杞憂な気持ち


「本当になんでもないってば」

「…しかし」





ぼんやりしていたあたしを、凄く心配してくれているホープ。
ベースキャンプについてからしばらく、こんなやりとりが続いていた。

正直、ホープが心配してくれるのは…悪い気はしない。

…でも、こうして心配してくれたら…モテるだろうなあ…とか。
……なんかちょっと余計な事考えた気がする…。

とにかく、本当に体調が悪いとか、そんなことは無い。
だからここまで心配されるような理由はどこにもないのだ。





「本当に平気だから!それよりほら!なんかあたし達に教えてくれるんでしょ?そのために此処に通してくれたんでしょ?ね!」

「…は、はい。じゃあ…まあ、ナマエさんが平気なら…。でも無理は本当に…」

「してません!」





あたしは少し強引気味に話を進め、ホープに話を促した。
ホープはどこか腑に落ちなさそうな顔をしていたものの、ニコッと笑って言い切ってしまう。

そこまで見せればホープもそれ以上突っ込む事もなく、パドラ遺跡についての説明に移ってくれた。





「わかりました…。では、先ほど…ノエルくんが少し口にしていましたが…貴方は時を越える人だ。知っていてもおかしくないですね。時詠みの巫女は代々…ユールという名前を継承して、人々を導いたようです」





ノエルの顔を見ながら、先ほどノエルの呟いたユールと言う名について教えてくれたホープ。
時詠みの巫女、ユール…。

時を詠む、と言う言葉を聞いたセラは、その存在について、単純な疑問を投げかけた。





「時を詠む力があったのに、どうして滅びたの?未来が見えるなら、危険を予知できたはずでしょ?」

「滅んだのは、未来が見えてしまったせいですね」





すかさず返したのはアリサだった。

未来が見えたからこそ…都市は滅びた。
その理由を、ホープはわかりやすく補足するように教えてくれた。





「巫女ユールは、この都市の滅亡を予見したそうです。ある者は、滅びの運命を変えようとした。またある者は、この街を捨てようと主張した。絶望して、自暴自棄になった人もいた。考え方の違いが、対立を生んで…大きな争いが起きた」

「未来を知る力が人を惑わして、不幸にする事もあるんです」





アリサが指を立て、その結論を語る。
未来を知って、だからこそ…様々な方向に意見が割れ、結局滅びの道を辿った。





「…まったくな」





それを聞いたノエルが、ぼそっと呟くのが聞こえた。
その声は小さかったけど、その場の全員の耳に届き、視線がノエルに集まる。

そのまま、ノエルは悲しげに言葉を続けた。





「だから一族は消えた。他人を避けて、荒野を彷徨うようになった」

「…よく、知ってますね」





とてもよく知っているように語るノエル。
その様子には、ホープも驚きを見せていた。

時詠みの一族とノエル…。
まだ、よくはわからないけど…多分ノエルはその一族と何か関わりがあるのだろう。

それくらいの察しがつくには十分な出来事ではあった。





「あ!そうだ、先輩!早くアレ、見せたほうがいいんじゃないですか?」





するとその直後、突然アリサがピンと何かを思い出した表情を浮かべ、ホープに向かって提案を渡した。
…また、ホープに腕を絡めながら。

…う、うむ……。

なんか、またピクッと反応しちゃった感はあった。

ホープは先ほど同様すぐにその手を解いていたけれども…。

なんかあたし、もしかしたら面白いくらい反応してるかもしれない…。

だって、やっぱり気にしないってのは無理な相談だよなあ…。
面白くないな〜っていう気持ちは、事実あるわけだし。

…そこは、まあ…否定しない。





「…嫌なら嫌って言えば?」

「…い…いやあ…それは…なんか…」





その時、隣にいたノエルに小声で囁かれた。
思わず苦笑い。で、ごにょごにょ…と。




「…俺、まだあまりホープのこと知らない。でもずっと、ナマエのことを気にかけてる気がする」

「…そう…かなあ」




嫌…って、そりゃ…面白いとは思ってないんだけど…。
やっぱり…翳った不安が足を滞らせてしまう。

ノエルはちらっとホープに目を向ける。





「…杞憂、なんじゃないのか?」





頭を掻きながら、軽く息をついたノエル。
あたしは相変わらず、指輪を隠して…同じように息をついた。





「ここに、今回のパラドクスの核心があります。僕が研究しているのは、予言の書」





そうして、ある程度時詠みの一族について教えて貰ったあたしたち。

その中で、ホープはベースキャンプの奥に置かれているある装置について説明をしてくれた。
それは、正十二面体の、緑色をした小さな装置だった。名前は予言の書。

あたしとセラは、その説明をただ単純に聞いていただけだった。
でも、ノエルだけは違う。





「何っ!?」





此処に来て、一族やユールの名前に大きな反応を見せていたノエル。
彼は予言の書と言う単語で、またしても大きく反応を見せた。





「知っているんですか?」

「あ…いや…少しだけ…」





予言の書に大きく反応し、思わず駆け寄る程だったノエル。
でも彼は、ホープに知っているか尋ねられると、そこで我に返ったように歯切れ悪く身を引いた。

ホープはノエルのそんな様子に不思議そうな顔をしたものの、それを特に追求することなく装置に向き直る。そして、その説明をあたし達に続けてくれた。





「これが予言の書。書と言っても、古代の記録装置ですけどね。同じものがいくつか発掘されているんですが、ありえないものが映っています。実際に見てもらったほうがいいですね」

