誰かの歪んだ時計


しとしと、雨が降る。
遺跡を濡らし、雨独特のにおいがする。

足をつければ、ぱちゃっと水溜りが跳ねた。





「うわっ…!」





探索の途中。
あたしは水溜りに足を取られ、つるっと小さくずっこけた。





「ナマエ…!」

「おっと、大丈夫か?」

「あ、あはは…大丈夫。ごめん」





こける…までは行かなかったけど、間抜けな声を発してしまったあたしをセラとノエルが気遣ってくれた。
あたしは照れ隠しに、ちょっと笑いながら体制を整える。

すると、ふわふわとその傍を横切っていく白いモノがひとつ…。





「モグは飛べるから、なんてことないクポ〜」

「…そりゃ、うらやましい限りで」





パタパタとコウモリのような羽をはばたかせて目の前を横切るはモーグリ。
あたしは羽根の音を聴きながら、その存在に笑みを零した。

ああ、まさか本物のモーグリを見る日までやってくるとは。
今更だけど、なんとなく感動を覚えた気がした。

モーグリは常にあたしたちの傍を飛び、戦闘時だけセラの武器となり戦ってくれていた。
だけどそれ以外といえばクポクポと言うだけだったのに、ここに来て急に喋ってくれるようになった。
ノエルが「クチ、きけたんだ」と指で小突いたのを見た限り、セラとノエルもモーグリが喋れると知ったのはあたしと同じタイミングらしい。

とりあえず、意思疎通が可能な存在が増えるのは結構嬉しいものだよね。





「…あ、此処かな?アリサの言ってた遺跡の入り口って」





雨の中歩き、やっと見つけた遺跡に入る事が出来そうな場所。
セラは先にその中を覗き込み、入って奥のほうをじっと見つめた。

あたしたちは今、アリサと通信を取りながらアトラス退治の方法を考えているところだった。

多分、正面からアトラスと真っ向勝負しても、まず勝ち目はない。

だからじゃあ何か工夫しなくてはと案を考えていたときに、ちょうどアリサから通信で遺跡の奥から大きなエネルギーを持った制御装置が出現したという事を教えてもらった。

その制御装置がもしアトラスの制御に使われるものだったとしたら…。
あるいは真っ向勝負で勝てるまで力を抑えることが出来るかもしれない。

そんな期待を賭け、あたしたちは遺跡の入り口を探しているところだった。





「ふー…やっと雨から逃げられるねー」





雨にぬれるのは気分のいいものじゃない。

あたしも雨から逃れるように、遺跡の中に飛び込んだ。
だけどその時、先に中にいたセラが少し困ったような顔をしているのが見えた。





「…セラ」

「うん?」





声を掛けると、セラは笑う。
いつものように、優しい顔をして。

…セラの困った顔の原因は、なんとなく察しがついていた。

それは恐らく、アリサの態度だろう。

先ほど…セラが通信で制御装置の事を尋ねたときも、アリサの口調はどこかキツイものに聞こえた。
アリサは、どことなくセラへの当たりが強い。

…あたしはどうしてもセラの味方をしてしまいたくなるから、なんだかなあ…と思ってしまうわけなんだけど。
でも、アリサの言葉が…どこかでずっと引っかかってる。

…アリサは、ルシがコクーンに何を引き起こしたか忘れないと言っていた。

つまり、ルシが嫌いなんだろうか?
でもそうだとしたら、あたしよりセラへのほうへの当たりが強いことが謎のままだ。

どっちかって言うと、あの時大暴れしたルシはあたしのほうだしなあ…。

まあ…考えたところで、アリサに聞かなきゃ答えなんかわかんないんだけど。





「よし、じゃあちゃっちゃと装置、調べにいってみよっか」

「うん。だね」

「ノエルー!モグー!早く行こー!」





あたしはセラに笑顔を向け、ノエルとモグに呼びかけた。

アリサの事は気になるけど、とにかく今はアトラスを何とかする事が先決だ。
そうして、あたしたちは遺跡の奥へと進み、突如現れたという制御装置を探し出した。





「あ、制御装置って…これ?」





奥に進み、見つけた制御装置。
あたしは近づき、まじまじとそれを眺めてみた。

とりあえず、見ただけじゃわからない。
アトラスの制御装置ですって書いてあるわけじゃないし。

本当にコレでどうにかなるのかは、いじって確かめてみるしかなさそうだった。





「ねえ、ノエル。アトラスが使われるような戦争が、未来では起きてるの?」





同じく制御装置を眺めながら、セラがノエルに尋ねた。

アトラスが…戦争に使われている…。
確かにあれは、人工的なものに見えた。

あんなもの使おうとする目的は…戦闘くらいしかない。





「そうだな…ええと、…うん、今度は思い出せる」





ノエルは記憶を探り、閃いたように手を叩いた。
でも、あたしとセラはその様子に首を傾げる。

…思い出せる?

