「畜生ッ、これが私の背負う罪かよ!!」
ファングの悲痛な声が響く。
そして、あたしとヴァニラは…目の前に広がるその光景に、言葉を失った。
デュアルウェポン…。マシンピストル…。
そして、いつも傍で見慣れていた…黄色いブーメラン。
それらは持ち主の手を離れ、無造作に床に転がっていた。
「ライト…、スノウ…、サッズ…」
呼びかける、彼らの名前。
…大切な人の名前。
「…ホープ…」
だけど、返事は返って来ない。
ただ、目の前に映るのは…信じたくない現実。
元の姿とは似ても似つかない、変わり果てた姿…シ骸。
「ホープ…、ねえ、ホープ…ホープ!」
信じられなくて、必死に呼びかける。
いつも、振り返る。
当たり前に、笑顔をくれる。
《なんですか?》
って、銀色の髪を揺らして…優しく首を傾げる彼。
でも今は…振り返らない。
きっと、届いてもいない…。
「こんな結末って…」
ヴァニラが愕然と床に崩れて座り込む。
シ骸…。
それは…ルシが絶望し、烙印の目が完全に開いた成れの果て…。
ファングはただ、みんなを巻き込みたくなかった。
ただ、気絶させて…その隙に使命を果たしてしまおうと考えた。
だけど…、そんなファングの裏切りに…皆は酷く動揺した。
そうして放ったファングの強大な一撃は…絶望を招き、シ骸へと誘った。
あたしとヴァニラ、ファングを除く…他の4人は、シ骸になってしまった。
シ骸となった皆は、ゆっくりファングに近づいていく。
そして、この状況に気力を失ったファングを貪るように、取り囲んでは襲い掛かった。
「ぐあっ!うっ…!」
殴られたファングは苦しみの声を上げる。
その光景に、あたしは体の震えを感じた。
「…待って、皆……。ファングだよ…、殴ってるの、ファングなんだよ…!?」
「ナマエっ…」
ゆっくり立ち上がって、悲痛に叫ぶ。
背中で、ヴァニラの涙声がした。
ファングは、悲しげに…苦しそうに目を伏せる。
「仕方ねえよな…恨まれて…うぐっ!」
「ファング!!」
ファングは蹲り、そして咳き込んだ。
だけど、シ骸の攻撃はやまない。
止めなきゃいけない…。
でも、攻撃なんか出来ない…。
立ちすくむ。体が震える。
ライト…、スノウ…、サッズ…。
…ホープ…。
ホープが…シ骸に、なっちゃった…。
苦しくなる。重くなる。
目の前が暗くなっていく…。
「やめて…」
シ骸に殴られ続けるファングに、ヴァニラの涙声が酷くなる。
そのヴァニラの声に、あたしは暗くなった視界からハッと我に返った。
ファングは倒れこむ。
そしてそこに重なっていくように…シ骸の皆も折り重なって覆いかぶさっていく。
それを見た瞬間、ヴァニラの声もは弾け飛んだ。
「やめてよ!!!」
ヴァニラの声の矛先は、オーファンだった。
オーファンは、ただ…見ていた。
その光景を楽しむかのように。
ヴァニラの悲鳴も、奴にとっては喜劇の一幕でしかないかのように。
「みんな、目を覚まして!」
張り裂けそうな声で、ヴァニラは叫んだ。
するとその瞬間…シ骸の中から、カッと何かが光を放たれた。
その光は衝撃となり、覆いかぶさっていたシ骸たちをブワッと吹っ飛ばした。
「!?」
「なっ…」
それを見た瞬間、あたしとヴァニラは目を見開いた。
シ骸たちを吹き飛ばした、その光の正体…。
それはファングの腕にあるルシの烙印から放たれていた。
「目が、開いてる…!?」
ファングの烙印…。
それは焼け焦げていて、進行を止めていたはずだった。
でも今は、烙印は正常な形を取り戻し、かつ…目が見開いている。
正常に戻ったのは、激情に煽られたから…。
そして目の前の絶望から…一気に段階が進行した。
ファングの烙印は、まばゆい光を放つ。
そして…その姿を獣へと変えていく。
終焉を導く…ラグナロクへと。
『絶望だけが救いをもたらし、絶望だけが奇跡を起こす。新しきクリスタルの神話がはじまる…』
