ほどけたリボン
エアリスを探しに行ってくれた皆の情報を照らし合わせ、辿り着いたのは北の大地。
ボーンビレッジという発掘の集落の先にある眠りの森。
その森を更に抜けた先…、その最果てに在る忘らるる都という場所に、あたしたちは足を踏み入れていた。
「それにしても…エアリス、いないわね。どこにいるのかしら」
ティファが溜め息まじりに呟いた。
この、忘らるる都という場所は、とにかく神秘的な場所だった。
同時に、すごくすごく古い。
人の住んでいたような形跡もある。
大きな貝殻のような建物、多分民家だと思う。
そんな廃墟を掻きわけて探す。
でも、エアリスの姿はどこにも無かった。
「あの嬢ちゃん、前衛で戦うようなタイプじゃなかったろ。モンスターに襲われでもしてなきゃいいがな」
シドが、槍を肩に預け、ふっと煙を吐きながら言う。
「…だが、無闇に探しまわるのも利口とは言えないな。ナマエ、少し落ち着いたらどうだ」
「うぐ…!」
だかだか、とあちこち走りまわっていると、ヴィンセントにフードを引かれ、ぐん!と止められた。
…なんで皆、このフード掴むの。首しまってるんだよ、首が…!
そう思いながら涙目でヴィンセントを見上げた。
「だってエアリスが…!」
「それはわかってます。でもあまり無茶しはるとナマエさんが倒れますっつー話ですわ。さっきからずっと前線で戦い過ぎやで」
「……うー…」
ケット・シーに正論を言われ、その場にしゃがんだ。
ああ、もう…。エアリス、どこにいるの?
なんでひとりで行っちゃうの…!あたし、いじけるぞ!
ていうかいじけた。
だからしゃがんだまま、もぞっと膝に顔をうずめた。
するとその時、ひとつの民家を見に行っていたユフィの声が響いてきた。
「クラウドー!この家ベットあるよー!ちょっと休んでかないー?」
その叫びを聞いて、皆の視線がクラウドに集まる。
あたしも膝から顔を上げてクラウドを見ると目があった。
「…ああ、休んでいこう」
クラウドが頷いたのを確認すると、皆、その民家の中に入って行った。
訪れた小休止。
でも…正直な話、あたしは全然眠れなかった。
ベッドに横になっても、まったく眠れない。
だって、クラウドはセフィロスも気付いてるって言っていた。
そんなの不安すぎて眠れるか!って話だ。
まあ、ちょっと横になるだけで体は休まるものだから、横にはなってるけど…。
でもやっぱり落ち着かなくて、あたしは寝返り打ちまくりだった。
つーか打ちまくって、むしろベットから…落ちた。
「うぶっ!」
どすーん!
なんとも見事な音を響かせつつ、なんとも間抜けな声を上げてしまった…!
ていうか顔面ぶつけた…!痛い…!
「…ナマエ?」
「…え、あ、クラウド…」
思っきしぶつけた鼻を押さえていたら、クラウドの声がした。
顔を上げたらやっぱりクラウド。どうやら彼も起きてたらしい。
「…大丈夫か?」
「はは…」
クラウドはあたしの前にしゃがんで様子を見てくれた。
少し暗い中だけど、顔をまじまじ見られてついついドキリ。
…だって、やっぱ改めて…クラウドって結構整った顔してるんだもん。
「…赤くなってるな」
「まじでか…。まあ、痛いけど…死にはしないよ」
「大雑把だな…」
「…えへ」
可愛くないけど、誤魔化し笑いを浮かべた。
するとその直後、急にクラウドは「…っ」と額を押さえこんだ。
立場逆転。今度はあたしがクラウドを覗き込む事になった。
「…どーしたの?もしかして、セフィロス?」
「…いや、違う…。何だ…今、何か…既視、感…?」
「えっ…?」
きしかん?
…って、あれだよね?
なんか体験したこと無いのに、体験してるみたいに感じるってゆー…。
…今の状況で、なにが…?
