信じるという言葉



「ナマエ…大丈夫?」

「ん、ありがと。ティファ」





ゴンガガ村の、あるひとつの民家。

色々あって、なんか疲れて…ベッドを貸してくれたその民家の台所を借り、あたしは「はーあ」とでっかい溜め息をついた。
そうすると、それを見ていたティファが水をくれて、ぐいっと一気に飲み干した。





「はー…すっきり。ごちそうさま」

「はい」





ティファは飲み干したコップを受け取って、ゆすいでくれた。

流石ティファ。一連の流れが実に自然。
出来たお姉さんです、本当に。

…なーんて、そんなこと思うくらいの余裕は出来てきた。





「ねえ…ナマエ。神殿でのクラウドのこと…詳しく教えてくれない?」

「え?」



 

きゅ…っと水を切ったティファは、真剣な目をしてそう聞いてきた。

古代種の神殿では、本当に色々な事があった。

…クラウドは、まだ眠ったまま。
今は彼の目が覚めるのを待ってるところだ。

神殿での出来事を知っているのは、あたしとレッドXIIIとエアリス。
皆にもクラウドの様子がおかしくなって黒マテリアをセフィロスに渡してしまったと…大まかに大体の事は説明したけど、ティファはまだ気になる事があるらしい。





「うん、いいよ」

「ありがとう…。その、もう少し詳しく教えてもらいたくて」





もっと詳しく…か。

クラウドの様子が可笑しくなったのは、どのあたりだっただろう?
あたしは「うーん」と思い出しながら、ティファに補足の話をはじめた。





「…神殿の中を探索してる時も、途中でセフィロスが現れたのね?」

「うん」

「その時もクラウド…ちょっと様子、変だった。雰囲気がガラッと変わったって言うのかな…」





思い出しても、やっぱり思う。

壁画の間。
怪しく肩を震わせて、ぶつぶつ呟いて。

あれ…なんだったんだろう、って。

そして、その時のクラウドは…何故か…。





「あと…なんか、漠然とだけど…消えちゃいそうにも、見えた…かな」

「えっ、消えそう…?」

「あ、いや、本当なんとなくだけど」





慌てて首を振った。

でも…エアリスも、壊れてしまいそうに見えたって言ってた。
…本当、壊れて、消えてしまいそうに。

それくらい脆そうに…ちょっとでも目を離したら、そこから消えてしまいそうな…。





「あ、あはは!そんなわけ…ないのにね!」





なんだか考えがどんどん不吉な方に転がって言って、気味が悪くてあたしは笑った。

いやいや、でも本当にそうだよ。
突然消えちゃうなんて…ていうか消えるって何だ。

漠然とし過ぎて、わけわかんない。

そう、わけわかんない。
そんなのありえない。怪奇現象かこのやろう。

けど、いくら笑い飛ばしても、やっぱりちょっと気になった。

だって…クラウドが脆い存在に見えたのは事実で…。
だからエアリスが言ってた事を、ちょっと思い出した。

…クラウドが壊れない様に見てて…か。





「うーん…ごめんね、ティファ。これ以上は上手く説明できないかも」

「…そっか。ううん…ありがとう」





十分だよ、とティファは笑って頷いてくれた。
でもそう言いながらも、ティファはどこか遠くを見つめてた。

考えごととしてるみたいだ。きっと心配してるんだろうな。
と…そこまで考えて、思った。

ティファはクラウドの事、どう思ってるのかなあ…って。

そういえば…ティファとそういう話した事って、あまりないかもしれない。

でも、もしかしたら…。





「お前ら。んなとこにいやがったのか?」





ガチャ!
直後、台所の扉が開く音がした。

ぎょっくん!

別に普通のありふれた音。
でも物凄い心臓が飛び出しそうになった。

だって今はさ、ほら!ちょっとそんなん考えてたからさ!

とにかくもう…びっくりした…!
誰だよ、まったく…と、ちょっと八つ当たりに近い気持ちで振り向いてみる。

すると、そこにいたのは大男。





「ば、バレット…?」





振り向いた先にいたのはバレットだった。
これはまた台所が似合わないお方が来たもんだ。

いや、お前が言うなって話かもしれないけど気にしない…。





「どうかしたの?」





ぼけっとしてるあたしの隣でティファが聞いてくれた。

するとバレットはどこかバツの悪そうな表情を浮かべる。
そして頭を掻きながら教えてくれた。





「それがよ、エアリスが村からいなくなっちまったらしい」

「え!」

「はっ…?」





利いた言葉に、あたしとティファは顔を見合わせた。

……エアリスが、村からいなくなった…?

な、なんだそれ…。
まさか…ひとりで…?

あたしはバレットにずいずいっと詰め寄った。





「なにそれ!どういうこと?!」

「落ち着け!よくはわからねえ。今、皆が探しに行ってくれてる」





そう言われてみれば、少し心当たりが出てきた。

今は全員ゴンガガにいるはず。
なのに、妙に静かだった。

そうか…。
エアリスを探しに行ってたのか…。

でも…なんで、エアリス…?
いなくなるって…こんなときに…?

