世界に開いた、時空の裂け目。
ホープやサッズに見守られ、その穴に飛び込んだあたしたち。
《御無事で!》
ホープの言葉を胸に抱き、あたしは下を見据えた。
落ちていく。
どんどんどんどん、深いところまで。
一体どこに繋がっているんだろう。
そう思った矢先、目の前に広がった景色があった。
そこは、この旅でまだ一度も訪れた事が無かった場所。
だけど…辿りつく方法を、ずっとずっと探していた場所。
「ヴァルハラ!」
落ちていく中で、ノエルが叫んだ。
ヴァルハラ。
あたしが、この世界に来て一番初めに辿りついた場所。
オーファンを倒したあの日、ライトが引きづりこまれてしまった場所。
女神エトロの住まう神殿がある異世界。
まさか、あの裂け目がここに繋がっているとは思わなかった。
だけどあたしたちは遂に、旅の目的地であった、あのヴァルハラに辿りつくことが出来たのだ。
「っ、ディアボロス…来て!!」
ヴァルハラに辿りつけた驚きは大きかった。
だけど、地面が見えた以上、この落下を何とかしなくちゃならない。
だからあたしは叫んだ。
あたしの、とっておきの切り札。
いでよ、闇よりの使者!!…ってね。
声は届いた。
その叫びを聞き入れたかのように、宙にパッと魔方陣が咲いた。
そしてそこから現れる、真っ黒な悪魔の翼。
「ディアボロスー!!」
名前を呼びながら、彼に向かって広げた両手。
するとディアボロスは、大きな翼を羽ばたかせ、こちらに飛んできてくれた。
バサッ…と、そんな音ともに消えた、自分の浮遊感。
ディアボロスが背に乗せてくれた。
「ありがと」と、そっと囁き、あたしは共に落ちているはずのセラとノエル、モーグリの姿を探した。
さあ、皆も早く拾わなきゃ。
ディアボロスに、皆も助けてとそう指示を出そうとした。
「あれ?」
だけどその時、パッ…とピンクの魔方陣が花開いたのが見えた。
それは落ちていくセラ達の傍に開いた。
というより、その魔方陣には見覚えがあった。
まるでバラが咲くように美しい…あの魔方陣は。
そして、そこから飛び出した一頭の馬の姿を見て、あたしはそれを確信した。
「オーディン!!」
叫んだのは、ライトの召喚獣の名前。
それは、颯爽と美しく駆けるライトの召喚獣…オーディンだった。
空を駆け抜けるオーディンは、そのまま落ちゆくセラとノエルを拾い上げた。
オーディンにしがみついたふたりは事なきを得る。羽根があるモグは、慌ててその姿を追いかけていた。
「オーディン!?お姉ちゃんが助けてくれたの?」
「ライトニングの贈り物かな。きっちり未来を守れって、セラを応援してるんだ」
突然現れたオーディンの姿に、驚きの声を上げるセラ。
そんなセラに、ノエルはそう答えてふっと笑った。
だけど、セラは首を横に振る。
「私だけじゃない!ノエルも、ナマエもだよ!」
そして、ノエルとあたしの顔を見渡して、しっかりとした声でそう言ってくれた。
そうだね。
ライトは、あたしたちに賭けると言ってくれた。
未来の運命を預けてくれたんだ。
あの言葉、決して忘れたりなんかしてないよ。
だから、あたしとノエルも頷いた。
さあ、本当に…決戦だよ。
あたしたちは決意を胸に、波の漂う地上に目を向けた。
そして、見つけた。
先に、穴に飛び込んだカイアス。
彼はヴァルハラの砂浜に立ち、剣を構えてあたしたちのことをじっと静かに待ちわびていた。
「ふっ…!」
カイアスは剣に魔力を込め、その力を一気にあたしたちの方へ放ってきた。
それは、とんてもない力だった。
オーディンとディアボロスは咄嗟にその力を受け止め、あたしたちを守ってくれた。
だけど、その反動で二体は消えてしまう。
あたしたちはスタッ…と砂浜に降り立った。
3人、肩を並べる。
そして、目の前には…濃い混沌を纏った、カイアス・バラッドが映った。
「ヴァルハラの混沌も、私に味方している。新の歴史を決めよう」
カイアスを取り巻く黒い靄…。
それは、ヴァルハラの渦巻く混沌だという。
…ライトを此処へ引きずり込んだ、恐ろしい力の混沌…。
戦いは始まる。
あたしは、いつものように補助魔法を唱えた。
セラは弓を、ノエルは剣を構える。
「あきらめろ!カイアス!」
「あいにく死ねない身だからな」
叫んだノエルに、そう返したカイアス。
死ねない身。
カイアスはカオスの心臓を持っている…ゆえに、永遠を生きている。
旅の中、知った真実。
それをいざ、本人の口から聞かされた。
…望まぬ永遠、か。
「ユールが喜ぶと思うのか!」
ノエルは波打ち際までカイアスを追い詰めた。
「それは、どのユールのことだ?」
ユールと言う名前に、目の色を変えたカイアス。
ノエルもカイアスも、ユールを想うからこそ戦っている。
「私は幾人ものユールを見守ってきた。魂は同じでも、ひとりひとり異なっていた」
追い詰めたノエルに、カイアスは反撃を繰り出した。
波が激しく跳ね上がる。
カイアスの振る剣を、ノエルは必死にかわす。
「旅を望んだユールがいた!歌を愛したユールがいた!花を愛でたユールがいた…皆死んだよ、私の目の前で!」
剣を振る度に、いままで見守ったひとりひとりのユールを思いだすカイアス。
きっと、やりきれなかっただろう。
生まれ変わっても、ユールは若くして亡くなっていく。
それを、気の遠くなるほど見てきたカイアス…。
カイアスは剣を思いっきりノエルへと振り下ろした。
ガキンッ!
