「わー…あたし、檻の中ってはじめてだよー」
目の前にあるは鉄格子。
棒に触れて、ひんやりした感触を身にしみながら、まさに棒読みするあたし。
「…普通あんまりないよ」
そんなあたしの言葉に、隣にいたセラは困ったように笑った。
何故檻の中なんかにいるのか…。
それを語るには、ヒストリアクロスを抜けた直後から話さねばならない。
セラとノエル、そしてモーグリと共にあたしはヒストリアクロスを抜けた。
ノエルに導かれるままに抜けたゲートは、グニャ…と何とも例えがたい不思議な感覚だった。
そして辿り着いた、初めての時代。
《ここは…?》
《なんか、遺跡っぽいところだな》
たどり着いて、まず見渡した場所は遺跡のようなものだった。
発掘調査でもしているのか、人の姿もちらほら見える。
そんな景色を見て、思うことは沢山あった。
此処は何処なのか。
本当に時代を越えたのか。
越えたのなら、いったいいつの時代なのか。
だけど、そんな考えを纏める余裕は無かった。
なぜなら、あたしたちは突然、なにか大きな怪物に襲われた。
姿を現したり、隠れたり…そんな事を繰り返す、大きな大きなゴーレム。
あたしたちは逃げ惑いながら、必死に抵抗した。
ノエルは凄く強かった。
もともと彼はハンターだったらしく、戦いはお手の物だったらしい。
一方セラは、モーグリが剣や弓に変化出来るらしく、それを用いて戦っていた。
セラは戦いの経験事態はそう無いものの、運動神経は悪くない。それに流石はライトの妹だけに、センス自体は十分にあった。
あたしもそんなふたりの役に少しでも立てるよう、あの時を思い出して魔法を使い戦った。
でも、こんなに真面目に戦うの凄く久々だったから、ちょっと感覚が鈍ってるみたいに感じた気がする。
そして…抵抗を続けた末、結局、その大きなゴーレムを沈めてくれたのは、軍隊の飛行戦車だった。
軍隊なら信用できるし、助けてくれたものだとあたしとセラはすぐに安堵した。
だけどその期待は裏切られ、あたしたちは侵入者と疑われたげく、わけもわからないまま組織の拘留所にハイ、御用〜…されてしまったわけで。
正直、物凄い納得いかないけど。
でもこれが今の現状。鉄格子の中に入れられている理由だった。
「んー…ていうかさ、さっきのアレ…何だったの?現れたり消えたり。全然状況がわかんないんだけど…」
「時代と時代がこんがらがってるんだ。この時代じゃない、別の時代のものが現れてる。時空が歪んでるんだよ」
「…時代が…こんがらがってる…?」
「そうして時空がおかしくなると、オーパーツっていうその時代にあるはずの無いものが現れる。それがゲートを新しい時代へと繋いでくれるんだ」
「ゲートと、お、オーパーツ…」
「…伝わってる?」
「た、たぶん…」
牢屋の中、する事のないあたしはノエルに詳しい話を聞いていた。
牢屋に入れられて焦らないのもどうなのやらって感じなんだけど…あたしもルシになって肝が座ったのかもな。
まぁ…話についてくのは結構精一杯だったけど。
説明してくれるノエルも戸惑いがちだ。ごめんよ、ノエル。
なんだかコクーンって何、ルシって何って聞いてたいつかみたいな気分だった…。
「でも、ここはAF5年なんだね」
「ああ、そうみたいだね。あたしとセラから見ると、2年後?」
「2年後か…。なんだか実感湧かないね」
不思議な感じだと、セラは笑った。
今の時点、守衛の話とかを聞く限り…この時代についてわかった事は、この時代がAF5年だということだった。
AF…アフター・ザ・フォールとは、カタストロフィ…つまり、コクーンが落ちたあの日を境に数えられるようになった年号の事。
あたしやセラはAF3年から来ているから、この時代はあたしたちの時代から2年後の未来という事になる。
「ていうかさ、ナマエもゲートを通ってヒストリアクロスに入ったなら…オーパーツ持ってるはずなんだけど。なにか心当たり、ない?」
「うーん…。その時代に無いもの…なんて言われてもなあ。あたし、鞄に下げてた飾りを落として、それを拾おうとしたらゲートを見つけたのね?だから手に持ってたものなんて、その飾りくらいなんだけど…」
「飾り…?それ、見せてくれないか?」
「え?いいけど…ちょっと前に、露店で買ったやつだよ?」
あたしがどう時を越えたのか、首を傾げているノエル。
あたしは鞄から飾りをはずし、ノエルにそれを手渡した。
ノエルはそれをまじまじと眺め、そして「なるほど」と頷いた。
「納得。多分、それがオーパーツだな」
「ええ!?これが!?露店で買っただけだよ?!」
