時詠みの巫女


「これ、予言の書だよね?」

「みたい…だね」





チョコリーナと別れ、時の歪みを正しつつヲルバ郷を進んだあたしたち。

ある程度歩いてきたところで、あたしたちはAF10年でホープに見せてもらった記録装置と同じものを見つけた。

セラが歩み寄り、あたしもそのすぐ傍でそれを覗き込む。

見た感じ、やっぱりホープに見せてもらったものと同じカタチ。
だったらコレにも、何か歴史が記録されていたりするのだろうか?

多分、セラも同じ事を思ったのだろう。
セラは恐る恐る、ゆっくりと予言の書に手を伸ばした。

だけど、触れようとしたその瞬間…どこからか、凜とした静かな声が響いてきた。





「だめ…」





静止を掛ける言葉。

誰…?

見知らぬ声だった。
あたしたちは声の主を探すように、パッと声のしたほうに振り向く。

するとそこに、ひとりの少女の姿を見つけた。





「えっ…あっ!」





だけどその瞬間、伸ばしかけていたセラの手が予言の書を作動させてしまった。

セラは驚き声を上げ、そのままバランスを崩すかのように尻餅をついてしまう。
あたしとノエルは咄嗟に手を伸ばし、そんなセラを支えた。

直後、宙に浮かび出された予言の書の映像に、あたしたちは皆釘付けになった。
…そしてあたしは、胸を締め付けられる感覚を覚えた。





「お姉ちゃん…」

「…ライト…これ、あの時の…」





ノエルやモグは見覚えはないだろう。
だけど、あたしやセラにとってその映像は特別なものだった。

そこに映し出されたもの…。
それは、コクーンが崩れたあの日の映像…。

あたしとセラを抜かし、皆が忘れてしまったあの時間。





《誓うよ!絶対幸せにする!》




スノウがライトに結婚の許しを請う。
それを聞いて、皆が笑う。





《信じるよ》





ライトも、笑う…。

覚えている…あの笑顔。





「…ナマエ…、ナマエは…覚えてるんだよね…?」

「…セラ…?」

「…私たちの記憶は、本当のことなんだよね…?」





セラは立ち上がりながら、確かめるようにあたしに尋ねてきた。
その声はどこか怯え、震えているようにも聞こえる。





「…うん、きっと。大丈夫、あたしは覚えてるよ」

「…うん…、そう、だよね…うん…」





あたしの言葉を繰り返し、いくつも頷くセラ。

世界にたったふたりだけ。
世界中の誰もが忘れてしまったあの時間。

まるで、あたしとセラだけ夢を見たかのように思える事実。

だけど…そこで映像は乱れる。

ライトが消える…。
ホープからナイフを受け取って、セラが…泣き崩れる。

切り替わる…。
突然…今流れているその未来に…。





結局、映像は乱れ…ライトが消え、セラの泣き崩れる姿で終わってしまった。
今の…今あるべきままの流れで。





「予言の書が書き換わった…?」





完全に変わってしまった予言に…セラはガクッと膝をついた。

でも、確かに見た。
最初は、あたしとセラの覚えているままの映像だった。

それが突然に、書き換わった…。





「まさか…!」





予言が変わってしまうなんて、ありえない。
ノエルは、そんなことあるわけがないと言うかのように声を上げる。

だけど、あたしたちは実際に映像が変わるのを目の当たりにした。

ノエル自身、驚きを隠せていないみたいだった。





「未来が変われば、過去も変わる」





そしてその時、そんな低い声が響いた。

聞こえてくるのは…映像の中?
映像に映っているのは、髪の長い…しっかりとした体格の男。





「続きがあるの!?」





セラが驚きの声を上げる。

すると、映像の中の男は振り向き…そして。





「現在(いま)の続きがな」





セラの声に答えるように、言う。
そしてそのまま剣を振るい、まるで映像の中から飛び出してきたかのように…あたしたちの前に着地した。

…映像じゃない、この人…本物…!?

あたしたちは身構えた。
ノエルはあたしとセラを庇うように、前に出て背で隠してくれた。





「カイアス!」





そうしながら、口に出した名前。
多分…目の前に現れた、この人の名前だ。

ノエルは…この人のことを知ってる…?






「あなた達は視てしまった」





もうひとつ声がした。

今度は鈴の音のように、小さく静かな声。
振り向くと、そこにいた銀髪の女の子。

あたしとセラはただただ状況に戸惑う。
だけどノエルだけは、その子の姿を見るなり、彼女の肩を掴んで顔を覗き込んだ。





「ユール!?」





ノエルの呼んだ、その彼女の名前。
その名前にはあたしやセラも聞き覚えがあった。





「ユールって、時詠みの巫女?」

「えっ、その子が…?」





ユール。
ホープが教えてくれた…時詠みの一族を導いた巫女…。

時を見て、予言の書に記録を残す…あの…?





「貴方のユールは私じゃない」

「えっ…」





表情をひとつも変えることなく、彼女はノエルにそう告げる。
そしてそのまま…男の傍に歩み寄っていく。





「ひとりとして同じユールはいないさ」





男は彼女を迎えると、あたしたちに言った。

意味は…よくわからない。
同じユールは、いない…?

でもその時、セラがハッとある事に気が付いた。





「貴方は、お姉ちゃんと戦っていた?」

「…あっ!」





その言葉を聞き、あたしも思い出した。
そうだ、この人は…AF10年の予言の書の中でライトと戦っていた…あの男だ。

じゃあこの人は…敵…?

