繋がる点と線


「ど、どこだここ…」





思わず零れた。
いや、それは今の状況を紛らわすための気休め…だったのかもしれない。

暗い場所…。
時が、正しく流れていない…おかしな空間。

あたしは今、ひとり…そんな場所に佇んでいた。





「セラ〜…ノエル〜…モグ〜…おーい」





か細い声で、友の名を呼ぶ。
しかし返事が返ってくることは無い。

自分が声を出すのを止めれば、しん…と辺りは静まり返る。

その静けさに、ずんっ…と心が重くなったのを感じた。





「あー!!ここどこだー!!!」





嫌な静けさを振り払うように、大声を出した。

しかし…声を出すだけじゃどうしようもないと、そろそろ理解している頃ではあった。

…恐ろしいことに、この空間には自分しかいない。
それは曲げようのない事実…そう、認めなくてはならないと。





「はあ…」





重たい溜息が出た。
それを最後に、あたしは今の状況を認めた。

今、あたしはこの場所でひとりきりだ。
なら、どうにかして此処から出てセラたちを探さなきゃならない。

逃避はやめて、現実に打開策を考えよう。

だからまず、あたしはこの状況に陥るまでの出来事を順に整理していくことにした。

まるで、この世界に来てしまった時と同じ。
だけどそれが、この状況を打破するのには一番論理的な考え方だった。





「AF400年のアカデミア…。不完全だったゲートが完全になったってアリサから聞いて、その近くで見つかったっていうオーパーツも貰って、最終決戦だろうって決意を固めて…ホープとアリサに見送ってもらって…」





