カイアスの身体が、ヴァルハラの海に崩れ落ちた。
ノエルは剣を下ろし、あたしとセラはそんな彼に歩み寄る。
そして、倒れたカイアスの姿を伺うように見つめた。
カイアス…倒したのだろうか。
全部、終わったの?
だけど、そう思ったのもつかの間…。
ふっと…肌に感じた底知れぬ気配。
はっとして辺りを見渡せば、そこには倒れたカイアスの元へ集まっていく黒い靄があった。
不穏な感覚…。カイアスに集まった靄は高く天へと上り、一気に空に広がった。
「なにっ?」
セラが不安げに空を見上げて言う。
あたしたちは離れぬように背中を合わせて一か所に固まった。
なんだろう。これ…。
なんだかわからないけど、嫌にピリピリする…。
とんでもない何かが…来る。
そう思った瞬間、空の靄から一匹の強大な竜が姿を現した。
「あっ…」
竜を目にした瞬間、その場の全員が息をのみこんだ。
そして悟った。
攻撃、くる…!!
竜の口に集まるエネルギー。
それは巨大な火球へと形を変え、あたしたちに真っ直ぐ落ちてくる。
「セラ!ナマエ!」
「ノエル!」
「ノエル!…セラッ!」
ノエルは咄嗟にあたしたちを庇うように覆いかぶさろうとしてくれた。
その姿だけ見て、その先はよくわからない。
目の前が真っ白になって、気が遠くなっていって。
多分、意識が飛んでいた。
気が付いたとき、なんとなくわかったのは…どんどんどこかに沈んでいくような感覚だけだった。
暗い海に…沈んでるの…?
うっすら目を開く。
すると、視界が滲んで見えた。
…水の中…。
こぽ…と、小さな泡がいくつか浮かぶ。
その中であたしは、傍に漂うふたつの存在を見つけた。
…セラ…ノエル…。
大切な、大好きなふたりの姿。
あたしは両手を伸ばし、ふたりの手をそっと掴んだ。
どこに…落ちていくのかな…。
海の底まで…?
ぼんやりそんなことを思ったその時、あたしの耳に、ひとつの声が届いた。
「そのまま放すなよ、ナマエ」
優しい声だった。
そして、とてもとても求めていた声。
その直後、握っていたセラとノエルのふたつの手からグンっと強く腕を引かれた。
え…。
驚いて目を開く。
するとそこには、眩い光と羽根が見えた。
そして、優雅になびく薔薇色の髪も。
ライト…!
ずっと求めている彼女。
ずっとずっと憧れてる、大好きな閃光。
ライトは、あたしが掴む方とは逆のセラとノエルの手を掴んでいた。
そしてぐんっと、手を引いて導いて、あたしたちを助けてくれた。
「希望は、お前たちが守ってくれ」
ライトはそう言って、あたしたちに微笑みをくれた。
まるで、夢みたい。
そう感じてしまうくらいの、眩い出来事。
でも、夢じゃない。
ライトはあたしたちに託してくれた。
足場を感じる。
しっかりと、地に足が付く感覚。
足場はどんどん海を昇って、バシャッと海面に飛び出す。
するとそこには、三体の竜が空を舞っていた。
それらはあたしたちを狙うように、ぐるりとまわりを囲んでくる。
「これ、カイアス…!」
勘と言われればそれまでだけど、でもわかった。
この竜…バハムートはやはりカイアスだ。
カイアスと意志と混沌が合わさり、具現化した存在。
そして、彼の感情から分裂した…合わせて三体のバハムート。
本当に…決戦だ。
最後の、この旅の最後の戦い。
「セラ、ノエル」
「うん」
「おう」
あたしたちは顔を合わせ、頷き合った。
皆、自覚して、覚悟してた。
これが最後だと。
そして、必ず勝つと。
「ナマエ!」
「頼む!」
「うん!ブレイブ!」
走り出したふたりの背に贈る補助魔法。
ああ、慣れたものだとその時実感した。
そして、思った。
あたしは、彼らと一緒に本当に色んな時代を歩いてきたんだと。
