…未来が変われば、過去も変わる。
AF200年のヲルバ郷で聞いた、ユールのその言葉。
意味もわからないまま、あたしたちは新たな時代へ足を踏み出す。
訪れたのは、再び…ホープの待つパドラ遺跡だった。
「日蝕…なくなってる」
空を見上げ、呟いた。
目に映るのは、美しい夕陽。
そこには、以前あったはずの暗闇は無い。
「日蝕、終わったんだね」
セラも空を見上げ、晴れ晴れしたように言う。
確かに、どよんとした暗闇よりはこちらのほうが気分は良い。
だけどノエルは、その言葉に異を唱えた。
「終わったというか、最初から日蝕なんて無かった。そういう歴史に変わったんじゃないか?」
歴史が変わった…。
あたしたちがパラドクスを解消したから、歴史に変化が訪れたのだろうか。
って言っても…あたしたちがさっきまでいたのは、ここより未来のはずなんだけど…。
未来が変われば過去も変わる。
相変わらず、言葉の意味はわからない。
でも、この空があたしたちの行動がもたらした結果だと言うのなら…一応その言葉通り、にはなってはいる…のか。
「パラドクスが起きなかったら、ホープくんも此処には来てないのかな」
「パラドクスが無くても、予言の書を調べに来てるかもしれない。探してみよう」
「うん、行こう、ナマエ」
「はーい」
ひとまず、あたしたちは力になってくれるであろうホープを探してみる事にした。
セラの言うとおり、歴史が変わったのなら…ホープが居ない可能性もあるけど。
いや、いたとしても、もしかしたらホープの記憶も変わってしまっているのではないか。
…まあ、どうせなら会えたらいいな、とは思う。
あたしたちは遺跡のあるほうへと歩いていく。
すると…その途中、人気の少ない静かな道で、ひとつの穏かな音に声を掛けられた。
「おかえりなさい」
「「「!」」」
銀色の長い髪…。
さらっと揺らし、目の前に現れた小柄な少女。
あたしたちはその姿に目を見開いた。
「ユール!?」
セラが驚いた声を上げた。
そう、そこに現れたのは…ごく最近出会った少女。
って言っても、別の時代だからごく最近なんて言葉が相応しいのかよくわかんないけど…。
と言うか、本来その時代は、今この時代を生きている者が存在出来ないはずの未来。
そこに居たのは、AF200年のヲルバ郷で見た時詠みの巫女ユールと瓜二つの少女だった。
「貴女もゲートで此処へ?」
「貴女が会ったのは、違う私。遠い未来の私…」
セラの問いに、そんな風に答える彼女。
ノエルの知るユール、ヲルバのユール。
そして今、目の前にいるユール。
全員ユールで、でも違う人…?
「ええと…貴女はヲルバで会った子とは別人…ってこと、なのかな?」
「そう。あなた達が会ったのは、私じゃない」
「…ふーん」
聞いてみたところで、まったく意味はわからない。
まったく同じ容姿。同じ声。
なのに、違う人。
他人の空似?
どう見ても、同じ人にしか見えないのに。
「ここにも俺を知らないユールか…」
ノエルは、首を振りながら少し残念そうにそう呟いた。
「知ってる」
だけど…目の前のユールはそう言った。
その言葉にはノエルも思わず目を見開く。
だけどそれは、ノエルの期待した意味とは違っていたらしい。
「あなた達のことは、視ていたから」
視ていた…。
その言葉に、あたし達は少し詰まった。
視ていた、とは…つまり、時を詠んだと言う事だろうか…。
前にホープが教えてくれた話を思い出す。
時詠みの巫女は…未来を視ていた。
「私は、時を詠む。時を詠んで、正しいところへ導く」
時を詠む…やっぱり彼女には、未来が視えるのだろうか?
そして、正しいところへ…導いている?
彼女の言葉は、どこか抽象的だ。
ふわっとして…なかなか掴めない感じ。
「会って、確かめたかった。あなた達のこと」
「え…?」
「あたし、たち…?」
ユールはじっと、あたしとセラの顔を見つめてきた。
綺麗な瞳に、ちょっとたじろぐ。
そしてユールは、まず、あたしの目の前に歩み寄り、すっとあたしの顔を覗き込んだ。
「へ、え、ええと…」
「…貴女は、不思議。ちゃんと時が流れてるのに…でも、誰とも違う。だから一度、自分の目で見てみたかった」
「え…?」
彼女は相変わらず、掴めぬ言葉で語る。
あたしが、不思議…?
