カイアスが去り、世界に残されたのはノエルとユールだけ。
たった、ふたりきりの世界。
静かで…とても寂しい、悲しい世界。
しかもノエルは以前、ユールを守ることが出来なかったと言っていた。
いつか彼の目の前から…ユールも消えてしまうのだろう…。
なんて残酷だと思いながらも、あたしとセラは…その事実を確かに彼から聞いてしまっている。
そしてその瞬間は…ほどなく、あっという間に訪れてしまう。
「ユール。おい、ユール!」
ユールは予言の書の前に跪き、手をかざして何かを記録していた。
ノエルはそんな彼女の横に腰を下ろして、彼女の顔を覗き込んだ。
その時のユールの顔は青白く、ぐったりとしている様子が簡単に見て取れた。
ノエルは焦ってユールに呼びかけた。
だけど、彼女の体からは力が抜けていってしまう。
ぐったりと崩れ落ちた彼女の体ノエルはを抱き留めて支えた。
ユールはうっすらと瞼を開くと、自分を支えるノエルの顔を見つめた。
「ノエル…わかってたけど、さよならって怖いね…。もう少しだけ、一緒に居られたら…」
とても悲しそうで、か細い声。
ユールのその弱々しい声に、ノエルの瞳から涙がこぼれた。
頬を伝うノエルの涙…。
ユールはそっと手を伸ばし、涙に指先で触れる。
そして、最後に優しく…穏やかに微笑んだ。
「泣かないで。また、会えるから」
ユールの体から力が抜け落ちる。
静かに…指先が落ちていく。
その言葉を最後に、ノエルの腕の中で、ユールはゆっくりと息を引き取った。
その体は光の粒へと変わり、空に少しずつ消えていく。
ノエルは涙をためた瞳で、その光の行方を追いかけていた。
「ノエル…」
セラが辛そうに胸を押さえた。
また、世界が静かになる。
カイアスが去り、ユールを失い…ノエルは世界にひとりきりになった。
「……。」
だんまりとしたまま。
ノエルはゆっくり立ち上がると、やはりあたしたちに気が付くことは無く、ふらふらとその場を後にしていった。
そんな彼は、ひとり、旅に出た。
荒廃した世界に、たったひとつの足音だけが響いていく。
カイアスのように女神エトロに認められた戦士になれば、運命を変える力が手に入るんじゃないか。
そんな微かな希望を胸に秘めて、ノエルはヴァルハラへの道を探し始める。
あたしとセラは、そんなノエルの背中を一緒に歩いて追いかけた。
「ノエル…相当疲れてるね…」
「うん。今にも壊れちゃいそう。それくらいきっと、脆くなってる感じ…」
セラと共に眺めたノエルの背中は、寂しさに溢れていた。
ノエルは、どれくらいの時間…ひとりで歩いていたのだろう。
どこまで行っても世界には何もなくて、誰も、人も見つからない。
あたしはノエルじゃないから、彼の心の全てはわからない。
だけど、この状況がいかに辛くて苦しいのか、それを想像することは出来た。
例えば、そう…。
ルシの旅をしていた時、グラン=パルスで…ホープとふたりきりになったとしたら?
そして、自分の腕の中で…ホープが死んでしまったとしたら。
大切な人たちが消え、世界で…たった一人きりになる…。
…それは、きっと…恐ろしく苦しい。
だから、早くこんな夢からは目覚めさせてあげなきゃいけない。
「…ひっどいよね、ノエルも」
ちょっと、突拍子ないかもしれない。
だけどあたしは彼の背中を見て、そう言った。
するとセラは驚いたようにあたしの顔を見てきた。
「え…っ?」
戸惑ったセラの顔。
まあ、これだけじゃ言葉として不十分だね。
あたしはそんなセラに視線を返しつつ、にこっと笑ってみせた。
「だって、ずっと忘れられてるんだよ」
「え…?」
「あたしたち!いつまで忘れてんだってこーと」
「…ナマエ…」
「ナマエちゃん、さすがにそろそろ拗ねますよってね」
唇を尖らし、ちょっぴり零したそんな不満。
それからふっと穏やかに笑う。
「………ふふ、うん。あは、そうだね!」
するとセラも、クスッと笑って賛成してくれた。
だって、そうでしょ?
