『ねえねえ、ナマエ!ナマエのその指輪ってさ、ホープから貰ったんでしょ?』
「へ?」
夢の中。夢だけど現実な、そんな不思議な世界。
その中で久しぶりに再会したヴァニラとファングは、ずっと会っていなかったけど相変わらずで、凄く自然に話すことが出来た。
ヴァニラに聞かれたこんな質問も、前と何一つ変わらない。
あの時のまま。明るい、いつものテンションだった。
「ああ、うん。そう、ホープがくれたんだ」
左の薬指をちらりと見つめ、正直に頷いた。
いや、そりゃ照れくささはありますよ。
だけど、誤魔化しても別に意味なんてないし。
するとヴァニラはパアッと凄く楽しそうな顔をした。
『わあ!そっかそっか!』
「な〜にその反応?」
『え〜?ふふふ。うんうん、ホープも頑張ったんだねえ!…ってカンジ?』
「…はい?」
『だって私、ホープに応援するからねって言ってたもん』
「は!?」
とてもにこやかな顔で、そう言ってくれたヴァニラ。
応援するからね?
なんだそれは。初耳だぞ…!
あの旅の時、ヴァニラは何かとこの話題をあたしに振ってきたりはしていたけど。
つまりホープはヴァニラに何か相談してたって事?
「まじか…。あ、でもヴァニラが何かとあたしにホープの話してきてた事に納得がいったわ…。そういうことか…」
『あはは!まあ、私が楽しいからってのが大きかったけどね〜』
「…でしょーねえ、すっごい楽しそうだったもん」
『えへっ!でも、純粋に応援してた気持ちも本当だよ!ふたりがくっついてくれて、本当に良かった!』
「…ヴァニラ」
笑って、そう言ってくれたヴァニラ。
彼女の笑顔に、偽りは無かった。
本当に、彼女は喜んでくれているんだ。
その気持ちには、素直に凄く嬉しいこと。
「…ありがと」
だからあたしも、小さくお礼を伝えた。
するとその瞬間、ぽすんと頭に触れた手があった。
『色々、吹っ切れたんだな?心、すっきりしたか?』
「ファング…」
それはファングの手。
そのぬくもりに、あたしは以前のファングとの会話を思い出していた。
ファングは、自分の傍にいる人を…何より大切に想っていた。
仲間がシ骸になることを…何より一番恐れていた。
それは、コクーンと言う世界に…他の皆よりは愛着がないという、そんな背景からくる心情だった。
そしてそれは、あたしもなんとなく…理解できる感情ではあった。
だからファングは、あたしが元の世界のことをずっと胸に引っ掛けている事、凄く気にしていてくれた人だと思う。
「うん。もう、ずっとホープの傍にいるって決めたよ」
だからそうやって、ちゃんとニッと笑ってみせた。
もう、心を決めたと。
生涯ついて行く人を決めたのだと。
だけど、そんなに真っ直ぐ返すとは思わなかったのだろうか。
そう言ったときのふたりの反応はちょっと面白かった。
『!、…おおっ…!』
『ははっ!清々しいな、ホント!ああ、いいんじゃねの?結構見どころある奴だと思うぜ?』
「えへへー!でっしょー?」
なんか、ここまでくると照れとかどっかいってくれた。
存分に惚気てやりましょうぞ!って感じ?
