「…っ!」
はっと目が覚めた。
ガバリと飛び起きたら、物凄い汗をかいていた。
「あ…」
目の前にあるのは見慣れた部屋。
いつもの窓に、いつもの家具、いつものベッド。
気になる事があるとすれば、今の時間はいつも布団にそろそろ入ろうかなーなんて思う時間。
記憶を辿ると簡単に答えは見つかった。
ご飯を食べて、特にすることもなくて。
ベッドに転がってしてたらいつの間にか寝ちゃってた。
なんつーか、あたしだらしない…うん。
「夢…か」
その罰か何かだろうか。
おかげで最低最悪の気分でのお目覚め。
「…夢見、悪…」
額の汗を軽くにぬぐって。
はーあ、と溜め息付きながら、そっと床に足をつけた。
目もさめちゃったし…ちょっとジュースでも飲んで来るか…。
さっぱりして嫌な気分を変えるべし!
あたしはささっとベッドの中を抜けだしキッチンに向かった。
「…あ」
ひょっこり覗いたキッチン。
そこにはひとりの先客がいた。
あ、なんて声を漏らせば振り返った金の髪。
「クラウド」
そこにいる彼の名前を呟くと、彼はあたしを見て「ん?」と小さく笑った。
…きゅうん。
その顔見たら胸がそんなんなったのはもう条件反射だ。仕方ない。
「目、覚めたんだな?」
「…うん。寝てたの知ってたんだ?」
「さっきノックして返事が無かったからな」
「ああ…なんか用だった?」
「ティファがデザート作ったからって呼びに行かされたんだ」
「なんですって!?」
「残念だったな」
ティファのデザートですと!?!?
そこに目を見開いて過剰反応をしたあたしにクラウドはくつくつと小さく笑った。
ちょっと待てクラウド!
それは全然笑いごとじゃない!
食べたかったよ!それ!!
笑ってるクラウドとは対照的に、あたしはちょっと不貞腐れてみた。
「起こしてよクラウド…」
「全然返事が無かったからな。無理に起こすのも気が引けた」
「起こしてくれて全然いいから。あたしの優先順位、睡眠よりティファのデザートだから」
「覚えておくよ」
次からは起こす事にする、と言いながらクラウドは手に持っていたグラスを飲み干した。
ううーん…なんか色っぽい。
コクン…と鳴る喉になんか見惚れた。
ってあたし変態くさ!!
いやいやでもクラウドに関してはもう気にしてたらキリがないって事には気づいてるからね!
…ていうか、でも今は…そういうクラウドのひとつひとつの仕草が余計に目を引いた。
いや、見惚れてるって意味じゃなくて…。
今は…嫌に脳裏にこびり付いてる夢がそうさせた。
「…クラウド」
「ん?」
そっと呼べば、クラウドの青い目があたしを映す。
焦点を合わせて、しっかりと。
「クラウド」
「うん」
「クラウド」
「…どうした?」
繰り返して呼んだら、流石にちょっと不思議そうな顔をしていた。
そりゃそうだ。
なんにも言わずにただ呼ぶだけとか、まったくもって意味不明だ。
でも…今は返事が返ってくる事に、酷く安心していたと思う。
そうしたら思わず手を伸ばして、そっと頬を寄せる様にクラウドに抱きついた。
あたしにしては結構大胆だ。結構凄いことしてる。
「…っ、ナマエ…?」
「…ごめん、嫌だったらすぐ離れる、よ…」
ここまで来ると流石にクラウドも困惑してた。
だから数秒だけ。
数秒待ったらすぐに体を離した。
「…ごめん」
「…別に、嫌じゃない」
「わ…」
ぽすん、耳に響いた柔らかい音。
離した体は、すぐにクラウドによって彼の胸に戻された。
ちょっとビックリ。
今更だけどカーッと微妙に頬が熱くなった。
だけど今はやっぱ特別だ。
というより、夢に見た時点で結構自分的に大きな出来事だったんだなって言うか…。
傍に響いて来るクラウドの心音に、妙に落ち着いた。
「…どうかしたのか?」
優しい声が落ちてくる。
あたしはゆっくりそのままに頷いた。
「…ちょっと嫌な夢、見た」
「嫌な夢?」
「うーん…思い出した、って言うのかな」
あたしは苦笑いしながらクラウドに話した。
広がるのは青緑の光。
大きく揺れて、崩れていく大地。
小さな村をひとつ…飲み込んでいく青。
「クラウドは…もしかしたら覚えてないかも知れないけど」
「…ミディール、か」
「あの時ってさ、ちょっと色々目まぐるしかったから。色々…一気に怖くなったって言うのかな」
古代種の神殿、忘らるる都でのこと…。
それから休む間もなく北に向かって…クラウドの心が壊れてしまった。
あの時はただひたすら自分に出来ることを…って、それだけしか考えてなかった。
でもよく考えたら、他に何を考えればいいのかよくわからなかっただけ。
ただ…、もう何も失いたくなかった。
あれ以上…もう何も取り返しのつかない事にだけは、なって欲しくなかった。
エアリスの命…クラウドの心…。
なのに…クラウドとティファがライフストリームの中に消えてしまった。
自分で本当、ちょっとビックリだ。
自分の中で結構なトラウマになってるらしい。
だから今のぬくもりは安心に変わった。
「確かに…ちゃんとは覚えてない。でも、ナマエが叫んでくれた事はなんとなく覚えてるから」
「え…?」
「ナマエ、俺とティファのこと、呼んでくれたんだろ?」
「…呼んだ…ていうか、叫んだ?」
「どっちも同じだろ?…その、嬉しかったから」
見ていることしか出来なかったあたしは、必死で叫んだ。
喉が痛くなるくらい、ふたりの名前を強く呼んだ。
クラウドは、それに気づいていたという。
本当はライフストリームに突っ込もうとしてシドに怒られたんだけど…。
や、シドだけじゃなくて、その後クラウドとティファにも怒られたんだっけ。
でもクラウドは今、それを嬉しかったと言った。
「…ほんと?」
「ああ…」
「…そう、なんだ」
「……。」
「……。」
ふと、ふたりして黙った。
理由はシンプル。
ただなんとなく、恥ずかしくなった。
だって、なんか…照れる。
「…なんか気恥ずかしいな」
「そ、そうですね…あ」
「…ん?」
そこで少し、欲が覗いた。
もう大分落ち着いたけど、もう少し。
思いついた小さな欲張り。
あたしはクラウドをゆっくり見上げた。
「ね。クラウド…?」
「…なんだ?」
「名前…呼んでもらっていい?」
もう少し、実感したい。
クラウドがいる。ちゃんといる、傍にいる。
あたしの声はクラウドに届いてますか?あたしのこと見えてる?
なんかあたし、子供みたいだ。
だけどクラウドは優しくて、そんな願いを聞き入れてくれた。
「…ナマエ」
「うん…」
「ナマエ…、ナマエ…」
「……うん」
とくん、とくん。
クラウドの心音が心地いい。
自分の弱点を、知った気がした。
END
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