「ねえ、あの人…あの女の子」
「ああ、ナマエさんでしょ!時間を超えて旅してるっていう!」
「そうそう!それで、ホープさんの婚約者なんだって!」
「ね!凄いよね!自分達の生まれた時代に戻れなくても、お互いがいればそれでいいって事でしょ?」
「ね、素敵よね〜!」
AF400年。
新都アカデミア。
この時代は、アカデミーが政府の役割を担うパラドクス問題に大きく取り組むそんな場所だ。
そして…その時代にタイムカプセルで眠りから覚めたホープとアリサは、街中の注目の的だった。
わかりやすく言うのであれば、ふたりの人気から当時のファッションのリバイバル人気が起きるほどに。
そして…その熱はそのままあたしにも流れてくることになり…。
「……。」
「あはは、色々噂されてますよね」
「ホープ…」
たまたま聞こえてしまったアカデミーの御嬢さん方の話に何とも言えない気持ちになっていると、その肩にホープが声を掛けに来てくれた。
彼の手にはこの時代の飲み物が握られており、あたしはそれを受け取ってストローに口づけた。
「まあ、どの時代もこういう噂は人の興味を引くって事かね。…確かに、自分があっちの立場だったら一緒にきゃっきゃしてる自信がある」
「ははっ、当人からしてみると、物凄く照れくさいですが」
「大方はホープのせいでしょ。偉人のホープ・エストハイムさん?君ね、教科書載ってるって何事よ」
「いやいや…貴女もだいぶですよ。タイムトラベラーなんて、此処じゃ魅力の塊です」
「はー…色々誇張されてる気がするけどな〜」
ちゅー…とジュースを喉に流しながら、人工コクーンのホログラムを見上げたのは照れ隠しだ。
今、あたしはAF400年のアカデミー本部でセラとノエルとモグの帰りを待っていた。
皆は、人工コクーンを浮かべるために必要なグラビトンコアの探索に行っている。
…あたしだけ、置いてけぼり。
まあ、気を使ってくれた結果なんだけどね。
《ナマエ、此処に残ったらどうだ?》
切っ掛けは、ノエルが言ったその一言だった。
《ええと…ノエルくん、それは仲間外れということですか?》
《…まあ、そうだな》
《うわあ…ナチュラルないじめだあ…》
《ふ、冗談》
ノエルはくすっと笑った。
冗談混じりに、それはさておき。
どうやらセラとも相談していたことらしい。
ふたりは顔を合わせ、そしてその理由を教えてくれた。
《グラビトンコアはさ、アカデミーの方で時代も特定できてるわけだし、そんな難しい話じゃないと思うんだ。どうせ届けにここに戻ってくるし、だったら此処に残ってホープに俺たちの旅のこととか話しておいたらどうかと思って。パラドクスのことだし、何か役に立つこともあるかもしれない》
《旅の話…?》
《うん。ホープくんと話すなら、ナマエが適任だしね》
《うーん…》
確かに、その話には一理あった。
あたしたちはいわば…パラドクスのど真ん中にいると言っても過言ではない。
歴史を飛び、パラドクス現象を解決していく。
あたしたちの経験は、アカデミーにとって何か役立つ情報が中にはあるのかもしれない。
だけど、どうやら理由はそれだけではないらしい。
少し真面目に…ノエルはもうひとつ、理由を話してくれた。
《それに…一緒にいられる時間が少しでもあるなら、大事にしたほうがいい》
《…ノエル?》
《私もそう思うよ、ナマエ。ホープくん、ずっと待っててくれてるんだしね》
《…了解、わかった。じゃあ今回はお任せするよ。ありがと、ノエル、セラ》
ふたりが発つ前に、交わした会話。
それをぼんやり思い出していた。
あの話をしたとき、なんとなく…ふたりの気持ちが透けて見えた気がした。
それは決してからかい目的ではなく…大切なら、傍にいた方がいいという気持ち。
ノエルは、大切な人がいなくなって…一人になる恐さを知っている。
セラだって、本当ならスノウと一緒にいたいだろう。
だから、せめて…。
なんとなく、そんなことを言われているような…そんな気持ちになった。
まあ、ヒストリアクロスを通してだから…待ってる側からすれば、そんなに長い時間ってわけでもないんだけどね。
