黒猫の裏切り



「わあ…きれー…!」





揺れるゴンドラ。
その窓から見える夜景に夢中になって、顔を綻ばせるナマエ。

だけど俺は…いくつもの色に光る花火より、その光に照らされているその横顔を、ナマエが夢中なのを良い事に…ずっと見つめてた。





《あ、あのねクラウド!今から一緒に遊びに行かない!?》





突然部屋を尋ねて来て、凄い勢いでそう言われた時は…正直何事かと思った。

でもそれよりも…目にとまったのはナマエの今の姿だ。
ゆるく、ふわっとさせた髪型。軽く化粧をしているのか、少し潤む様に見える瞳。


……一瞬、抱きしめたくなった。


いや…そんな衝動、流石に抑えたが…。
だけど…恥ずかしさからか、その場を逃げるように去ろうとするナマエの手は、とっさに掴んでた。

…せっかくの、この機会を放したくなかったんだ。





「…クラウド、ありがとね」





そんなことを考えていれば、ナマエの視線が窓から俺に戻ってきた。
ナマエは俺に、付き合ってくれてありがとうと笑った。
俺には付き合わされたなんて気持ちはこれっぽっちも無かったし、いつもはそんな事気にもしないのに。

でも、きっと…コイツは、ちゃんと普段からこういうこと考えてるんだと思う。
だから誰かの危機に、突っ込んでいくんだろう…。

本当、人の気も知らないでな…。





「付き合ってくれて、ありがと!」





ナマエは、ぱっと微笑む。
…その笑顔に、すっと胸の中が温かくなるのを感じた。

でも同時に、灰色のモヤも…顔を覗かせていた。





「…俺でよかったのか?」

「うん?どうして?ああー、楽しかったー!」





ナマエは変わらず笑ってる。

…でも今の言葉は…俺の、本音だった。
俺で良かったのか。俺なんかで、良かったのか…。

渦が、蔓延り出す…。





「クラウドこそ、どうだった?なんか付き合わされた感じでしょ…?」

「…別に、そんなことない」

「…え?」

「俺も…楽しかったよ」

「え。本当?」

「ああ…」

「息抜き、なったりした?」

「息抜き?…そうだな」

「そっか…!よかった!」





紡がれていく会話。

ああ、そうだな…。
俺は…ナマエといられるだけで、楽しかったよ。

息抜き…なんてもんじゃない。
…幸せ、なんだ。


なあ…さっきロビーで話した時、言っていたよな。

《自分の取り柄は無駄に元気でいることだけ。だから馬鹿は馬鹿なりに暗い空気を吹き飛ばせるようにありたい》と…。

…確かに、ナマエはいつでも賑やかで、そんな空気に皆笑う。
けど…、ナマエのいいところが明るいだけでは無い事を、俺は知ってる。

そもそも、そんな風に考えるのは、いつも人の事を考えてるからだ。
人の事ばかり気にして…自分を二の次にしていそうで。
…だから俺は、ナマエのそんな部分を…守ってやりたい。俺が…守りたいんだ。

でも、裏腹に…渦中にハマってく…。

だって…俺は、別にナマエの何でもないんだ。
そんなこと思うくせして、伝える勇気も無い。
今はこうして笑いかけてくれるけど、もしもそれが無くなってしまうとしたら。
そう思うと…、このままを望んでしまう。

でも、本当は今以上も望んでる。
相反する感情が混ざり合って、渦を生んで。

なあ…、なんで俺を誘いに来てくれたんだ…?
そんな格好までして…。
エアリスに言われたからか?
…でも、実際に来たのは…あんた自身だろ?