するとノエルはそんなあたしたちの様子に気が付き、頬を指で掻いた。





「記憶…怪しくてさ。忘れるわけ無い大事な事を、なぜか思い出せないってのがたまにあるんだ。でも大丈夫。戦争の話は覚えてる。俺が生まれる何百年も前に大きな戦いがあってコクーンが落ちたんだ」

「!…コクーン、落ちるの…?」





ノエルの記憶があやふやという話も、勿論気になった。
だけど、それより…あたしはどうしても、そのあと出た単語に耳を奪われてしまった。

コクーンが…落ちる…。
それはつまり、あのクリスタルの柱が崩壊するという事?

じゃあ…ヴァニラとファングは?

さっ…と不安に胸が侵される。





「…ナマエ?」





ノエルが心配そうにあたしの顔を覗き込んできた。
恐らく、明らかに顔色が変わったのだろう。

なんとなく事情を察したであろうセラは、そっとあたしの肩に触れる。

それでハッとした。





「…あ…、ごめん…。えっと…コクーンを支える柱もさ、それ…崩れちゃうってことなんだよね?やっぱ…」

「…ああ、そう聞いてる」

「そう…」





うろたえながら尋ねると、ノエルは確かに頷いた。

なんか…凄い、喪失感みたいな…。
心がぐっと、締め付けられた気分になった。

…とりあえず、事情に詳しくないノエルやモーグリにも説明はしてあげるべきだろう。





「いやね…昔、一緒に戦った仲間が…あのクリスタルになって柱を支えてるんだ。だから、いつか助けようって…皆で思ってたんだけど」





あの日…クリスタルになった大切な仲間。
かなり大雑把な説明になってしまったけど、あの出来事を語るのは簡単じゃない。

だけど幸い、ノエルも一応、歴史として多少の事情は知っているようだった。





「…ああ、なんとなくは聞いてる。俺が生まれた時代ってのはさ、ナマエたちの時代から数えると、だいたい700年後の未来なんだ」

「…700年」

「そう。コクーンが落ちた戦争ってのは、俺の時代とナマエたちの時代のちょうど真ん中くらいだって聞いてる。つまり、今の時代からだとだいぶ先の未来さ。だからまだ時間はたくさんあるって言うか…ごめん、こんなんで安心材料になるか、わからないけど」

「…ううん、ありがと」





ノエルは自分の知っている限りで、あたしを少しでも安心させる情報を探してくれたのだろう。
それは純粋に嬉しいと思った。

初対面での印象も、そう悪くなかったノエル。
でも今の件で、彼に対しての好感というものが増えた気がする。

ああ、この人は気遣いの出来る優しい人なのだと。
そういうのがわかった、ちょっとした一場面だった気がした。





「本当にアトラスの制御装置だと良いんだけど…」

「女神に祈るまでさ」





ひとまず、今は出来る事をしよう。

この装置がアトラスを制御するものであると希望を賭け、セラが装置に触れる。
そうして装置が発動したのを確認してから、あたしたちは遺跡の外に走った。

そこで目にしたアトラスの姿に…女神の微笑みを見た。





「あ!弱ってる!?」





外に出て見たアトラスは、先ほど見たときより覇気のようなものが薄れていた。

明らかに弱体化している。
これなら何とか倒せるかもしれない。





「ナマエ!強化!」

「了解!」





ノエルの声に頷き、走り出したセラとノエルに強化魔法を掛ける。

ルシじゃなくなっても、あたしの得意魔法はブラスター、エンハンサー、ジャマーなのは変わらない。
場合にも寄るけど、基本的には味方の命を優先し、そのあと敵に弱体魔法を掛ける。