あたしが首をひねってると、クラウドも首を振った。
「…いや、気のせいだな」
「そう…?」
「でも、今また別の…」
「ん…?」
クラウドは立ち上がり、窓の外に目を向けた。
あたしも合わせて立ちあがって、同じように窓の外を見る。
ああ、外ももう暗いなあ…。
おかげで気分もずんずんしてくる。
もうエアリスが居なくなって、だいぶ時間…経っちゃったよな…。
「…感じる」
「へ?」
不安が過る気持ちにモヤモヤしてると、クラウドは窓から空を見上げて呟いた。
「ここに、エアリスがいる。…そしてセフィロスも」
「えっ、なんでそんなこと…」
「…理屈じゃない。感じるんだ、俺の心が」
「……。」
理屈じゃなくて、感じる…か。
人って、たまにそういう直感が働く事ってあるらしい。
なにより、直感って結構当てになったりするもんだよね。
それに今はあまりに手掛かりがない。
直観に頼るのも悪くないだろう。
「わかった。じゃあ、皆の事起こそ!」
「…ああ。早くエアリスを捜そう」
あたしは頷いて、ぱたぱたと駆け、皆に声をかけに行った。
「クラウド、どっちに感じる?」
「エアリスの声の聞こえた方向……あっちか?」
皆を起こして、クラウドの勘を頼りに進む。
そしたら…ビンゴ、だった。
さっき散々捜したはずのに、あの時は無かった別の道が開いてた。
ガラスのように光を放った螺旋階段。
かん、かん…、ってブーツが鳴る音が響く。
下まで降りたら、満ちた水の中に浮かぶ小さな祭壇があった。
「…エアリス」
そして、そこにいた彼女の名前を呟いた。
エアリスは祭壇の中で膝をつき、目を閉じていた。
まるで何かを祈っているように。
でも、やっと見つかった姿に安心した。
それと同時に、何してるんだろうって疑問も覚えてた。
まあ…本人に聞けばいい話だ。
それに、「なんで一人で行っちゃうの!」とか「ボディーガードなのに置いてかないでよ!」とか言おうと思ってた事は沢山ある。
だからあたしはエアリスに近づこうとした。
でもそれはクラウドに手よって制された。
「クラウド…?」
「…俺が行ってくる」
そう言い残すと、クラウドはひとりで祭壇を渡っていった。
そして祈りを捧げているエアリスの前に立つ。
あたしたちはそれをじっと後ろで見守っていた。
「………。」
祈り続けるエアリスを、クラウドは見つめていた。
誰も言葉を発しない。
静かな静寂が、辺りを包んでる。
しばらくそれが続いた。
…なんか、むず痒い。
でも静かだったからこそ、何か変化があるとよく響く。
キン…
金属が動く音。
じっーと見てたから、それが何の音かなんてすぐわかった。
クラウドが背中の大剣を…握りしめた音。
……なんか、すっごく嫌な予感がした。
その予感は大当たりで、クラウドは剣を構える。
……目の前の、エアリスに向かって。
「…っ!」
ぞっとした。
多分、神殿の事を見た分、あたしは敏感になってたんだと思う。
だから誰よりも早く叫んでいた。
そして、走ってた。
「クラウドッ!駄目!!!」
クラウドが剣を振りおろす体制に入る直前。
叫ぶと同時に、剣を握るクラウドの腕に咄嗟にグッとしがみついてた。
そしたらクラウドの手はビクッ…と止まった。
「……、ナマエ…。俺、は…」
視線がぶつかる。
落ちついて…って意味を込めて頷けば、クラウドも頷いてくれた。
正気を取り戻したクラウドは、エアリスに目を戻す。
あたしもそのまま、クラウドの隣で見つめていた。
エアリスは、未だ祈ってる。
でも…その時、瞼が開いて、ゆっくり上げられた透き通った緑色の瞳が見えた。
その一瞬、エアリスと目があった。
柔らかい空気。
なんとなく、凄く凄く穏やかな…そんな感覚を覚えた気がした。
だけど、それは…すぐに消え去る。
気付いた時には、遅かった。
「………!」
影が射す。
見えた、なびく黒と銀。
やけに、スローに見えた。
ゆっくりゆっくり、時が流れる様な錯覚。
落ちてくる。
…セフィロス…。
エアリスの背後で、口角を上げた男。
長い刀が、赤く光を放った。
今…目の前で、なにが…起きた…?
なにが、起きてる…?
セフィロスの刀が、エアリスを貫いた……?
刀がゆっくり引き抜かれていく。
エアリスの体は、それに引かれてのけ反って…。
拍子に、ピンクのリボンがほどけた。
いつか見せて貰った、お守りだと言うマテリアが静かな音を響かせて、祭壇を跳ねて…最後に、水の中に沈んでく。
エアリスの体が、倒れ込んだ。
「…エアリス?」
エアリスの体を抱きとめたクラウドが、揺すって、呼びかける。
あたしは、足の力が抜けたように…ぺたん、と膝をついた。
そっと手を伸ばして、その自分の手のひらを見たら………赤かった。
可愛らしいピンクが、赤に染まっていく。
「…あ…か…?」
零れたのは震える声。
やだ…なに、これ…。
何が起きたの…?