だって本当に、すべて本音に変わりないのだ。
生涯ついていけると、信じられると思えた人。
本当に、最高の人だと思うのです。
『んじゃ、ホープのところに戻るためにも、未来を掴むためにも…こっからが正念場だ。ほら、助けに行くぞ』
「うん…!」
ファングが、握っていた槍を大きく振り下ろす。
すると空間が裂け、そこにぱあっと光があふれだした。
なんとなくわかった。
その裂け目が、誰かの終わらない夢に続いているのだと。
あたしだけじゃなくて、セラもノエルも夢の中にいる。
ふたりも早く助け出さなくては。
ヴァニラとファングの手を握り、思い切ってその中に飛び込む。
するとたちまち目の前の景色は形を変え、広がる世界は一気に変わった。
『ついたよ、ナマエ』
「ここって…」
辿りついた夢の中を、あたしはきょろっと見渡した。
…ここは、見覚えがある。
そこは、あたしの記憶にある…とある集落に良く似ていた。
「…ネオ・ボーダム…?」
そこは、スノウやセラをはじめ、ノラの皆が中心となり造り上げた集落…ネオ・ボーダムに良く似ていた。
いや、似ていると言うより…そのままだった。
『ナマエ、ほら。見てみろ、あそこ』
「え?あ…」
あたしたちが村を見ているのは、村の中からではなく上空からだった。
物凄く不思議な感覚だけど、村を一望して見られるような…そんな感じ。
そうして一望できる中で、ファングに突かれ教えてもらったところには、セラの姿があった。
「セラ…」
名前を呼んで見たけど、セラには届いていないみたいだった。
セラは、戸惑いがちに村の中を歩いていた。
村や、ノラの皆に話を聞いて、今の状況を探ろうとしているみたい。
多分、セラもヒストリアクロスで逸れた後に何かカイアスに嵌められたのだろう。
彼女の戸惑いからは、そんな様子が伺えた気がした。
『終わらない夢は、自分では決して目覚められない。だけど、自分からも目覚めようとしなければ…助けの手を差し伸べる事も出来ない』
「自分からもって…セラが覚めようとしなきゃってこと?」
『そう。ナマエを助けられたのだって、ナマエが夢の中でホープの手を取らなかったからだよ。ナマエが自分から立ち上がったから、私たちも助けられたの』
『セラも同じさ。自分から夢を否定しねーと、私たちは手を出せない。しばらくは、見守ってるしか出来ねえな…』
「…そっか」
セラが、自分から夢から出ようという意思を持たなければならない…。
それを聞いたあたしは、セラの姿をじっと見つめてぎゅっと手を握りしめた。
セラは戸惑ったまま、ゆっくりとノラハウスへと足を動かしていた。
「おかえり、セラ」
そして、そこでセラを待っていた人がいた。
それは、セラがライトニングと同じくらいに会いたいであろう人…。
「スノウ!?どうして、ここに!」
揃いのネックレスが揺れる…彼女の婚約者、スノウ。
セラが村を出た時点で村に居るはずのない彼の姿がそこにはあった。
当然、セラは驚いた。
だけど逆に、スノウはあっけらかんとしていた。
「ひでえな、自分ちに居ちゃいけないのかよ」
「だって、お姉ちゃんを探すって出て行ったじゃない!」
「変な事言うなあ。義姉さんがいついなくなったよ?」
「えっ?」
噛み合わない会話。
ライトはいなくなっていない。
そうなれば、当然…スノウもいなくなっていない。
「義姉さんは俺らが結婚してから、ずっと一緒に暮らしてたろ?」
結婚してから…。
つまり、婚約が保留になっていない…。
あの日のまま…ライトが「おめでとう」とほほ笑んだ、あのままの未来…。
そうか。
これが…セラの望んだ世界のかたち…。
ここまで見てみて、この世界がどういう世界なのか…その姿が見えた気がした。
「今日、変だぞ?」
「どうして…、っ!」
「セラ!?おい!」
混乱したセラは、スノウの静止する声も聞かずに家を飛び出していった。
そうして外に出た彼女の目に映り込んだもの…。
それは、人々が消え、歪んでいく世界だった。
皆、村の人が消えていく…。
恐怖に包まれ、不安が募っていくセラ。
セラは恐怖に襲われながら、必死に村を探索していく。
するとその中で、桟橋の上に…ある、ひとつの人陰を見つけた。
「…お姉ちゃん…?」
桟橋の上、セラはゆっくり歩み寄り…その背中に声を掛けた。
自分と同じ髪色。
軍の制服に身を包んだ、しなやかな女の人。
セラの声を聞いた彼女は、ゆっくりと振り向き、そして優しい笑みを浮かべた。
「おかえり、セラ」
笑みに似合った、優しい声色。
それは、セラが探し求めた…姉、ライトニングの姿だった。
自分だけが覚えていて、帰ってきたはずなのに…ずっとずっと、会えなかったお姉ちゃん。
久しい姿とその声に、セラの声は震えていた。
「どうして、ここにいるの?」
「お前が望んだんだ」
セラの問いに答えながら、ライトはまた優しく笑う。
「歴史を変えて、帰ってきたんだ。危険な旅をさせて、すまなかった」
甘く、優しい世界。
ライトの声に、あたしも心臓が早さを増していくのを感じた。
なんて、優しい夢。
此処には…セラの望むもので溢れている。
こんな夢を見させるなんて、セラには酷く辛い話だと思った。
だけど、彼女はこれを…自分の意志で否定しなくてはいけない。
「セラ…!」
あたしは祈るように両手をぎゅっと握りしめた。
頑張れ。
負けないで、セラ…!