わざわざ口に出して整理したのは、やっぱり静けさを紛らわす為だったかもしれない。

でも、そう。
あたしたちはアカデミアからゲートを通った。

それで…いつものようにヒストリアクロスを通ったはずだったけど…。





「ヒストリアクロスが…揺れ出した…」





呟いて、その時の状況を良く思い出した。

ヒストリアクロス。
色んな時代を駆け巡るために通る、時の道。

時間を乗りこなすのは簡単じゃない。
いつかモグがそう言っていた。

だから何度か、時の狭間に投げ出されてしまう事はあった。

でも、あんなふうにヒストリアクロスが大きく揺れたのは初めてだった。
おまけに、全員がバラバラ…。

あの様子だと、多分セラとノエルも逸れてるだろう。





「ひとりでどうしろと…」





ああ、ノエルやモグにもっと色々対処法を聞いておくべきだった。

前にもひとりで逸れたことはあるけれど、あの時はホープに会えたし…。
ああ、ホープ。偉人のホープくん、助けてくれ。

いや、確実に今回はホープに会えるような雰囲気ではない。
明らかに時の流れがおかしい。何をとってもそう感じた。





「…真面目な話、やっぱ時の狭間か…」





一言、ぼそっと…最後に呟いた。

静かになると、本当に自分の息遣いしか音がない。

嫌な感覚だ。
漠然と、不安がどんどん押し寄せてくるみたい。

だけどあたしは知っていた。
諦めるわけにはいかないこと、立ち止まっているだけでは駄目なこと。

絶望なんて、ルシだった時にいっぱいしたんだ。

悪いけど、そんなの全然慣れっこなのよ。
本当、あの経験で神経いくらか図太くなったと思う。

ちょっとやそっとじゃ揺るぎはしない。





「よし…!」





ぐっと両手を握り、気合を入れ直す。
そうしてあたしは再び辺りをよく見直してみることにした。

そして後ろに振り返ったその瞬間、変化は訪れた。





「あ…」





思わず零れた声。
同時に、目を見開いた。

振り向いた先にあったもの…。
それは、先ほどまではそこにいなかった人物…。

ふわ…っと、召喚でもされたように現れた。





「…ユール…?」





長い銀色の髪、緑色の瞳。
小柄の…可愛らしい少女。

あたしは彼女の名前を呟きながら、ゆっくりと彼女に近づいた。





「ええっと…ユール、だよね?」





目の前までやってきて、頬を掻きながら首を傾げて尋ねる。
すると彼女はその問いかけに頷いてくれた。





「そう、ユール。貴女にとっては…貴女が現れた時代より、ずっと未来のユール」

「…!」





やっぱりこの子はユールだった。
そして、あたしから見て未来のユール。

そこにも当然、思う事はあった。

だけど…あたしにとって一番衝撃が大きかったのは…。





「あたしがこの世界の人間じゃ無いこと、ユールは知ってるの?」





尋ねれば、また彼女は頷いて応えてくれた。





「知ってる。視ていたから。貴女は女神が魅入り、導いた…特別なしもべ」

「視ていた…って、あ…!ねえ、ずっと聞きたかったんだけど、その…女神が魅入ったって何なの?ていうか、しもべ…なのか、あたし…」





自分の存在理由。
そのことへの関心だけは、やっぱり…薄れることなくずっと抱いていた。

女神があたしを召喚したことは、ヲルバ郷にあった冥碑を見て知っている。
エトロという存在が、自分に深く関係していることは。

だけど逆を言えば、それしか知らないのだ。

アガスティアタワーで、ユールは言った。
女神はあたしに魅入ったのだと。

そして、自分の中に女神の力があるということも…。

この際だ。
あたしはユールに話を聞いてみることにした。





「ユール…何か、知ってること…ないかな」

「…人は誰しも、そのうちに心を…混沌を持っている。貴女は、その中でも…特に深い混沌を抱いていた」

「え…?深い、混沌…?」

「…そう。それは同時に、様々な可能性を秘めているに等しいこと。そして…エトロにとっても、干渉のしやすい存在だった。時空を越えても女神の力が届くほどの混沌を心に秘めていた。だから貴女は選ばれたの。異世界へと助けを求めた女神は、貴女を此方へ召喚した」

「……。」





深い、混沌…。
そんなの…ちっとも実感がわかない。

だけど…断片的に、大まかに持っていた知識。
それが少しずつ、ユールの言葉によって肉付けされていくのを感じた。





「…貴女の使役する召喚獣も…混沌の力を持つ召喚獣」

「ディアボロス…?」

「あれは、貴女だから使役できる…特別なもの」

「……。」





ディアボロス…。
あれは、混沌の召喚獣なのか…。

心は…視方を変えると混沌と等しい。

…そういえば、ディアボロスを初めて従えた時…心みたいだと感じた。

あれは…もしかしたら、そういうことだったのかもしれない。
そこはなんとなく…すんなりと納得出来たような気がした。





「…ヴァルハラからは、すべてが見渡せる。エトロはかつてコクーンを堕とす半ばで見知らぬコクーンに眠る事となったルシを憐み…彼女たちへ、リンゼもパルスも無い…まっさらな味方を与えようとした」

