守りたいと思う気持ち


『時の狭間に彷徨うものよ。我が闘争の地に、何を求めてきたりしか』





円形の闘技場。
不気味なほどに静まり返る、薄暗いその場所。

そこに響いてきた、威圧するかのような低い声。





「なんの声!?」

「わかんない!どこから?」

「あいつ?」





戸惑うセラやあたしに、ノエルは中空を指差す。
見上げたそこには、黒い靄のようなものを纏った厳つい何かが存在していた。





『ここは、如何なる時代にも属さぬ領域。生死の境を越えし、不可視の彼岸。死せる女神の鐘が鳴るその日まで、生ける者には縁無き異界よ』





難しい言葉をツラツラと並べてくるその存在。
なんだかよくわからないけど…歓迎はされていなさそうだ。

あたしたちは今、なぜこんな所にいるのか。
それは、サンレスでのプリン退治の続きにある。

巨大化したプリンがパラドクスならば、その原因はゲートの向こうにあるかもしれない。
そう考えたあたしたちはゲートを探して、まずその向こうのパラドクスの解決を図ってみることにした。

ただ…スノウだけはゲートに弾かれ、一緒に時を超える事は出来なかった。
ノエル曰く、それぞれの道にそれぞれの扉があって、他人のゲートは通ることが出来ないのだとか。

そのため、スノウはサンレスに残ってもらい、あたしたちだけでゲートの向こうへ。

そのゲートの先がこの闘技場だったということ。
スノウが無茶してると悪いし、早いとこ問題解決に努めたいわけだけど…。





『去るが良い。汝らは災いを招く。既に、時を蝕むまがいごとの兆しが流れ着いておる』

「時を蝕む兆し?何かが現れたってこと?」

「んーむ…言葉が難しくって全然わかんない。とりあえず邪魔者扱いされてるのだけはビシビシ伝わってくるけど…」





セラとあたしはわけがわからなくて困惑してた。
早く出てけって言われてるのはわかるんだけど…でもパラドクスを残したまま出ていくってのはちょっと…。

でも、そうは言っても目の前の得体のしれない存在の怒りに触れても良いことはなさそう。





「わかった!取引だ!」





すると、戸惑うあたしたちを前にノエルが一歩前に出て叫んだ。
どうしようも出来ないあたしとセラは、ノエルに任せてその様子を伺う。






『立ち去れ!去らぬなら、此の手で汝らを裁く!』

「その兆しってのが邪魔なんだろ。俺たちに渡してくれたら、さっさと出ていく。それでどうだ!」

『ぬう…』





裁く、とかずいぶん物騒な方に話が転がったかと思った。
だけどノエルの思惑は的確だったようで、言葉巧みに交渉してくれた。

その結果、その存在はノエルの交渉は良い方向に向かった。





『受け取れ、そして失せよ!審判の日は、まだ訪れておらぬ』





ぱっ、と宙に現れたフラグメント。
靄を纏った存在は、それを残すと姿を消す。

落下してくるフラグメントを、ノエルは手を伸ばして受け止めた。





「クリスタルか?」





ノエルの中で輝くクリスタルのオーパーツ。
オーパーツはその時代に本来あるはずのないもの。

なるほど…。
だから、時を蝕むまがいごとの兆し…か。





「スノウが待ってるね」





セラがほっとしたようにスノウを案じる。
当たり前だけど、残してきた彼が気になっているのだろう。

それを聞いたノエルは少し口をとがらせて言った。





「やられてなきゃいいけど。大人しく待ってはいないだろ」





おや。
まだ会って間もないのに、彼の本質を良く見抜いている。

あたしはセラを見て「あはは…」と笑う。
するとセラも小さく笑いながら、その通りだと頷いた。





「正解。お姉ちゃんと一緒で、真っ先に突撃しちゃう人だから」

「あー。ねー。向いてる方は違うけど、何気に似た者同士?」

「だよね!」





あたしがわかるわかると言うように言えば、セラもまた手を叩いて頷いた。

ライトもまた、こうと決めたらそれに突き進んでいく人だから。
セラを救いにパージ列車に乗り込んだのも、そういうところから来てる気がする。

だけど…それを聞いたノエルの声は冷たかった。





「真っ先に死んでくタイプだ」

「え…?」





まさかそんな返しが来るとは思わなかったのだろう。