「どういう経緯かは知らないけど、誰かが見つけて露店に並んだんだな。それをナマエが買った。うん、実に運命的だな」
「運命的かなあ…それ」
返してもらった飾りを、あたしもノエルと同じようにまじまじと見つめる。
まさか、これのせいで時を越えようとは…夢にも思わないでしょう。
まあ…とりあえず。
世界には今、大変な事が起きている。
時空が歪み、別の時代を別の時代が絡みあって…。
そういう現象をここではパラドクス現象と呼んでいるのだとか。
あのゴーレム…正式名称をアトラスというアレも、その現象のせいらしい。
でも…そうして時空が歪んだからこそ、ライトの存在は消されてしまったのではないか。
見えてきた事実と、自分の知らないところでそんなに大変な事が起こっていたなんて…。
何だか少し、背筋が震えた気がした。
「それにしても、ナマエも結構戦えるんだな。補助魔法とか、凄いいいタイミングでくれて助かったよ」
「え?あ、そう?なら良かった。こんな真面目な戦闘久しぶりだったから、ちょっと自信なかったんだけど」
「そうなのか?凄く的確だったけど」
「あはは、まあ、ライト仕込だからね。ライトに恥は掻かせらんないよねえ」
さっきの戦闘での事。
助かったと言ってくれたノエルに、あたしは軽く笑いながらそう受け答えた。
あの頃は必死だったから…とにかく役に立ちたいって気持ちが強かった。
あの旅で、強くなければ何も守る事は出来ないと知ったから…。
旅が終わってからも、魔法の使い方には気を配ってはいた。
でも、なんというか…こう、肌で感じる戦闘の感覚と言うものが久しぶりだったから…鈍ったと感じたのかもしれない。
そんな事を考思いながらも。
さて…これからどうしようかと、そろそろこの状況を打破する事でも考えようかと頭をリセットする。
すると、その時ちょうそど、その転機は訪れた。
「セラさん!セラさんは!?」
突然、慌しい足音と共に、セラの名を呼ぶ女の子の声が聞こえてきた。
自分の名前が出てきて、セラはぴくっと反応する。
何事かと格子の外に目を向ければ、あたしたちとそう年の変わらない金髪のショートヘアの女の子がこちらに走ってきていた。
彼女はおっちょこちょいなのか、「きゃ!」と小さな悲鳴をあげて転んでしまう。
守衛が近づき彼女に手を貸して起き上がらせると、彼女はお礼を言い、そしてこちらを見て顔をパッとさせた。
「セラさん!やっぱり!」
第一印象…小柄の可愛らしい女の子。
セラの知り合いかと思って、セラにちらっと視線を向ければ小さく肩をすくめられた。
…どうやら、知り合いではないらしい。
そんなあたしたちのやり取りと目の端に見ていたのか、彼女は何も言わなくて良いというように軽くあたしたちに向けてウインクする。
そして、守衛に向かいあたしたちの釈放を訴え始めた。
「アカデミー実習生のアリサ・ザイデルです。視察のお三方が拘束されたと聞いて…それで…」
「視察だと?」
「この方々は、アカデミーにとって大切なお客様で、私が案内していたのですが、通信機を渡し忘れて…」
「待ってくれ、こいつら…こちらの方々、お偉いさんか?!」
守衛が揺らぎ始めた。
正直なことろ、今目の前で彼女の言う言葉はなんのこっちゃ…って話だった。
あたしたちはこの子と会うのは初めてだし、視察云々なんて話も初耳。
だけど、一点だけ…。
多分、セラやノエルは知らないかもしれないけど…あたしはひとつだけ知っている単語があった。
それは、アカデミーだ。
アカデミーは、ホープのお父さん…バルトロメイさんが立案した、コクーン外の研究機関および教育機関。
あたしから見ての去年…AF2年にホープもその一員になった組織だ。
ともあれ、今、彼女は嘘をついてあたしたちを助けてくれようとしていることは確か。
彼女の目的がどうあれ、解放されるなら大人しくしていよう。
そうしてあたしたちは無事、アリサという少女のお陰で檻の外に出してもらえることになった。
「あちらで通信機をお渡しします。一緒に来てください」
解放後、彼女はあたしたちに何かと色々としてくれるようだった。
この場所…ビルジ遺跡を案内し、あらゆることを説明してくれる。
丁寧なそのやり取りに、流石に違和感を覚えたセラは、おずっと彼女に尋ねた。
「あの、ありがとうございます。でも、私たち、どこかでお会いしてましたっけ?」
「ああ、さっきの話、もちろん全部嘘です!守衛さん、お人よしな方でラッキーでしたね!」
けろっと、悪びれる様子も無くアリサはあっけらかんと言って見せた。
わ、わあ…。
おっちょこちょいな子かと思ったけど…なんか第一印象とイメージ違うかも。
もしかして、あのコケたのも演技だったりして…?