いっぱい笑って、泣いて、凄く大変だったけど…出会えて、一緒に旅出来て、本当に良かったと。
こんなにもふたりを好きになった。
だから、会わせてあげたい。
求めてやまない、大切な人に。
ただ、大切な人と一緒にいたいと思う、ささやかな願いを…叶えてあげたい。
そんな風に想える事を、ちょっと…誇らしく思う。
それに、あたしだって…待っててくれる人がいるんだ。
《待ってますから!貴女の事を!》
そう言って見送ってくれた。
思い出す。
あの、大切な声を。
《うん!行ってきます!終わったら、しーっかりと迎えてよね!》
《勿論!ちゃんとただいまって言ってくださいよ!》
ホープ。
誰よりも…大切な君。
約束したもんね。
ちゃんと、ただいまって言うよ。
今まで沢山悩んで、迷った。
子供で、ちっぽけで…力が足りなくて、何を掴んだらいいのか、掴むことが出来るのか、掴んでも良いのか…ずっとわからなかった。
だけど、ずっと…欲しいものはあったの。
あの旅をしてた時…ずっと昔から。もう、500年も前の事だね。
放したくないと、傍にいられたらと願う…大切なもの。
掴んでいいのか、掴めるのかわからなかった。
でも…もう、決めたんだ。
それを掴むと。
あの手を握り締める為なら、どんなことも惜しまない。
もう、迷うことなんかない。
あたしはちゃんと、自分の帰りたい場所を知っている。
「っブリザガ!!」
魔力を溜め、一気に放った氷の刃。
それは見事にバハムートの翼を貫いた。
「はあっ!!」
セラも矢を放ち、それがもう片方の翼を捉える。
さあ、トドメは君の役目だよ。
「カイアスッ!俺の言葉を聞け!!」
ユールにもう一度会いたい。
そして、カイアスとももう一度…。
信頼し、きっと、こうなりたいと思っていたであろう男に剣を向けたノエル。
彼は願いながら、バハムートのカイアスに剣を放った。
メテオジャベリン。ノエルの、渾身の必殺技。
それは、決まった。
『グギャアアアアアアッ!!!!』
竜の悲鳴。
分身も消え、まるでガラスが剥がれる様に体を散らすカイアス。
巨体はぐらりと揺れ、天から落ちてゆく。
その光を見ながら、あたしたちは再び顔を合わせ、そしてまた頷き合った。
するとその時、空からあたしたちに何か光が降り注いでいるのを感じた。
輝きはどんどん眩しくなっていって、やがてあたしたちを包みこむ。
そしてその身を、ヴァルハラの浜辺へと導いてくれた。
でもまだ、すべては終わっていない。
あたしたちが浜辺に降り立った直後、目の前の空間が少し歪む。
そこから現れたのは、ぐらりと膝をついたカイアスだ。
カイアスは深い呼吸を繰り返し、苦しそうにその場にうずくまっていた。
多分…油断はしてはいけない。
だけど、カイアスが苦しんでいるのは紛れもない事実。
…これは、なんとなく感じた事だけど、エトロが彼に与えた心臓は…もともと人であるカイアスには負荷が大きいのではないか、と。
なんでそう思ったのか…。
それは、エトロがあたしに授けたと言う力ゆえだろうか…。
すると、カイアスにひとり…歩みよった人物がいた。
ノエルだった。
彼はカイアスの前に立ち見下ろすと、カイアスに剣を差し向けた。
それに気が付いたカイアスもノエルを見上げる。
ノエルの決着…。
「ユールの転生は、私のせいだと言っていたな?ならば、私が死ねば、ユールは宿命から解き放たれる。殺せ。君だけが、呪われた永遠を断ち切れる」
ぶつかるカイアスとノエルの視線。
カイアスは肩で息をしながら、自身に剣を向ける巫女の守護者ノエルへとトドメを刺すよう促した。
To be continued
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