なんだか嫌な気がしたあたしは上着に手を掛けた。





「じゃあ、あたしも探しに行ってくる!」

「いや、俺達はクラウドの奴の回復を待つって言っておいた。PHSの数にも限りがあるんだ。お前まで行く必要はねえ。むしろ手間が増える」

「……ちょ…、」






がしっとバレットにフードを掴まれて止められた。
ねえ、あのね、なんで皆このフード掴むかな、本当に。

しかも手間が増えるって…ちょっと…!いや、言い返せないですけど…!

まあ…確かにPHSもなしにフラフラするのはアレか…。
一理ある言葉に、羽織りかけた上着を畳んで頷く。

クラウドの事も心配だし、彼をひとりにするわけにもいかない。
だからあたしたちは一先ず、クラウドが休んでいる部屋に向かった。

するとタイミングが良かったらしい。
部屋を訪れてわりとすぐ、やっと目を覚ましてくれた。





「うなされてたみたいだな。調子はどうだ?」





体をゆっくり起こしたクラウドをバレットが気遣う。

少しうつろな青い目。
クラウドは、ゆっくり首を横に振った。





「…よくわからない」

「そんなとこだろうな。ま、あんまり悩まねえこった」

「あのね、クラウド。エアリスがいなくなっちゃったの」





ティファが早速エアリスの事を口にした。

目を見開くとか、「えっ」とか、少なからず自然とそんな反応を期待してた。

だから意外や意外。
クラウドはまったく驚く様子を見せなかった。





「…クラウド?」

「……古代種の都。エアリスはそこに向かっている。メテオを防ぐ手段があるらしいんだ」





それどころか、むしろこっちが驚かされた。

何故かエアリスの動向を知っていたクラウド。

…どーしてそんなこと、知ってるのだろう?
あたしがスリプル掛けてから、ずっと寝てたのに。

でも、なんとなく…嘘じゃなくて、根拠を持って言っているような…。
そんな感じがした。それはわかった。

ティファもバレットもそれは感じたらしい。

けど一人だなんて危険すぎる。
だからバレットが急かすようにクラウドの肩を叩いた。





「エアリスがひとりで!?何だってひとりで行っちまうんだよ!おい、俺達も行くぞ」

「メテオを防ぐ事が出来るのは古代種……エアリスだけだ」





けど、クラウドは変わらず俯いてる。
ティファもバレットに同意する様に語りかけた。





「それなら尚更よ。エアリスにもしもの事があったらどうするの? セフィロスが気付いたら大変よ」

「セフィロスは……もう、知っている」





クラウドは俯いたまま、とんでもないことを口にした。

…はっ…?
たぶん確実にあたしたち3人の頭には、揃ってそう浮かんだはずだと思う。





「おい!お前、何だってチンタラしてるんだ?」





バレットの言うことは至極もっともだった。

それが本当なら、こんなとこでこんなふうにぼーっとしてる場合じゃない。
皆にも知らせて早く探しにいかなきゃ。





「行きましょ、クラウド」

「…嫌だ」




ティファがクラウドを促す。
でもクラウドは、また首を横に振ってそれを拒否をした。

…嫌って……。

なんか今のクラウド、すごく弱々しい…。
彼はぽつぽつと、胸に渦巻く不安を語り出した。





「俺、またおかしくなるかもしれない。セフィロスが側に来ると俺はまた…」

「…クラウド…」





紡がれた不安に、あたしは彼の名前を溢した。

そういえば、この部屋の来て言葉発したの、初めてだ。

…だって、なんとなく。
あたしは…あのクラウドを見たから。

ちょっとだけ、その不安がわかる気がした。

でもそんなの撃ち落とすように、バレットはあっけらかんと言った。





「ああ、そうだよ。お前のせいでセフィロスは黒マテリアを手に入れたんだ。責任を取れ!」

「…責任?」

「お前はよ、色んな問題を抱えてるんだろうさ。自分の事良くわかんねえんだもんな。でもよ、クラウド。俺達が乗っちまったこの列車はよ、途中下車は無しだぜ」





ああ、懐かしい言葉だ。

途中下車出来ない。
それはアバランチでバレットの良く使ってたフレーズ。

バレットとティファはクラウドを前に向かせるために声をかけ続けた。





「クラウド、ここまで来たのよ…。セフィロスと決着をつけるんでしょ?」

「嫌だ…。俺は怖いんだ。このままじゃ、俺は俺でなくなってしまうかもしれない…」

「…しょうがねえ奴だぜ…。あのな、考えてみろよ。自分の事、全部わかってる奴なんて世の中に何人いると思ってんだ?誰だって、訳わかんねえからあーだこーだ、悩むんだろ?それでもみんな何とか生きてる。逃げ出したりしないでよう。そういうもんじゃねえのか?」

