最後の結末


空に浮かんだ時空の穴。
それはヴァルハラに現れたゲートから繋がる世界への扉。

ゲートをくぐったあたしたちは、時空の穴を飛だして空を飛んだ。

ふわりと浮かぶ感覚が心地よくて、身を自然と風に任せる。





『英雄のご帰還だ!』





空には飛空戦車が待ってくれていた。
スピーカーから聞こえた声はサッズのもの。

それを聞いたら、ああ帰って来たんだと改めて実感を持てた気がした。





「っと、ナイスキャッチ!」

『ご苦労さん!』





飛空戦車に一番初めに着地したのはノエルだった。
ノエルは上手く足を着くと、ハイタッチでもするかのように甲板をパンッと叩き、サッズもそれにノリよく応えた。





「ほらっ」

「あっ…と、ふうっ…!」





次はセラ。
彼女はノエルが差し伸べてくれた手を掴み、ふわっと優しく着地した。

モーグリもパタパタとその背中を追いかけ、セラの傍に落ち着く。

となると、残す一人は勿論あたし。





「ナマエー!」

「ずっこけるなよ!」

「それならしっかり支えてよねっ…と!」





伸ばされたのはふたりの手。

右手にノエル、左手にセラ。
ふたりの手を掴んだあたしは、その手に支えられるようにトン…と軽く着地する。

足の着いた感覚と、皆の顔を見渡して、共に帰ってきたその光景に自然と笑みが浮かんだ。

だけど、もう一度念のため。
あたしとノエルはセラの様子を確認するように彼女に問いかけた。





「セラ?」

「異常ないか?」

「うん!」





セラは笑顔で頷いてくれた。
大丈夫だよ、とそう意味を込めて。

良かった。
旅の中で何度か見た、時詠みの症状は起きていない。

なんの屈託も無く笑うセラの顔を見て、あたしたちは確かな安心を感じていた。





「皆のところへ、帰ろう!」





頷いた後のセラは、下に広がるアカデミアの街並みを眺めそう言った。
安心を覚えたあたしやノエルも、うん、と共にその景色を眺める。

でもその時、セラが後ろで起こった異変に気が付き、「あっ」と小さな声を上げた。
振り向けば、今さっき出てきた時空の穴が少しずつ消えていく様子が見えてとれた。





「…消えてく」

「門が閉じて…」

「旅は終わる」





順に、あたし、ノエル、セラ。
各々、その様子に言葉にしがたい思いを抱いて、そっと呟く。

ああ…本当に、この旅は終わったのだと、そんな感慨深さを実感した。





「ねえ、ノエル、ナマエ…」





その時、セラがノエルとあたしの名前を呼んだ。

あたしたちは軽く首を傾げてセラの顔を見る。

なんだか改まってるみたい。
セラは軽く俯いた末に、あたしたちにきちっと向き直った。




「ありがと…、ぅ」





そして、伝えてくれたのはお礼の言葉。

だけどその途中、最後まで言い終わる前にセラの声が細くなって…。
瞳の焦点も定まらなり、揺れ始めたことに気が付ついた。





「セラ…?」

「セラ…、っお前、まさか!」





異変に気が付いた直後だった。
その時、セラの瞳に紋章が浮かんで…。

それを見たあたしは、いや、きっとノエルもゾッと凍りつくような感覚を覚えて、すぐさまセラに呼びかけた。





「セラッ!大丈夫?!」

「駄目だ、視るな!セラ!?」





あたしはこれ以上ないほどセラを強く呼び、ノエルはセラの肩を掴んで揺さぶった。

だけど…。





「ぁ…」





ゆっくり、力を失うように後ろに倒れていくセラの身体。
あたしは咄嗟にセラの背に回って肩を押さえ、ノエルはセラの手を掴んで引き寄せた。

触れた肩と、目の前でなびく薔薇色の髪。
それを瞳に映しながら、あたしはその時、一瞬…取り戻したはずの時が止まったような感覚に陥った。





「セラ…!?」





ノエルがセラを呼ぶ。
その直後、セラの身体から力が完全に抜け、支えた手に重みが掛かった。

…待って。
待って、待って、待って…!