…顔出す、どんどん渦が濃くなっていく…。





「…なあ、ナマエ」

「んー?」

「どうして俺の事、誘いに来てくれたんだ…?」

「…え?」





口が、動いた。

やめろ…。
そんなこと、聞きたくない…。

でも、渦が邪魔をする。





「…そんな格好までして」

「…えっ…!」

「それは俺が…」





出会ったころの、ナマエの言葉がこだまする。
あの《マイヒーロー》と笑った顔が。

強くなる…。
どうしようもない、情けなくて…余裕も何もない、醜い嫉妬心。





「俺が…あんたの初恋に似てるからか?」





…そう、聞いてしまった時…ナマエの目が揺れた気がした。

それが示す意味は、わからない。
自分で尋ねたくせに、聞きたくなかった…。

花火の音が声を誤魔化す。





「……ナマエ…」





呟く名前。
ドーン、響くその音が…俺の声も、かき消してく。





「…俺…ナマエが…、…あんたが…好きだよ」





普通でも届くかわからない小さな小さな、本当に小さな…その情けない呟きは、完全に花火に混じって、跡形も無く消えていった。





















「あー…!本当、楽しかった!ロープウェイ止まってくれてラッキーだったかも」

「現金だな」

「うっふっふっふー」





一周して、戻ってきたゴンドラ。

とん、と降りて、今の時間を見て。
そろそろ戻ろうか、なんて話をしながら歩く。

ロープウェイの故障を喜ぶあたしに、クラウドは「やれやれ」と首を振っていた。
それすら見て、あたしはケラケラ笑った。


……さっき、小さなゴンドラの中で、少しの静寂が流れた。

でもそれ以上、あの話が続くことも無く、いつの間にか空気は御覧の通り。
正直ちょっと、ほっとしてた。

…なんでクラウド、あんなこと聞いてきたんだろう?
考えたって、わかんないけどさ。
でもあたしは、クラウドに気持ち伝える勇気なんてないから。

あたしは馬鹿だけども。
そんな無謀な負け戦、するほど馬鹿じゃないんだよ。

でも…だからきっと、少しでも長く…今がずっと続けばいいのにとか。
そんなこと、…考えてるんだ。





「あー、楽しい時間はあっという間だねえ…」

「ナマエ…待て」

「へ…?」





乗り場から出て、インフォメーションボードのあるターミナルフロアに戻ってくる。
そこからゴーストホテルに繋がるホールをくぐろうとしたら、クラウドの肩を掴まれ止められた。

不思議に思ってクラウドの顔を見上げると、クラウドは何かをじっと見ていた。その視線を追っていくと…辿り着いたのはデブモーグリと、その上に乗る黒猫。

…はて。
それは見覚えありまくりのヌイグルミの彼。

いつもなら「あ!ケット・シー!」なんて言いながらあのデブモーグリにタックルかます勢いで抱きつくものだ。

…でも、今は何か様子が変だった。
それは彼の小さな手の中に光る、丸いモノ。





「おい!ケット・シー!」





それを確信したクラウドはケット・シーに声を掛けた。
すると、ヌイグルミにも関わらず、ケット・シーの肩はビクッと大きく跳ねた。





「クラウドさん…!ナマエさん…!」





そしてあたしたちの姿に気付くなり、今まで見たことのない物凄い速さで逃げだして行った。

…って、ええええ!?

突然の事態に軽く混乱を起こすあたし。





「ちょ、ケット…!?」

「まずい…!ナマエ、追うぞ!」

「あ…っ、クラウド待って!」





逃げ出したケット・シーを追って、クラウドは駆けだした。
それを見て、あたしも慌ててクラウドを追いかける。

走りながら、考えた。
え、えっと…ちょっと待ってよ…?

今、ケット・シーが持ってたのって…見間違いじゃなければアレだよね?

丸い、不思議な輝きの石。
それって、あたしたちがここを訪れた理由…キーストーンだ。

なんで、それ持ってくの…!?

