「うわあ…真っ暗だ…」
空を見上げると、自然の光もひとつも無い…暗い闇が広がっている。
AF5年のビルジ遺跡のパラドクスを解消し、見つけたオーパーツとゲートを潜った先にあった世界。
そこは、暗い闇に満ちたグラン=パルスの大地だった。
「いにしえの時…天かけるファルシ、光を飲み込み、地に影満ちる…。これが、日蝕なのか?」
何かの伝承のようなもの。
空を見上げ、ノエルはそんなことを口にした。
「ノエル?何それ」
あたしは首を傾げて聞いてみた。
するとノエルはわかりやすいように説明してくれた。
「500年ぐらい前に…でっかいファルシが現れて、しばらくの間…世界中真っ暗になったって話」
「え、ファルシ?」
「ノエルの時代は700年後だから…今は200年後の世界ってことだね」
セラがノエルの話を仮説と置き、単純な計算をした。
200年後…。
さっきはAF5年だったのに、いきなりぶっとんだ時代に来てしまったものだな…と思う。
だけどノエルはその考えに、ちょっとした違和感を指摘した。
「…ただ、妙だ。暗いのは、此処一体だけみたいだ。時空がまともじゃなくなってる」
「じゃあもしかして、これってパラドクス?」
セラは尋ねる。
ノエルは頷いた。
「ありえる話!」
この空を覆う暗闇が…パラドクス…。
アトラスといい、これといい…なんだかさっきから途方も無い現象ばかり起きてるような気がする。
ここまで来ると、なんだかもう感心しちゃうかもしれない。
だからなんとなく「ふう…」と感嘆の息をついてみる。
すると、それを勘違いしたのかセラがあたしを気遣ってくれた。
「ナマエ、大丈夫?もしかして、疲れてる?というか…また一緒に時越えちゃったけど、平気なの?」
「え?ああ、うん、全然!正直なところ、さっきのビルジ遺跡はとりあえずお試し感覚みたいなとこもあったんだけど、今はもうちょっと起きてる事調べてみたい気持ちもあるよ。それに、あたしもライトにまた会いたいし」
「そう?だったら良いんだけど。ふふっ、私は嬉しいから」
「ええ?やだもう、セラってばー!」
嬉しいと笑ってくれたセラにガバッと抱きつく。
そのままふたりできゃっきゃと笑った。
まあ、おふざけはともかくとして…本当にあたし自身、なんだか今戻ってしまうのは不完全燃焼でどこか気持ちの悪い気分を覚える。
ただ…黙って残してきた彼のことが、気にならないわけではないけど…。
だけど、元の時間に帰れるというなら…そう気にする必要も無いことのように思える。
だから今は…もう少しこの旅に身を投じてみようと、そんな風に心は傾いていた。
「ていうかセラも大丈夫なの?なんかさっき、ここに来るゲートを潜るとき、ちょっと様子変だったじゃん」
「え?あ、うん…。大丈夫、なんかちょっと眩暈みたいな?そんな感じだから」
此処にくるゲートを通る直前、その時のセラには何か違和感を覚えた。
頭を抑え、少しボーっとしていたような、そんな感じ。
あの時も大丈夫かとは尋ねては置いたけど…もう一度、一応。
でも、実はその違和感はセラにだけ掛るものではなかった。
さっき…その、セラが軽い眩暈のような症状を見せたとき、何故かセラ以上にノエルが動揺を見せていたのだ。
「で、ノエルは?疲れてないの?さっきセラ見て胸騒ぎとか何とか言ってたけど…」
「ん?平気平気。俺は何とも無いよ。ま、とりあえずは皆無事って事だな」
ノエルはひらっと手を上げ、大丈夫だと教えてくれた。
実際、今は何をどう考えても、目の前のことを順番に片付けていくしかないのだろう。
そうしていくことしか、あたしたちには出来ない。
だからひとまず、わからないことは置いておくあたしたちはこの時代についての手がかりを探していくことにした。
この暗闇は、ファルシの日蝕なのか。はたまた別のパラドクスなのか。
一体、AF何年であるのか。
そうした手がかりをひとつでも見つけるため、あたしたちは歩き出した。
「えーっと…とりあえずわかった事は、今はAF10年のヤシャス山…。そんでもって、アカデミーが今のこの状況と近くにある遺跡を調べてる…ってか」
歩いて、人に話を聞いて、情報を纏めたところ…。
なんとなくの情報は掴むことができた。
此処は日蝕のあったAF200年ではなく、わりと最近…AF10であったこと。
ルシだったときに皆と訪れた記憶のある遺跡…パドラの遺跡を、またもアカデミーが調べてるらしいということ。
この場所にいる人はほとんどがアカデミーの人だったし、流石研究機関なだけあって大方の状況は掴めた。また、その信憑性の十分だった。