その瞬間、ラグナロクとなったファングが雄たけびを上げてオーファンに飛び掛った。
「あっ…!」
「ファング!」
その姿を前に、ヴァニラとあたしは思わず声も漏らす。
ファングがラグナロクになった…。
オーファンを壊そうと、鋭い爪を立てて…。
『その絶望で世界を救え!憎しみを!嘆きを力とせよ!今こそ、怒りの日は来たれり!』
喜びを隠せないかのように、オーファンは高々に叫んだ。
ラグナロクの鋭い爪が、オーファンを守っていたバリアを壊す。
引き裂くように、再び爪を立てようとする。
「あっ…」
でもその瞬間、あたしは悟った。
足りない…。
なんでかわからないけど…でもわかった。
ラグナロク…。
その力は、とても強大なものだ。
だけどきっと…力が足りない。
もしかしたら…ファングがルシとしては不完全な存在だったからかもしれない。
オーファンを壊すだけの力が…このラグナロクには、ない。
「ファング…!」
それに気付いて、でもどうしたらいいかわからなくて。
それでもじっとしてられなくて、あたしは彼女の名を叫ぶ。
「…!」
するとその時、オーファンの背後に、白い目に似た何かが光るのが見えた。
そこから光はパッと溢れ、まばゆくその場を包んでいく。
「…あっ…」
その場を包むまばゆい…白い光。
それに触れた時、あたしは感じた。
この力…あたしは、これを知っている…。
何の役にも立たない…。
使い方なんて、ちっともわからない…。
だけど、確かに自分の中にある…女神様の力。
「エト、ロ…」
まるで、扉のよう…。
少しずつ開いて、その奥に気配を感じる…。
そう感じて、あたしはフッと…目を閉じた。
それは…女神の憐れみ…。
女神は憐れんでいる。
コクーンの人々を…そして、あたしたちを。
『…失敗か』
白い光が収まる。
次に目を開いたとき、ファングは元の姿に戻り、床に倒れこんでいた。
ルシの烙印も、焼け焦げた状態に戻ってる。
それを見たオーファンは、ファングの腕を光の輪で拘束し、自分の目の前に彼女を宙吊りにした。
『幾度でも繰り返せ』
ラグナロク化で消耗したファングの体に、オーファンは回復魔法を放った。
癒されたファングは意識を取りもどした。
でもそれは、オーファンの無慈悲な策略に過ぎない。
『再びラグナロクとなり、神の覚醒を導くがいい』
「ぐあああああああっ!!!!」
ファングの悲鳴。
オーファンは、自ら癒したファングの体を再び痛めつけたのだ。
そして、また…強制的に回復させる。
「なんの、つもりだ…」
『憎むのだ。それが、心の力を高める』
癒しと、痛み。
そうして何度も苦しみと苦痛を味わせて、絶望させる。
自分を壊すまで、何度も何度も…ラグナロクにするために。
…なんて残酷な行為だろう。
「やめっ…っ、!」
繰り返される悲鳴は聞くに堪えられない。
だからあたしはもう、魔法を放ってファングの体をせめて解放させようとした。
でも、そうして手を伸ばそうとしたとき…その手を誰かに掴まれた。
「…ヴァニ、ラ…」
振り返る。
それは、ヴァニラの手だった。
名前を呼ぶと、彼女は顔を上げて、その瞳にあたしを映す。
ヴァニラの頬には、涙のあとがあった。
でも…その瞳は泣いてない。
逆に何か、強い決意を感じられた。
「ナマエ…いつか私に言ったよね。逃げられない問題なら、いつかきっとどこかで絶対向き合わなきゃならない所が来る。その途中で自分が向き合える日が来たら、それを決めるのは自分次第だって」
「…ヴァニラ」
「私、それ、今だと思うんだ」
ヴァニラはあたしの手を離し、ひとつずつ前に進んでいった。
恐らく、ヴァニラは決めたのだろう。
今までずっと逃げ続けていた。
でも、もう逃げないと…固く誓った。
逃げずに、仲間を助けたいと思った。
「待って、ヴァニラ!」
そんな彼女の手を、今度はあたしが掴んだ。
そして…強く握り締める。
あたし一緒も行く。
そんな意味を込めて…。
目を合わせ、互いに頷く。
