「忠告。退くことを知らない奴は長生きできないぞ」
ノエルは険しい顔でそう言いながら、スノウに指を突き付けた。
あたしたちは巨大プリンの隙を突き、奴の手が届かない場所まで避難をした。
振り向けば、一度散らばせたプリンたちが集まって、またあの巨大な姿を形作っている。
なんか、うんざりだ。本当、あれじゃキリなさそう…。
逃げろと言ったノエルの言葉は正論か。
現れた厄介な敵に、あたしは「はあっ…」と息をつく。
だけどスノウは、ノエルの言葉にいつものように笑って答えて見せた。
「退くに退けない大事なときってのもあるだろ」
「屁理屈言うな!人間はそんなに頑丈じゃない!簡単に死ぬんだ」
あっけらかんとしたスノウに、ノエルはピリピリと言葉を返す。
なんだか、珍しい。
ノエルがこんなふうに怒るの、初めて見たかもしれない。
「たまたま人より頑丈なんでな」
だけどスノウは相変わらず。
なんだか、ちょっと懐かしい。
スノウはどこまでもまっすぐな人だ。
でも、そのまっすぐさゆえ、ウマがなかなか合わない人もいたしして。
なんとなく、あの旅の初めのころのライトやホープを思い出した。
「ともかく、助けてくれてありがとな。名前は?」
スノウは名前を尋ねたものの、ノエルはその言葉を無視し、ふん…と顔を逸らして歩いて行ってしまった。
…あららら。
ノエル、ご機嫌ナナメ…って言い方も変か。
どうにも、ノエルにとってスノウの性格はそりが合わない部分があるのかもしれない。
「あ、えっと、ノエルだよ」
気まずい空気を察したセラは、慌ててふたりの間に入りスノウにノエルを紹介した。
そして、続けてノエルにもスノウを紹介する。
「で、彼がスノウ。婚約してるんだ」
「保留中だけどな」
そのスノウの言葉を聞いた瞬間、あたしはガクッと思わず肩を落とした。
ライトがいない今、婚約を保留にしてあるとセラに話は聞いてたけど…。
スノウ…。
それ、わざわざいらない…。
現にその言葉を聞いたセラも、どこか悲しそうな顔を見せた。
「意外。ここまで無茶な奴とは思わなかった。しかも未来に来てるなんてな」
ノエルは淡々と返した。
セラに婚約者がいると聞き、ノエルはどんな想像をしていたのだろう。
意外…ってことは、まあイメージと結構違ったんだろうけど。
「そりゃこっちのセリフだ。どうしてここにセラがいる?」
「それは…」
「それにナマエも、何してんだ」
「んー…まあ、そこにはふっかーい事情がねえ?」
セラやあたしが何故こんなところにいるのか。
スノウに聞かれ、あたしはセラと顔を合わせて苦笑いした。
久しぶりに会ったスノウ。
彼は何だか相変わらずで、ぜーんぜん変わってなかった。
でも、それが何だかほっとした。
ああ…スノウだなあ、なんて。
ひとまず、あたしたちはスノウにどうしてここにいるのかの経緯を大まかに説明した。
ノエルの事、パラドクスの事…。
「…で、今ここにいるの」
「3人と1匹、結構頑張ってるよ!」
そして一通り話終え、今度はノエルがスノウに尋ねた。
「今度は、そっちの番。セラを置いて出てって未来にいて、あんなのと戦ってた理由は?」
「うーん、なるほどなあ」
ひとり納得しているスノウ。
返答がなかったことで、ただでさえ印象がよくないであろうノエルは更に顔をムッとさせた。
「聞いてる?」
口調きつく問うノエル。
あたしは額を押さえた。
なんというか、あちゃー…だ。
ノエルにとってスノウは、どうもはじめの相性が悪い。
…もう少し時間が経てば、また変わってくるとは思うんだけど…。
かつて、ライトやホープがそうだったように。
スノウは、とても優れたカリスマ性みたいなのを持ってる人だと思う。
ノラのメンバーも然り、人を引き付けるような何かを持っている人なのだと。
だけど、そのまっすぐさゆえ…なかなか受け付けづらい人がいるのも事実。
ホープはノラさんの事があったからともかくとして、ライトとかはそんな感じだったんだろう。
「俺も、夢の中でライトニングに頼まれたんだよ」
そして、スノウは教えてくれた。
セラが夢を見たように…。
スノウもまた、ライトニングの夢を見ていた。
「お姉ちゃんに!?」
「コクーンを守れってな。そんで時間を超えて、色々調べて、あのデカブツがコクーンを堕とすってわかった」
「!、さっきのプリンが?」
ノエルの顔色が変わった。
さっきあたしたちが戦い、弱らせるだけで精一杯だったプリン。
あれが、コクーンを堕とす…?
