みんなで聞き耳立てすぎでしょ」
ノエルに留まらず、まさかのモグにも聞かれていた。
…なにこの人たち、聞き耳立ててるんだ。
ていうか食いつきよくない?
あたしは思わず、はは…と乾いた笑みを零す。
その一方で、年下…というワードを聞いたノエルはわざとらしく顎に手を当て、ふむ、と頷いていた。
「ふーん、年下の恋人か」
「…ちょっとノエルくん。何、その反応」
「あははっ、いや、別に?なんとなく言ってみただけ。でもナマエさ、なんか気にしてることでもある?」
「え…?」
「もしかして…さっきのアリサの行動、気にしてるの?」
「え、あ…いや、なんていうか…。ただ…」
「「ただ?」」
「クポー?」
なんか、近からずも遠からずな指摘。
まあ確かに、アリサの行動がスイッチではあったけれど…。
でも、アリサとホープと言うよりは…、多分ぐるぐるしてるのは…それとは少し違う問題。
ヤキモチ…は、まあ…まったく妬いてない…わけじゃないんだろうけど。
ただ…そういう感情と言うよりは…。
「いや…そんな大したことじゃないよ。ただ…此処は7年後の世界で、ホープにはその間…色んなことがあったんだろうな、って思っただけ」
7年もの時間があれば、人は色々な変化があるだろう。
誰かと別れ、また新しい誰かと出会って。
ホープはもしかしたら、あたしは元の世界に帰ったんじゃないかと考えたこともあったんじゃないだろうか。
…アリサとホープがどういう関係なのか、とかは…正直なところよくわからない。
あたしが冷静に物事を見れているのであれば、腕を解く様子にそういった感情が見られないように見えた気は…する。願望じゃないと願いたい…うん。
ただ、もしそうだとしても、ホープはこの7年の間に誰かに特別な感情を抱いたかもしれない。
あたしはこの世界においてはかなり異質で、不安定な存在だ。
これと言って、今のところ手掛かりも、予兆も何も無いけれど…突然この世界から消えないとも言い切れないわけで。
そんな存在が7年間も行方不明だったら…。
諦めていても…、他に大切な人がいても…おかしくないよなあ、って言うか。
ていうかこんな事思うのも、ちょっと差し出がましい気もするんだけど。
でも…上手く纏められないけど、たぶん…あたしは今、そんな心情だった。
だから指輪も、隠したい衝動に駆られたということだ。
「……。」
先を歩いている、背丈の伸びた後姿を見つめた。
…ああ、ホープがいる…。
あたしは、視界にホープがいるだけで、ずっと見てたいな…という気持ちを抱いたりする。
あの旅から3年。
あたしは…3年もの月日を、ホープと共に過ごした。
ホープの存在はあたしにとって、あの旅をしていた時から…何より掛けがえない、大切な存在になっていた。
あたしは、あの小さな背中に…大きな信頼と、安らぎと見て…そしてなにより、愛おしく思ってた。
そしてその想いは、お互いに…手を伸ばしあっているものだった。
自惚れではなく…互いが互いに、大切な存在であるという認識を持っていた。
だけど…それは同時に…とても曖昧なものでもあった。
《…ねえ、ナマエさん…僕達って、当てはめるなら…どういう関係なんでしょうね》
《え?》
忘れもしないあの日…。
いつもの日常…。
ルシでなくなり、始まった新しい生活の中の…何気ないとある日。
でも、掛けがえのない日になった…その日。
ホープは机に向かっていた。
あたしは、勉学に励むホープに飲み物を運んで…コトン、とカップを机に置いたとき…ホープはペンを止め、そう呟いてあたしを見上げてきた。
《…どうって…?どしたの、突然…》
《あ…いえ…、ごめんなさい…。本当…突然ですよね…。でも、》
《……でも?》
《でも、ちょっと…聞いて欲しい話があるんです。少し、いいですか?》
いつになく真面目な顔。
あたしが目を瞬かせると、ホープは椅子から立ち上がった。
そしてあたしの手を取ると、軽く引き寄せて、今自分が座っていた場所にあたしを座らせた。
そのまま自分は、その目の前に膝を着く。
手は、彼の両手に包まれるように握られていた。
《…ホープ…?》
《…その、ずっと…迷ってたんですけど、やっぱりそろそろ…ハッキリさせたいな、と言うか…》
《……。》
その時、彼の言わんとしていることは、なんとなく察しがついていた。
とても曖昧で…ふわふわとしてる。
凄く傍にいるのに…どこか、線のある…変な関係。
それは、あたしの世界…異世界の存在と…。
この気持ちに気がついたとき、子供であった事実と…。
理由は色々ある。
あの時はと状況が少しだけ変わった今も、なんとなく…そのままずるずる来てしまっていた。