そうしてあたしたちは、まっすぐオーファンに近づいた。
『更なる嘆きによって、目覚めよ』
するとオーファンは、あたしとヴァニラに目をつけた。
それはきっと、目の前で更に仲間を失えば…ファングの絶望が増幅するからだろう。
オーファンの指先に、魔力が集められていく。
「ヴァニラ…ナマエ…逃げろ…」
オーファンの意図を察したファングが弱々しい声で呟く。
でも、ヴァニラは聞かなかった。
「嫌だ!もう逃げないって、誓ったんだ!逃げるくらいなら、立ち向かうんだ!」
毅然と言い返すヴァニラ。
その姿は、不思議と支えたい気持ちを起こさせた。
だからあたしは、彼女の手を握る手に力を込める。
そうしたら、まるで…その想いに応えるように。
その瞬間、あたしたちの背後からオーファンに向かって何発もの魔法が撃ち込まれた。
『グオオオオオオ!!!』
最上級の魔法に、オーファンは苦悶の声を上げる。
突然撃たれた魔法。
誰の攻撃かわからなくて、あたしは言葉に詰まった。
その衝撃でファングの呪縛も解かれた。
でも、拘束を失った彼女の体は同時に吹き飛ばされてしまう。
「あっ!」
「ファング!?」
あたしとヴァニラはファングの体を追いかけた。
だけど…間に合わない…!
ファングの身体が地面に叩きつけられる…!
「おっと…!」
そう思ったその瞬間…そんなファングの体を抱きとめる、力強い腕が見えた。
「…え…っ」
ファングを抱きとめた、その人…。
そして、その傍らに…傍に立っている、人たち…。
目に映ったその姿に…また、声が詰まった。
「絶望が奇跡を起こすってか?」
構えられたマシンピストル。
「認めてどうするんですか?」
ファングの体を、優しい回復の光が包む。
「確かに、一度は絶望したさ」
淡いバラ色の髪を揺らし、響く足音。
聞こえてくる、聞き馴染んだ4つの声。
その声に、姿に…ぎゅっと胸が熱くなったのを感じた。
「ライト…、スノウ…、サッズ…、……ホープ」
確かめるように呼ぶと、みんなと視線がちゃんと絡む。
そこには、シ骸になってしまったはずの…皆の姿が映っていた。
「ファルシ好みの幻かもな」
シ骸からの復活…。
冗談めかせて、ライトが笑う。
そして皆は、ひとりで立ち向かおうとしたファングに向き合った。
「すまねえ、ファング」
「ひとりで背負わせてしまったな」
スノウとライトが、ファングに言う。
ライトは落ちていた槍を拾い、ファングに差し出しながら。
「また同じことを…」
以前もアークで一度…、ファングは仲間に武器を向けていた。
その時のことも踏まえ、悔いるように俯く。
でもすぐ、決意するように顔を上げ、ライトから武器をその手に受け取った。
一方、あたしは、恐る恐る…いつもの、小さな肩に手を伸ばした。
「…本物?…本当に?」
「本物ですよ。本当に」
肩に触れた手に、彼の手が重ねられた。
…耳に、ちゃんと届く、ホープの声。
その声を聞いたら、なんだか無性に、たまらなくなった。
「ホープ…!」
「わっ…」
その感情に歯止めをかけることなく、あたしは彼の首に手を回して思わずぎゅっと抱きついた。
ホープはちょっと、小さく驚いた声を上げた。
でも、そのまま受け止めるように、ぽん…とあたしの背中に手を回して優しくさすってくれる。
そうしてその体温を伝えながら、ゆっくり教えてくれた。
「冷たい闇の中、ここに来るまでの事、ずっと思い返してたんです。そしたら…」
「その先が…見えてきたんだ。みんな楽しそうに笑ってたよ。セラも、義姉さんも…」
スノウも言った。
あたしはその声を聞きながら、ゆっくりホープから身体を離した。
皆は、シ骸になって、冷たい闇を見た。
だけど…その先に見えたもの。
それは、自分たちが目指すべき…果たすべき未来だった。
「新しいヴィジョンってか?こっちは死に掛けてんのに、無責任な希望だ。…けどよ、気がついたら、背中を押されてた」