あたしは警戒の色を強くした。
そしてそれは、ノエルも同じだった。





「どうして、この時代へ」

「君達が時間の中を飛び回っているのは知っている。ユールが、よく視ているからね」





ノエルの問いに、彼女…ユールの頭を撫でながら答えるカイアス。

彼らは…あたしたちが時を越えているのを知っている…。
ユールが、よく視ているから…?





「俺達を視てるのか!?」





それを聞いたノエルは驚きの声を上げた。
どうして彼が驚いているのか、あたしやセラは理解出来ないまま…。

一方カイアスは、ノエルの驚きを見てその意味を察したようだった。





「君は、その意味を知っているようだな。ならば、そういう者に私が加える制裁の事もわかっているはずだな?」





制裁。
その言葉を聞き、いくら状況の飲めていないあたしやセラも彼からの殺気を理解した。





「罪は、君達の血で贖え」





直後、カイアスの剣から衝撃波が放たれた。
ノエルは咄嗟にあたしとセラの腕を引き、その攻撃から助けてくれる。





「やめよう、カイアス。あんたとは戦いたくない」





ノエルはカイアスの説得を試みる。
だけど、カイアスの方は…先ほどのユール同様、顔色を変えることをしない。

それどころか…ノエルに剣を突きつけた。





「私は君の知っているカイアスではないよ。歴史を変える重みを知れ」






冷たく光る…カイアスの剣。
それを見たあたしは、叫ぼうとした。





「必要ない」





だけど、その前に響いた…静かな声。
それは、花を拾い上げた…ユールのもの。





「既に変わってしまっている」





ユールは静かに囁いた。
カイアスはそれを聞くなりユールに振り向き、彼女の前に跪く。





「受け入れるのか、ユール」

「…うん」





跪いた彼の肩に手を置き、そっと頷くユール。
そして彼女はそのままあたしたちに視線を向けた。





「未来が変われば、過去も変わる。戻ったら、あなたが望んだ過去」





ゆっくりゆっくり、こちらに歩み寄り…そう囁いたユール。

あたしたちは、その言葉の意味を相変わらず上手く理解できない。

未来が変われば、過去も変わる…?
普通、逆じゃないの?

でも、それを問う事も許されず、カイアスはユールの肩に手を置いた。





「帰ろう。これ以上、時を視ないように」

「…うん」





彼らは背を向けた。

そして、カイアスが手を翳した先に現れた…時空の歪み。
その中にふたりは消えていく。

残ったのは…あたしたちと、その場に現れた…ひとつのオーパーツだけだった。





「ねえ…ノエル、聞いてもいい?」

「…うん?」





ふたりが消え、辺りは静寂が戻った。

オーパーツに手を伸ばしながら、あたしはノエルに声を掛けてみる。
ノエルはゆっくり顔を上げ、あたしに視線をくれた。





「カイアスって…ホープが見せてくれた映像の中で、ライトと戦ってた人だよね?ノイズまみれだったから…断定は出来ないけどさ」

「…ああ」

「じゃあ…何者、なのかな」





ライトと戦っていたなら、やっぱり敵だろうか。
でもノエルは、先ほどカイアスとどこか親しげにも見えた。

ノエルは首を振った。





「知ってる顔だと思ったけど…俺の知り合いじゃないらしい。いるはずが無いんだ。この時代に」

「んー…まあ、ノエルの時代の人なら…確かにいるはずは無い、のかな」





チョコリーナによると、この時代はAF200年なのだそうだ。
あたしたちにとってそれは、遠い遠い…ずっと先の未来。

だけど、ノエルの時代は…もっともっと先の世界。

いくら未来とは言え、時代が違いすぎる。





「…同じなのに…」




ノエルは俯き、呟いた。
その顔には元気が無く…少し悲しそうな感じ。

そんな様子に、あたしとセラは顔を合わせた。





「同じ顔で、同じ声で、なのに…俺の事、全然知らない…」

「ユールさん?」





セラが尋ねる。
すると、ノエルは小さく頷いた。

でも、セラはそれしか尋ねなかった。
あたしも、それは同じ。

そんなあたしたちの様子を、ノエルは逆に気にしていた。





「ふたりとも…聞かないのか?」

「聞いてもわからないことだから悩んでるんでしょ?答えられないことを聞かれたら私だって辛いから。だから聞くのはやめとく」

「そーそ。どうしても上手く言えないことってあるもんね。そういうの、わかってるつもりだよ。だけど、もしノエルが話せるなって思うときが来たら、その時はしっかり聞かせてもらうけどね」

「…ありがと、いつか話すよ」





ノエルの顔は、少しホッとしたように見えた。
少しでも気が楽になってくれたならいいんだけど。

ねえ…ホープ。
この時代では…色々と謎が増えたよ。

ホープが教えてくれた…時詠みの巫女と同じ名前の女の子、ユール。
見せてくれた予言に映っていた…ヴァルハラでライトと戦っていたらしい男、カイアス。

…ふたりを前に、元気を失ったノエル。

そして…未来が変われば、過去も変わるという…矛盾にも聞こえる言葉。

まだきっと…今のあたし達には、この謎と解くには鍵が足りなさ過ぎるのだろう。
進んでいけば、すべてに答えは出るのかな?

そんな思いを胸に、あたしたちは新たなゲートへとオーパーツを投げた。



To be continued

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