多分、ずっと頭の中で整理して、考えていたんだろう。
それで意を決して、やっと口にした切っ掛け。
それでも、まだ…なんとなくホープには戸惑いのようなものが感じ取れた。
《…あの、既に気付かれてるとは思うんですけど…でも、言葉にした事はなかったから…。あ、いや…その前に、これから僕が話すこと…それに対するナマエさんの答えがどうであったとしても、その…》
《………。》
《…難しい事は、考えないで。ひとまず、聞いてください…》
きゅ、と…。
少し…包まれる力が強くなったのを感じた。
その手は、祈るような…。
ちょっと…懇願にも似ている、そんな風に思えて。
《…うん》
あたしは頷いた。
正直な事を言えば、ずっと…どこかに躊躇いを併せ持っていた感情だったから…少し、戸惑う気持ちもあった。
でも…それを上回るくらい、聞きたいという気持ちも強かった。
だから多分、それが答えだったんだろう。
あたしが頷くのを見たホープは、ホッとした表情を浮かべた。
そして…ふっと、ひとつ息を吐くと…まっすぐにあたしの目を見据えた。
《…ナマエさん。もう、知っているでしょうけど…僕は、》
あたしを見上げる、綺麗な瞳。
しっかりと交わる視線を互いに感じ、彼は優しく伝えてくれた。
《…ナマエさん、僕は…貴女が好きです》
あの優しい声は、今でも耳に残っている。
きっと…一生忘れる事はないだろう。
そう思えるほど、幸せで大切な…綺麗な思い出だ。
《…ホープ》
《ルシじゃなくなって、あの時より少し…明日が明確に見えるようになりました。それでも…まだ僕は子供だし、問題は…沢山あるんですけど》
問題…。
言葉にしないけど、それは…あたしの元の世界の事。
ホープも聞かないし、あたしも答えない。
突然現れた存在。
いつ、消えてしまうかもしれない。
そんなあたしが、彼を縛るのはどうかと思ったから。
だけどこの3年…気持ちは、変わる事が無かった…。
むしろ、日に日に膨らむくらいだった。
そして、ホープの手が、あたしの頬に触れた。
《僕は…貴女に触れる、権利が欲しい…》
《………。》
《…無条件に、貴女を守れる理由が欲しい…貴女が、頼れる場所でありたいんだ…》
翡翠色の瞳が、まっすぐに自分を見ている。
他の誰でもない、あたしを。
そして、改めて思った。
胸の奥のほうから、溢れかえる。
満ちて、痛むくらいに…。
あたしは…彼が、たまらなく好きなのだと。
《…あたしも、》
《…え…?》
《あたしも、好きだよ。ホープのこと》
《……ナマエさん…》
《ホープのことが大好き》
だから、返した。
ふっと、穏かな笑みを浮かべながら。
ずっとずっと思っていたこと。
でも、口にした事はなかった気持ち。
それを、はじめて言葉にした。
《あ…っ》
その瞬間、腕を引かれた。
そしてぎゅっと…きついぬくもりに包まれた。
頬に触れる、柔らかい髪の感触。
それは目の端で、キラキラ光る銀色の髪。
…いつの間にか、すっぽりと包まれるほどに彼は成長したのだと…その時に実感を得た。
《ナマエさん…好きです。好きだ…、大好きだ…。いくらいったって足りないくらい、ナマエさんが好きです…!》
ホープは、何度も繰り返した。
それが嘘じゃないと、ちゃんと伝えたいと、そう思ってくれているように。
…指輪も、この時に貰ったものだった。
だからこの指輪は、あたしにとって…かけがえのない宝物。
「ナマエさん?」
「え…っ」
その時、また…名前を呼ばれてハッとした。
見れば目の前には研究のベースキャンプが広がっていた。
恐らく此処がホープの見せたかった目的地で、あたしがぼーっとしている間に辿りついていたらしい。
そこには段差があり、ホープがあたしに手を差し伸べてくれていた。
その傍らでは、セラ、ノエル、モグ、アリサがぼんやりしていたあたしを見つめてる。
そこでもう一度、ハッとした。
「わ…!ご、ごめん!すっごいボーっとしてた!」
あたしは慌てて差し伸べてくれているホープの腕を掴んで謝った。
ホープはぐいっと手を引き、あたしを上に引き上げてくれる。
そして、少し困ったように眉を下げあたしに気遣いをくれた。
「…いえ、ボーっとしてただけならいいんですけど…やっぱり具合とか悪いんじゃ」
「平気だって、大丈夫!ごめん!ちょっと考え事してただけだから!」
あははっ!と明るく笑って元気な顔を見せる。
ていうか、本当に別に具合が悪いわけじゃない。
体調的に無理をしているとかは、全然ないわけだし…。
ただ…。
ただ、なんとなく…少し、寂しいと思っただけ。
To be continued
prev next top