サッズも笑った。
そして、その言葉を肯定し、それを後押しするように鳴く雛チョコボ。
皆の見た…ヴィジョン。
その未来…。
「お前もそこにいたんだ、ファング。だから…最後まで一緒だ」
ライトがファングに微笑む。
ここにいる誰も、掛けがえのない存在だから。
そして、堅く結ばれた…仲間だから。
だから、だれひとり欠かす事などない。
誰一人、残さない。
誰一人、失わない。
「ひとりにしないって、約束したよね?」
最後…ヴァニラの笑みに、ファングも頬を緩ませた。
そして…奴の呻きを聞く。
「うおおおおおおお…!!!」
嘆き、崩れるように…沈んでいくオーファン。
あたしたちはそれに向き直り、全員でまっすぐと奴を見据える。
その時、あたしたちはみんな…本当に、同じ形の未来を望んでいるんだと、確信があった。
心がひとつになるって…きっと、こういうことを言うんだろうって。
そして、そんなあたしたちの前に…オーファンは真の姿を現した。
ふたつの顔が崩れ、残ったのは赤子のような…小さな顔。
それを見据え、スノウは拳を握り、ニッと笑ってみんなを鼓舞した。
「ヒーローは不滅だ。さあ、コクーンを守るぞ!」
…あたしたちが今、全員で決意したこと…。
それは、オーファンをと戦う事を決めた決意だった。
でも、それは決してコクーンを滅ぼすためじゃない。
コクーンを守るためだ。
だって…オーファンは自身の破滅を望んでいる。
オーファンがそれを望む限り、きっと…また、何度も同じことが繰り返されていくだけだろう…。
そしてそれは…誰かの悲しみや苦しみをも、幾度と無く繰り返す。
だからそんなこと…もう、ここで終わらせる。
「滅ぼす力になら…救う力にだってなれる。あんたが最後に破滅を招くなら、僕たちが盾になればいい!」
ホープの強い声。
あたしたちは、ラグナロクになる力を持っている。
それはコクーンを滅ぼすための力だった。
でも、それほど強大な力なら…きっと。
望んだら、守るためにだって使えるはずだと。
「皆の夢を叶えてやろうぜ」
セラ、レインズさん、騎兵隊、ロッシュさん…。
此処に来るまで、沢山の人がコクーンの未来を祈っていた。
サッズの言葉は、そんな人たちの想いを思い出させてくれる。
「希望を…私たちの光に変えて、本当の奇跡を起こそう!」
ヴァニラがそう全員の顔を見渡す。
そして、それに応えたのは、完全に迷いを振り切ったファング。
「奇跡はうちらの得意技だ!」
奇跡…。
これまで、あたしたちはいくつもの奇跡を見たと思ってた。
でもそれは…ファルシが見せた幻…偽りの奇跡でしかない。
だから今度は、自分たちで奇跡を起こす。
本当に、自分たちの得意技だと言ってみせる。
「オーファン…教えてあげる。人間が本当に強くなるのは、絶望した時なんかじゃないよ」
そう言いながら、あたしはファルシに強い笑みを向けた。
ファルシは人を、恐怖によって支配する。
強い絶望で、負の思いから力を起こさせようとする。
でももっと強いのは、希望を見据えている時だ。
『出来るものか』
オーファンは否定した。
でも、もう何も揺るがない。
ライトが真っ直ぐ言い返した。
「ああ、お前には出来ない」
『…なんだと?』
「出来ると信じないからだ。お前は、生まれたときから諦め、繭にこもって全てを呪い…人に滅ぼされるのを待った!破滅が救いと思うお前は、死んで、この世を逃げたいだけだ。望み通り、ひとりで逃げろ。でも、私たちは違うんだ。世界に希望がないのなら、見つけ出すまで一緒に探す。救いが失せたコクーンだろうと、守って、ここで生きていく!」
揺ぎ無い。
前だけ見てる。
ライトのデュアルウェポンの剣先が、一直線にオーファンを捉える。
「それが、私たちの…人間の使命だ!」
To be continued
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