ニコッとあまりに簡単に言ってしまうから、何だか思わず面を食らった。
「あんた、何者?」
「アカデミー実習生のアリサ・ザイデルです。ここで大発見目指して頑張ってます!」
「…建前はわかった。本音は?」
「本音は見抜けませんよ。嘘、得意ですから!」
ノエルの問いにも、彼女はその調子だった。
嘘得意…って自分で言っちゃうのか。
なんというか…したたかな子だ、なんて。
そういえば…いつだったか、ホープやライトにあたしは嘘が苦手そうだ…なんて言われたっけ。
なんだか、そんなことを思い出してしまう。
そうだ。ホープ…。
ホープは、あの旅の一件で知らないという事実を恐れ、勉強に励むようになった。
ここがアカデミーの管理区域だという言うのなら…もしかしたら、ホープがいたりしないだろうか。
そんな小さな期待を抱いて、少し辺りを見渡してみる。
すると、ノエルに声を掛けられた。
「ナマエ、何してる?探し物?」
「え、あっ、いや…そういうわけでもないんだけど。ごめんごめん、ちょっとね」
2年後のホープ…。
なんだかちょっと見てみたい気がする。
…なんて、浮ついてる場合じゃなだろう。
ああ、なんか本当…どっかしらでいつもホープのこと考えてる悪いクセが出来てしまった。
ひとまず、そんな能天気な思考は落ち着かせ、あたしはアリサに向き直った。
助けてもらったのだから、きちんとお礼は言っておくべきだろう。
「ええと、アリサ?助けてくれてありがとう。本当に助かったよ」
「いいえ、礼には及びませんよ。ナマエさん?」
「…あ。あたしのことも知ってるんだ」
セラだけでなく、あたしの名前も当然のように口にした彼女。
今の呼び方は、完全に貴女の事も知ってますよって感じだった気がする。
アリサはひょうひょうと頷いた。
「あなたたちのことはよく知ってますよ。そう、ルシがコクーンに何を引き起こしたか、忘れてない人間もいるんですよ」
「…!」
少し、アリサの声が冷えた気がした。
ルシが…コクーンに何を引き起こしたか…。
そして、その声はあたしというよりも、どちらかといえば…セラに向けられていた気がした。
あたしがセラにちらっと視線を向けると、セラも少なからずアリサから放たれた憎しみのようなものに気が付いたように見えた。
…なんだかちょっとだけ、嫌な予感がする。
「質問。なんで俺達を助ける?」
そんな空気を見てか、それとも純粋な興味か…両方なのか。
どちらにせよ、ノエルが尋ねてくれたことでその場の空気が切り替わった。
「見ちゃったんです。貴方達が現れるところ」
「っ!…ゲートから?」
ノエルは少し慌てたように、声を細めて聞き返す。
すると、当のアリサはゲートという単語を聞いて、何かを考えるように慎重な面持ちを見せた。
「ゲート…という事は、別の世界に通じてるんですね。あれが何なのか、大きな手がかりになります!」
「…前からゲートに興味があって、そこから出てきた俺達を助けたと」
そして、そこまで話すとノエルのほうも考えこむ。
「もっと調べたい?」
「それは……はい。ゲートの事も、パラドクスの事も」
「でも、アトラスの暴走が続けば、遺跡は封鎖されて…調査も出来ないよな?」
ノエルは、まるでアリサに手を貸そうとしているかのように話を進めていく。
いや、別に…手を貸すことが嫌というわけじゃないけど…。
ううん…でも、少しだけ怖かったのかもしれない。
きっと、彼女に対して…思うことがなかったといえば嘘になるから。
ルシが起こしたことを忘れない人もいる…か。
あたしとセラは顔を合わせる。
ノエルはどうする気なのか。
まあ、なんにせよ…あたしたちの目的がゲートとオーパーツとやらを探す事なら…遺跡を調査出来なくなってしまうのは、あたしたちにとっても良い事じゃないだろう。
「了解。見えない巨人を止めてやるよ」
ノエルは巨人退治を請け負った。
アリサはその言葉に嬉しそうに頷く。
こうして、あたしたちのタイムトラベル…初めてのミッションが始まった。
To be continued
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