「…ヴァニラとファング、だよね」

「そして、また別に…未来へ不安を抱いた。ただ一度だけ…歴史が歪むヴィジョンが視えたから。この世界の時を持たない、別次元の…そんな存在に助けを求めた」

「この世界の時を持たない…。それに…歴史が歪む、ヴィジョン……?それってもしかして…今起きてること…?」

「わからない…。本当に…一度だけ。何故その時、視えたのかもわからない。そんな、曖昧なものだから」

「…そう」





あたしがこの世界に召喚された理由はふたつ。

ひとつは…黙示戦争で使命半ばでクリスタルになってしまったヴァニラとファングに、コクーンとパルスのしがらみのない支えを授けるため。

ふたつめは…ただの一度だけ女神が視たという…歪んだ歴史への備え。

コクーンもパルスも無い…そして、この世界の時を持たない存在。
加えて、女神が力を授けるにふさわしい器…。

自覚なんて全然ないけれど…。
あたしは、そのあらゆる条件に合致した存在だったらしい。





「…かつて、7人とひとりのルシが奇跡を起こした。7人の運命をひとつにしたのは、使命を果たしたひとりのルシ」





そして、ユールは他にも…様々な事実を教えてくれた。
あたしたちの旅や、世界に起こった…時が歪んだその理由も。





「…7人は、あたしたち。ひとりはセラ?」

「使命を果たしたルシたちを、女神エトロは憐れんだ。7人とひとり…そして、もうひとりの幼子が、恵そ授かり…クリスタルから解き放たれた」

「あたしたちやセラやドッジくん…。クリスタルになったのに、すぐに目覚めたのは…女神エトロの恵だったってこと…?」





カタストロフィ…。
オーファンを倒した、運命のあの日…あたしたちは手を繋いでクリスタルになって…だけどすぐに目覚めた。

その理由は、女神が助けてくれたからだったらしい。





「けれど、時は歪んでしまった。消えゆくエトロには、時を正すことは出来なかった。あなた達なら、歪んだ時を元に戻せたかもしれなかった」

「…まるで、もう遅いみたいな言い方するね」





元に戻せたかもしれなかった…。
随分後ろ向きな言葉だ。

あたしは眉を下げて、少し…苦笑いしながら言った。





「もう駄目って未来、視えたの?」

「…未来は、もう視えない」

「なーんだ、じゃあ、わからないよ?諦めるにはまだ早いと思うけどな。ルシの時、散々な目にあったから、絶望的な状況なんて慣れっこだよ。そんな簡単に諦められない。それに、女神があたしに望んだからじゃない。あたしが自分でヴァニラとファングを助けたい、未来を守りたいって思ってるからね」





ああ、何だかクサイ台詞を吐いている気がする。

だけど、そうなのだ。
あたしは自分の意志でここまで来て…そして、進むにつれて決意を強固にした。

まだまだ諦めない。
前を見て、未来を掴みたい。

そうやって…ちゃんと、笑って言うことが出来た。





「…強い人」





ユールは表情を変えることなく、無表情のままそう言った。
その瞬間…彼女の体を、不思議な光が包み込み、ふっと…彼女はその場から透けていく。





「あ…!」





手を伸ばしかけて、何かを言いかけて。
でも、どちらも間に合わない。何をする暇もなく…彼女は消えてしまった。





「誰かの幸せの下には、誰かの不幸が横たわる。そう、君は考えたことがあるか?」

「…!」





そして直後…背後から聞こえた低い声。
明らかにユールのものじゃない…男の人の。

あたしはそれが誰の声なのか、瞬時に理解した。

理解したと同時に、体が強張った。

だって、それは…。





「カイアス…!」





緊張を解かず、あたしはすぐさま振り返った。
そして映った大柄のシルエットに、自分の予感が当たってしまったことを知る。

カイアス…。
彼は振り向いたあたしを、じっとその目に捉えていた。





「エトロに導かれた時の旅人…女神が魅入った混沌の器か…」

「なに…!」





少し、後ずさりしながら体制を整えた。

踏む込めるように。
避けられるように。

サポート役のあたしが、ひとりでカイアスに勝てる…?