と鋭い音がヴァルハラに響き渡る。
ノエルは力を込め、その剣を受け止めた。
「それでもユールは生まれ変わって、あんたのもとに帰ってきた!」
ユールを大切に想う気持ちは、ノエルだって…とても強い。
ノエルはその想いをカイアスにぶつけるように、カイアスの身体を蹴り飛ばした。
その声は、確信に満ちているような…強い声色をしていた。
「俺はひとりのユールしか知らない。だけど、わかった。最期の瞬間…あいつ、笑っていた。あいつ、信じてたんだ。生まれ変わって、また会えるって」
ノエルのユール。
彼の夢の中で見たそのユールは、最期の時、少し寂しそうで…でも穏やかに微笑んでいた。
《泣かないで、また会えるから》
最後にそう残し、息を引き取った。
そう…確かに彼女は、また会えると言っていた。
「考えろカイアス。巫女が生まれ変わるのは、エトロの呪いなのか?」
蹴り飛ばされ、波に膝をつくカイアス。
ノエルはそんなカイアスに歩み寄り、剣を突きつけ尋ねた。
生まれてきて、望まぬままに時を視て…命を削られ若くして死ぬユール。
どうして私なのだろうと、そう思う事も…きっとあっただろう。
だけどユールは、そんな自分の転生を…どう思っていたのか。
「ユールは本当に転生を望んでなかったのか?…そうじゃない。転生は、ユールの意志だ。あいつは息を引き取る度、自分の意志で帰って来たんだ。次の命も長くは無いとわかっていても、それでも…ただあんたに会いたくて、何度も生まれ変わったんだ!」
カイアスがユールを想うだけ、ユールだって、カイアスを大切に想ったはずだ。
ひとりひとり異なっていても、カイアスを想う気持ちだけは…きっと、一貫している。
ただ、カイアスにもう一度。
…そう、願う。
大好きな、大切な人にもう一度会いたい。
ユールがどれほど、カイアスを想っていたかはわからない。
だけどここにいる皆…その気持ちは知っている。
それぞれに…一緒に、傍に居たいと願う人がいる。
凄く、単純だけど…心から願ってる。
ノエルのその言葉を聞いたカイアスには、一瞬動揺が見えた。
だけどカイアスは、それを受け止めようとはしない。
「っ、綺麗事をほざくな!!」
ガキン!!
また激しく、ノエルとカイアスの剣はぶつかり合う。
ユールの気持ちを信じないカイアスに、ノエルはギリッと歯を食いしばった。
「どうして信じないんだー!!!」
強い、叫び。
ノエルは叫びながら一気にカイアスを押し返した。
そして、弾き飛ばしたカイアスの剣。
その瞬、カイアスに一瞬の隙が生まれた。
「ノエル…っ!」
思わず彼の名を呼ぶ。
どうして口にしたのか、理由を言えと言われると…答えられないかもしれない。
ただ、生まれたその一瞬は…何かの転機。
運命の変わり目に違いは無かった。
ノエルは二刀流。
カイアスとは違い、ノエルにはまだ一本…刃が残っている。
ノエルがその転機の逃すことは無かった。
「ッうあ…」
ノエルは一気に、左手のナイフを振り上げた。
それは渾身の一撃。
刃はカイアスの胸を捉え、カイアスは呻き声を漏らす。
そして、カイアスの身体は崩れ落ちていく…。
「ノエル…」
「…倒した…?」
海に倒れ込んだ…カイアスの身体。
セラとあたしは、そんなカイアスを見下ろすノエルの背を…じっと静かに見守っていた。
To be continued
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