そう思って思いつくいたのは…最悪のシナリオ。

いやいやいや…!そんなわけないでしょ!?
そう頭を振っても、でもそれ以外に思いつかない。

嘘、嘘、嘘…!
走って追いかけながら、どこかでは否定する。

だけど…それは、簡単に崩された。





「ほら!これや!キーストーンや!」





ケット・シーを追いかけた先はチョコボスクェア。

辿り着くと、ぶわっと大きな風が舞っていた。
聞こえてくるバラバラという、独特のプロペラの音。

舞っていたのは、神羅のマークの書かれたヘリコプター。
そこから顔を出しているのは、タークスのツォンだ。

ケット・シーはツォンに向かってキーストーンを…、投げた。





「ご苦労様です」





ツォンはそう一言だけその場に残す。
そしてヘリコプターは空に去っていった。

簡単に崩れた。
的中してしまった予感。

…う、そ…。
あたしはその光景を、立ち尽くして見ていた。





「ケット・シーッ!」





クラウドは乱暴にデブモーグリの腕を掴んでケット・シーこちらを向かせた。
酷く睨んで、強く咎める声で。





「ちょちょ、ちょっと待って〜や。逃げも隠れもしませんから」





するとケット・シーは降参だとでも言う様に肩をすくめた。

立ち尽くしてたあたしもクラウドの隣に駆けよって、一緒にケット・シーを見上げた。





「確かにボクは、スパイしてました。神羅のまわしモンです」

「そんな…」





あっけなく…認めた。
その姿に、なんだか凄く愕然とした。

だってそんな、あっさりさ…。

落胆するあたしを知ってるのか知らないのか。
ケット・シーはひょうひょうと話を続けていく。





「しゃあないんです。済んでしもた事はどないしょうもあらへん。な〜んもなかったようにしませんか?」

「図々しいぞ、ケット・シー!スパイだとわかってて一緒にいられるわけないだろ!」





茫然としてるあたしとは逆に、クラウドは怒鳴る。

クラウドの言うことは最もだ。
スパイをそのままにしておくなんて、普通あり得ない。

でもケット・シーの口調は変わらないまま。





「ほな、どないするんですか?ボクを壊すんですか?そんなんしても無駄ですよ。この身体、元々玩具やから。本体はミッドガルの神羅本社におるんですわ。そっから、この猫の玩具操っとるわけなんです」

「じゃあ、お前は誰だ」

「おっと、名前は教えられへん」

「…話にならないな」

「な? そうやろ?話なんてどうでもええからこのまま旅、続けませんか?」

「ふざけるな!」





2人が口論してる中で、あたしは思い出してた。

そういえば、ゴンガガでタークスがあたしたちを待ち伏せてたっけ。

そっか…、そういうことか…。
ケット・シーが教えたからだったのか…。

どんどん、思い出した。

クラウド…あの時、言ってたっけ。
「スパイがいるなんて考えたもくない。俺は皆を信じるよ」って。
それ聞いて、なんか嬉しくなったんだよなあ。
…だからあたしも笑って頷いた。

なのに…いたんだ…。





「…信じて、たかったなあ……」

「……ナマエ…」





ついポロっと…言葉が零れた。
クラウドが振り向いてくれて、眉を下げた。

するとケット・シーはどこか気まずそうに頬を掻いた。





「ナマエさん……確かにボクは神羅の社員や。それでも、完全に皆さんの敵っちゅう訳でもないんですよ」

「…どういうこと…?」

「…ど〜も、気になるんや。みなさんのその、生き方っちゅうか?誰か給料はろてくれる訳やないし、だぁれも、褒めてくれへん。そやのに、命賭けて旅しとる。そんなん見とるとなぁ…自分の人生、考えてまうんや。何や、このまま終わってしもたらアカンのとちゃうかってな」