そして、あたしの記憶とアカデミーの人々の案内で道を進んでいくと…あたしたちは遺跡の手前で立ち入り禁止区域にぶつかった。
「この先…行けないんですか?」
「申し訳ありません…。この先、アカデミー関係者以外の立ち入りは…」
セラが遺跡への区域に入るところに立っていたアカデミーの研究員に聞いてみると、丁寧に頭を下げられた。
まあ、厳重に立ち入り禁止…って雰囲気はしてたから、案の定…ではあったけど。
だけどその直後、その背後に突然時空の歪みが生じはじめた。
「っ危ない!」
「うっわ!なにあれ!?」
研究員さんの背後に現れた歪みから顔を出したのは、巨大なモンスター。
突然現れたそれに、セラとあたしは唖然としてしまう。
「け、警備兵っ!!」
今話していた研究員さんは、悲鳴を上げるように警備兵を呼ぼうと声を張り上げた。
でも、その悲鳴を聞いたノエルは何かを思いついたかのように、ニッと笑って武器を構えた。
「助けたら、関係者だよな!」
「って、ちょ、ノエルー!?」
威勢よく言いたいことだけ言って、モンスターの前に飛び出していってしまったノエル。
ちょ、ノエルくんアグレッシブすぎやしないかな!?
だけど今この状況で、ただ突っ立っているというわけにも行かない。
それなら自然と選ぶしかないのは、戦うという選択肢のみ。
「ああ、もう!セラ!」
「了解!モーグリ、お願い!」
「クポォ!」
あたしはセラに振り向き、「行くしかないか!」と呼びかける。
セラも笑いながら頷き、モーグリを剣に変化させてふたりでノエルを追いかけた。
「うらあ!」
「えいっ!!」
「ファイガ!!」
現れたモンスターはなかなかの強敵だった。
いつものように強化と弱体魔法を掛けた後は、ひたすら全員での総攻撃を繰り返すばかり。
徐々に息は上がり、だんだんと苦しくなっていく。
もういい加減にしろー!と思ったとき、モンスターのが遂に動かなくなった。
「やった!?」
それを見たセラが、少し気を抜いたようにそう言いながら剣を下ろす。
だけど、その油断は間違いだった。
動かなくなったと思った瞬間、モンスターは突然に雄たけびを上げる。
そして、その周囲にある全てを吸い込もうとするかのように、とんでもない力で辺りを吸い寄せ始めた。
「うわあっ、いや!!」
「ちょ、なになになにー!!!?」
「引きずり込まれるぞ…!」
それは勿論、あたしたちも例外じゃない。
とんでもない力が、あたしたちの身にも襲い掛かってくる。
ちょ、コレ…絶対まずいよ…!
この力じゃ、踏ん張るにも限界がある。
いや、限界どころか、無理だろう。
足が地面から離れそうになって、脳裏に終わり…という文字が浮かぶ。
やだ……助けて……!
そう思った、その瞬間だった。
「…っ…!?」
その時、あたしは目を疑った。
瞳に映ったのは…宙に、弧を書きながら回る…黄色いブーメラン。
稲妻のようなものを纏ったそれは、綺麗にモンスターへと直撃する。
………え………。
その攻撃の効果は絶大で、吸い寄せられていたとんでもない力は自然と収まった。
だけど…一瞬、わからなくなる。
あのブーメランは…見間違いじゃ、ない…?
ブーメランは戻っていく、それが飛ばされた…主の下へ。
「…あ…」
あたしは言葉を失った。
小高い丘の上、戻ってきたブーメランをパシッとキャッチしたその人。
サラッとした銀髪を揺らし…アカデミーの服を纏った男の人…。
彼は丘を飛び降りると、ゆっくりこちらに歩み寄ってきた。
「この手のモンスターは追い詰められると、時空渦動を起こすんですよ。有効な対策は電磁ショックですね」
歩みながら優しい声で、そう語る。
あたしはその人から、眼が離せなかった。
だから…ずっと見つめてしまっていたからかは、分からないけど…その人と、ぱちっと視線がぶつかった。
するとその瞬間…その人は、苦しそうな、懐かしむような…。
そんななんとも言えない表情を浮かべて歪ませ、あたしの腕に手を伸ばしてきた。
「わ…っ…」
急に引かれた腕。
戦闘の疲れも手伝い、ぐらっと足がふらついた。
だけどそのまま、ぽすん…と温かい何かに当たって体は支えられるように収まる。
そしてきつく、抱きしめられた。
「ナマエさん…!ナマエさん…!」
「…っ、え…」
切なそうに、名前を呼ばれた。
何度も何度も…。
その声は、すとん…と、あたしの中に自然に落ちた。
そのぬくもりも…また、同じに。
でもそこでハッとした。
…ちょっと待て。
今のこの状況は……!?
