仕組まれたゲート


「セラさんたち、ひょっとして」





アカデミー本部に戻ってきたセラ、ノエル、モグ。
ホープとアリサと一緒に駆け寄れば、彼らの手には、期待通りのお土産が握られていた。

グラビトンコア。
新しいコクーンを浮かべるための結晶は、見事に揃ったのだった。





「ありがとう…!セラさん、ノエルくん!これで…これで新しいコクーンを完成させることが出来ます!」





グラビトンコアを受け取ったホープは、いくつものお礼をふたりに告げた。

あ、凄く嬉しそう。
その顔は、誰が見てもそう感じられるであろう笑顔だった。

その証拠に、早速作業に取り掛かろうととモニターに向かったホープの背中を見て、セラがくすっと笑った。





「ふふ、ホープくん、嬉しそう」

「ああ。喜んでもらえると、集めてきた甲斐があったな」

「うん。本当嬉しそう。セラ、ノエル、ありがとうございました」

「ふふふ、うん!」

「おう、どういたしまして」





ホープの頼みを聞いてくれた。
でもそれは同時にあたしの願いでもあって。

あたしはちょっと大袈裟目に、ふたりに向き合ってぺこっと頭を下げた。
ふたりもノリ良く笑って頷いてくれた。

さあ…これでホープがこの時代に来た目的が前進した。

まだまだ、完成には100年と言う歳月を要するけれど…これで浮かぶ準備は整った。
あとは…その前に古いコクーンが崩れてしまわないか…。





「間に合わせます」





そんな不安を払拭するように、ホープは意志の強い声で言った。
あたしたちは、その意志を信じてその背中を見つめてた。

そして直後、アリサがまだ他にもいいニュースがあると、あたしたちに向かい明るく口を開いた。





「そうそう!街に不完全なゲートがあったの知ってる?あれが、ちゃんとしたゲートに戻ったの!」





街にあった不完全なゲート。
あたしは見てないけど、研究員の人たちに話は聞いて存在だけは知っていた。

ヒストリアクロスに出ることが出来ない不完全なゲート。
そんなのは今までに例がないことで、アカデミーでもゲートについては掴めていないことが多いのだとか。

だけどアリサによれば、それがきちんとした形に戻ったと報告があったという。





「結晶が揃って、未来が変わったからクポ?」

「かもね。ゲートの傍で、こんなものも見つかったわ!」





尋ねたモグに笑いながら、アリサはあたしたちにある物を差し出した。

それは不思議な光を放つ、あたしたちの旅にとってとっても重要な鍵。
あたしたちはアリサからそれを受け取りハッと目を見張った。





「オーパーツ!どの時代の鍵だろう?」





手にしたセラが、そう言ってノエルを見上げる。





「予言の書で見た、古いコクーンが崩壊する日かもしれない。カイアスが戦ってた」





ノエルは少し重々しい顔をしていた。
どこか緊張をしているような、そんな感じ。

予言の書で見た…コクーンの崩壊の日。

あたしはちはこれまで、いくつかの時代を巡ってきた。

そうして旅を続けて、そして…どことない手ごたえみたいなものを感じてた。
歴史が…大きく動き出している、と。





「決戦が待ってる?」

「最後の大勝負、ってとこだね」





ノエルに応え、セラやあたしも真面目に頷いた。

コクーンの崩壊。
その被害を最小限に出来れば、きっと未来は変わる。

人工コクーンを浮かべる手立てを見つけた今、破滅の未来は防げる。

だから、きっと…あと、ひとつ…。
次の時代にはきっと、何か大きな何かが待っている。

あたしは振り返って、ホープに目を向けた。
するとホープもその話を聞いていたのか、こっちに目を向けていた。





「一緒に戦いましょう。僕も別の方法で未来に向かいます。守りたいものは、そこにあるんです」





ヴァニラ。ファング。
そして…コクーン。

奇跡はあたしたちの得意技だよ。

時間だって超えた。未来はきっと変えられる。
また…本当の奇跡、起こしてみせる。





「もうすぐホープたちのコクーンが浮かぶ。俺たち、今まさに歴史を変えようとしてるんだな」





あたしはホープと別れ、再びセラたちと行動するパターンに戻った。
決戦を前に、アカデミアで少し装備を整えようとセラとノエルと街を歩く。

そんな中、ノエルが感慨深そうにそんなことを言った。





「…でも、ノエル、ナマエ…気にならない?もしかして、またカイアスに邪魔されるんじゃないかな?」