「ちょっと…ふたりには感謝です」
「うん?」
「やっぱり、僕はナマエさんといられるの…嬉しいですから」
「…ふーん」
「ふふ、照れてます?」
「…そりゃ照れますとも」
「あははっ」
ホープが笑う。
それを傍で見ることが出来る。
旅を決めたのは自分だけど、やっぱりホープといられる時間はあたしも素直に嬉しかった。
確かに、ふたりに感謝だ。
だけど、こーんなすっごい施設に立ってると、ちょっと思う事もあったりする。
だって、アカデミーにとってのホープの立ち位置ってやっぱ大きいと思うんだよね。
「んー…でもホープ実際忙しいでしょ?あたし、邪魔じゃないの?」
「まさか。邪魔なんて思うわけないじゃないですか。だいたい、邪魔だったらこんな風に声掛けに来たりしませんよ」
一応聞いてみる。
すると、彼はすぐに首を横に振ってくれた。
「アカデミー的にも有り難いのは事実ですし。ヒストリアクロスとか、実体験を詳しく聞けるのは凄く貴重ですから。だから、別に何も気にすることないですよ?」
「うーん…まあ、それならいいんだけどさ」
「?、何か気になるんですか」
あたしを気遣ってくれるのは、ものすごーく…嬉しいんだけどね。
アカデミーの人たちも、本当凄く良い人たちばかりだし。
アリサが言ってたみたく歓迎もしてくれる。凄く居心地のいい場所だ。
けど、ま…あたしの大事なこの人は、色々無茶もしてるようで。
「いや、んー…まあ、ね…あんまり寝てないとか、聞いたもんですから」
「え…」
「無理、しちゃ駄目だよ?」
「…ナマエさん…」
あたしはそう言って、彼の頭に手を伸ばした。
わしゃっと軽く撫でて、そして笑った。
一生懸命なのはいいことだけど、自分も大事にしなさいと。
「ま、無理しちゃうのもわかるけどね。結局、みんな無茶苦茶だもん。スノウと会ったって言ったでしょ?スノウ、柱を守るために、絶対無理って敵にひとりで突っ込んでったもん」
「あはは…、スノウは、凄く想像出来ますね」
「ふふっ、ま、そうやって誰かの為に頑張れるのは、いいことだと思うけどね。こんなにも救いたいって思える人がいるの、きっと幸せなことだよ」
「…はい」
へへ、と少し照れくささを見せつつ笑った。
だってなんか臭いこと言ってる気がする。
でも本当、今考えても皆、無茶苦茶だよね。
ライトとスノウ、それにサッズは、ルシになったセラやドッジくんの為にファルシに挑んだ。
ヴァニラとファングはコクーンを支えていて…。
あたしは、そんなみんなを誇らしく思う。
そんな事を思いながら、再びホログラムを見上げた。
「ね、ホープ。これが完成したら…ヴァニラとファング、救えるよね」
「救いますよ。絶対に」
「うん」
話によれば、もうあのクリスタルの柱は…だいぶ傷んでいるらしい。
自然に壊れていくのは止められない。おそらく…あと100年ほどで崩壊を迎えてしまう。
コクーンが墜落すれば、その衝撃で地上の自然は全滅してしまう。
だからその衝撃を墜落ではなく着地程度に和らげる研究も進めている。
だけど、それでも地上の被害はゼロにはならない。
人工コクーンは、その衝撃から人々を守る箱舟でもある。
箱舟…。
新しい、人々の世界か…。
「…ホープ、ありがとね」
「え?」
「あたし、計画知ったとき、ちょっとホッとしたんだ。これで…助けられるかもって」
「………。」
コクーンがまた、浮かぶ。
もしくは…古いコクーンを諦める。
それは、あの柱が役目を終えると言うこと。
ふたりが重荷から解放されて、救う機会を得ると言うこと…。
「…僕もですよ」
「ん…?」
「僕も、ほっとしました」
「…そっか」
互いに顔を合わせ、少しこっそり笑った。
これってちょっと個人的な部分もあるから。
「あのー、こんなところで堂々といちゃつかないで欲しいんですけどー」
その時、突然にそんな声が聞こえた。
ぱっと振り向けば、そこに立っていたのはアリサだった。
「アリサ!」
「いちゃついてって…ただ話してただけじゃないか」
「はたから見れば同じですよ。余計に注目されますよ?まあ…もう遅いですけど」