「……。」





口調が改められ、少しトーンが落ちた声になった。

でも正直、わかんなくなってた。
何を信じればいいのか、その話が本当なのか、とか。

だって、唯一確かなのは…キーストーンはここには無いってことだったから。





「正体は明かさない。スパイは辞めない。そんな奴と一緒に旅なんて出来ないからな。冗談はやめてくれ」

「…まぁそうやろなぁ。話し合いにもならんわな。ま、こうなんのとちゃうかと思て準備だけはしといたんですわ。これ、聞いてもらいましょか」





ケット・シーが取り出したのは小さな通信機。
そのスイッチを押せば、ノイズ混じりで聞き覚えのある声が聞こえて来た。





『父ちゃん!ティファ!』





小さな女の子の声。
それが聞こえた瞬間、背筋がぞっとした。





「…マリン…ッ!?」

『あ!ナマエだ!ナマエ、あのね!』





ぶつん。

何かを嬉しそうに伝えようとするマリンの声は、ケット・シーが再び押したスイッチによって途切れた。

そこまで来て、あたしは思わずケット・シーに詰め寄った。

だってこれじゃ、マリンは…!
いや、それよりもマリンだけは…!





「待って!ケット・シー!マリンは!マリンは何も関係ないじゃん!」

「…よせ。ナマエ」





クラウドに腕を掴まれ止められた。
その声を聞いて、ぐっと堪える。

…マリン…。

俯いた。
それを見たクラウドは、そっと優しく慰めるように、肩を叩いてくれた。





「…最低だ」





そしてそのまま、青い目でケット・シーを睨んで、低い声で吐き捨てた。

最低。
その言葉に、ケット・シーは首を振った。





「そりゃ、ボクかってこんな事やりたない。人質とか卑劣なやり方は…」

「……卑劣だと、思うの…?」

「…ナマエさん…」





じゃあしないで…。
そう思うならしないで。

いくらそう思ったって、人質がある以上、もう下手に動けない。

卑劣だとわかるのに…わかる人なのに…。





「まぁ、こう言う訳なんですわ。話し合いの余地はないですな。今まで通り、仲ようして下さい。明日は古代種の神殿でしたな? 場所知ってますから後で、教えますわ。神羅の後になりますけど、まぁ、そんくらいは我慢して下さいな」





ケット・シーはそれだけ言うと、あたしたちの横をすぎ、ホテルに戻ろうと歩き出す。
そのすれ違い様、もう一言だけ言われた。





「…もう、信用はありませんね。ナマエさん、皆さんにとってボクは…良い人ではあらへんやろなあ…」





最後はまるで、独り言みたいだった。

そしてその姿が見えなくなった頃、クラウドが呟いた。





「……仕方ないな。言う通りにしよう」





あたしは俯いたまま、それに黙って頷いた。





「……なんだろ、これ」

「…え?」





だけど少し置いて、そう言ってた。

ああ、ごめん。
全然、答えになって無いね。

でも、それが本心だった。
もうなんか…わけがわからない。

わからないけど…なんか、胸の中がぽっかりしてた。





「裏切られるって、こんな感じなんだね…」

「………。」

「…すっごく寂しい気持ちになるなあ…」

「…ナマエ」

「なんか、わかんなくなりそう…。何を信じていいのか…」





ぎりっ…と無意識に手に力が入る。
痛いくらい、握りしめる。

わからないけど、たぶん、あたしって平凡に…生きて来たんだよね。
…いや、もしかしたら、鈍いからかも…しんないけど。だからこう…裏切りとか、初めてで。

するとクラウドは、そんな握りしめてたあたしの手をそっと取った。
そして両手で、ほどく様に…包んでくれた。





「…爪の跡ついてるぞ。やめろ…」

「………。」

「…ナマエ」

「…うん…」

「…わからなくなったら、俺の事、信じてくれ」

「え…?」





顔を上げると視線がぶつかった。青い青い瞳。
あたしやっぱ馬鹿だな…。こんな状況なのに、どきんとした。





「俺は、ナマエの事を…信じてる。だから、ナマエも…」

「…クラウド」

「信じて、くれないか?」





答えなんて、出てる。
あたしはゆっくり頷いた。





「…うん。クラウドの事、信じるよ」





クラウドの手は、優しくて、あったかかった。


To be continued


prev next top



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -