「ユールの転生は、私のせいだと言っていたな?ならば、私が死ねば、ユールは宿命から解き放たれる。殺せ。君だけが、呪われた永遠を断ち切れる」
膝をつき、胸を押さえるカイアス。
そんな自分の前に立ち、剣を突き付けるノエルに彼はそう言った。
自分と同じ、時詠みの巫女の守護者である…ノエルに。
「たとえユールの為でも、あんたを殺す気はない」
だけどノエルはカイアスに剣を差し向けていた腕をゆっくりと下ろした。
ノエルはカイアスを殺すことを望まない。
だけどそれは、カイアスの望みとはたがう。
自分を殺さぬノエルに、カイアスは挑発気味に言った。
「ライトニングは敗北した。葬ったのは、この私だ。それでも許すつもりか?」
「…っ!」
カイアスの言葉にうろたえたのはセラだった。
だけどノエルには通用しない。
「挑発だ」
ノエルはうろたえるセラにも言い聞かせるように一言そう言った。
セラもハッとしたように落ち着きを取り戻す。
だけどカイアスはそんな様子をあざ笑うかのように薄い笑みを零した。
「ヴァルハラでは、時は正しく流れない。この戦いが始まる前に、彼女は私に敗れ、永遠の眠りについた。君たちにとってこれから起きることは、私にとって既に起きた事だ。私は、すべての結末を知っている」
「だったら無駄だってわかるだろ?いくら挑発したって、俺はあんたを殺さない」
ノエルは変わらず、冷静に言い返した。
だけど尚、カイアスは不敵な笑みを浮かべたまま。
まるでノエルがそう返してくることなど、お見通しだったかのように。
「そう、君は人を殺せない。滅びの世界に生まれた君は、命の重みを知りすぎている。だが…」
その時、カイアスはチラッとあたしとセラの方に視線を向けた。
…なんだろう。
だけど、そう思った時には遅かった。
「君は私を殺す!」
「っ!?」
「きゃあ!?」
カイアスは突然立ち上がり、無防備だったあたしとセラに向かって剣を振り下ろしてきた。
油断してはいけないと頭ではわかっていたのに、あまりに突然で反応が遅れた。
あたしに出来たのは、せめてとセラの体を抱きしめた事。
「やめろ!!」
その瞬間、ノエルがあたしたちを庇ってカイアスに応戦してくれたのが見えた。
ガキンと剣のぶつかる音。
カイアスの剣を弾いたノエルは、そのままもう片方の短刀をカイアスに向かって突き刺そうとする。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
ノエルの叫び。
だけど彼は、刺さなかった。
彼は踏ん張り勢いを止め、カイアスの胸を突き刺す寸前で短刀を止めた。
「あんたの思い通りにはならない」
ノエルの意志は堅かった。
なにがあっても、ノエルはカイアスを殺さない。
そんなノエルの覚悟を見たカイアスは、また…薄く笑った。
「見事だ」
そしてその一言と同時だった。
カイアスは自分の心臓の目前にあるノエルの短刀を自らの手で掴んだ。
「なっ…!」
「時を変える者は、誰が血を流すか選ばねばならない」
ガシリと掴まれたノエルの短刀。
予想外の行動にノエルはうろたえた。
短刀を持つ互いの手がギリギリと震えあう。
「君の負う罪こそ……永遠のパラドクス!!!」
カイアスはそう叫ぶと、ノエルの短刀を一気に引き寄せ己の心臓を勢いよく突き刺した。
「カイアス!!」
あたしとセラは目を見開いた。
ノエルは慌てて剣を引き抜きカイアスの名を呼ぶ。
カイアスは呻きながら海岸に倒れ込んだ。
身体を不思議な光が包み、その輝きが落ち着くと混沌の心臓の光も消える。
その場に、彼は…息絶えた。
「……、」
あまりの出来事に、言葉が出てこなかった。
カイアス…倒れた…。
…死んで、しまった…。
その体は、ゆっくりとヴァルハラの空と海に溶けていこうとしていた。
「ノエル…。カイアスは、この世界に還ろうとしたの?自分がここで最期を迎えれば…」
「クポ…」
「ユールの転生も、終わるって気づいたんだ」
消えていくその様子を見つめながら尋ねたセラに、ノエルは小さく頷く。
「こうすれば、ヴァルハラに召された巫女たちは…生まれ変わらなくても、カイアスの魂と会えるから」
巫女たちが転生を繰り返したのは、カイアスに会いたかったから。
ただ、カイアスに会いたくて…ユールは何度も生まれ変わった。
「さっき、ノエルがカイアスに伝えた事だね」
「最後はノエルの言葉を信じたんだね」
転生はエトロの呪いでは無い。
ユールが生まれ変わったのは、ユール自身の意志だ。
さっきカイアスにそう言ったのはノエルで、それを聞いたカイアスは想像もしなかったことを言われた様な顔をしていた。
ノエルはカイアスの光が流れていく海を見つめる。
「…ここは、あらゆる可能性が生まれる世界だ。だけど、可能性しかない。死も無い代わりに、本物の生も無い。時詠みの巫女たちは、ここに還る度、生まれ変わって生きることを選んだ。偽りの永遠よりも…」
「限りある生を?」
聞いたセラにノエルは頷く。
「なのにカイアスは、生よりも終わらない夢を…ここで巫女たちの魂を見守る結末を選んだ。でも、俺は違う。俺は、俺のユールを見つけ出す。永遠なんていらない。…ただ、ユールと同じ未来を生きたい」
永遠…。
無限に続かなくていい。
限りはあっていい。
ただ、大切な人と…同じ時間を共に生きていきたい。