アリサは呆れた息をついた。
まあ、確かに…はたから見ればそう、なのか。
あたしもセラとスノウがふたりで話してたらからかったことだろう。
実際、そういう関係ではあるのだから…まあ、否定もくそも無いんだけどね。
「まあ、惚気話はともかく…、先輩、例の研究チームが先輩に相談したいことがあるって言ってましたよ」
「え!あ、そっか…そんな時間か…」
「名残惜しそうな顔しても駄目ですよ」
「わかってるって。じゃあ…ナマエさん、僕ちょっと…」
「ん、了解。いってらっしゃ〜い」
アリサが来た理由は、どうやらホープへの伝言だったらしい。
やっぱり多忙なんだな、と思う。
なんだか本当に名残惜しそうな顔してる。
そんな様子を見せてくれるのはなんとなく嬉しい。
あたしが手を振って見送れば、ホープも軽く振り返してその場を後にしていった。
さて…となると、その場に残ったのはあたしとアリサのみ。
そう思って彼女に目を向けると、アリサもあたしに視線を向けてきた。
あ、目があった。
思わずちょっとドキッとした。
とりあえず、黙っているわけにもいくまい。
あたしは当たり障りのないようアリサに声を掛けた。
「あ、えっと、アリサは特に仕事とか無いの?」
「ええ。今は特に。ちょうど良かった。私、ナマエさんとふたりで話してみたいと思ってたんです」
「へ?」
ニコッと微笑んだアリサ。
彼女はあたしと、ふたりで話す機会を望んでいたと言う。
そんなこと言われると思ってなくて、ちょっと驚く。
あたしのそんな心情を察したのか、アリサはくすっと笑った。
「まあ用というか…ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたい事…アリサがあたしに?」
「ええ。いいですか?結構突っ込んだこと聞くかもしれないけど」
「あ、う、うん。あたしに答えられることであれば。全然おっけーですが」
アリサがあたしに話…。
ふたりになって聞きたい事…。
なんだかあまり想像がつかない。
でも断る理由もなくて、少し戸惑いながらも頷けば、彼女はぱっと表情を明るくした。
「ありがとう!じゃ、お言葉に甘えて…ていっても、ほとんど私の興味ですけどね」
「興味…っていうと、もしかしてあたしの元の世界のこと?そういえば、前に興味あるって言ってたよね」
アリサがあたしに抱く興味。そういえば前に、元の世界のことを良く聞かれた。
別世界なんて面白いって、積極的に研究にも取り組んでくれたとか。
もしかしたら、今も興味があるんだろうか。
そう首を傾げると、アリサは小さく笑った。
「まあ、それに近い話ですが…ちょっと違うかな。ね、ナマエさん、この世界で生きていくって決めたって本当ですか?」
「え?あ、…ホープから聞いたの?」
「ええ。この時代に来る前に。先輩が未来に行く覚悟を固めた切っ掛けだったみたいですから」
彼女が聞きたかった事。
それはあたしがこの世界を選んだということについてだったらしい。
そうか。ホープと共に未来に来ている彼女になら、ホープも自分の決意を話したのかもしれない。
あたしがそんな風に考えていると、彼女は「へえ」と案外普通の反応を見せた。
「やっぱり本当だったんだ。それって、結構覚悟必要じゃありませんでした?」
「あー、まあ、ゼロって言ったら嘘になると思うけど。でも、此処にいたいって気持ちも凄く強かったから」
「わー、それってやっぱり惚気ですよね〜」
「ええー。いやいや、そんなつもりは…ないけど、そう聞こえる?」
「ええ。とっても」
「マジか…」
惚気…。
まあ、何よりもホープを選んだって話だもんね…。
だけど、そんなあたしの様子を見てアリサは笑った。
「ふふっ、ごめんなさい。私から聞いといてそりゃないわよね」
「んー…まあ、うーん…」
「ふふっ。まあ、それはともかくとして…私も未来にくるとき、少し勇気が必要だった。セラさんにも言ったけど、たまに凄く不安になるから」
「あ…、うん。そうだね、覚悟としては似てるよね」
「もっとも、ナマエさんの方がスケールおっきいわけですけど」