声が届かないならせめて、負けるなと祈る…。
だけど逆に、それしか出来ないと言うのは、なんてもどかしいのだろうと思う。
「帰ろう、セラ。家族が待ってる」
ライトの、優しい声。
それは最後の、トドメにも近い言葉だった。
言葉と共に差し伸べられた手が、セラの瞳に甘美に映る。
「…うちに、帰る…?」
セラの足が、ゆっくりとライトの方へ動き出す。
「そうだよね…。私…ここに帰ればいいんだ…」
受け入れたら、全部終わる。
時を巡る旅は…その幕を閉じる。
ライトがいる。スノウがいる。皆がいる。
懐かしくて、あたたかくて、穏やかな世界。
セラが夢見た幸せな世界…。
セラの手が、ライトの手のひらへと伸ばされる。
触れてしまえば、幸せな夢が待っている。
だけどセラの手は、ライトの手に触れる直前に…ぴたっと止まった。
そしてゆっくりと首を横に振り、ライトに静かに答えた。
「ごめんね、お姉ちゃん」
きっぱりと、凛としたセラの声がライトの手を否定した。
きっと、セラは忘れなどしなかったのだ。
ここまで共に戦ってきた、大切な人たちの事を。
するとその瞬間、ライトの顔から笑みがぴたっと消えた。
「あっ…!」
セラは小さく悲鳴を上げた。
笑みの消えたライトの顔は、まるで時が止まったかのようにそのまま張り付いた。
そして、そんな彼女の体から黒い靄が吹き出し、それがセラの体を包むように襲い掛かった。
視界が黒くなっていくセラ。
そんな状況に、セラはたちまち悲鳴を上げた。
「ひっ…嫌っ!!!」
それを見た瞬間、あたしは祈るのをやめて口を開いた。
今なら、絶対に届く。
そんな確信が、あった気がしたから。
「セラ!」
『負けないで!』
あたしの声を支えるように、ヴァニラも声を添えてくれた。
あたしはヴァニラと目を合わせる。
そして互いに頷きあうと、ふたりで懸命にセラに呼びかけた。
「セラ!セラー!」
『頑張って、セラ』
多分、声が届いたのだろう。
セラは、ハッと顔を上げた。
そしてきょろっと辺りを見渡すと、声を探すかのように桟橋から駆け出す。
あたしはヴァニラに手を引かれ、セラの夢の大地へと足を着けた。
そして導くように、セラのことを呼び続けた。
「セラ!早く来て!セラ!」
セラが走ってくる。
そして、彼女の姿がちゃんと…見えるところまで来たとき。
「セラー!!」
見えた親友の姿に、あたしは大きく手を振った。
それが彼女にも見えたのだろう。セラの瞳は大きく見開かれた。
「ナマエ!…それに、ヴァニラ…本物、なの!?」
駆け寄ってきたセラは、あたしの隣に立つヴァニラを見て驚いていた。
まあ、そりゃそうだろう。
あたしだってすっごく驚いた。
だから、セラの気持ちはよくわかる。
ヴァニラは、そんなセラに小さく笑うと簡単に今の状況を伝えた。
『えーと、本当の夢、って感じかな?私はクリスタルになって夢を見てる。セラも終わらない夢を見てる。だから、夢見てる同士繋がったんだよ。ナマエは、現実だけどね』
「えへへ!逸れたときはどうしようかと思ったけど、ちゃんと会えてよかったよー!セラー!」
「…ナマエ。うん、良かった…。でもやっぱり、これは夢なんだね。…ヴァニラも、どうしてここに」
『助けたくてよ!』
そして、力強い声がその場に響いた。
あたしとヴァニラはその声にぱっと顔を上げる。
しゅっと…光の中からファングもその場に姿を現し、セラに笑みを向けた。
そう言えばセラとヴァニラが会ったことあるって言うのは聞いてたけど、ファングとは初対面かもしれない。
『ファングと会うのは、初めてだったね』
「うん」
「あ、やっぱそうだよね!じゃあ、ご紹介!我らがファング姐さまだよ、セラ!」
『おい、ナマエ。なんだその説明はよ』
ヴァニラに便乗するようにして、にひーと笑って紹介したら、ファングに頭を小突かれた。
えー。だってファングもライトもなんか姐さん!って呼びたくなるじゃない。
まあ、こんなふうにちょっとのおふざけもいいでしょう?