「エアリス…、エアリス…!」
何度も呼びかけた。
ねえ、エアリス。
エアリスってば。
いつも綺麗な瞳を細めて「なあに、ナマエ?」って、笑いながら頭を撫でてくれる。
でも今、目の前のエアリスの瞼は…落ちたまま。
「……嘘だろ?」
掠れたクラウドの声が届く。
そうだよ、嘘だよね?
ねえ、エアリス…。
「気にする事はない。間もなくこの娘も星を巡るエネルギーとなる」
でも、返って来たのは静かな低い声。
びくっ…と、自分で肩が揺れたのを感じた。
嘘…嘘…嘘…!
頭の中で、ひたすら繰り返してる。
「私の寄り道はもう終わった。後は北を目指すのみ。雪原の向こうに待っている約束の地。私はそこで新たな存在として星と一体化する。その時はその娘も…」
「…黙れ」
語る様な口調のセフィロスを、クラウドが遮る。
「自然のサイクルもお前のバカげた計画も関係ない」
クラウドは、エアリスを抱きよせるように手に力を込めた。
くた…とエアリスの首が揺れ、ほどけた茶色の髪が波をうった。
「…エアリスがいなくなってしまう。エアリスは、もう喋らない。もう…笑わない。泣かない…怒らない…。俺達は…どうしたらいい?この痛みはどうしたらいい?指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ!」
クラウドの震える声と手。
いつのまにか、エアリスの支えるため重なっていた手から、それが凄く伝わってきた。
それが、際立たせた。
「何を言っているのだ?お前に感情があるとでも言うのか?」
クラウドに対し、セフィロスは冗談でも聞いた様な口ぶりを返す。
それを聞いたクラウドはギリッ…と歯を食いしばり、あたしにエアリスを預け、立ちあがり、そして睨んだ。
「当たり前だ!俺が何だと言うんだ!」
でもセフィロスは、それすら笑って見てる。
「クックックッ…、悲しむふりはやめろ。怒りに震える演技も必要ない。何故なら、クラウド。お前は…」
そこで、セフィロスは飛び上がった。
嫌な気配。
落ちてくる、黒い何か。
それは、形を変え…不気味に広がっていく。
…ジェノバだ…。
「……何故なら、お前は……人形だ」
響いた声はクラウドを人形と呼ぶ。
その直後、皆の足音が聞こえた。
現れたジェノバに向かって、皆が武器を構えて立ち向かってるのが見える。
「…エアリス…」
でも、あたしは…その後ろで、抱きしめてた。
ねえ、お願い…エアリス。
なんでおいてっちゃったの?
あたし、エアリスのボディーガードだよ?
ねえねえ、今、何を祈ってたの?
まだ…いっぱい話したい事、あるんだ。
聞きたいことも、あるんだよ。
「…エアリス、やだ…やだよ…、…目、開けて…、…ねえってば…」
戦いの音が響いてくる中、あたしは…ただただ、呼びかけた。
まだ温かさの残る彼女の体を抱きしめながら、何度も何度も。
「…エアリスっ…エアリスってば……やだ……いやあ…っ!」
だけど…返事は、返ってこなかった。
「…ナマエ」
それから、どれほど経ったのだろう。
クラウドの声に呼ばれ、顔を上げる。
そこには戦闘を終えた皆が囲んで、あたしの腕の中にいるエアリスを見ていた。
「…嘘でしょう…、エアリス…」
「なんで、なんでだよお…っ」
ティファがエアリスの髪をそっと撫でる。
ユフィは大粒の涙を流しながら、あたしの肩にしがみついて泣いていた。
バレットは涙を耐えるように上を向く。
ヴィンセントはマントの奥に目を伏せて。
シドの鼻をすする音がした。
レッドXIIIが悲しげに遠吠えする。
クラウドは、目の前にしゃがんだ。
「…クラウド、あたし……ケアルガ、ずっと掛けたの…。ずっとずっと…何度も何度も…」
「……ナマエ」
「でも、駄目だった…駄目だったんだよ…っ」
声が震えて、俯いた。
あたしは…ただただ夢中で、エアリスに回復魔法を唱えてた。
傷は塞がった。
でも…エアリスは目を開けなかった。
「…ナマエ…」
また、クラウドの声が落ちて来た。
それと…頭に優しい手のひらも一緒に。
「……見送ろう、皆で」
クラウドはエアリスの体を優しく抱きあげた。
そのまま向かった先は、湖。
薄暗いけど…少しの淡い光の射す、小さな湖。
ぱしゃ…、
クラウドが踏み入れると、波が立つ。
エアリスの茶色の柔らかい髪が、水に広がる。
手を離すと…少しずつ少しずつ、静かに…沈んでいった。
「………。」
ひた…と、冷たさを感じて。
あたしは…自分の頬に触れた。
辿ったら、一筋の線を描く様に…濡れていた。
To be continued
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