いつかセラは言っていた。
自分は、姉は生きていると信じていながらも…ただ、くすぶり…待っている事しか出来なかった。
しかし、そんなの自分のもとへ…大きな転機を与える人物が現れた。
彼が、くすぶっていた自分に…手を差し伸べてくれた。
ノエルが、自分自身の足で探しに行くという、踏み出す切っ掛けを与えてくれたのだ、と。
「ここって…ここが、ノエルの世界なのかな…ナマエ」
「…なんか、何もない世界だね」
ヴァニラとファングの導きにより、いつわりの夢から抜け出すことの出来たあたしとセラ。
あたしたちはもうひとりの大切な仲間であるノエルも救うため、彼の夢へと足を着けた。
辺りを見渡して、まっさきに思った事は…草木の緑もない、何もない世界。
それは…ノエルの無くした記憶。
遠い遠い想い出の世界に、ノエルのは夢を見ていた。
「やばかった…やっぱきついな、ひとりだと」
セラと二人で少し歩いて、やっと見つけたノエルの姿。
彼は横たわるベヒーモスにもたれ掛り、大きく息を切らしていた。
恐らく、今仕留めたところなのだろう。
ハンターだと言っていたし、その察しはすぐについた。
だけど…ひとりだとキツイと言っているところを見ると、いつもはひとりではないのかもしれない。
「ノエル…!」
「ノエル!」
ひとまず、ふたりで声を掛けてみた。
だけど声は届いていないのか、ノエルは振り向むいてはくれない。
彼は横たわるベヒーモスに目をやり、満足そうな笑みを浮かべていた。
「誕生日のお祝いは、これで充分かな」
そして、彼はあたしたちとすれ違い、過ぎ去って行ってしまう。
きっと、声が届いていないように姿も見えてないのだろう。
あたしたちに目を向けることなく、彼はその場を走り抜けていった。
「あっ、ノエル!」
「…完全に聞こえてないね。にしても…誕生日、か」
「ねえ…ナマエ」
「うん。追いかけようか」
駆けていく背中にセラが声を掛けても、やっぱり届いてはいなさそうだった。
そんな中であたしが気に留めたのは誕生日というワードだった。
お祝い、と言うからにはノエルではない誰かの誕生日だということ。
…ノエルは、自分を最後の人間だと言っていた。
つまりこの世界には、まだノエル以外の誰かが生きている。
とりあえず、ノエルを見失っては元も子もない。
だからあたしとセラもノエルを追って駆け出した。
そして辿りついたのは、ひとつの小さな集落だった。
「カイアス!」
「仕留めたか」
「俺、ひとりでな」
集落に辿りついたノエルが一番に声を掛けた人物…それは、カイアスだった。
まるで、今まで会ってきたカイアスが嘘みたい。
そこには、穏やかな表情でノエルに応えるカイアスの姿があった。
「…なんか、仲良さそうだね」
「うん。別にノエルのこと疑ってたわけじゃないんだけどさ…一緒に暮らしてたって、本当だったんだね」
そのカイアスを見て、あたしとセラは当然驚いた。
そう、別にノエルの事を疑っていたわけでない。
ただ、目の前にしてみて…実感したと言うか、そういう感じだった。
だってカイアスと言えば、あたしたちにあんな穏やかな笑みを向けてくれたことなどなかったから。
この様子を見てみると、ノエルがカイアスを前に動揺したり、自分を知らないなんて嘘だと思うであろうことも凄く納得がいった。
「腕を上げたな。だいぶ苦戦したようだが」
「してないって。全然余裕。楽勝すぎて退屈だった」
「ふふ…頼もしいな。もはや、一人前の守護者だ」
守護者。
その言葉に、あたしとセラは少し顔を合わせた。
ノエルの言う守護者とは…おそらく時詠みの巫女を守るという守護者の事だろう。
確か、ノエルもカイアスも…守護者だったと言っていた。
「ただの一人前じゃ嬉しくないな。あんたを超えなきゃ意味がない」
「ああ、超えて見せてくれ。君には挑戦する資格がある。私に勝って、巫女を支える誓約者になるがいい」
カイアスはノエルに期待を込めるようにそう言った。
巫女を支える誓約者。
初めて聞く言葉が出てきた。
「私も前代の誓約者を倒したんだ」
「そいつはどうなった?」
「殺した。誓約者はこの世にひとり。それが掟だ。ノエル、私を超えたければ、私を殺せ」
なんだか、なんとも物騒な話をしていると思った。
こんなに親しげに話しているのに、殺せ、だって。