他の誰とも違う…。
やっぱりよく、わからない…。
だけど、誰とも違うと言うのは…あたしが違う世界の人間だと彼女は気が付いたという事なのだろうか。
それを聞き、ぱっと頭に浮かんだのは…やっぱりそんな心当たり。
あたしがそんなことを漠然と思っていると、ユールは次にセラに目を向けた。
そしてスッと…白い人差し指を真っ直ぐにセラへと伸ばす。
「そして…貴女は、私と同じ」
「えっ…どういうこと?」
セラは戸惑いを見せた。
ユールとセラは同じ?
セラが戸惑ったように、あたしやノエルも意味がよくわからない。
だけどユールはまっすぐにセラを見つめていた。
「貴女なら…きっと、導ける」
ユールはそれだけ言葉を残すと、ゆっくりと背を向けその場から静かに去っていた。
残されたあたしたちは、疑問ばかりで溢れる。
「わからないよ、同じって…何が?」
セラは呟いた。
だけど、その問いに答えは無かった。
多分…今あたしたちだけで考えたとことで、その答えは出ないだろう。
それらしい答えが導き出せたとしても、それが正解なのかはわからないし…。
そもそも、今のあたし達にはまだ…何もかも情報が足りなさ過ぎる。
「考えても…今はきっとわかんないよ。とりあえず、遺跡のほう行ってみよう?」
「…うん」
「ああ、そうだな…」
「クポー」
あたしはセラとノエルの肩を叩き、モーグリを軽く突いて歩みを促した。
皆も納得し、遺跡のほうへと足を運び始める。
理解を進めるには、あたしたちも知識を得なければ。
遺跡に向かうその道中の話題は、やっぱりホープのことが中心だった。
「ホープくんたち、ちゃんと待っててくれてるかな?」
「どうかな、歴史が変わったなら…こないだの再会はホープの記憶からは消えてるかもしれない。ナマエ、また抱きつかれたりしてな」
「ええ、そーゆーこと言う!?」
くくっと笑ったノエル。
そんなことを言えば、セラも悪乗りしてくすくす笑うわけで。
からかわれたあたしはむすっとわざとらしく頬を膨らませた。
少しずつ、いつもの空気が戻ってくる。
その雰囲気に少しほっとした。
だけど、日蝕がなくなったのは事実。
歴史が変わったなら…ホープの記憶からあの再会が消えてる可能性は大きい。
「先輩!待ってるって誰を?」
「…わからない。でも、此処に来ると思うんだ」
遺跡の奥に進むと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
よく知っている声。
大好きな声。
記憶云々以前に、この場にいない可能性だってあった。
だけど、彼らはそこにいてくれた。
「ホープ!」
見慣れた、変わらない銀髪の背中に声を掛けた。
声を聞いた彼は、届いた瞬間にふっと振り向く。
あたしは軽く手を上げて笑いかけた。
目があった。
その瞬間、彼は駆け出した。
そして、ぎゅっと強いぬくもりを包まれた。
「っ、ナマエさん…!」
「わっ…!」
まるで一直線。
自惚れるわけじゃないけど、でも本当にそんな感じで…。
「…あっ…ごめんなさいっ…僕、ついっ…!」
強い抱擁の末、ホープは我に返ったようにはっとあたしの体を離した。
あー…いやあ、なんというか、うん。
パラドクスの解けた世界では、日蝕は最初から無かったことになった。
あたしやセラ、ノエルのことを…誰も覚えてはいなかった。
だけど、ホープだけは…待っていてくれた。
記憶が変わっているのだから…漠然とではあったけれど。
「…っあははっ…!ううん、大丈夫!」
「…ナマエ…さん…。本当に…」
だから道中予想していた通り…あたしたちは、ホープとの再会をやり直すことにはなった。
でもパラドクスを解消した事で自分の記憶が変わったことをすぐに信じてくれた。
なによりあたし自身は、ホープに会えたこと、歴史が変わっても…また変わらずに待っててくれたことが…結構嬉しかった。
「見せ付けてくれるよな」
「うんうん!」
「クポクポ」
「そこ、うるさい!」
ただ、ノエルやセラ、モグの生暖かい微笑みだけは何とも言えなかったりした。
「お見せしたいものがあるんです」
ホープとアリサは、あたしたちにまた予言の書を見せてくれた。
浮かび出される映像。
見上げたそれは以前のものとは違い、今度はくっきりと戦うライトの姿を確認する事が出来た。