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!あの、すみません!お兄さんってば、ちょっと…!」
「…っ、うわあ!ごめんなさい!僕っ…ついっ!」
あたしが腕の中でもがくと、その人もハッと我に返ったらしい。
慌ててあたしの肩に触れ、がばっとその身を引き剥がす。
その顔は、物凄く真っ赤になっていた。
…ていうか、多分あたしも真っ赤だろう。
すっごい今ほっぺが熱い自覚が…。
だけど、やっとちゃんと近くで見る事の出来た顔に…色んなことが確信に変わる。
「…ホープ…?」
「…っはい!」
思い当たった名前を、ゆっくりと尋ねてみる。
すると彼は、とても優しい微笑みをあたしに返してくれた。
すらっと伸びた背…。
また少しだけ、低くなった声…。
あたしの知っているホープと言う人間より、いくつか違うその人。
だけどその微笑みは…変わらずによく知っているものだとわかる。
AF10年、ヤシャス山…。
あたしはそこで、成長したホープ・エストハイムと出会った。
「あ、あの〜…」
するとそこに、恐る恐る入ってきたひとつの声。
振り向くとセラとノエルとモーグリがさっぱり状況を読み込めていない顔してじっとこちらを見つめていた。
…ていうか、あたしも状況は全然読み込めてないだけど…。
ただ、確実に言えたのは…あたしはこの3人の存在に気が付いたからこそ…それが我に返った理由ではあった。
「えっと…あの、貴方…ホープくん、だよね?」
「ははは…。ええ、はい…覚えていてくれたんですね」
恐る恐るホープに尋ねるセラ。
彼はセラに照れ隠しの笑みを浮かべながら、確かにコクンと頷いた。
それを見て、改めてちょっと思った。
…セラも知る、ホープ。
本当に…あたしの知ってる、ホープなんだ…と。
「誰?」
そして、そんなやり取りを見ていたノエルもホープに首を傾げた。
…そっか。
ノエルはホープの事を知らない。
ホープは一歩前に出て、ノエルに向きあう。
そして礼儀正しく自己紹介をした。
「アカデミー第一研究ユニット主任、ホープ・エストハイムです。貴方は…ノエルさん、ですよね?」
「…正解。誰かに聞いた?」
自分の名前を当てたホープに、ノエルはまた首を傾げる。
でも、その点に関してはあたしやセラも同じ気持ちだった。
…なんで、ホープがノエルのこと知ってるんだろう?
そんなあたしたちの心情を察してくれたのだろう。
ホープは小さく笑い、わかりやすく丁寧に教えてくれた。
「数年前、ビルジ遺跡にナマエさんとセラさんと一緒に現れた。あれからゲートを分析した結果…ここに現れると予測されていました。こうして会うまで信じられなかったんですが…本当に時を越えて…」
そう言いながら、あたしやセラの顔を見渡すホープ。
そして彼はあたしの肩にふれ、ふう…と安堵の息を吐いた。
「…無事で、良かった…。僕の時間は止まっていたんです…。皆が…貴女が…消えてしまってから…」
「…ホープ…」
悲しそうに、そう呟いたホープ。
その彼の顔は、あたしの頭に…酷く焼きついた気がした。
…本当に、悲しそうな…寂しそうな…。
そんなホープの顔を見たノエルは、ホープに確認をするかのように尋ねた。
「あんたの感覚だと…ナマエやセラがいなくなってから、何年も経ってるんだな?」
「ナマエさんやセラさんだけじゃありません。スノウも、サッズさん親子も…皆この10年の間に…どこかへ消えてしまいました」
その問いかけに、ホープは目を伏せた。
スノウも…サッズ親子も消えた…。
スノウがライトを探す旅に出たことは、セラから聞いて勿論知っていた。
だけど…サッズも消えたっていうのは、正直なところ…初耳だった。
「サッズたちも…消えちゃったの?」
「…はい。だから、数年前にパラドクスが発生したとき、この謎が解ければ皆さんに合えるかもって、」
聞いてみると、ホープはそう答えてくれた。
でもその時、ホープの声を掻き消す勢いで入ってきた女の子の声があった。
