「はあ…星痕症候群っすか…」
頬を掻きながら、ぼそっと呟いた。
それは、剣術の稽古をしている時、生徒さんとの会話に出てきた単語。
…最近よく耳にするようになった…病気の名前。
星痕症候群。
身体のそこかしこから黒い液体を流しながら、死んでしまうという恐ろしい病気。
ミッドガルから発症したとか、伝染するだとか…今、色々騒がれている流行りの話題。
本当に伝染するのかとか、原因はなんなのかとか…まだ、なにひとつ正確なことはわかってない。
だから同時に、治す方法も見つかっていない。
あたしの生徒さんの周りでも…かかってしまったっていう話を聞くほど身近な話でもある。
幸い、クラウド、ティファ、マリン。
あたしの周りに発症したしてしまった人はいない。
…ユフィとかナナキとか、皆の周りはどうだろう…。
最近あまり連絡をとっていないから、少し…心配はあった。
まあユフィ辺りは病原菌なんて気合で吹っ飛ばしそうなもんだけど。
その日は、そんなことを考えながら帰路についていた。
そして…その日からほどなく、星痕症候群は…あたしたちの身近なものとなることになった。
「クラウド?電話してくるなんて珍しいのね」
ある日、お店の電話が鳴った。
あたしはその日、特に予定もなく、カウンターでジュースを飲みながらぱらぱらと雑誌をめくってた。
その横目で、ティファが電話をとる様子を眺める。
電子音が止まり、ティファの声で相手がクラウドらしいと言うことが分かった。
…本当、電話してくるなんて珍しいかも。
クラウドはめったに電話なんかしてこない。ましてやお店になんて。
その珍しい電話に、あたしは雑誌から顔を上げて、ティファの声に耳を傾けた。
「…クラウド?どうしたの?…誰?それ、クラウドの電話でしょ?」
一体何の御用だろうか。
またフェンリルの時のような変な交渉だったりして。
そんなことを考えてたけれど、ティファの様子からすぐにそれが外れなのだと悟った。
ていうか、ティファの口ぶりから相手がクラウドなのかさえ怪しいような。
「ティファ?どしたの?」
疑問を覚えたあたしはティファに声を掛ける。
すると、少し戸惑っている様子だったティファは受話器を少し耳から外して、ちょいちょいとあたしに手招きをした。
こっちに来て、一緒に聞いて…とな。
あたしはカウンターの椅子から降り、ティファに駆け寄り、ふたりで一緒に受話器に耳を傾けた。
すると、聞こえてきた声は、クラウドのものだった。
「あれ、なんだクラウドじゃん?」
《…ナマエ?代わったのか?》
「んーん。ティファとふたりで一緒に聞いてる。なんか様子変なんだもん」
《…ああ》
「ん?ティファ、どゆこと?」
「えっと…今、男の子が話してたのよ。知らない子。でも、なんか様子がおかしかったから…」
「様子がおかしい?」
「泣き出しそう…って言うかな」
要約すると、こういうことだった。
クラウドがバイクから離れている間、そのバイクに引っ掛けられていたクラウドの携帯電話を使って、誰か知らない男の子がセブンスヘブンに電話を掛けてきた。
当然、クラウドから掛かってきたと思ったティファは戸惑った。
でもティファはそこで、その男の子の様子がおかしいことに気が付いた。
酷く不安そうで、泣き出しそうな声。
そして…ほどなくその声は苦しそうなものに変わった。
呻くようなその声を最後に、男の子の声はぷつっと途切れてしまう。
そこにクラウドが戻ってきて、今代わりに話してる。
ざっと、そういうわけらしい。
「ふーん、なるほど。だいたいは掴めたよ」
「それで、その子どうしたの?大丈夫?」
《いや…辛そうだ》
ティファが尋ねると、クラウドはその子の状態を見て教えてくれた。
あたしはその男の子と話をしたわけではないけど、話を聞く限りでは可哀そうだなと思う。
だって、電話を続けられなくなるほど苦しんでるってことでしょ?いや、状況全然わかんないけどさ。
あたしでさえそんなことを思う。
実際話したティファには、余計に放っておけない気持ちがあったのかもしれない。
だからティファは、クラウドに提案した。
「だったら、うちに連れて来たら?」
それを聞いたクラウドは、何を思ったのか少し間を置いた。
そして、その子の状態をより詳しく…だけど、簡単な一言で教えてくれた。
《この子は、星痕みたいだ》
星痕。
それを聞いた瞬間、ティファが返事に一瞬詰まったのが見て取れた。