「やっぱりお姉ちゃんだ」
ライトは生きている。
姉は、やっぱりあの時帰ってきた。
手掛かりを得たセラの声は、どことなく前向きなものに聞こえる。
「これは未来の記録です。映っている場所も状況も不明ですが、ひとつだけ確かな事があります。いつの時代かはわからないけれど…そこにはライトさんがいる。オーファンを倒したときいなくなってしまったライトさんは、未来のどこかで生きてるんです」
セラの前向きを後ろから押してくれるホープ。
「夢じゃ、ないんだよね?」
「必ず会えます」
「うん、会いに行くよ」
肯定してくれたホープに、セラは笑みを見せた。
ホープもまた、それに笑みを返した。
「大丈夫ですよ。僕達だって、時間を越えて再会出来たじゃないですか。何年も研究した甲斐があったな」
ホープは嬉しそうだった。
その顔を見ていると、こっちもなんとなく嬉しくなる。
ってこれはもしかしたら…なんたらの弱み、なのかな。
「きっかけは予言の書でした。何百年も昔の遺跡から発掘された書に今コクーンを支えているクリスタルの柱が映っていた。ありえないことですよね。でも、ありえないことが現実に起きた。それで思ったんです。時を越えて未来を知る方法が現実に存在するなら、時を越えて、過去を変える方法もあるんじゃないかって」
ホープは語る。
自分がどんな気持ちで研究に身を置いたのか、ここまで歩いて来たのか。
「歴史を変えて、助けたかったんです。ライトさんだけじゃなくて、ヴァニラさんやファングさん…。…母さんも…」
「…ホープ」
目の前で見失ってしまった人々を思い出し、少し悲しそうに目を伏せるホープ。
そうか…ノラさんも…。
あたしはあの時の、ホープの叫び声を…今も鮮明に覚えている。
ハングドエッジの闇の中に、落ちていくノラさんを…。
目を伏せた彼の顔をそっと覗き込めば、その視線に気が付いたホープはあたしに笑みを見せてくれた。
「現実逃避と言われても仕方ないですね。でも、また…ナマエさんにもこうして会えました。貴女の無事を、知る事が出来た」
「ホープ…」
「それに、おかげで気付けた事もある」
「気付けた事?」
「はい」
聞き返せば、ホープは頷いた。
そして真剣な面持ちを見せ、あたしたちの顔を見渡した。
「僕らのほかにも、何者かが歴史に干渉している。そいつが過去を変えたんです。ライトさんは、一度は帰っていたはずだった。ナマエさんとセラさんだけがそれを覚えていて、」
あたしたちも真剣に耳を傾けた。
だけどその瞬間、アリサが大きく声を上げた。
「先輩!」
その声に、あたしたちはハッと振り向いた。
アリサが見つめていたのは、さっき見せてもらった予言の書。
それが突然に起動し、また新たな映像映し始めた。
そして…その映像とは…。
「…そんな、コレ…」
声が、少し震えた。
「カイアス…!」
ノエルは搾り出すようにその名を口にし、歯を食いしばる。
そこに映ったもの…。
それは…カイアスがコクーンを墜落させ、砕け散らせるという絶望的な映像だった。
「なんなの!?記録が書き換わるなんて!」
「いや、書き換わったとは限らない。もともと記録されていた予言かもしれない。最初の映像の続きか…?」
アリサやホープ、研究員も今の映像には頭を悩ませる。
だけど…今のは間違いなく予言の書から映し出された。
つまり、これが予言であるならば…。
「これが未来の予言なら…コクーンはいつか、堕ちる。ノエル…貴方の時代には、コクーンは無くなってるって言ってたよね?」
「俺が生まれる…ずっと前にな。コクーンが崩壊したせいで、世界は滅茶苦茶になった」
「その時、コクーンを落としたのは…カイアス…?」
「違う。そんなはずはない」
セラの問いかけに、ノエルは大きく首を振った。
ノエルは前に、あたしたちに教えてくれた。
コクーンがいつか、地に堕ちてしまうこと…。
ヴァニラとファングの柱が、壊れてしまう事を…。
「ねえ、コクーンはいつ堕ちるの!?何年後?もうすぐなの!?」
その時、アリサが酷く動揺してノエルに詰め寄った。
表情は焦り、狼狽している。
それを見たノエルは首を横に振った。
「慌てるな。今から何百年も後だ」
ノエルはすぐにそう答えた。
コクーンがいつ堕ちるか…。
確かそれは、あたしたちの時代とノエルの時代のちょうど真ん中あたりだと教えて貰った。