普通に知り合いと話してて、そうそう出てくる単語じゃないだろうに…。
でも、カイアスのその様子にはノエルも同意しかねるみたいだった。
ノエルは呆れ気味にため息をついた。
「出来るかよ。俺はあんたに勝ちたいだけだ」
殺すつもりはない。殺したくなんかない。
そうノエルは首を振った。
セラはそんな彼が心配なのか、一歩、ゆっくりと彼に歩み寄ろうとした。
…すると、どうだろう。
カイアスの姿はぱっと…その場から消え去ってしまった。
その様に、ノエルは「あ…」と切なげに声を零す。
「…なんでだよ。俺、まだあんたに勝ってない…。勝手に消えんなよ…」
ノエルはガクリと膝をついた。
ノエルは、カイアスより強くなりたくて剣の修業を始めたのだと言う。
真似じゃ勝てないと思ったから二刀流したり…そこには色々な努力があったようだ。
カイアスを殺さなきゃ、誓約者にはなれない。
それは、昔の誰かが決めた…古い掟。
ノエルはそんなもの、守る気はさらさらなかった。
ただ…彼は、誓約者に与えられる、混沌…カオスの力が欲しかった。
そして…カイアス・バラッド。
彼と肩を並べて、ふたりでユールを守りたかった。
なのにカイアスは、追いつく前に…ノエルの前から姿を消してしまった。
「ただいま!」
「おかえり、ノエル。狩り、どうだった?」
そしてまた、歩き出す。
すると、次に会ったのはユールだった。
ノエルが声を掛ければ、彼女もまた、優しい笑みでノエルに応えた。
…カイアスと同じ。
このユールは、ノエルを知る…彼の時代のユールだった。
「大物仕留めたぞ。今日はユールの大事な日だろ?」
「私の誕生日、覚えててくれたんだ」
「当たり前だろ。今夜はお祝いだ」
どうやら誕生日はユールのものだったらしい。
ユールを祝うために、ノエルはベヒーモスを仕留めていたというわけか…。
本当に仲がいいのだろう。
自分の誕生日を覚えてくれていたノエルに、ユールも嬉しそうにしていた。
「昔みたいに、もっと大勢で祝いたかったな。3人だけじゃ、逆に寂しいか」
「ううん、そんなことない。寂しくなんかないよ。ノエルとカイアスがいてくれるから」
「なら、いいけど」
たった、3人だけの世界。
そんな世界…想像してみても、到底わかりえるものではないと思った。
どれだけ静かで…傍に居る人を、どれほど尊く感じるのか。
今度はあたしが、そんなノエルの傍に一歩歩み寄った。
だけどまたその瞬間、先ほどのカイアスと同じようにユールの姿も消えてしまった。
「ユール!」
ユールを呼ぶノエルの声だけが、虚しくその場に響き渡る。
残されたノエルは、呆然とその場に立ちくしていた。
あたしとセラは、また顔を合わせた。
「セラ…。あたしの夢ってさ、すっごく都合がいい夢だったんだよね」
「え?」
「ライトがいて、ヴァニラもファングもいて。ホープにも…僕の時間は止まってたなんて…そんなこと言わせないだろう、そんな世界。ファングに欠伸が出そうなほど平和ボケしてるって笑われた」
「……うん。私の世界も、そう…変わらないよ」
セラは頷いた。
セラの夢は、スノウとちゃんと結婚していて…ライトも傍に居る。
そんな優しさに溢れた幸せな世界だった。
あたしも、皆がちゃんと一緒に帰ってきて…ホープが傍に居て、自分も傍に居られる…優しい世界。
そう、あたしたちは幸せで理想的な夢を見ていたのだ。
だけどじゃあ、ノエルのこの夢は何だろう。
どうして、彼の夢だけこんなにも悲惨なものなのだろう。
「ねえ、セラ。…ノエルはさ、この時代に生まれて、それで育ったわけだよね」
「うん…?」
「ノエルの夢は、自分以外の人が生きている世界って言ってたよね。だからノエルには、これが想像できる…最大限の幸せな世界なのかもしれない」
「…そんな…」
過酷な世界で育った彼は、仲間と共に生きていられるという事実が…想像できる最大限の幸せ。
そして、幻は…現実が触れれば消えてしまう。
だから現実であるセラやあたしが近づけば、幻は壊れて消えてしまうのだろう。
「私を殺す気になったか」
「なるかって!ユールの誕生日なんだから、物騒な話はよせよ」
また歩いて、再び会いまみえたカイアス。
彼はノエルの言う通り、凄く物騒な話題を口にしていた。
ノエルにとってはもともと乗り気ではない話。