「…こうやって見るんだ」





ノエルはコレを起動させる事が出来るくらいには、予言の書について詳しかった。
彼はあたしとセラに説明するように顔を見渡すと予言の書に手をかざす。

すると…予言の書は光を放ち出し、ある映像が流れ始めた。





「!…これって…」





その映像を見て、あたしは目を見開いた。
そして、思わずホープの顔に目を向けると、ホープもあたしを見て頷いてくれた。

そこに映っていたのは…コクーン落下の瞬間。
そして…ラグナロク。築かれていく…クリスタルの柱。

カタストロフィ…。
それは…あの旅の終わりの、あの日の瞬間…。

戦う…あたしたち、ルシの姿…。





「これは、古代の地層の遺跡に埋もれていました。分子年代測定の結果、装置が作られたのも、データが書き込まれたのも、数百年前の事です」

「なのに、お姉ちゃんやみんなが映っていた…」





ホープの話を聞き、セラは頭を悩ませるように呟く。





「過去の誰かが、未来を予知して記録を残した。恐らくは時詠みの巫女でしょうね。問題はここからです。ノイズが酷いんですが、わかるはずです」





あの日のあの瞬間のこと…。
過去に存在した時詠みの巫女は…既に予知していたってことなのか…。

そんなことを言われると、なんだか不思議で…思うことが色々ある。

そして、更にこの続き。
ホープは予言の書に手をかざし、映像の続きを映し出した。

その映像は、先に言われた通り、確かにノイズの酷い…乱れた映像だった。
だけど、なんとなく…そこに映っているものがなんなのかはわかった。





「映ってたのは、お姉ちゃん…?」





そこに映っていた、よく知る人。
それは、セラが求めていたその人…ライトが戦う姿だった。

戦っている相手は…髪の長い、男の人…?

とりあえず、映っていたのがライトだと思ったのは、あたしもホープもノエルもみんな同じだった。
だけど…ちゃんと確定するには、ノイズが邪魔をして上手くいかない。





「ねえ、ホープ。これって…古くて壊れちゃったってこと?」





数百年前に記録されたと言うのなら、その年月の中で壊れてしまったと考えるのが自然じゃないだろうか。
そう思ってあたしはホープにそれを尋ねてみる。だけどホープは首を横に振った。




「いえ、違うんです。データにも装置にも異常はなし。なのに再生するとこなってしまう。ひょっとしたら、壊れているのは書ではなく…僕達がいる、この空間のほうかもしれない」





ホープはそう言いながら闇に包まれた空を見上げた。

空間がおかしいから、予言の書にも異常が出てしまう。
それはつまり…。





「パラドクスの影響?時空が歪んでいるせいで予言の書がおかしくなったのだろしたら、パラドクスが解消して、時空が元通りになれば…映像も再生できて、お姉ちゃんのこともわかるんじゃない?」

「僕の考えも同じです」





セラが言う。
ホープも頷いた。

そしてホープは、ベースキャンプの奥のほうから光りを放つ何かをあたしたちの前に取り出した。





「オーパーツ?」

「やはりこれが鍵になるんですね。僕らも解析してみたものの、どう使うのか…」





ホープが取り出した光るもの。
それはオーパーツだった。

セラがオーパーツと口にすれば、ホープはその名前を初めて聞いた様で、興味深そうな顔をした。
ホープたちはオーパーツがパラドクスに関係のあるものだとわかりはしたものの、肝心の使い道までを知るには至らなかったらしい。





「俺達なら、それで時を越えられる」

「お渡ししておきます。僕らにはまだ、扱いきれないものですから」





ホープはノエルにオーパーツを手渡した。

暗い世界に、不思議な光を放つオーパーツ。
あたしはその光を、ぼんやりと見つめていた。

オーパーツを手に入れたら、この世界にあるゲートからまた別の世界へ飛べる。
…つまりこの世界とも、これでさよなら…か。

だけどそう思ったその時、ホープがセラとノエルに声を掛けた。





「セラさん、ノエルくん」





あたしたちはオーパーツから顔を上げ、ホープの顔を見た。

ふたりは「ん?」と首を傾げる。
ホープはそんなふたりの顔を見渡し、軽く頭を下げながら言った。





「…すみませんが、少しの時間だけ…数分でいいので、僕にナマエさんを貸してもらえませんか?」

「…え?」





彼の言葉に、あたしはぽかんとホープを見た。

…え?
…貸して、もらえませんか?

…あたし…?

ちょっと目を瞬かせた。
いや、意味を理解するのに…というか混乱して。

一方、セラとノエルは顔を合わせて頷いた。





「了解。俺は別に構わないよ」

「うん。私も。いってらっしゃい。ナマエ」

「へ…?」

「ありがとうございます!」





ホープはそのふたりの頷きを見て、安心したような微笑みを浮かべる。
その中で、あたしだけひとり相変わらずぽかん…としてた。





「じゃあ、ナマエさん。少し、いいですか?」

「え…?」





最後にあたしに確認を取るホープ。
なんか、じっと見つめられて…ちょっと戸惑う。





「あ…、う、うん」





とりあえず…困惑気味ながらも頷いてた。
いや…断る理由というか、なんか…どうしたらいいのかよくわかんなくて。





「よかった。じゃあ…すみません。こちらへ」





ホープはあたしが頷いたのを見ると、ついて来いと言うかのように歩き出した。
あたしはよくわからないままとりあえず、ただホープについて行くしかない。

いや、これはそういう空気だった。
って…頷いたんだからそりゃそうだろって話なんだけど。

ただ、ちょっと戸惑いはあるというか。
だってこれはつまり、あたしに何か話がある…という事、だよね。多分…いや、絶対。

ちらっとセラ達の方を振り向くと、セラがどことなく楽しそうに手を振っているのが見えた。



To be continued

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