ノエルのそんな言葉に、あたしとセラも頷いた。
「そうだね。あたしもそれがいい」
「うん。はじめよう、新しい未来を」
「クポ!」
「…ああ」
ノエルはそう頷きながら、砂浜に刺さったままだったカイアスの剣を引き抜いた。
「誰も犠牲にしたくなかった」
そして、そう呟きながらカイアスの亡骸の前に立つ。
「俺の知ってるユールも、俺の知らないユールも、俺の知らない誰かも…ユールに優しかった、あんたも」
ザン…と音がした。
ノエルは、カイアスの大剣を墓標とするかのように倒れた彼の傍へと突き立てた。
その瞬間、カイアスの身体は光に包まれ完全にヴァルハラの空へ消えていった。
「……。」
その光を見つめながら、思う。
カイアス…。
彼のしたことに、賛成は出来ない…。
だけど、大切な誰かを守りたいと思うのは気持ちは…きっと同じだったのだろう。
辛く苦しい思いもさせられたけど、どうか安らかにと願う気持ちは嘘じゃなかった。
「最後のパラドクスが解けたクポ」
モーグリが言った。
カイアスが消えると、ヴァルハラにはいくつものゲートが浮かび、音を立てて回り始めた。
「正しい時が戻ったの?」
「クポ!」
恐る恐る尋ねたセラに、モーグリは明るい声で返事をくれる。
時が…正しく回り出す。
歴史が、その流れを大きく動かし始める。
それは、喜ばしいことだ。
だってあたしたちは、この時を目指して今まで走ってきたのだから。
だけど、そこにはひとつ…大きな不安が残ってる。
あたしとノエルはセラに目を向けた。
「セラ…大丈夫?具合とかどう?悪くない?」
「ああ…セラ、何ともないか?時が変わって何か視えたとか、苦しいとか…無いよな?」
歴史が変われば、時詠みは未来を視る。
そしてそれは、時詠みの命を削っていく。
未来が元に戻り、形を変えたなら…。
胸に、不安が渦巻く。
だけどセラはそんな不安を掻き消す様に、ニッコリ笑って振り向いてくれた。
「大丈夫みたい」
その笑顔を見て、あたしとノエルは胸を撫で下ろした。
よかった…。
本当、何ともないみたい。
それが凄く不安だったから。
「はー…よかった、ホッとした!」
「ああ、安心。じゃあ、ライトニングを探すか」
ヴァルハラを目指していた目的は、また再びライトに逢うためだ。
セラがこの旅をはじめるきっかけになった彼女は、此処で女神の騎士として戦っていた。
「うーん、気配がないクポ」
モーグリは軽く飛び回り、ライトの気配を探してくれる。
だけどこの場に彼女の気配はないと言う。
それを聞いたセラの表情には、少しの不安が滲んだ。
「まさか、本当にカイアスに?」
カイアスはライトを葬ったと言った。
だけど、きっと大丈夫。
あたしとノエルは首を横に振った。
「そんなこと、ないない!」
「負けたなんて嘘さ。時が戻ったから、元の世界に帰ったんだ。きっと、皆と一緒にセラを待ってる」
ライトはあの日に、時の矛盾にのまれた。
だとしたら、パラドクスが消えた今は…きっと元の世界に帰ったはず。
セラにも笑顔が戻った。
そしてその時、辺りに現れたゲートが優しい光を放ち始めた。
その光景を見て、ノエルは言う。
「パラドクスが消えたから、ゲートはもうすぐ閉じる。俺たちも急いで戻ろう」
「うん」
「うん、帰ろ!」
そうして、あたしたちは前方にあるゲートを見つめた。
あのゲートから繋がる時代は、AF500年だ。
「AF500年のゲート?私たちが帰る未来は、あの時代なんだね。お姉ちゃんも、あそこに?」
「ライトニングが守ろうとした未来。そこから新しい未来が始まるんだ」
「あ、ナマエ。ヴァニラとファングは?」
「あー…と、ふたりは…」
AF500年は、柱が限界を迎えて崩れ落ちる時代。
ホープに二人のことと頼んではきたけれど。
すると、そんなあたしたちの様子を見たノエルはふっと笑った。
「皆で迎えよう。あの時代なら、ホープもいる。な、ナマエ。待っててくれてるんだもんな」
「!」
ノエルはふざけたように笑った。
多分、決戦に飛び込む直前にホープが言ってくれた言葉を思い出しているのだろう。
待ってますから〜…ってか。
ああ、じっくり思い出してみると少し恥ずかしいね。
だけど、あの言葉があったから戦えたのは確かだ。
だからあたしはそれに乗っかるようにして言葉を返した。
「ふふ、そうだね!ただいま〜って言わないと!針千本でも飲まされるかな」
帰ったらきっと、「おかえりなさい」と迎えてくれる。
だからあたしは「ただいま」と言葉を返すんだ。
戦いの中、ずっと夢見てた未来。
笑って言えば、ふたりも同じように笑った。
「ゲートが消えて帰れなくなっても、あの時代なら、真新しいコクーンを眺めて暮らせる」
「スノウも待ってるクポ?」
「どうかな、ライトニング次第かもな」
拳と拳を打ち付けるスノウの癖を真似し、モーグリの言葉におどけるノエル。
また、その場に笑顔がこぼれた。
「ふふっ、うん!行こう!」
頷いたセラが、ゲートに向かって走り出す。
それに続いてあたしとノエル、モーグリも一緒に。
回るゲート。
もうすぐ。
もうすぐだよ。
ホープの待つ、AF500年へ。
あたしたちはゲートに向かって一気に駆け抜けた。
To be continued
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