生真面目なティファのことだ。
何を考えたのか、すぐに察しはついた。
まず、人に伝染るかもしれない可能性。
家族に伝染する可能性…特に、マリンのこともある。
そして次に、お店のこと。セブンスヘブンは飲食店だ。
根拠がないとは言え伝染するかもしれないという噂がある以上、お店への影響は少なからずあるだろう。
でも、連れて来たらと言った手前…星痕だから、って言うなんて…。
まあそれ以前に、ティファの性格から言って、放っておくことも出来ないんだろうけど。
で、ここからはあたしの私見だけども。
今、この場において…放っておこうって考えを持ち合わせてる人はいないと思うわけで。
《星痕は伝染らないと聞いている》
その時、クラウドがそんな迷いを察したように言った。
おやま。
それを聞いて、あたしはクラウドの心中をなんとなく理解した。
「ふーん。クラウド、その子連れてきたいんだね」
《え…、あ…いや、》
「んふふ、なに口ごもってるの。いいじゃん、連れて来たいならそう言えば」
《…ナマエ》
クラウドは、はっきりと言葉にしない。
それは多分…今、あたしやティファが危惧したのと同じことを彼も考えたからだろう。
でも、クラウド自身がどうしたいかという答えにおいては…きっと、連れて来たい、なんだろう。
だってそうじゃなかったら、わざわざ星痕は伝染らないなんて言わないでしょ?
理由まではわからないけど…。
まあ、それは後で聞けばいい話だ。
あたしはクラウドがそうしたいと言うなら、その言葉に頷くよ。
「ま、とりあえず色々考えなきゃな事はあるだろうけど、ひとまず連れて帰ってきたらどうかな。関わっちゃった以上、放っておけるような性格してないもんね!みーんなさ!」
あたしはそう言って、クラウドの意見を押すようにニッコリと笑った。
まあ、クラウドには見えてないだろーけどさ。
でも、そう。
クラウドもティファも、こういうことを放っておける性格はしてない。
それなりに思う事はあれ、見て見ぬふりだけは出来ないだろう。
あたしは、そういう二人だから…クラウドも、ティファも、好きだと思う部分がどこかしらにあるんだと思う。
だってふたりは、初めて会った時から…優しかったもん。
だからあたしは…、そんな背中を少し押すだけ。
そうすれば、ティファもコクンと頷いた。
「うん、連れてきて」
《…裏口から入れる。それから、マリンを預かってくれそうな人はいるか?》
「うん」
話は、男の子を迎え入れる方向で着々と進んだ。
ティファはあたしに受話器を渡すと、ベッドやマリンを預けるための準備を始めた。
あたしはクラウドと繋がったままの電話に耳を押し当てた。
「じゃ、クラウド。気を付けて帰ってきてね」
《ああ。…ナマエ》
「うん?」
《…その、よかったのか…?》
「ええ?今更だね。だってクラウド、連れてくる気満々だったでしょ?」
《………。》
否定しない。
クラウドは素直だなあ、とちょっと笑った。
…否定はしないけど、こうして気に掛けてる。
家族のこと、ちゃんと考えてるって証拠だ。
それがわかれば、それでいい。
「大丈夫。あたしは基本的にクラウドのしたいことは全面協力のスタンスですから」
《…そう、か》
「うん!ではでは、おかえりお待ちしております!」
《…了解》
そして…ピ、と通話は切れた。
電話を耳から放し、ちょっと…見つめる。
なんとなく…少し、嬉しいのかもしれない。
なんだろう。多分…クラウドの心がはっきりと見えたから、かな。
「ふふっ」
少し、笑みが零れた。
だけどあたしは、この時はまだ…星痕症候群という病気について、あまりに無知だったのだと思う。
伝染のことだって、用心にするに越したことはないけど、なんの根拠もないのに伝染ると言って手のひらを返すのはどうかと思ってた。
いや…それは、そう思うの。
だって、世界はとても広いと…自分の知らぬことなどいくらでもあると、それだけは身を持って知っていたから。
でも、きっと…そんなに重く考えていなかったのかもしれない。
星痕というものが、どういうものであるのか。
星痕が、大きく運命を突き動かすものだなんて…想像もしなかった。
だけど、これは…また、別の…ひとつの大きな思い出でもある。
これは…新しい家族、デンゼルと出会う…数時間前の出来事。
END
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