ずるりと…崩れていく。
重みが掛かっていくたび、心の中で繰り返してた。

ガクンと、完全に甲板の上に落ちたセラの身体。
あたしとノエルも支えたまま、共にその場に膝をついた。

…嘘…。

頭に浮かんだのは、その一言。





「セラーーーー!!!!」





ノエルの叫びが響いた。

それを耳にしながら、あたしは呆然として、何も声が発せなかった。

…セラ…?
開かない瞼、ぴくりとも…動かない…。

何も、あたしは…力が入らなくって…。
抱き留めたノエルに彼女の身を任せ、ぺたん…と、その場に手も膝もついた。





「ナマエさん…?」





その時、大好きな声を聞いた。
優しく…そっとあたしの名前を呼ぶ声。





「…ホー、プ…」





振り向けば、そこにはホープがいた。

近くを飛ぶもう一機の飛空戦車。
それと、彼の足音にも気が付かないくらい…呆然としてた。

違う…。
こうじゃ、なくて…。

ホープに会ったら、言おうと思ったこと、しようと思ってたこと…沢山あったんだ。
笑って、駆け寄って、抱き着いて…。

だけど、その全てが…消えていく。
一気に…何もかもが消え去った。

クポ…と小さなモーグリの声。
そして、ノエルもホープの姿に気が付き、この状況を彼に教えるようにノエルはホープに小さく首を振った。





「どうして…」





信じられない、信じたくない。
ノエルの仕草で事を察したホープは、涙を耐えるような声で悔しげに言った。





「無事に帰ってこれたのに…なぜ」

「未来が、変わったから…」





セラが…こうなった、理由…。
ノエルは静かに答えた。

…そう、それは…未来が変わったからだ…。





「歴史を変えれば、未来も変わる。すると時詠みは、新たな未来を視る。嫌でも視えてしまう」

「ではセラさんも、時を視て…?」

「…命を削られた」





ふたりの声が、耳を抜けていく。

時詠み…。
時詠みの巫女…ユールが持つ、エトロの瞳の力。

未来が変わる度、時を視て…その都度、命を削られていく…。

この旅を始めて、いくつも未来を変えた。
セラはその度に…どんどん、少しずつ…。

ノエルは優しく、セラの頬を撫でた。





「セラは知っていた…。時を変えたら、命が危ないのをわかってたのに、未来を救おうとした…そんなセラを守りたくて…」





セラを、守りたい…。

あたしだって、そう思ってた。
セラとノエルを、守りたいなって…。

それで、大切な人に…会わせてあげたいと…。





「セラ…」




呼びかける。
なのに…セラは、瞳を開けない…。





「守れたと、信じてたんだ…」





苦しそうに絞り出されたノエルの声。
彼はセラの身体をぐっとその胸に引き寄せ、涙を耐えるように空に目を閉じた。





「…ノエル…」

「………。」





あたしは少しすがるようにノエルの名を呼び、ホープは無念そうに俯いた。

嘘だ…と、夢であってほしいと、頭が否定をしようとする。

だけど、嘘でも夢でも無い。
認めたくない現実が嫌にのしかかってくる。

目の奥が、どんどん熱くなってきて…雫がひとつ、目じりに滲む。

でも、零れる…と思った瞬間、辺りが突然暗雲に包まれた。





「え…」





突然暗くなった周囲に顔を上げる。
見ればホープやノエルもその異変に戸惑ったように辺りを見渡していた。





「クポ…っ」





そしてその時、モーグリが突然弱々しい声を上げ、力を失ったように甲板に落ちてしまった。





「あっ…」

「モグ…!」





落ちた小さな体をホープが咄嗟に抱き留め、あたしも近づいてその白い頬にそっと手を触れた。
モーグリの身体は、小さく振るえていた。

そしてまた、弱々しいままの声でか細く呟く。





「女神様が…消えた、クポ…」

「え…?…、あ…っ!」

「…ナマエ、さん…?」





女神が消えた。
そうホープの腕の中で呟き気を失ったモーグリ。

そしてそれを聞いた瞬間、あたしも何か、胸がざわついたのを感じた。

ホープが心配そうにこちらを覗き込んでくれたことには気づく。
でも、大丈夫とは返せなかった。

何かを感じ取った。
そう…女神が、消えた…。





「エトロが…」





エトロが、死んだ…。

小さく呟き、自分の身体を抱きしめる。
すると、それを聞いたノエルは何かを察知したようにハッとして己の手を見つめた。





「俺が女神を、殺した…?」





その手は震えていた。

ノエルが、女神を殺した…?
それを聞いて、あたしは微かにカイアスの気配を感じた。

カイアスは…その胸にカオスの心臓を持っている。
それは、女神エトロの分身…。


そしてその瞬間、どこからか鐘の音が響いた。





「うっ…!」





それと同時に、ぐんっととんでもない衝撃が世界中に溢れ出した。





「ナマエさんっ!」

「え…、きゃ…っ」





その時ホープに呼ばれ、モーグリを渡された。
思わず抱きしめると、ホープはモーグリごとあたしの身体をぐっと引き寄せ守るように抱きしめてくれた。

そして、うっすらと開けた瞼にあたしは…空に開いた門と、そこから溢れ出る不可視の混沌を見た。

エトロが抑えていた、この世にあってはならない力…。
それが一気に溢れて…世界を侵食していく…。

世界から、時が消えていく…。
ヴァルハラに…なる。





「ナマエ、さん…っ」

「っ、ホープ…、」





呆然と世界を見ていた時、名前を呼ばれてハッとした。

ホープ…。





「ホープ…、…世界が…っ」

「…言いましたよね」

「…え…?」

「何があっても…僕は貴女の手は放しません。…放さない!」





ホープの力が強くなる。
世界に溢れる混沌も強くなるけど、それに…負けぬ程。

立っているのも辛くなって、うずくまるけど…それでも決して離れてぬように。





「…うん…」





凄く、怖い。

あってはならない混沌が溢れ、世界は時を失くす…。
どうなってしまうのか…何もわからない。

あたしはホープの腕の中で目を閉じる。

凄く怖い…けど。

だけど、絶対的に信じられる…あたしの希望。
君が…傍にいる。

手繰り寄せるように…集めて、そのぬくもりに身を澄ます。

まだ、何か…出来ること…。
諦めちゃ、ダメだ…。

それは虚勢…?
ただの、強がりだろうか…?

だけど今、あたしはそう思うだけで…精一杯だった。


13回の鐘の音が響く。
混沌にのまれ、人々の叫喚がこだまする…。

旅の終わり。
この日、世界は…時の失い、ヴァルハラと化した。



END

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