「もう、ホープ先輩!!!」
同時に聞こえるパタパタと走ってくる足音。
だけど…あれ。
なんかこの声、ごく最近どこかで聞いたような。
あたしたちは全員、その声と足音のしたほうへ振り返った。
「…あっ」
すると、そこに現れた金髪のショートヘアの小柄な女の子。
その彼女を見た瞬間、あたしは思わず声を漏らした。
「私を置いて先に行っちゃうなんて、酷いんじゃないですか?」
そう言いながらホープに頬を膨らませたのはその子。
それは、先ほどAF5年のビルジ遺跡で出会った女の子…アリサだった。
思わぬまさかの再会に、ちょっとビックリ。
どうやら、アリサとホープは顔見知り…というか、同じアカデミーの仲間らしい。
そこからはアリサも交え…簡単に経緯をホープに説明した。
ライトのこと。スノウのこと。
そして、ノエルのこと。
ホープは静かに、あたしたちの話を…ちゃんと聞いてくれた。
「皆さんに見せたいものがあるんです。お話しは歩きながらでも」
そして…その話にきちんと納得した上で、ホープは遺跡の奥に案内してくれると言ってくれた。
ホープはパラドクスに詳しいようだし、それを断る理由などありはしない。
だけど、ホープが案内しようと背を向けかけたその時、アリサがグイッと…ホープの腕を引き、そのままぎゅっと絡み抱きついた。
「ご案内します!」
ホープの腕に抱きついたまま、ニコッとした明るい笑みであたしたちの顔を見渡すアリサ。
…って、はあ!!?
「…っ…!?」
思わず叫び出しそうになった。
でもグッと堪えた。
ただその代わりピシッと固まった。
「…あ…ナマエ…?」
なんとなくあたしの心情を悟ったらしいセラが、小声でそっと声を掛けてくれた。
だけどあたしは上手く言葉を返せなかった。
…というか、何て言葉を返したらいいのかよくわからなかった。
一方、ホープはといえば…アリサの行動に目を丸くしてた…ような、気がする。
そして、丁寧にアリサの腕を振りほどいた。
「では…」
そうして改めて、あたしたちに遺跡を案内するため、先導するように先を歩いていった。
けど…あたしは若干、まだ固まってた。
え…えええ、と…。
つまり…どういうことだ…あれ…?
凄いな。頭が混乱するって、正にこう言うことを言うのか…。
そんなことを考えてしまうほど、まったくといって良いほど頭がついていかなかった。
「なあ、ナマエの指輪の相手ってさ、もしかしてホープ?」
「はいっ!?」
その時突然、隣からそんなことを聞かれた。
バッと慌てて振り返れば、そこにいたのはノエル。
ノエルはじっと、あたしの左手の薬指にはめられていた指輪を見つめていた。
「あ…、えっと…た、たぶん…?」
「…多分ってなんだ、多分って…」
「いや…うん、た、確かに…」
ノエルはちょっと怪訝そうな顔をした。
いや…というか、あたし自身も何言ってんだって感じではあるんだけど。
…いや本当、多分って何よね…。
だけど、なんか…ちょっと考えたのだ。
《…ナマエさん、僕は…貴女が好きです》
思い出す…。
あの時…曖昧だった関係に終止符を打って…この指輪をくれた、あの日…。
だけど、ここは…AF10年。
そしてあたしは…その間、彼の傍にいないことになっているのだ。
「…確かに、この指輪をくれたのは…ホープ、だけど……でも…」
「…ナマエ…?」
でも、あたしは…本当は、この世界の人間じゃなくて…。
そんな地に足の着いていないような存在が7年間もいなかったら…。
「……あはは!まあ、うん。ほらほら!遺跡案内してくれるって言ってんのに、待たせちゃうのもあれだよね!うん、行こ、ノエル!」
「いって!強く叩きすぎ!」
パシッと強くのノエルの肩を叩き、あたしはタッと走り出す。
だけどその瞬間、指がすっぽり隠れてしまうようにぐいっと左手の袖を引っぱる。
そしてその上から、ぎゅうっと薬指を握り締めた。
指輪が疼く…。
そこに、なんとなく後ろめたさを感じてた。
To be continued
prev next top