忘れられたままは、やっぱりちょっと…いや、かなり不満なのです。
「あたし、ノエルのこと好きだもん」
隣にいるセラと、歩いていく彼の背に向かってそう言った。
そう。
あたし、ノエルのこと大好きだよ。
だって、いつだって君は助けてくれた。
男の子ひとりだったからって言うのもあるかもしれない。
だけど、君はいつもセラとあたしを守るように、庇って戦ってくれていた。
そうやって、いつも気遣ってくれていた。
アガスティアタワーの封印された歴史の時だってそうだ。
ホープが死んだ歴史を見てパニックを起こしたあたしに、肩を掴んですぐに励ましてくれたね。
だから、そんなノエルだから…あたしも助けたいと思うよ。
それに、楽しかったよ。
セラとモグとノエルと旅するの。
結構いいチームだと思うんだ。
「うん。そうだね。うん、ナマエ、いいこと言うね!そうだよ、忘れたままなんて、そんなの酷いよね」
「でしょ?よっし、じゃあセラ。ノエルに思い出させてあげようじゃんか!」
「うん!何が何でも思い出してもらおう!」
「おう!」
パン、と響いた音。
暗い世界など吹き飛ばすように、セラと笑って手を叩いた。
ねえ、こうやって…笑ってたよね、ノエル。
いっぱい笑って、たまにふざけて。
それで…心から、助け合っていこうって思える。
ねえ、だから…早く思い出してよ。
あたしとセラは互いに微笑み、そして頷き合った。
早くまた、一緒に笑いたいと思うから。
「う…っ」
旅の果て、歩き疲れたノエルはぐったりと膝をついた。
いつまで経ってもエトロは門を開かない。
探しても探しても見つからないヴァルハラの扉に…ノエルはついに力を失ってしまった。
歩けなくなって、体がだんだんと冷えていって…。
死ぬと言うことがどういうことなのか、わかりかけてきたノエル。
その時、ノエルのもとに天から光が差し込んだ。
まるでヴァルハラに招かれるかのように、ノエルの体が宙に浮かび上がっていく。
「「ノエル!!」」
あたしとセラは走りだした。
そしてふたりでノエルの名を叫びながら彼の手にしがみついた。
セラが右手。あたしが左手。
引き留めるように、連れ戻すように、懸命にノエルの手を引いた。
「私たちのこと、もう忘れた?」
「ねえ、早く思い出してよ!」
ノエルと同じように、セラとあたしの体も宙に浮かびあがる。
あたしたちはノエルの手を前へと持ってくるように、手を握ったまま彼の正面に回った。
すると、ノエルのうつろな瞳に、ちゃんとあたしたちの姿が映りこんだ。
「セラ…ナマエ…!?」
あたしたちを映したノエルの瞳。
ぼんやりした声が、はっきりとする。
我に返ったように、ノエルの瞳が見開かれた。
そしてちゃんと、あたしたちの名前を呼んでくれた。
あたしとセラはしっかりとノエルの手を両手で握り締め、彼に笑顔を向けた。
「ノエルは終わらない夢を見ていたの。優しい記憶だけで出来た、終わらない夢。壊したのは私たち、ごめんね」
「でも、もう一度ノエルに会いたかったから。一緒にちゃんと、本当に、現実で笑いたかったから。だから、迎えに来たんだよ」
ノエルは、セラとあたしが笑えるように願ってくれるでしょう。
あたしたちも願っているよ。ノエルが幸せになれるように。
君が大切なのだと。
君と一緒に最後まで進みたいんだと、そうやって気持ちを伝えていく。
すると、握った手を、ノエルの方も握り返してくれたのを感じた。
「夢はいつか覚める。教えに来てくれたんだな」
ノエルの瞳に力が戻った。
あたしとセラは、頷き返す。
するとその瞬間、浮かび上がったあたしたちの真下に、時空の歪みの魔物が現れた。
「一緒に進むしかないよ。ノエルの代わりも、ナマエも代わりも、どこにもいないんだから」
「ああ。同じ夢を見て、同じ時を旅した」
「未来を変えるために、ね!」
3人並んで、すたっ…と地面に着地する。
そして、魔物を目の前に対峙した。
いつも、こうやって戦ってきたんだ。
いつの間にか当たり前になっていたこと。
でも改めて実感すると、凄く心強いこと。
ノエルが走り出す。
セラが後方で弓を構える。
あたしは、そんなふたりに補助魔法を唱える。
いつか、スノウとサンレスで戦った時に思ったことを…今、ふたりに対しても思う。
どんなふうに戦うのか。何を求められているのか。
ふたりに贈るべき魔法が、自然とわかるようになっている。
セラとノエルと、一緒に最後まで歩いていきたい。
心の底からそう思えた。
そう実感出来た、そんな瞬間だった。
To be continued
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