「クラウド…来てくれるよね。私、信じてるから」





それだけ伝え、ふたりは部屋を出て行った。

残ったのはあたしだけ。
言葉を発する事をしなかったあたしは、やっとベッドに腰掛けるクラウドの前に足を運んだ。

しゃがみこむと、ゆっくり彼の顔を覗き込む。

ああ、なんて言おう。何を話そう。
色々と迷ったけど、でも…一言目だけは決まってた。

だって…あたしは、まず…謝らなきゃって思ってたから。





「…クラウド、ごめん」

「…ナマエ…?」





いきなり謝ったあたしに、クラウドは不思議そうな顔をした。
いや、まあ…突然謝られたらそんな反応するよね…。そりゃ普通だわ。

でもやっぱり…申し訳ない気持ちが心に残ってた。





「いやそのー…さ、傍にいたのに…止めらんなくて」





…ちょっと気まずい。
視線を泳がせて、頬を軽く掻いた。

うん…。
あたし、止められなかったんだよな…。

やるだけやったならともかく。
情けない事に、全然動けなくて。

だから謝ろうと思ってた。
その気持ちは…目覚めたクラウドの手を見たら、余計に強くなった。

だって…クラウドの手、震えていたから。

でもクラウドは首を振ってくれた。





「…そんなことない。ナマエが居てくれて助かった…。ナマエが眠らせてくれなかったら俺、もっとエアリスにとんでもない事を…」

「気にしてるの?」

「…聞かないでくれ、そんなこと」





クラウドは更に俯いた。
…ということは、相当気にしてるということだ。

正直言うと、こんな弱ってるクラウド…初めて見た。

やっぱり…思う。
見てないと、クラウド…何だか…。

苦しそうで、辛そうで。
無理矢理引きずったら、もっと傷つけそうで。

でもだからって、このままじゃ駄目だって言う事はあたしにもわかる。

なにより、エアリスの一刻を争うかもしれない。





「…クラウド。エアリスの事、探しに行こうよ」

「……。」





だから呼びかけた。
クラウドは変わらず俯いたままだけど。





「不安に思わないで。ちゃんとしっかりして」

「……。」





クラウドは頷いてくれない。


……あたし、あの時動けなかった。

それは、クラウドが怖かったから。
ただ漠然と、クラウドが…壊れて、消えてしまいそうで怖くなった。

…でもさ、あれから考えてたんだよ。
クラウドが眠ってる間、ずっと…ずっと。





「はーあっ」





だから、作戦に出てみようと思う。

あたしはちょっとだけ芝居がかったような、大きな溜め息を吐いた。
すると、クラウドの肩はぴくりと揺れたのが見えた。





「あーあ、クラウドはゴールドソーサーであたしに言ってくれた事、忘れちゃったんだ?」

「…ゴールドソーサー?」





聞き返される言葉。
あたしは目を細めてクラウドを見やった。

そして頷いた。





「…俺のこと信じてくれって、言ってくれたのに」

「……。」

「自分を信じてない人を信じろって言うんだ?ムッチャな事言うなあ」

「…そ、れは」





ああ、凄いわざとらしい演技。
自分でもちょっと苦笑いもんだな…。でもまあいいじゃないか!

…あたし、前にクラウドのこと…不思議だなって思った。
なにが?って言われたら、自分でも上手く説明出来ないけど…。

…でも今ちょっとだけわかった気がする。
いや、人に説明するのはやっぱり無理かもだけど。

…クラウドって、…ぐらぐらしてるんだ。

ああ、そうだ。
どこかで…わかってたのかもしれない。

なんだか…いつも揺らいでるんだ。
…そして本当は…すごく脆いのかもしれない…。

…でも、どんなに揺らいで脆くても。
あたしは、少なくともこれだけは知ってる。

クラウドは、優しいよ。
いつも助けてくれるその手は、本当に本当に…。

そう…思うから。

だから、まっすぐまっすぐ…綺麗な青い目を見つめた。





「ね。あたし…信じてるよ。クラウドも…あたしを信じてくれてるん…だよね?」

「……ナマエ」

「あたし…頑張るから…。また何か起こったら、クラウドのこと、止められるように…。だから…」

「……。」

「エアリス…探しに行こうよ」





…お願い、クラウド。

あたしは、クラウドの事…信じたいって改めて、思ったよ。

今、目の前にいるクラウドを。

今度は…もう怖がらない。
だからクラウドにも、クラウドのこと信じて欲しい。





「…一緒に来て、くれるのか?」





なんとなく控え目な聞き方。
あたしは笑って思いっきり頷いた。





「あったりまえ!どこまでもお供しますぜ、ボス!」

「…ボスじゃない」





お。なんか久々のやり取り。

自分で言っといて、でも何か可笑しくなって、あたしは「ぷっ…」と噴き出した。
だけど、クラウドの口元も少し、緩んだ様に見えたから。





「そーだな、目一杯騒いでセフィロスの声なんてかき消しちゃうとかね!そう言う事は、あたしに任しとけ!」

「…ナマエ」





そうだよ。目一杯馬鹿騒ぎして、振り払うから。
あたしは…クラウドが、前を向いてくれるなら…きっと、何でもするもんね!





「…ね。だから、行こうよ。皆だって、ちゃんといてくれるよ」

「…ああ、そう…だな。そう…だよな?」

「もち!」





青い瞳がゆっくり前を向く。
ぎしり、と床がなって、クラウドが立ちあがった。


To be continued


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