だからあたしは「へへ」と小さく笑っておいた。
でも、そうふざけてばっかじゃ駄目なのはわかってる。
だからこっからはちゃんと真面目な話だ。
あたしたちはきちんと、今の状況をセラに伝えた。
「セラの事、助けに来たよ」
『ああ。あんたを夢から連れ出しに来たんだ』
『時の狭間の夢は、終わらない夢。助けがないと、永遠に目覚めないの』
『だから、手助けに来た』
ファングはまた大きく槍を振るった。
先ほどのように空間を割かれ、またまばゆい光が溢れだす。
これで、セラの夢の終わりは見えた。
「ありがとう…!」
『手、貸しただけさ。あんたがあのまま夢に浸っていたらどうしようもなかった。自分の意志で偽のライトニングを否定したから、うちらが助けにこれたんだ』
「ついて行きそうになったけど、思い出したんだ。お姉ちゃんはヴァルハラで戦ってる。スノウもホープくんも、それぞれの場所で戦ってる。私だけ現実から逃げたりできないよ」
『それでいい。今度はあんたが助ける番だ。夢に囚われてる奴が、もうひとりいる』
セラの強い意志に頷いたファングは、次にすべきことをセラに告げた。
夢に囚われる、もうひとり。
それを聞いたセラはハッとして、あたしに目を向けてきた。
その視線を受け取ったあたしもコクンと頷いた。
ノエル。
あたしたちのもうひとりの大切な仲間…。
『迎えに行ってあげて。ナマエとセラなら、きっと助けられる』
ヴァニラがそう言ってくれた時だった。
その時…ヴァニラとファングのふたりの体が、突然光ってその場から消え始めた。
「…ヴァニラ!ファング!?」
その光景に、あたしは思わず息をのんだ。
ふたりが、消えかかってる…。
目に映ったその事実に、胸の奥がぐっと掴まれたような感覚に陥った。
薄れる自分の姿を見つめ、ファングもまた小さく舌を鳴らした。
『チッ…限界だな』
「限界って…ファング…っ」
『そろそろ帰らなきゃ。ナマエ、頑張ってね』
「ヴァニラ…」
『じゃあな。ナマエ、しっかりやれよ。またな』
「あっ…!」
手を伸ばす。
でも、ふたりの姿は…ふわっと、どんどんその場から薄れて…。
わずかに残った光も少しずつ、煌めいて…消えて、無くなった…。
「ナマエ…」
呆然と、その光を最後まで見ていたあたしの肩にセラの声が触れた。
折角また…会えたのに。
一緒にいられた時間は、あまりにも短いものだった…。
「…あたしも、終わらない夢を見てたから…ふたりに助けてもらったんだ」
「うん…」
小さく呟く。
セラは頷いてくれた。
ヴァニラ…ファング…。
あたしはゆっくりと目を閉じて、今の、ふたりに会えた時間を心に刻み込ませた。
「絶対、助けよう。ナマエ」
セラは優しく、でも強くそう言ってくれた。
「うん」
あたしは頷いた。
そして、瞳を開くと…くるっとセラに振り返った。
「よし、セラ!行こっか!」
「…うん!」
あたしはセラに手を伸ばした。
そうして見たら、なんだかさっきの偽のライトを思い出した。
だけどセラは、一瞬も迷うことなくあたしの手を掴んでくれた。
あたしたちは手を繋ぎ合う。
そして一緒に、同じ方を見て前を向く。
ノエル、待っててね。
あたしとセラは、共に夢の出口へと歩を進めた。
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