加えて、確かに誰かの誕生日にするような話では無い。
「殺す気はともかく、勝つ気はある。だから明日だ。あんたに勝って、俺は誓約者の力を頂く。俺とあんたでユールを守って旅しよう」
「何のための旅だ?」
「仲間を探すに決まってるだろ。きっと…きっとまだどこかに大勢生き残ってる。他に生きてる人が見つかれば、ユールも寂しい思いをしなくて済む」
ノエルらしい、優しい提案だった。
カイアスをなんとか説得しようと、ノエルは希望を探して言葉を並べていく。
しかし、それを聞くカイアスは冷ややかな目をしていた。
「それが虚しい希望だと君もわかっているはずだ」
冷たい否定に、ノエルは目を伏せてしまった。
「もう、どうにもならないのか?」
「ひとつ方法がある」
諦めたくないノエルに、カイアスが希望を匂わす言葉を呟く。
ノエルはカイアスを見つめ、言葉を待つ。
「私を、殺せ」
そして低く囁かれたのは、またその言葉。
ノエルはうんざりしたように首を横に振った。
「またそんな話か」
「我が胸にあるのは、混沌の心臓。女神エトロの分身だ」
カイアスの言葉に、ぴくっと自分が反応したのがわかった。
エトロ…。
まさか、ここでその名前を聞くことになると思わなかった。
自分に多少の関係はある事だからか、エトロの話は詳しく聞いておきたい。
自分の胸に触れるカイアス。
混沌の心臓…女神エトロの分身…。
「この心臓が止まるとき、女神もまた死を迎える。女神が死ねば、ヴァルハラの混沌が解放される。それは歴史を歪め、過去を破壊するほどの力だ」
そこまで聞くと、セラの顔色が少し変わった。
その顔を見てなんとなく察する。
多分セラも夢に落ちる前、カイアスに何か言われたんだ。
あたしも、あの時カイアスに言われたことを思い出していた。
カイアスの目的は…ユールの為に、歴史を壊すこと…?
「わけがわからないな。あんたを殺せって言われても、出来るわけないだろ」
ノエルが首を縦に振ることは無かった。
カイアスを殺める意志など、ノエルが持つことは無い。
しかし…カイアスの方は、どうあってもノエルに自身を殺させたい…そんな風にも見えて。
「出来なければ…死ぬのは君だ」
「…!」
あろうことか、カイアスは背に携えた大剣へと手を伸ばした。
向けられたのは先は、勿論ノエル。
突然のことに、ノエルは目を見張って咄嗟に剣と盾にして受け止めた。
「ノエル!」
「駄目…!手伝えないよ、セラ!」
「そんなっ…」
有無も言わさず襲ってくるカイアスに、ノエルは応えるしかない。
カイアスは本気だったから、ノエルも本気で応えるしかなかった。
だけど、やっぱりノエルにはカイアスを殺す気持ちが無かったからか、純粋にカイアスが強かったからか…それはわからないけど、結局、ノエルがカイアスを殺すことは叶わなかった。
「やはり今の君には無理か」
肩で息をするノエルを、平然とした声で見下ろすカイアス。
「あんたを殺すとか…歴史を歪めるとか、わけわからねえ…。そんなのどうせ、ユールが悲しむだけだ」
「悲しませても救えればいい」
カイアスはそう言葉を吐くと、ノエルを置いたまま歩き出した。
まるで、何かに諦めて、捨てたみたいに。
そんなカイアスをノエルは慌てて止めた。
「どこ行くんだ?ユールを見捨てるのか!?」
「ヴァルハラへ行く。この手で女神を殺し、ユールを解放する」
…ヴァルハラへ行く。
ノエルにそれだけ残すと、カイアスは此処から去って行った。
言葉通りなら、本当にヴァルハラへ…。
確かにカイアスの姿はヴァルハラにあったことがある。
それで…ライトと剣を交えていた。
…カイアスはこの時代、この瞬間に…ヴァルハラに赴いたのだろうか。
確信は持てないけれど、可能性は大きいと思った。
でも、今はとりあえず置いておこう。
これはあとで…セラとノエルと、一緒に考えるべきことだ。
今は…そう。ノエルの傍に寄り添う事が先決。
カイアスが去ったこの世界は…ノエルとユール、たったふたりだけの世界となってしまった。
そして…ノエルの記憶に残っていた、悲しい別れの瞬間は…ほどなく、あっという間に訪れるのだった。
To be continued
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