「じゃ、張り切って行こう!」
敵を倒し、明るく気楽なノリでヴァニラが歩きだした。
前を率先して歩いていく彼女の後ろをあたしとホープはついていく。
鼻歌まじりで足の軽いヴァニラの様子に、ホープは恐る恐る尋ねた。
「…怖く、ないんですか?」
怖くないか。
そう聞かれたら、たぶんあたしはコワイと答えると思う。
でもそれは、さっきみたく魔物が襲ってきたらって考えると…ていう話。
いや、ホープにもそういう意味は勿論あるんだとは思うけど…。
でもホープが怯えてる本当の理由は…たぶん、そこではないように思えた。
「ないかな〜」
ヴァニラは軽く答えた。
そのあまりにもあっけらかんとしている様にホープは一瞬言葉を詰まらせ、あたしの顔を見てきた。
「…本当に、知らないんですね」
「…う、ん…?」
同意を求める様に聞かれて、あたしは反応に困った。
…多分、今までの話を整理した限り…だけど。
ホープが言ってるのはさっきまでの会話に何度か出て来た【パルスのファルシ】っていうのの事だと思う。
ホープの反応を見てるとそれへの恐怖って知ってて当然ていうか…。
ヴァニラの方がイレギュラーっていうか…。
だからあたしに「本当に知らないんですね、あの人…」みたいな顔してきたんだろう。
でもだからこそ返事に困った。
だってあたしは【パルス】とか【ルシ】とかわからないんだもん。
わかってたらちゃんと会話に参加してるし…。
あたしがそう考えている方で、ヴァニラはむすっとした表情を浮かべていた。
「パルスのファルシとルシは敵。だからコクーンから追い出す。ファルシの近くに住んでた人も、一緒にパルスへ放りだす。パージってそういうことでしょ?」
自分の知っている知識を早口で説明してくれるヴァニラ。
対抗意識で言った言葉みたいだけど、それはちょっと有難かった。
…敵を追い出す。
敵と一緒に近くにいた人達も追い出す…。
それがさっきの戦争みたいな光景なのだろうか…?
ヴァニラの説明を元に、あたしは頑張って情報を繋げていっていた。
…でもやっぱパルスだのコクーンだの。
ファルシだのルシだの…わからないことが多すぎる。
「ここにいたら、僕らもパルスにパージされて…!」
「だから何?」
「何って…パルスは地獄なのに!」
あたしがひとり唸っていると、ふたりは軽い言い争っていた。
と言っても…ホープが取り乱してるだけとも取れるけど。
そんなホープを前にヴァニラはまた優しく手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめた。
「落ち着け、ホープ!」
抱きしめたまま、ぽんぽん、とホープの頭を撫でるヴァニラ。
あたしはその光景にピシリと一瞬硬直した。
いや…うん…。
ていうかさっきもあったな、こんなの…。
ヴァニラはさっきもホープを落ち着かせるように抱きしめていた。
つまりこれで2度目である。
…ホープは男の子。
小さな子ならともかく、ホープはそれなりの歳。
だから…いいんだろうか…?
あたしはそう思っちゃうから、2回とも目を見開くくらいビックリした。
うーん…。
ヴァニラの生まれ育った所にはそういう風習があるのか…?
「…誤魔化さないでよ」
前回はそうでもなかったけど、どうやら今回は逆効果だったらしい。
ホープはヴァニラの腕をほどき、背を向けて先に歩きだしてしまった。
若干の沈黙。
少し空気が重くなったのを感じた。
「……。」
あたしは黙ったまま、じっとふたりを見比べた。
…これは、どうしようかな…。
重い空気というのは好かない。
好く人も少ないだろうが…。
だから少し悩んだ末、あたしは口を開いた。
「あ、あのさ…ホープ、ヴァニラ」
この空気の流れは変えた方が良さそうだろう。
それにちょっと今のあたしの知識じゃアレだし、っていうかあたし自身もモヤモヤして気持ち悪かったから。
だから、思いっ切って聞くことにした。
ファルシとかルシ、そういうのをちゃんと。
「あの…ちょーっと、変なこと言うかもだけど…」
でも、そう切り出した時だった。
「聞こえるかー!!!俺だー!!!どこにいるんだー!!!」
「「「!」」」
急にドでかい男の声が響いてきた。
勿論、見事にあたしの台詞は遮られた。
…だ、誰ですか!?
人の言葉遮るなんて…!
なんだか物凄く虚しい気持ちになった。
でも、よくよく考えて…はっとした。
「待ってろよ!ヒーロー参上だ!」
また、響いてきた。
ヒーロー…。
その台詞を聞いて確信した。
「…もしかしてこの声…、スノウだよね?」
一応聞いてみるとふたりとも頷いてくれた。
でもその時同時にまたホープが手を握りしめたのが見えた。
「…何がヒーローだ…」
呟いて、少し鋭くなったホープの目。
それを見たあたしは自分にしかわからないくらいの小さい溜め息をついた。
ホープ…完全にスノウへの印象が悪くなってる。
ホープのお母さんは、行動を起こすスノウ達を見て自分も戦うことを決めた。
でも結果スノウと一緒に瓦礫の下に落そうになり、スノウは…ホープのお母さんの手を放してしまった。
そしてその後…何とか生還を果たせたスノウは、仲間たちと笑っていた。
…簡単に言えることじゃない。
でも、あの状況で手が抜け落ちてしまったのはスノウのせいじゃない。
彼は手を放すまいと必死に耐えていた。
後で仲間と笑っていたのも…たぶん、あんな状況を跳ねのけるために気を張っていた…と言ったところなのだと思う。
第三者のあたしの目から見れば、あの光景はそういう風に映った。
…でも当事者であるホープの目には、あのスノウの笑顔がどう映ったかわからない。
完全に糸が絡まってる状態だ…。
「ここに来るよ」
ヴァニラがホープに言った。
声が響いてきたということはスノウは近くにいる。
それを聞きホープは不安を見せた。
「ど、どうします…?」
「言いたいこと言いなよ」
「でも言ったって…母さんは…」
「逃げても、いいけど?」
ヴァニラは首を傾げてホープの答えを待った。
するとホープの目は、ちら…と、あたしに向いた。
正直あたしは…どうするのが正しいのかわからなかった。
でも…このままじゃきっとホープは苦しい。
吐きだすというのも…ありな選択ではあるのだと思う。
「…どっちでも、いいよ?」
だからあたしはそう返した。
するとホープはあたしに歩み寄り、おずっと尋ねてきた。
「あの…また、一緒に来てくれますか?」
控え目なお願い。
不安そうに手を握りしめて。
そんなホープにあたしは微笑んだ。
「お望みとあらば」
肩をすくめて少しおどけて。
でもすぐに首を振って、とん、と彼の背中を優しく叩いた。
「あはは、ごめん。うん、一緒に行く。ていうか言ったじゃん。置いていかれても困っちゃうよ。あたしこそ、ホープと一緒にいてもいいかな?」
「そ、そんなの…こちらこそ、一緒にいてください」
「…うん!」
こんなわけのわからない世界で、しかもこんなわけのわからない異跡。
そんな場所でひとりにされるなんてたまったもんじゃない。
でも今のやり取りでなんとなく、つっかえが取れた気がした。
別にそんな空気は無いけれど、一緒にいていいんだって言葉で確認したら…安心を覚えられた。
そんな気がしたから。
To be continued
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