「いやいや、おっきいも小さいもないよ」
「ふふふ、まあ、それで…帰らない覚悟って言うか、そういう似たものを持ってるから、私も愚痴を零す代わり、ナマエさんもあったら、私に言ってくださいね」
アリサはにこっと、また笑顔をくれた。
本当…ここにきて凄く印象変わったな〜と思う。
いつまでもそんなこと思ってるのは失礼だろうか。
でも、確かにそうだ。
帰らないと決めた覚悟は、凄く似てるのかもしれないと思った。
「それと、あと実は私、先輩とナマエさんの関係っていうか、そういうのずっと気になってたんです」
「はい?」
「だって7年も音信不通の恋人を思い続けるとか…ちょっと私には理解不能だったので」
「あー…まあ、確かに…。あはは…」
そして、それからしばらくアリサとの会話は続いた。
で、今彼女が放った言葉に苦笑いが零れた。
いや、相変わらずズバッと言うところは言うなあ、と。
まあ、それが彼女と言うものなのかもしれない。
それに…その意見には確かに、と同意せざるを得ない自分もいた。
「んー。まあ、ね。あたしも正直それは思ってたよ。7年って相当な時間だしね」
「…そうね。きっと、色んなことが変わるのに十分な時間だと思います。現に私、言ったことありますからね。そんなに引きずってる人、見たことありませんって」
「あははっ、うん。ホープに聞いた。アリサにそう言われたことあるって言ってた」
「なーんか、突っつきたくなっちゃったんですよね。だって普通だったらまず7年音信不通とか見込みなんて無いでしょ」
「ははは…っ、音信不通は、確かにねえ」
「あと、ちょっと羨ましかったのかもしれません」
「え?」
「そこまで想われてるナマエさんが。結構近くで先輩のこと見てましたから。傍にいないのに、もう会えるかすらわからないのに…。それにも関わらず、薄れることなく…あんなに誰かに想われて、必要とされるなんて。いつまでも、心に大切に刻まれてる…」
「アリサ…?」
羨ましい。
それは少し意外な言葉だった。
まさか、彼女からそんな言葉を聞くなんて。
だからかな。
なんとなく…気になった。
その言葉を呟いたときの彼女の瞳は、どこか胸に引っ掛かりを感じさせた。
それがなんなのか、あたしにはよくわからない。
でもなんとなく…彼女の本質のようなものに触れたような。
誰か、私を必要として。
私を心に刻みつけて。
まるで…そんなこと、言ってるみたいに聞こえた気がして。
「あの、アリサ…?」
「だから、そんな惚気にイラッとして。なーんか憎たらしくて。いじりたくなっちゃったんです。ついつい」
「…へ?」
「ふふふっ!」
深刻に、彼女に言葉を探しかけた。
でもそんなあたしとは裏腹。
アリサはニコっと、なんとも明るい笑顔でそう言い放った。
あまりににこやか。
まるで小悪魔みたいな綺麗な微笑み。
「えー…、っと…?」
「ふふ、なーに深刻そうな顔してるんですか?」
「あ…いや、うん…」
目の前に指を突き付けられ、彼女の微笑みが映る。
あ、あれ。
あたしの思い過ごし…?
そう感じられるほど、なんか…あっけらかん。
「あんなに想ってくれる人、きっと稀少ですよ?ていうかそれ以前に地位も名誉もばっちりだし、手放したら絶対損ですね!」
「はは…、なんかアリサが言うと物凄い説得力があるよな気がする」
「ええ。あれは超優良物件ですよ。間違いないです」
「あははっ、そうねえー。確かに、あんなに出世しちゃうとはね」
本当、さっきのはあたしの思い過ごしなのかもしれない。
そう思える程、彼女は笑った。
あたしも、一緒に笑った。
だけど…今の話を聞いて、実感した。
ホープは、本当にずっと待ってくれていたんだなと。
懸命に、想っていてくれたんだな…って。
「本当、手…放さないようにしなきゃなあ」
全部終わったら。
…本当に。
一緒にいられなかった分までも、それを埋めるくらいに。
自分の手を見つめ、ぎゅっと握る。
アリサと話した未来の午後。
彼との約束を思い出し、あたしはそう静かに呟いた。
To be continued
prev next top