水を差すわけではないけど…と、少し控え目に答えたセラ。

確かに…カイアスがライトと戦いコクーンを落とそうとしているのなら、カイアスが人工コクーンの完成を黙って見てわけがない気もする。

あたしたちは一度足を止めて、ちょっと込み入った話をした。





「シ骸事件を起こしたのはカイアスの偽物だったよな?本物はなぜ手を出してこない?」

「んー。出されないと出されないで、なんか…ちょっと不気味?」

「…見逃してくれたのかな」

「かもしれない。あいつはユールを守るためなら、そうすると思う。俺、そのことでカイアスと喧嘩して…あれ?」





話の途中、ノエルが口にしようとした言葉を失ったように話に詰まった。





「…喧嘩なんか、したっけ…」





また、いつかのよう。
ノエルの記憶に霧がかかる。

ノエルは額に触れ、自分の記憶に頭を悩ませていた。





「うーん…なんなんだろうね、その記憶障害。体調とかは悪くないんでしょ?」

「…ああ、体は何ともない…」

「…思い出せないんだね、未来のこと。ノエル、どうしちゃったんだろ」





なんとなく、もどかしい気持ちになる。
だけどきっと、一番そう感じているのはノエル自身なのだろう。





「…未来で何があったんだ?ユールを守れなくて、ひとりで世界を彷徨って…ヴァルハラを出たときまでは、確かに覚えてたはずなのに」





ノエルの記憶が消える。
ノエルは未来の人だから、歴史が変わればその記憶も無いものとなる…?

そう考えれば…まあ、説明の出来ない話ではないのだろうけど。

歴史が変わろうとしているのなら…それは、あたしたちにとって喜ばしいこと?

はたしてそれは…喜んでいいことなのか。
今のあたしたちには、その答えはわからなかった。





「あ!ねえ、確かこの近くだよね?アリサが言ってたゲートのあるところって。あたし、見てないんだ。ちょっと見に行ってみない?」





なんだか少し、空気が重たくなっていた。
だからあたしはそれを振り払うように、ちょっと話題を変えてみることにした。

話のタネは、さっきアリサに聞いたゲートのこと。

提案すれば、ふたりも興味を示してくれたみたいだった。





「あ、そうだね!私も見たいな」

「ああ。俺たちもグラビトンコアを探しに行く前にチラッと見ただけだし、直ってるなら見に行ってみるか」

「んじゃ、行こ行こ!れっつらごー!」





アリサに教えてもらった記憶を頼りに、あたしは先を歩き出した。

場所は、アカデミー本部から見て左にある少し広めのスペース。
その中央辺りに、噂のゲートは存在していた。





「あっ!ねえ、あれ?」






恐らくそうだろうと確信しつつも、指を差して二人に聞いてみる。

いや、不完全だったっていうその状態を見ていなかったから。
だって、目の前にあるのは普通のゲートだ。

直ってるって言ってたんだから、そりゃそうだろうって話ではあるんだけど。

そんな、一応のあたしの確認にセラは「うん」と教えてくれた。





「そうそう、それ!本当だ、直ってるね」

「…決戦の時が近づいてる。ここに飛び込むのは、戦いの準備を整えてからのほうが良い」





一方ノエルは、完全な姿に戻ったゲートを見て何か思う事があったみたいだ。

このゲートを潜ったら、やはり決戦が待っているのだろう。
ノエルの声は、そう確信したようなものだった。





「カイアスは、何もしてこないね」

「んー…なんにもしないでいてくれるなら、それに越したことは無いけどねぇ」

「あいつが敵だって決まったわけじゃないけど…静かすぎるのが、やけに気になる。あいつが攻める前は、殺気が消えるんだ。嵐の前に、風が止まるみたいに。もしヴァルハラにいるなら、俺たちのことをじっと観察してる。弱みを見せれば、容赦なく一気に仕留めに来る。隙を見せたら…死ぬ」





カイアスをよく知るノエルならではの言葉。

嵐の前の静けさってやつだろうか。

あたしやセラも、カイアスと戦ったことはある。
その強さは一級品…。相当強い相手なのは、身に染みてわかってる。





「つまり、心残りはなくしておけって事か」

「…覚悟がないなら、まだ行くべきじゃない?」

「そういうこと」





脅すばかりではない。
ノエルはふっと笑って、あたしとセラに頷いた。

…戦いに行く覚悟…か。

あたしは、何かまだ胸に引っかかっているようなことがあるだろうか?

考えてみると、自分の中では…もう本当に何が自分にとって大事なのか、凄くはっきりしているような気がした。

あたしは…もう一度、皆に会いたいのだ。
…あの日の、オーファンとの最終決戦の時に皆が見た…皆楽しそうに笑っていたという、そのヴィジョンの光景を見たい。

そして…自分のいる場所。
あたしは…もう、答えを出した。

ホープの傍にいると…生涯、あの手を放さないと…決意した。

あれから、胸の中が…すごくすっきりしている気がする。
もう、本当に…なんの引っ掛かりもない。





「…行こう。もうやり残したことは無いよ」





すると、そこにセラの凛とした声が響いた。
その声に、あたしとノエルはセラの顔を覗き込む。

セラは、まっすぐに目の前にあるゲートを見上げた。





「もし、カイアスと戦うことになったとしても…」





全力で戦える。
セラの声からは、そんな強さが手に取るように感じられた。





「うん、同感。あたしも大丈夫だよ。もう、ちゃんと前だけ見てられるよ」

「ナマエ…」





あたしはセラに微笑み、彼女の肩をポンと叩いた。

ふたりで目を合わせ、頷き合う。
そして…もうひとり、彼の顔を見上げた。




「わかった。決着をつけよう」





ノエルはあたしたちの覚悟を受け取り、ドンと胸を叩いて頷いてくれた。

3人で顔を合わせる。
これで、決まりだ。

ノエルがオーパーツを取り出す。

するとその時、背中から声が聞こえた。





「黙っていくつもりですか?」





掛けられた声に、あたしたちは振り返る。

歩いてくるふたつの足音。
判断材料はそれで十分。

そこには、ホープとアリサの姿があった。





「まさか。このあと最後の挨拶に行こうかと思ってた」

「そんなところかと思って、見送りにきました」





肩をすくめて少しおどけたノエルに、アリサがすかさずそう返す。
そんな何気ない会話に、その場は柔らかな笑顔で包まれた。





「こんなふうに皆が笑顔でいられる未来が来るといいね」





セラの口にしたその願いは、ありふれているようで…凄く尊い。
そんな未来を、もう少しで掴めるのだと…そう、信じたい。





「希望が見えないとき、人は誰かを傷つけたり、憎み合ってしまうものだけど…それは、悲しみの本当の原因がわからないからなんですよね」





そう、そっと呟いたのはアリサだった。

そんなアリサの横顔を、少し意外そうに見つめるホープ。
そのホープの視線に気が付いたアリサは、自分らしからぬことを言っていると思われたとホープに向かって口をとがらせた。





「先輩!なんですか、その顔は?」

「ち、違うよ!」





慌てて首を横に振ったホープ。
そして彼は、懐古するように自分の想いを吐き出した。





「思い出してたんだよ。僕が昔、憎しみで自分を見失ったとき、道を示してくれた仲間のことを」





ホープが自分を見失ったとき…。
それを聞いて、あたしも思い出した。

お母さんを亡くして…直後にルシにされてしまったあの時…。
ガラスみたいに、ちょっとでも乱暴に扱ったら…すぐに壊れてしまいそうだったホープ。

希望も無くして、憎しみだけを生きる糧にしていた…あの頃の幼い彼。





「…ナマエや、お姉ちゃんとスノウ…?」





ちらっとあたしに目を向けつつ、ホープに尋ねたセラ。

実際…あの頃のあたしは、ただ傍にいてあげることしか出来なかった気がするけど。
気の利いた言葉ひとつ言えやしなかった。

だけどホープは、頷いてくれた。
そして…支えられるコクーンのある空を見上げた。





「すべてが始まったあの時、最初にコクーンを守ってと言ったのはセラさんでした。スノウとライトさんがその願いを守ったから、僕らはひとつになれたんです。ね、ナマエさん」





ホープは微笑みながらあたしに同意を求めた。
だからあたしも笑みを返しつつ頷いた。





「うん。あたしは最初、コクーンに思い入れとか無かったから…ピンとこないこともあったけど、だけどいつの間にか、少しでも皆の力になりたいって思ってた。コクーンを守りたいって、思ってたよ」