セラは少し戸惑った表情を浮かべた。





「年上だからって張り切ってさ、後先考えないで危険に飛び込む。そういう奴が、何人もいた。現実見ないで、自分を捨てて、他人を庇って…皆いなくなった」





ちょっと…寂しそうな顔。
それはきっと…ノエルの時代での話なのだろう。

誰かを庇って…いなくなった人がいた。

なるほど…。
だからノエルは、スノウを見て苛立つのかもしれない。





「ノエルは、いなくならないでね」

「え?」





セラはノエルの顔を覗き込み、そっと微笑みかける。
ノエルはその笑みに目を瞬かせる。

セラはそのまま言葉を続けた。





「ノエルだって、自分の身を顧みないで何度も助けてくれたよ」





その指摘に、ノエルは一瞬言葉を詰まらせた。

確かにそうだ。
ノエルは率先して、あたしやセラを守ろうと行動してくれる。

いつだって自分が前に立って、まるで盾になるように。





「俺は、ちゃんと現実を見てる。スノウと一緒にするな」





ノエルはちょっとムキになって言い返した。





「してないよ」





だけどセラは優しくまた返す。





「あいつはセラを残して出て行ったんだぞ!勝手にいなくなって…取り残される方の気持ちなんて考えてないんだ」





ノエルはしばらく苛立ってた。
でもそこには、どこか苦しんでるような表情もあった気がする。

…最初は、ただウマが合わないのかな…くらいに思ってた。

だけど…きっと、それだけじゃなくて…。
ノエルの過去にあった何かが…多分関係してるみたいだ。

スノウはがむしゃらに、最高の未来を描いてそこに突っ走っていく。
自分だけじゃなくて、誰かの最高までも叶えようとしてくれる。

それがどんなに無謀だったとしても。

そうやって力になってくれようとしてくれるのは、とても有り難いことだ。

でも…その気遣いは時に、重くのしかかる。
自分のせいで何かを他人に背負わせたり、迷惑を掛けたり…傷つけるのは、とても苦しいことだから。

ノエルの過去にも…そうやって自分を犠牲にして他人のために動く人がいたのかもしれない。

…あたしもセラも、何も聞けなかった。
でも、ノエルが苦しんでる痛みは…伝わってきた気がした。





「…難しいな」





ひとりごと。
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。

ねえ、ホープ。

自分を守るために誰かが傷ついたら、凄く嫌だよね。

あたしと君は、あの旅で思い知った。
非力な自分たちを守るため、大人たちはたくさんの気遣いをくれた。

そしてまた…自分たちも、大切な仲間を守りたいと強く願うようになった。





《仲間だから嫌なんです。傷つけるのも、傷つけさせるのも…!》





召喚獣アレキサンダーを初めて召喚した時、ホープが言ってた言葉。
凄くよく、覚えてる。

自分のせいで誰かが傷つくのは…凄く辛いよね。

でもあの時、ホープがシ骸になるリスクを多く背負っていて…。
自分たちに苦痛が襲い掛かるかもしれないと思っても、君を置いていく選択肢はなかった。

…あたしはスノウほど、周りの誰でも手を伸ばしてあげられるほどの度量は持ってない。

でも、誰かの力になれたらって気持ちはわかる。
それが大切な誰かであれば尚の事。

ヴァニラやファングを助けられるなら…その可能性が少しでもあるなら、きっと…試してみたくてたまらなくなる。

でも、それが危険な行動だとしたら…。
それをヴァニラやファングが望むかと言われたら…きっとイエスではなくて。

そういうさじ加減って、難しいよね…。

大事だから、そう思う。





《母は強しよ》





そういえば…ホープのお母さん、ノラさんも…。
彼女もあの時…ハングドエッジで武器を取ったのは…ホープの事を、守るため。

…自分の大切な誰かには、生きてほしいって願うもの…。

ねえ、ホープがスノウの立場だったら、どう行動するかな。

違う時間にいる彼…。
あたしは思い浮かべながら、静かに大切な人たちの身を案じていた。



To be continued

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