ノエルの時代は700年後らしいから、確かに遠い未来ではある。
すると、それを聞いたアリサは先ほどの焦りが嘘だったように途端に興味を失った。
「なあんだ…ずっと先じゃない。皆生きてないわね」
アリサの口から零れた言葉。
…ちょっとだけ、つんっと引っ掛かった。
確かに、この時代に生きる人には関係のない遠い未来の話しだろう。
きっと…皆そう考える。
ああ、自分には関係がない。よかった…って。
それは至極、最もな感情ではあると思うのだけど…。
でもただ…ノエルの前で言うのはどうなのかなあ、と…ね。
「生きてるよ」
すると、すかさずセラがそう返した。
その凛とした声に、意見されたアリサはキッと軽くセラを睨む。
「コクーンが堕ちて、世界が傷ついて…そんな時代に生きる人がいる」
「ああ…それが、俺の生きた未来だ」
「変えようよ!ノエル、一緒に未来を変えよう!コクーンの崩壊を止めれば、ノエルの時代だって変わるよ!」
「クポ!」
セラが懸命にノエルを励ます。
その力強い声に、モーグリも感化され頷く。
だけど、そこに冷ややかな声が入った。
「どうやって?コクーンが堕ちる現場に行って、支えようとでも言うの?その時代に通じるゲートはあるの?」
「それは…」
アリサが放つのは正論だった。
セラは言い返す言葉を失ってしまう。
だけど、諦めていい理由にはならないはずだ。
「やってみようって思うのは悪いことじゃないよ。今方法が無くたって、探してみたらどうにかなるかもしれないじゃない。探さなかったら、そのままになっちゃうけど。まあ、やるしかなければやるだけだから、ね!」
あたしも前向きに口を開いてみた。
アリサは変わらず、ちょっと顔をしかめてたけど。
…ちょっと不思議だった。
アリサは、自分の評価を下げるようなことをするような子じゃないと思ったんだけど…。
いや、まだあったばかりの子だし、何を知ってるんだって話だけど。
ただ、そういう計算とかをしそうな子かな…って。
それとも…あたしたちが、それに値しない人間と思われてるのか…。
…セラはともかく、ノエルには愛想よく話している印象を受けた気もしたけど。
…もしくは、まるで…コクーンの落下を食い止めたくないかのような。
面倒くさい…とか?…よく、わからない。
でも、あたしは変えたいと思う。
そして、今語った台詞は…彼女の台詞を借りたものだ。
《出来る出来ないの問題じゃない。やるしかなければやるだけだ》
一点の曇りなく、当たり前のように。
そう言った彼女の言葉は…ずっと、自分の中に残っている。
そして、それを一緒に聞いた彼は…あたしが彼女の台詞を言ったことに勿論気が付いて笑ってくれた。
「ええ、そうですね。直接その時代に行けなくても、方法はあります。今の積み重ねが未来でしょう?数百年先にコクーンが堕ちる可能性があっても、今から行動すればそんな未来を防げる」
「うん!!」
賛同して、それに具体的な肉付けをしてくれたホープ。
あたしは笑顔でうなずいた。
でもノエルはまだ少し不安げな顔をする。
それは、実際に滅びを知っている彼ゆえだろう。
「…もし、防げなかったら?」
「被害を減らす方法を準備します。今から研究して準備しておけば、たとえコクーンが落下しても、地上の被害は最小限で済みます」
ホープは具体的に対策を語ってくれた。
それはとてもわかりやすく説得力のある言葉。
そんな決意を聞いたノエルは、その想いに応える様に力強く頷いた。
「了解。俺達はゲートを探して未来を変える。あんたは今から準備を始めてくれ」
「変えましょう、未来を」
希望を捨てない。
ホープの微笑みに、あたしたちも笑みを返す。
するとその時、セラが何かに気が付いたように…ハッと何かを呟いた。
「未来が変われば…」
「セラさん?」
その呟きに、ホープがセラの顔を覗く。
セラはその声に我を戻し、ふるふると首を振った。
「あ、なんでもないの。ありがとう、ホープくん」
「時を隔てても、目的は一緒ですね」
あたしたちは、ホープと堅い約束を交わした。
時が違い、方法は違っても、同じ未来を視ていると。
あたしは…単純だけど、ホープと同じものを視れているのなら、なんとなく…それだけで頑張れる気がした。
To be continued
prev next top