「ここ?」
「…ああ、ここだ」
ブレーキの掛ったフェンリル。
ひょいっと軽く飛び降りた。
小高い丘。
少し身を乗り出せば、目の先にはミッドガルが映る。
クラウドの手には、大剣バスターソード。
あたしの手には綺麗な花束。
クラウドはその地に、ザン…、とバスターソードを突き刺した。
「はじめまして、ザックス」
あたしはその剣に、にっこり笑ってぺこりと小さくお辞儀をした。
ザックス・フェア。
光を差す様な響き…それが彼の名前。
「聞いてますよー。クラウドの大事な友達なんですってね?」
バスターソードの傍に花束を置きながら笑った。
彼…ザックスは、クラウドにとって大事な意味をもった人らしい。
振りかえって確認すると、クラウドは頷いた。
「ソルジャーだったんだよね?」
「ああ。クラス1stだ。正真正銘の…な」
「お、精鋭だね」
「そうだな。ザックスは…ニブルヘイムの一件で被験体にされた俺を…ここまで連れて逃げてくれたんだ」
「…そっか」
ソルジャー・クラス1st、ザックス。
彼のことを語るクラウドは、寂しそうで悲しそうだった。
でもどこか嬉しそうでもある。
その青い瞳には、色んな感情が滲んでるみたい。
それはきっと、クラウドだけの、クラウドにしかわからない…複雑な感情なんだと思った。
「…雨が降ってた」
小さな呟き。
小さな小さなそれに、あたしは耳を傾ける。
するとクラウドはバスターソードに目を向けたまま、ゆっくりと語り始めた。
「雨が降ってたんだ。あの時…俺は、水溜りが出来た砂利を這って、ゆっくりザックスの顔を覗き込んだ。…赤だった。伝う雫が赤くて、筋道を作るように水溜りに流れていった」
「………。」
「ザックスは…笑ってた。俺はその時、まだなんだかぼんやりしてて、何が起きてるのか…よくわからなかった。でも…耳にはっきり残ってる。誇りや夢、全部やる…。そう言って俺にバスターソードを託して。お前が、俺の生きた証だって言ってくれた、あの言葉は」
「生きた証?クラウドが、ザックスの?」
「…うん。ザックスは…ゆっくり目を閉じた。それを見て俺はハッっとして…ここで、喉が痛くなるくらい…叫んでた」
「…クラウド」
その時の事を辿るように、クラウドは己の手のひらを見つめていた。
辛い記憶。でも、大事な記憶。
そんな話をあたしにしてくれて、純粋に嬉しいと思った。
あの旅を終えて、色んな話をした。
だけどクラウドは、ザックスの話をすることを…きっとどこかで避けていた。
だからあたしも、ぐいぐい聞くようなことはしなかった。
すっごくすっごく気になってたけど、クラウドが話したいと思わないなら…無理することはどこにもないから。
ただ、話してくれる気になったら…聞いてみたいと思っただけ。
やっと言葉にしてくれたその表情は…やっぱり苦いものに見えた。
「…ザックス一人なら…、きっと…逃げられたのかもしれない」
「…えっ?」
「俺の事なんか…放り出していれば…。放ってしまえば良かったのに…」
「クラウド」
俯いて良く見えない。
でも…金糸の奥では何かを耐えている。
それだけは伝わる。それだけはわかる。
あたしはそっと、クラウドの背に触れた。
「駄目なんじゃない?そんな暗ーいこと言っちゃったら」
最初は明るい声。
いつもみたいに、馬鹿みたいに。
そんなこと言わないでほしいから。
誰もそんなこと望んでないから。
…でも…、この続きはどうも、あたしの頭じゃ見つからなそうだ。
「ごめんね、クラウド。あたしは馬鹿だから…こういう時、どういう言葉がふさわしいのか…全然わからない」
あたしはクラウドじゃないから、共感してあげることは出来ない。
どんなに思っても、他人の心を理解するなんて…きっと無理な話だと思う。
「でも…でもね」
だから…ほんの少しでも、その心に寄り添えたら…。
「…あたしはザックスに会ったことないし、彼の事はよくわからないけど…それでもたったひとつだけハッキリしてる事があるよね」
「…ハッキリしてる事?」
「…ザックスがクラウドを連れて逃げたのは、クラウドが大事な人だったからだと思うよ。だから、放りだしてよかったなんて言っちゃ駄目」
「……でも、」
「生きた証なんて、それこそクラウドの生を望んでる証拠じゃん。やだなあクラウドってば、いつだって皆から愛されちゃってるね」
「……え?」
頷いて、トン…とクラウドの背中に額を寄せた。
うう…少し恥ずかしい。
でも、まずは物理的な距離から…と言うことで。
くっつけば、ぬくもりくらいは分け合える。
「今もほら。近くに愛しすぎちゃってどうしようって奴がいるんですけど」
クラウドが大好きだ。
いつも思ってる。ずっとずっと前から大好きだって心が叫んでる。
だけどこんな風に口に出して本人に言うことはあまりなかった。
やっぱ、なんか恥ずかしい。
だからもぞっとクラウドの背中に顔をうずめてしまう。
…まあ、たまには良いよねって事で。
クラウド少しだけ焦ってたけど、でも受け止めてくれた。
そして、優しい声で空を見上げた。
「…思い出した。あの時、俺は…ザックスの分まで生きると決めたんだ。精一杯…な」
「…そうなんだ?」
「うん…。だから…なあ、ナマエ?」
「…うん?」
「…手伝って、くれるか?」
控えめな言葉。
あたしは背中にくっついたままで笑った。
「あたしでよろしければ?」
「…十分すぎるよ」
断る理由なんか無い。
むしろそれは光栄です…ってね?
ねえ、ザックス。
あたしは貴方と出会うことは叶わなかった。
クラウドの憧れで、エアリスの初恋とか…。
会ってみたかったから、凄く残念です。
でも…貴方が守った、その人の近くにいられる。
せっかく守ったその命…どうせなら幸せであって欲しいよね?
だからあたしは精一杯…クラウドのことを想っていく。
END
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