戦いは先手を取れるかで、流れが大きく変わる。





「セラ!」

「はい!これで!」

「決まりだ!」





ふたりはアトラスの頭部に弱点を見つけた。
それを一気にふたりで叩く。

ぱりんっ…!と割れた、アトラスの弱点たるクリスタル。

煌きながら散っていくその輝きの中、アトラスは轟音を響かせながら徐々に崩れ落ちていった。





「やった…!倒した!」





アトラスは消えていく。
元の時代に、帰っていくかのように。

その光景を見て、あたしは拳を握りながら喜んだ。

でも、目の前の光景が変わったのは…アトラスが消えただけじゃない。





「パラドクスが…解けていく?」





セラが辺りを見渡しながら呟いた。

その通り、変化はアトラスが消えただけじゃない。
アトラスが現れ、破壊されていた遺跡が、時を戻していくかのように復元されていく。

そうか。パラドクスが解けるって…こう言うことなのか。

取り戻した本来の時の流れを見て、感覚的にもパラドクスというものを理解した気がする。





「パラドクスは、どうして起きたんだろう?」

「俺の推測だけど、歴史を捻じ曲げて、時を滅茶苦茶に歪めた奴がいるはずだ。ゲートや未来の兵器が現れるのは、それが原因」

「じゃあ…ライトが消えたのも、同じ原因かな?」

「多分。セラとナマエだけが、ライトニングが帰ってきたのを覚えてるんだろ?セラとナマエだけが、歪められる前のと時を記憶してるんだ」

「セラとあたしだけ…か」

「どうして、私たちだけが?」

「わからない。旅を続けて答えを探そう」





解けていくパラドクスを見ながら、あたしたちは今起きている事や、感じている違和感について話した。

セラとあたしだけが持っていた記憶が…本当の出来事…。
他の誰が覚えていなくても、それは決して偽りの記憶ではない。

ライトは一緒に帰ってきた。
それは、確かな時間。

3年間、ずっとわからないままだった違和感が、パラドクスを見て少し…解け始めた気がする。

そんな思いを確かに抱いたまま、あたしたちはパラドクスが解け通れるようになった道を進んだ。





「墓標?…罪なくして追放された犠牲者、ここに眠る。彼らの魂が故郷に帰らんことを願う」





パラドクスで塞がれていた道の先には、ひとつの墓標があった。
ノエルはそれを覗き込み、刻まれた文字を読み上げる。

それを聞いたあたしとセラは、その意味を理解してハッとした。





「追放って…パージされて亡くなった人たちの?」





そう口にしたセラの声は、少し強張っていた。

そしてそこにやって来た、ひとつの足音。





「ここです!やっと見つけた!」





それはアリサのものだった。
アリサは墓標に駆け寄り、急いでそこに刻まれた名前を指でなぞる。





「良かった…私の名前じゃない…」





そしてそれを確認すると、安堵したように胸を撫で下ろした。





「それ、アリサの…」





セラが尋ねる。
その声は、少し震えているようにも聞こえた。

アリサは頷く。





「友達のお墓よ。パージから逃げる途中、此処で死んだの。…そう。私はパージの生き残り」





アリサの声と表情は、また…冷めていた。
セラは後ろめげに目を伏せる。

アリサはそんなセラに向かうように、静かな声で語り掛けた。





「5年前、ボーダムと言う街がひとつ、軍隊に消されたの。私は友達の家に遊びに来てて、巻き込まれた。大人達と一緒に逃げて、隠れてた。でも引き上げる途中、此処で落盤事故が起きて…」





そこで、やっと理解した。
アリサがセラに当たりの強い理由…。

あの時…パージの切っ掛けを作ったひとりのルシがいた。…それが、セラ。

だからアリサは言ったのだ。
ルシがコクーンに何を引き起こしたのか、忘れていない人間もいる…と。

そしてコレは…あとからセラに聞いた話だけど…。
セラは、歴史が好きだった。だからボーダムにある異跡が…大昔からある事に、とても興味を抱いていた。

それが…異跡に近づき、ルシにされてしまった理由…。

最も、セラだってまさかファルシがいるなんて知りえなかった。
いやセラだけじゃなくボーダム…いや、コクーン中の人が。

聖府の欺瞞を知っていたし…ずっと昔から異跡の存在を知っていたのに、それを調べる事も無く放置していた聖府にも原因はあるんじゃないかって…その話を聞いた時、あたしはセラにそう返した。

だけど…アリサやパージをされた人から見れば、そんな単純な話ではない…。

セラ自身にも、あの時の自分の行動に…何か思うことは、ずっとあっただろう。





「あれからずっと夢を見るの。瓦礫の下敷きになって、暗くて痛くて息苦しくて…。気付くと、私の魂は身体から抜け出して、このお墓の前に立ってるの。そこに書いてあるのは…私の名前。何度もそんな夢を見て、ふと思ったの。もしかしたら、私はあの時、死んだんじゃないか、今の生活は夢なんじゃないかって!」





アリサは怯えるように震える自分の身体を抱きしめる。
ノエルはそんなアリサの頭を、指で軽く小突いた。





「夢じゃないだろ?」





そう声を掛け、優しく微笑んだノエル。
アリサはその顔に少し戸惑いを見せ、だけどノエルが小突いた頭に触れると、ふっと微笑みを返した。





「そうですね!皆が忘れても…私は忘れない」





アリサはお墓を見つめ、そう呟く。

皆が忘れても…忘れない。
覚えている記憶は、現実なのか…夢なのか。

セラはそんなアリサの姿を見て、沈んだ表情をする。

パージは、ルシを切っ掛けに始まった。
セラがルシにならなければ、パージは起きなかったかもしれない…。

恐らく、セラはそんなことを考えているのだろう。
罪は…償う事が出来るのか、と。





「………。」





あたしはそんなセラの肩を黙ったまま、ぽん…と叩いた。
今は…それ以外に、相応しい言葉も行動も…見つけることが、出来なかったから。



To be continued

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