いや、勝てる勝てないじゃない。
勝つしかない。

道がそれしかないのなら、やるしかなければやるしかない。

気丈に、ライトの言葉を胸に繰り返す。

あたしはカイアスの行動に神経を澄ませていた。

だけど、彼はあたしに向かってくる気配はない。
ただ…じっと、こちらを見据えてる。

そして、語りかけてきた。





「君には覚悟があるのか」

「覚悟…?」

「君の願いが叶うとき、誰かの願いが打ち砕かれる。君が願いを起こすとき、誰かが悲劇に見舞われる。君には、それを背負う覚悟はあるか」

「…貴方は、どうしてあたしたちと戦うの…?」





覚悟…。
あたしたちの願いが叶う時、誰かの願いが打ち砕かれる。

それは…カイアス自身のことを言っているのだろうか。

わからない。
…カイアスが、どうしてあたしたちの邪魔をするのか。

この人の目的を…あたしたちはわかっていないのだ。

だから問いかければ、彼は何を躊躇う事無く…言葉を返してくれた。





「ユールを救うためだ」

「ユールを…救う?」





いつか、ノエルが言っていた。
自分もカイアスも…巫女を、ユールを守る戦士だったと。

カイアスはいつも、ユールの傍にあろうとする。

この人がユールを大切に想っているのは、なんとなくわかっていた。





「かつて、女神エトロが君たちをルシの運命から救った」

「ルシの運命って…クリスタルから目覚めさせて、烙印が消えたこと…?」





コクーンが堕ちたあの日…あたしたちはクリスタルになって、すぐに目覚めた。
目が覚めた時、体に刻まれたルシの烙印は跡形もなく消えていた。

皆で…ほっとして、喜んで…。
それが、女神エトロの救いだったと…彼はそう言っているのだろう。

現に聞き返したあたしの言葉に、カイアスは表情を険しくさせた。





「…君たちにとっては奇跡だろうが、ユールにとっては悲劇だった。あの瞬間、変わるはずのない歴史が変わった。時は歪み、狂ってしまった未来が、時詠みの命を削った。私は幾度となく見たよ。ユールが命を散らしていくさまを。時が動けば、歴史は変わり、ユールは蝕まれていく」

「ユールが命を散らす?歴史が変われば…ユールの命が蝕まれる…?」

「…そうだ。しかし、ならば時の流れを断ち切り、歴史を壊してしまえばいい。それで、ユールの苦しみは終わる」

「…は…?」





理解できない、わからない言葉もたくさんあった。

だけど、これだけは理解した。
カイアスがあたしたちの邪魔をするのは…やっぱり、歴史を壊すため。

ユールのために…歴史を、壊す…。





「…君の友達にとっても、悪い話ではないと思うがな」

「え…?」





そして、カイアスはそう言ってにやりと口角を上げた。

あたしの友達…?
脳裏には、いくつかの顔が浮かんだ。

あたしの友達って…。
いや、それより…あたしの友達にとっても悪くないって…。





「それ、どういう…!」

「だから、君ももう諦めるがいい」

「…!」





ピン…と、カイアスの大剣が光った。
刃が差し向けられ、一歩進めば刺さるほど…喉元に突き付けられる。





「ノエルも、君の友達も諦めた。だから君も、君の望む時で眠る事だ」

「っノエルと…セラ…!?ふたりが諦めた…!?」





剣を突き付けられたまま、カイアスはそう言った。

その言葉に、ドクンと心臓が波打った。

ふたりが諦めた…?
…そんなこと、あるわけがない。

そんなの戯言だと、振り払うようにあたしはカイアスを睨んだ。





「嘘!そんなことあるわけない!」

「嘘ではない。彼らは敗北を認め、安らぎを手にした」

「敗北って…ふたりに何したの!?」

「君も、幸せの時に眠るがいい!」

「…ッ!」





敗北…。
その言葉の真偽も確かめられぬまま、カイアスは大剣を大きく振るった。

それは大きな風を起こし、あたしの体はいとも簡単に吹き飛ばされた。
なんの防御も取れないまま…ガン、と背中に衝撃が走る。

その痛みに倒れ込み、見上げれば…そこには崩れた柱があった。
恐らくそこに背中を打ち付けたのだろう。

そして…徐々に足音が近づく足音が聞こえてくる。

そちらに目をやれば、勿論…そこにいるのはカイアスだった。





「…っ…」





見下ろす、冷たい瞳。

駄目だ。背中が痛い…。
もう、逃げられない。

ぐったりとした自分の腕の先に…自分の左の薬指に、指輪が見えた。





「…ホー、…プ……」





脳裏に浮かぶ。
頭の中が、彼の微笑みでいっぱいになる。





「…永遠に覚めない時へ、おやすみ」





大剣が、振り下ろされる…。
…目の前が、真っ暗になる…。

その瞬間…あたしは、息苦しさの中に…徐々に意識が沈んでいくのを感じて、気づかぬまに…それを手放していた。




To be continued

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