「俺の時代の言い伝えだと、コクーンが堕ちるのは戦争のせいって話だけど」
「原因はひとつじゃない。気づいてたか?あのプリン、クリスタルの柱をちょっとずつ溶かしてるんだ」
「えっ…!?」
柱を溶かしてる。
それを聞いた瞬間、あたしはぴりっと心に何かが撃たれたのを感じた。
だから咄嗟に、彼に詰め寄ってた。
「ちょ、ちょっと待ってスノウ!それじゃヴァニラとファングは?!」
「ああ。それでコクーンがぐらついて、人間同士でごたごたが起きてあっという間に戦争になる」
コクーンがぐらついて…だから戦争が起きる…。
そうか…。
物事には何事にも、そこに至るまでの何かがあるものだ。
戦争が起こるのにも…そこには理由が。
「…辻褄はあってるか」
それを聞き、ノエルも頷いた。
戦争が原因なのも間違いじゃない…。
でも、色々な不運や不幸が積み重なって…あの世界は堕ちる…。
「スノウの夢にもお姉ちゃんが出てきた。コクーンの柱を、ヴァニラとファングを守れってこと?」
「退くに退けない大事なときってのはそういうこと。あのデカブツをぶっ倒すしかねえんだ」
「スノウ…」
線が、ひとつ…繋がった。
そして同時に、あたしの胸にはじわっと何かが広がった。
ヴァニラとファング…。
あの時、一緒に旅してた大事な仲間。
ふたりが…徐々に蝕まれていく…。
そう、広がったこの感情は…焦り、だ。
正直…じっとしてるなんて、出来なかった。
「スノウ、あたしも何かしたい…!駄目だ…なんか、落ち着けなくなってきちゃった…」
「ああ、でもまだ大丈夫。間に合うから義姉さんは俺に頼んだんだ。ふたりの柱は俺が守り抜く。絶対にな」
「…うん!」
「私も手伝う!」
「俺も。コクーンが堕ちたら、たくさんの人が犠牲になる」
セラやノエルも、手伝うことに頷いてくれた。
だって…本当にじっとしていられなかった。
…理屈じゃ抑えきれないような何かが、胸を急かして…。
やっぱり自分にとって…皆の存在だけは譲れぬものなのだと、改めて身に染みた。
「…にしても、変だ」
その時、ノエルが訝しい顔をしながらプリンを見上げた。
「ありえないほど大量のプリンが現れて、ありえないほど巨大化してる」
「あ!パラドクス?」
セラが閃いたように手を叩く。
ノエルはそれを聞き、正解だというように指を立てた。
「だとすれば、答えは時間の向こうにある!」
「オーパーツがどこかにあるってか?」
「うん!じゃあ早く探そ!」
夢の中で、ライトに会ったというスノウ。
どうして夢なのかは…そうすることしか出来ない理由があるんだろうか。
あたしは走り出す。
同じ未来を夢見る者と共に、大切な人を救うために。
ね、ホープ。
あたしたち、スノウに再会したんだよ。
ホープはあたしたちだけじゃなく、他のみんなも消えた…って言ってたけど。
スノウは、あたしたちと同じように時空を超えてたみたい。
それで、調子は相変わらず。
でも逆にそれが、懐かしくてほっとして。
…ノエルとは、ちょーっと相性が悪そう。
「…ね、ノエルはスノウみたいなタイプ、苦手?」
「…ああいう無鉄砲な奴は、好きじゃないな」
「あらら…」
こそ、とノエルに聞けば、ちょっと不機嫌そうな返事を返された。
本当、最初の事のホープとライトみたい。
まあ…そこまで険悪でもないんだけど。
「…スノウ、良い奴だよ。確かに、ドストレートーって感じだけどね。結構あれで救われることも多いんだ」
「…まあ、でも、セラの恋人とか、ナマエの仲間とか聞いてたから、ちょっと意外だったのかも」
「え?」
「いや、セラはあんな感じで大人しいしさ。恋人って言うと…ほら、ホープとかとタイプ全然違うし」
「ああ…まあ、ホープはねえ…」
そうか。先にホープに会ってしまったから、なんとなくそういうイメージがあったのかもしれない。
ノエルが出会ったあたしのかつての仲間は、今のところライトとホープだけだし。
スノウは体育会系、セラは文系って感じでちょっとタイプも違うよね。
まあ…だからこそ良いのかもしれないけど?
「あはは!ホープもね、昔はスノウ大っ嫌いだったんだよ〜」
「え!?そうなのか?」
「ふふっ、うん。まあ、その辺はふっかい事情があったりするんだけどね。今は仲良しだよ」
「…ふーん」
あの頃は、すっごく冷や冷やしてたっけ。
スノウもスノウで無意識にホープの感情逆撫でるから…もう本当にね。
そういえばセラも、あまりにいつも通りだから、頬を膨らませたりしてた。
でも今は、そうやって思えるのは…きっと、悪いことじゃないね。
軽い文句を言ったり、そう出来るのは…きっと、余裕を持っていられてるから。
現にセラはスノウに会って、むっとしながらも…やっぱり結構嬉しそうだった。
To be continued
prev next top