「はい。そして…ヴァニラさんとファングさんは、今もコクーンを支えています。だけど…古いコクーンはもう、限界なんです…」





コクーンが堕ちたあの日…。
皆と手を繋いだ中、離れたところにいたヴァニラとファング。

身体がクリスタルに変わっていく時…ラグナロクが、コクーンを支える柱になるのを見た…。

その時のことを思い出し、懐かしむ…。
だけどもうそれも…この時代から見れば、400年も過去のこと…。

時が流れれば…形あるものは、少しずつ…。





「皆で守った故郷を捨てるのは、凄く辛いですけど…」

「でも、新しい箱舟が浮かべば、世界を支える重荷から仲間は解放される。その時、クリスタルになったヴァニラたちを救い出せるかもしれない」





セラが優しく微笑んだ。
そう、あたしもホープも…その望みに、賭けてみたいって思ってた。

必ず救うって…ずっと方法を探していたのだから。





「先輩。古いコクーンを諦めることになったとき、内心、これで仲間を助けられるかもしれないって思ってましたよね?」

「…っ、」





アリサに胸の内を言い当てられ、少し気まずそうに動揺を見せたホープ。

ばれてしまいました…とでも言うかのように、あたしに視線を向けてくる。
だからあたしも、だね…と言う意味を込めて肩を竦めれば、アリサはくすりと笑って見せた。





「ふふっ、皆知ってて協力したんです」





それを聞くと、ホープの顔にも自然と笑みが浮かんだ。





「僕は、皆さんに助けてられてばっかりです。アカデミーが心を一つにして進めるようになったのも、未来を変えるためにすべきことを、セラさんたちが見せてくれたからですよ」

「ううん…道に迷って、もう駄目かもって何度も思ったよ」

「過ちを繰り返すのが人間。でも、新しい道を見つけることが出来るのも、人間なのさ」

「同意見です。先に言われてしまいました」





そんなやり取りに、また再び、笑い声が場を包む。

さあ…決戦前の挨拶はここまで。
そろそろ、出発する時だ。





「準備が終わったら、僕らは100年後に向かうつもりです。コクーン打ち上げの瞬間をこの目で見届けたいですから」

「きっと、また会えるね」

「次に会うときは、ライトニングも一緒だな」

「感動の再会、待ち遠しいね!」





また、未来で会おう。
そう言葉と約束を交わし合う。





「じゃ、笑顔でお別れね!」

「新しい未来の為に」





アリサとホープは手を伸ばす。
セラとノエルはそれに応え、最後に固く握手を交わした。





「ナマエさんも、御武運を」

「うん」





セラとノエルが握手を終えた後、次にあたしもアリサを握手をした。
そして、ゆっくり手を放し…、最後に彼ときちんと向き合う。





「…お気をつけて」

「そっちもね」





ホープの伸ばした手に、あたしも手を重ねる。
するとホープはその手を両手で包み、祈るようにぐっと握りしめた。

無事を祈るように。
そして…離れていても、この手を放す気はないのだと…そう言うかのように。





「またね、ホープ」

「はい、必ず」





ゆっくりと、名残惜しく背を向ける。
ゲートの前に駆け出せば、ノエルがオーパーツを投げ入れる。

音を立て、ゲートは回り出す。

身体が浮かび…引き込まれる。
いつものように、ヒストリアクロスの中へ。

だけど、今回は…いつもと違った。





ガンッ…!!!!





「…!」

「!?」

「なに…!」





いつものように移動していた。
でも突然、ヒストリアクロスの空間内が激しい揺れに襲われた。

今までに一度も無かったその異変に、一斉に緊張が走る。





「クポォ!!」

「っ、モーグリ!!」





何が起きたのか辺りを見渡した時、空間の揺らぎにモーグリの小さな体が吹き飛ばされてしまった。
それを咄嗟にセラが追いかけ、距離が開いてしまう。





「ノエル!ナマエ!」

「セラ!!」

「っ、セラ…って、うわ!?」





セラに向かって、ノエルと一緒に手を伸ばす。
でもその時、あたしも大きな揺らぎに体を持って行かれた。

身体の自由が利かなくなって、ぐんっ…と二人から体を引き離されてしまう。

ディアボロスの時と違う…。
これは、もっと…全然の別の力…!





「っナマエ!?」

「ナマエ!!ノエル!!」





遠ざかっていく、二人の姿。
同時に…揺らぐ視界の中で、ノエルとセラの距離も開いていくのが見えた。

全員が、離ればなれになる。





『ごめんなさい。貴方たちの新しい未来に、私は存在できないから。…おやすみなさい』





その時…頭の中に響くように聞こえた声があった。

…誰の声…?
……アリ、サ…?

確証はない。
ただ、意識が揺らぎ…遠ざかる。

その声を聞いたのを最後に、あたしは意識が途切れてしまった。



To be continued

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